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初めての著作

ジャンル別月間ランキング8位、四半期ランキング15位をいただきました! ありがとうございます!

「嫌ですよぉヨハン様、まったくお気難しいんですからぁ」



 胸倉をつかまれたままの状態で、オイレさんは少しおどけて見せる。オイレさんの方が背が高いので、首が締まるようなことにはなっていないものの、ヨハン様から発せられる怒気は凄まじいものがあり、見ているこちらが気圧されるようだった。



「誠実に取り組まれる主の姿を見て、改めてこの方に付いていこうと決意(・・)を新たにしただけじゃないですかぁ」


「本当にそうか? 普段のお前は、俺の前ではそこまでヘラヘラとしていないはずだが……」


「ああ、いえ、それは大変失礼いたしました。少し驚いて、取り乱してしまいました」


「ほう、俺はお前が取り乱したところなど見たことがないがな」


「それは、今までたまたまヨハン様の御前ではそのようなことがなかっただけです。せっかく思い出に浸りながらお話をしていたのに、突然主に胸倉を掴まれたとあっては、私だって慌てもします……何をしくじったか見当もつきませんでしたし。私はお仕置きを受けたことはございませんが、そこにいるケーターを含め、お怒りを買った他の者たちがどんなことになったかぐらいは知っておりますので、その逆鱗に触れたくはございません」


「随分とよく喋るな……改めて問う。一体何を考えている?」


「特に、何も?」



 ヨハン様はオイレさんの瞳を睨むようにじっと覗き込むが、オイレさんはただニコニコと微笑を浮かべるばかりで答えない。しばらくにらみ合ったのち、ヨハン様は根負けしたようにその手を離した。



「本当に、隠密の中でも、お前は一番厄介な奴だな。その忠誠を疑いはしないが、お前の頭の中だけはろくに読めたためしがない」


「ヨハン様が複雑に考えすぎなのです。私は至極単純な人間でございます」



 ヨハン様が何を思ってオイレさんを責められたのか、オイレさんは一体何を考えているのか、私には全く見当がつかない。助けを求めるようにケーターさんの方を振り返ってみたが、彼も首を横に振るだけだった。



「それよりも、写本の続きをいたしましょう」



 作業の再開を促すオイレさんを見て、ヨハン様の瞳が再び警戒の色に染まる。



「オイレ、この冊子を出すことに、何かあるのだな?」


「いえ?」


「俺を簡単に出し抜けると思うな。先刻、俺の医学の道を助けると言ったお前の眼は、単に真心や優しさを湛えたものではなかった。お前があの眼(・・・)をする時はそう多くはない。本当に何事もないとは到底思えんのだ。」


「……根拠が私の眼付きですか? いつも論理的なヨハン様が、そんな感覚的に物事を決めるとは珍しいものですね」


「ふん、人の身体を研究する者が、人の身体に現れる変化を軽く扱ってどうする。表情とて重要な判断材料だぞ。お前がこの件に関し何も言う気がないのであれば、この冊子を世に出すのはやめよう。皆、何日も手伝わせてしまって悪かったな」


「い、いえ……ヨハン様がそうおっしゃるなら、やめたほうが良いのでしょう」


「我々の時間など、ヨハン様がお気にかけられることではございません。一か八か、ラッテかシュピネでも連れてきて、こいつから本音を聞き出しましょうか?」



 やめよう、というヨハン様の呼びかけに対して私たちが素直に応じると、オイレさんはがっくりと肩を落とした。



「いいえ、ヨハン様。この冊子は必ずや世に出さねばなりません。この国の深刻な医療の遅れは、間接的に税収や軍備の問題にもつながる重要な問題です。それを一気に推し進めて、新しい世を築くことができるだけの知識と力を有しているのは、どう考えてもヨハン様だけなのですから」


「ではさっさと言え。お前は何を気にして、何をする気だった?」


「この冊子の内容は、普通の人間には衝撃的すぎるものです。実際に人の腹を切り開いて中身を見たとあっては、どのような悪評が立つかわかりません。ですので私が気にしていたのは、著者名としてヨハン様のお名前を出すわけにはいかず、かといって出所不詳では誰も相手にしないだろうということです。そのため、写本が揃ったら、密かに自分の名を記しておくつもりでした。私はこの辺りでは一番有名な歯抜き師。医師ほどの権威はなくとも、興味をひくことはできるでしょう」


「それはそこまでの覚悟をしてやることか?」


「ええ。悪評が立った場合のことを考えると、人気で生計を立てている私には大きなリスクです。日頃申し上げていますが、私は歯抜きの仕事を好きでやっていますから」



 オイレさんの返答を聞いて、ヨハン様は大きなため息をついた。



「まったく、その程度のこと、さっさと白状すれば対策を練れるものを。冊子には架空の名を記す。お前が薬売りの口上で使っている、うってつけの高名な医師(・・・・・)がいるだろう。」



 こうして、かの高名な(・・・・・)医師、ドゥルカマーラ先生初の著作が世に出ることとなった。

Twitterでご感想をいただいた影響でアクセスが増えてから4日。四半期にまでに載るとは思いませんでした。多くの方にご興味をお持ちいただき、嬉しさに涙が出そうです。

これに甘んじることなく、より楽しんでいただける物語を紡いでいけるよう頑張りますので、今後とも塔メイをよろしくお願いいたします!

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