円卓会議 その2
詳しい話は後で、というアルバートの執り成しで主要メンバーが全員着席した。
ガルシアはまだ言い足りないという様子であったが、アリアの説得でしぶしぶ席に戻る。
途中、クリスが上座の三席のうち中央の席をアリアに譲ろうとしたのだが、「今回の主役は君たち」と言うアリアの言葉で渋々クリスが中央に座り、その左右にミルとアリア、更に背後にアリストとアルトとフランが立つことになった。
席に座れるのはあくまでの国の代表とアリア教の教皇、そして天人のみということだろう。各国の随伴者も立ったままそれぞれの代表の後ろに控えている。
全員が着席したことを確認し、アルバートが口火を切った。
「皆にはすでに、そこに居るグレア大司教―――前聖王アルグレア=ロイ=アリネージュからの知らせで聞き及んでいると思うが、彼らが新しく降臨した天人二名である」
クリスとミルに視線が集まる。アリアが視線を集めていたので今まで感じなかった重圧を感じ、身を引きそうになる二人。
国の威信を一身に背負う者たちの視線の集中砲火は、中身が普通の大学生である二人には荷が重いプレッシャーだった。だが、事前にアリアに「何があっても堂々としているように、舐められると後が面倒だよ」と脅されていた手前、背中に冷や汗を流しつつも何とか胸を張る。
「クリスタール=ロアだ」(ドンッ!)
「ミルノワール=ロア、です」(ドドンッ!)
結果、緊張した二人から【威圧】が漏れる。クリスもそこそこ漏らしたが、人見知りなためかミルのお漏らしが多い。
―――ッ!?
今度は部屋にいる全員が冷や汗を噴き出す番となった。
アリストとガルシア以外は実際に天人と会った事がある者はこの部屋におらず、如何なる者か見極めてやろうとか、如何にして取り入るべきかとか、そもそも本物なのかなどという疑惑や思惑を押し流し、その魂に二人の存在が刻み付けられる。
「こらこら二人とも、堂々としろとは言ったけど威嚇しろとは言ってないよ。ちょっと落ち着いて」
その様子に苦笑したアリアに言われ、威圧がオンになっていることに気が付いたクリスが内心慌ててオフにする。だが横を向けば、緊張しすぎてアリアの声が聞こえなかったのか、未だに威圧を漏らすミルにクリスはどうしたものかと思案した。
普段ならば頭をぽんぽんと叩けば気づくだろうが、これほど注目されている中でそれは些か小っ恥ずかしい。かといって、威圧を止めろと言葉にすれば、いきなり国の代表を天人が威圧したという印象が強く残り拙い気がする。チョップは論外だろう。
妙案が浮かばなかったクリスは、取り合えず机の下でミルの手を握った。
驚いてこちらを見たミルに、落ち着けと目で語るクリス。ミルの視線が戸惑ったように右往左往し、最終的にクリスの視線から逃げるように下を向く。
ミルの威圧が切れたことを確認したクリスはほっとしてすぐに手を放して前を向いたので、ミルの頬が赤く染まっているのに気が付かなかった。が、周りからは丸見えである。
「姓からも分かるようにお二人はご夫婦でございます。そしてアリア様すら凌駕する力と、清く優しき心の持ち主であることを我々アリア教会も保証いたしましょう。先もアルバート様からお話しがありましたが、此度の転換期という世界の危機に際し、全面的に協力をしてくれると確約を頂戴しております。そして天人様方の御心のままに、我々アリア教会も全力でサポートいたしましょう」
教皇ウェールズの言葉に、騒めきと響きが起こった。
先ほどの威圧で息をする事を忘れていた面々が、そのあとの微笑ましいやり取りを見てやっと呼吸を思い出し、そしてミルがこの世界基準で若いを通り越して幼く見える容姿であるにも関わらず、すでに二人が夫婦であると知って、安堵と落胆が会議室にあふれた。
落胆は、天人様二人がすでに夫婦であり、ハニートラップで自国に引き入れるのが難しいと分かったから。
安堵は、天人様が全面的に協力してくれることと、そんな天人様がすでに夫婦であることで不埒な事を考える馬鹿が減るだろうことに。
今見せつけられた仲睦まじさならば、下手にハニートラップなどを仕掛ければもう片方が怒り狂うかもしれない、そうなればあの凄まじい威圧を放つ化物が狙うのは自分であると、賢明な者は瞬時に理解したのだ。
お漏らし威圧と無自覚イチャイチャがいい方向に転んだのだった。
その辺りの、為政者ゆえの思惑を正確に読み取ったアルバートが満足げに頷き、意味ありげにクリスを見た。
それを「威圧止めてくれてサンキュー」という視線と受け取ったクリスは、「正直すまんかった」と目礼する。
なるほど全て計算ずくか、と感嘆するアルバート。
致命的な意思疎通の齟齬があった。やはり目で会話など一朝一夕にできるものではないらしい。
「そして隣に居るのが復活した初代聖王アリア=アリネージュその人である。
復活の経緯を簡単に説明すると、アリア教会の霊廟にある【不屈の立像】は皆も知っていると思うが、あれは初代が自らを状態異常にて封じた本物―――つまりは本人だったらしい。
余も目の前で新しい天人により封印が解かれ、立像の中から初代が出てこなければ到底信じられなかったであろうから、疑う気持ちも分かる。
だが、そこにいるガルシア殿とアリスト殿が、まごうこと無き本物であると証明してくれるだろう」
気を取り直して紹介を続けるアルバートの言葉に、アリストは自信満々に、ガルシアは渋々といった風に頷いた。
それを受け、アリアの顔をまじまじと確認した一同は、それが【不屈の立像】と瓜二つであると理解し、疑問は残るが取り合えず本物ということで納得する。
ガルシアが認めたというのもあるが、何よりもアリストがそばに寄り添っているのが大きかった。
一般的にはあまり知られていないが、国の上層部にいる人間にはアリストのシスコンっぷりは有名だった。そして下手に難癖をつけてアリストに目を付けられるのは、どこの国も全力で遠慮したい。国のトップにそう思わせるだけの実績と逸話とやらかしを、過去にアリストは積み上げていたのだった。
一同が納得したのを確認したアルバートは、クリスに向き直る。
「クリスタール殿、すでに今回の転換期の情報共有は終わっている。転換期を乗り切るための作戦の説明は、この後クリスタール殿から直接皆の者に話して欲しい。
その前に、ここにいる面々の紹介をしておこう。余と教皇のウェールズの事は知っておるな、ではそれ以外の面々を時計回りの順でいこうか」
アルバートの視線がウェールズの隣に座る魔族の男性に向かった。
「そちらの男が魔国ブリンガル代表、【大統領】グラウス=ヴァーミリオン殿」
紹介された男、グラウスが起立し一礼した。
褐色の肌と紫色の髪を長めのラフな七三に分け、片眼鏡を掛けた瞳は金色。知的な雰囲気を持つ、人間でいえば三十代前半の男だ。
「お初にお目にかかります天人様方。私、魔国の大統領を務めておりますグラウスと申します。任期はあと10年ほどと短くはありますが、魔国を代表してご挨拶させていただきます」
「魔国の評議会から選出される大統領の任期は前期と後期合わせて20年だ。彼は見た目は若いが大統領になって前期の10年で魔国の経済力を1.5倍に引き上げた辣腕である。魔国では前期の終わりに大統領の再選考が行われるが、満場一致で再選するほど求心力も持ち合わせている」
アルバートの補足を聞き、見た目どおりの年齢ではないのだろうな、と思うクリス。
ゲーム時の設定だが魔族の寿命は三百年くらいのはずだ、エルフほどではないが長寿種である。
「僅か数年で賢王の名を欲しいままにする現聖王陛下にお褒めいただくとは、面はゆいばかりです。特に今回の転換期では、国民の暮らしを豊かにしようとするあまり、軍備の縮小に走った私の浅慮で派兵数が少なく、大変申し訳なく思っております」
痛恨の表情を見せるグラウスに、アリアが微笑んで声を掛けた。
「国民の事を第一に考えるのは為政者として当然の考えだよ。軍縮に踏み切れたのも、平和が続いた証なのだろう。私が敷いた評議制が三百年を経た今も継続され、そして何よりも貴国が平和に存続していることを、私は嬉しくおもう」
「……魔国にとっても救世の英雄たるアリア様にそう言っていただければ、魔国の歴史を紡いだ先達たちも母なる魔界で胸を張れるでしょう」
その微笑みがあまりにも優しく慈愛に満ちていたためか、感極まったように深々と礼をし着席するグラウス。
それを少しだけ羨ましそうに見て、アルバートの紹介は次に移る。
「続いて、サンクロイア王国代表、王太子のセルジオ=メルテ=ルイ=サンクロイア王子」
「初めまして。本日は父であるセレドニオ=ラウト=ルイ=サンクロイアⅣ世の体調が優れぬ為、急遽ソレイユ学園に通っています私が馳せ参じる事とあい成りました。未だ学徒の身ではありますが、父より未来の王として皆さまの事をよく見て勉強するように仰せつかっておりますので、本日はよろしくお願いいたします」
謙虚な姿勢で言うのは、栗色の髪をしたアルトに負けず劣らずの美貌を持つ、貴公子然とした爽やかな雰囲気の青年。
学園の制服であろう、豪華なブレザーのような服に身を包んだ彼は、一歩引くように控えめに微笑んだ。
それとは対照的に憮然とするアルバート。
「……何度も言うようだが、この場はきたる転換期に向けての重要な会議である。本来、国王かそれに次ぐ立場の全権大使が出席すべき場なのだが」
「申し訳ありません。何分急な招集であったため、全権を預かる手続きが間に合いませんでした。もちろん我が国への要求は、後ろに控える外務大臣と共に持ち帰り、漏らさず父王にお伝えすることを約束いたします。私からも全面的に協力するよう奏上致しましょう」
「……挙兵数の話も、未だ返事が無いのだが」
「それに関しては私からは何とも言えませぬ。しかし、できる限り希望の数を出せるよう父王に掛け合いたいと思います」
「またそれか、こちらは確約が欲しいのじゃがな」
申し訳なさそうに言うセルジオ王子に、アルバートとグレアが渋い顔になった。似たようなやり取りは何度もしたのだろう。
つまり、サンクロイア王国はこの場に、王子ではあるが何の権限も持たない者を送り付けてきたということだ。それはかの国がこの場で何一つ決定する気が無いと言っているのに等しい。
三百年経っても、あの国は相変わらずめんどくさいのか、とアリアもアルバートとグレアそっくりの渋い顔になった。
アリストだけは、そこに確かな血の繋がりを感じ少しほっこりした。アリアを失って荒れている時期だったならば、確実に王国の王城に直接殴り込みに行っていただろうに丸くなったものである。
そんなアリストの様子に毒気を抜かれたように溜息を吐いたアルバートの視線は、セルジオの隣に座る獣人の少女へ移る。
「もうよい、次にいこう。彼女がディファルド連邦の代表、【獣王】ターニャ=レオ=ボナパルド殿だ」
「ターニャだにゃ。父上を倒したのでひと月ほど前に獣王になったにゃ。よろしく頼むにゃ」
立ち上がりふんぞり返るのは15歳前後の赤毛の少女。
語尾に「にゃ」が付いていることから分かる通り猫人族の少女……ではなく、こめかみの上あたりから立派な角を生やし、体の各所に赤黒い竜鱗を纏い、長くしなやかな尻尾でべしべしと床を叩く―――どう見ても竜人と言うべき見た目の少女だった。
「……本来、この場には彼女の父上である前獣王、ナバル=レオ=ボナパルド殿を呼んだのだが……」
「父上はターニャに負けた時の傷で療養中にゃ」
「……ナバル殿の怪我は酷いのかの?」
「父上は頑丈だから体の怪我はもう治ってるにゃ。成人前の娘に負けたショックで引きこもっているだけだから心配ないにゃ」
「傷って心の傷かよ」
色々と突っ込みどころ満載の竜人少女ターニャに、我慢できずに突っ込むクリスと圧倒されるミル。
クリスの無作法に、咎めるような視線が集まる……と思いきや、よくぞ言ってくれた! という勇者を見るような視線が集まった。この少女に突っ込みを入れたいのは皆同じらしい。そして、小娘に対して直接言えないくらいに【獣王】という肩書は重いようだ。
「うおっほん! ディファルド連邦は最強の獣人が獣王として君臨する伝統がある。であるから、最強であれば年齢は関係ないのだが……あのナバル殿が娘に負けたというのが未だに信じられぬ」
「なんだにゃ? 疑うのかにゃ? 疑うなら相手になるにゃ」
「いやいや、受け取った返信に獣王代替わりの知らせはあったので疑っているわけではないのだ。……しかしこれほど若いとはな。正直、貴殿に政の話をしても大丈夫なのかと心配しておる」
「難しい話は今まで通り爺と猿が聞くにゃ。うちは敵をぶん殴るのが仕事だにゃ」
「……うむ、その方がよかろうな。こちらにとっても貴国にとっても」
アルバートが獣王ターニャの後ろに侍る老齢の狸っぽい獣人と猿の獣人に目配せすると、二人も頷いた。
どうやら見知った顔らしい。
おそらく、いやほぼ間違いなく歴代の獣王も脳筋であろうから、政治的な事をする側近がいるのだろう、とクリスは思った。脳筋同士、ミルと話が合いそうだなとも思う。
ターニャが着席したのを確認し、アルバートの紹介は次に移る。




