現状の整理と戦力 その2
「なるほどなるほど、つまり聖王家と教会はすでに事態を把握しているということだね。アルバートとウェールズ、対策案は?」
皆の視線に答え、アリアが現聖王と教皇へ問いかける。
名前を呼び捨てにされたアルバートは憮然と答え、ウェールズは感動に喉が震えて声が出ない。まるでライブで興奮しすぎて過呼吸を起こした人の様である。
「家族と友以外に呼び捨てにされるというのはどうも慣れんな。しかも大国母様といってもこんな見た目小娘じゃあ」
「おや不服かい? まぁこんなピチピチ美人が300年前の人間だと信じろというのも無理があるってのは分かるよ。むしろ、何で私がアリアだと皆普通に信じてるんだろうね。王位を二代目に譲ってからは離宮に隠居してほとんど人に会わなかったし、公務で出張る必要のあった時は同年代の人族の影武者を使ったから、見た目が若いままということを知っている人間なんて片手で数えるほどだったと思うんだけど。記録にも残させなかったし」
アリアの疑問に、全員の視線がアリストへ集中した。
見つめられたアリストはにっこり笑うと、愛おしそうにアリアの髪の毛をいじりながら、その視線に答える。
「僕がアリアを見間違えるはずないじゃないか」
「いやそれにしたって、私の復活を皆素直に受け入れすぎじゃない? もしかしてアリスト、約束破って情報流した?」
石化をする際に言い残した約束を、弟が破ったのではないかと目を細めるアリアに、アリストは心外そうに首を振る。
「僕がアリアとの約束を破るはずがない」
「じゃぁ何で―――」
アリアの唇に、アリストの人差し指がそっと添えられ、言葉を切らせた。
「単純な事さ。僕がアリア以外に愛を捧げるはずがないと、ここに居る皆が分かっているんだ。もしこの場に僕の愛を疑い、貴女がアリアで無いなどと妄言を吐く者がいるのならば、僕が直接『説得』するとも。僕の従魔も運動不足を解消できて一石二鳥だね」
蕩ける様な笑顔から一転、黒いオーラを漂わせ始めたアリストに、流石のアリアもドン引きした。
「愛が重いっ! え、何この子、私が石化してる間に何があったの!? 私の知っているアリストはもっと素直で可愛い子だったんだけど!?」
するとアリストはまた蕩ける様な笑顔に戻ると、安心させるようにアリアの頭を撫でた。
「いやぁ、恥ずかしいな。アリアが隠れてからしばらく、ちょっと荒れていた時期があってね。若気の至りってやつだよ」
遠い目をするアリストに、アリアは『何したんだコイツ』と思うが、取り合えず今は置いておくことにしてアルバートを見た。その視線を受けて、現聖王は答える。
「そこの【狂乱の魔物使い】殿の言う通り、余達は貴女を大国母様でないと疑うことはない。それに先ほど自分で言ったであろう、それこそ見た目が若い程度、“天人だから”で済ませられる事柄だ。その程度なら【学園長】のような純血のエルフでもままあることだしな」
「……また不穏な二つ名が出てきたけど、もういいよ話進まないから。対応案はよ」
いろいろと聞きたいことは多いが取り合えず全部棚の上にぶん投げて、投げ槍に促すアリアにアルバートは苦笑して続きを話す。
「【聖令】を使うつもりだ。既に周辺三国とエルフの国に先触れを出し、秘密裏に軍の出動要請の打診を行っている。今日そちらの新しい天人に事情を確認したのち、確定が取れれば今日にでも余の名で発令する予定であった」
【聖令】。それはアリア(実際は影武者)が今わの際に残した、アリアへ恩を返すための唯一の方法、聖王家と教皇のみが持つ絶対命令権。
口伝ながら、これが発動した場合アルレッシオ聖王国とその周辺国は全力を持って応えるべし、と長年言い伝えられ、しかし未だ一度も発令された事のない伝説の勅令だ。
グレアは現王と教皇の説得が失敗した場合は、最悪己の首を掛けて前王である自分の名で発令するつもりであったが、どうやら説得は成功していたらしい。
「アリア教会の方でも、各地の教会へ戦力を中央に集めるよう指示を出しております」
「冒険者ギルドでも同じく。
というか、この連絡は僕の雷鳥を使ってしているからね。すでに返事が来ているところもあるだろう?」
アルバートに続き、やっと喉の震えが収まったウェールズも答え、最後にアリストが締める。
そしてアリストの付け加えられた言葉と視線に、“隠し事なんてしたら分かってるよね?”という言外のプレッシャーを感じ、アルバートは父親に似た苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「……魔国ブリンガルとディファルド連邦は、承諾の返事がすでに来ている。
エルフの国に関しては、大霊峰から大暴走の侵攻が来る関係上、麓の大森林内にある彼の国は進路上になる可能性が高く、逆に難民の受け入れと防衛の協力要請をされている状況だ。まだ返事はしていないが、本当に万単位のレベル400台のモンスターの大群ならば、どれだけ人員を割いても守り切れない可能性が高く、最悪は国そのものを捨てるさせる必要がある。
サンクロイア王国は……相も変わらず反応が遅くてな、まだ返答が来ていない。協議制の魔国より返事が遅いのは腹立たしい限りだが、いざとなれば返事を待たず【聖令】を発令するつもりだ」
しぶしぶ情報を出すアルバートに、アリストはよしよしと笑顔で頷いた。
悔しそうなアルバートに、やれやれという視線を向けるのは前王であるグレア。
国家元首として本能的に交渉のイニシアティブを取りたかったのだろうが、相手は伝説の英雄と三百年を優に超すの齢を重ねた老練のハーフエルフだ。相手が悪いと言わざるを得ない。
しかしながら、しっかりと国の事を考えて行動する息子にグレアの頬も少し緩む。王位を譲って五年、当初のような青臭さが抜け、王としての貫禄が付き、意気軒高と物事に当たる姿が好ましく映った。
これでもう少し態度に高貴さと落着きが出てくれば、文句ないんじゃがのう。と、【聖王国の金獅子】と呼ばれアルバートよりよほど周辺各国に恐れられた自分の過去を棚上げして思う。
「現在の国家バランスも気になるけど、今は置いておこう、戦力的にはどのくらい集まりそう?」
「ウチの全戦力集めても20万だ。徴兵すれば数は増えるだろうが、レベル400相手にそれは意味がないだろう。
魔国が4万、あそこは軍縮が進んじまって数が少ない、一部大霊峰に接している領地もあるからそっちも見ないといけないしな。
連邦は8万、やっこさんは聖王国の南に位置している分、ウチが落ちると危ないからほぼ全軍で出てくるようだ。気質として“戦いたがり”でもあるしな。
王国なんだが……まだ返事は無いが、あそこは人数だけは多いから15万は期待できる、が、レベルは低いから後方支援が主になるだろう、まぁそれでも有難いのだがな。戦力として期待できるのは3万いるかどうかと思ってくれ。
最後に、エルフの国【エルヴンガルド】だが、あの国には軍が無い。しかし、【エルフの学園】の魔導士や精霊術士、そして各氏族の戦士が参戦予定だ。数は多くても1万と少ないが、寿命が長く無駄にレベルは高い者が多いから、戦力としてはむしろ王国より期待できるかもしれん」
淡々と答えるアルバートに、ウェールズも続く。
「教会は聖騎士団を中心に純粋な戦力は2万5千といった所です。後方支援の回復役も含めれば4万に届くでしょう」
「冒険者ギルドはCランク以上の緊急依頼として出して3万くらいだね。来ない冒険者も多いと思う、彼らは生きる事優先だから」
アリストの言葉に、アルバートは顔をしかめた。
「チッ、世界が滅んだら結局皆死ぬだろうに」
「それを実感できるほど危機感を煽れば暴動が起きるよ。軍属や眼前に危機が迫った聖王国やエルヴンガルドの人々でなければ、自分から参加しようとは思わないだろうさ、平和が長かったから余計にね」
アルバートはアリストを睨み、面白くなさそうに舌打ちした。
二人の空気が悪くなる前に、すかさずウェールズが割って入り、話題を逸らす。
「エルヴンガルドといえば難民の問題もあります。教会してもバックアップはするつもりです。が、如何せん距離が遠く、範囲が広すぎますな」
「聖王国としても北側にある街や村に避難指示を出さねばならん。正直エルヴンガルドに割く戦力が惜しいのだが」
「陛下、エルヴンガルドに関してはここで話すよりも、学園長を交えて話し合ったほうがいいでしょう。まずは現行戦力でどれほど迎撃できるかを考えるべきかと」
問題が山積みの中、【学園長】の名を出されたアルバートの顔が余計に険しくなる。
それを見てウンウンと頷くグレアと、苦笑するアルト。どうやら聖王家と【学園長】の間には何かしらの確執があるようだな、とクリスは思った。
「しかし、決戦に使える戦力とそれ以外に割る戦力を分けてから考えねば、その現行戦力自体が把握できぬではないか」
「それにはまず、大暴走がいつ始まるかを確定させねばなりますまい。援軍が間に合わぬほど襲来が早いのならば、侵攻の足止めだけして聖王国自体を放棄せざるを得ない場合も考えられます」
「余にも国を捨てろと―――」
「はいはい、ちゅーもーく! 一回みんな落ち着こうか」
喧々囂々と論議が白熱し始めたところで、パンパンという拍手の乾いた音とともにアリアが声を張り上げた。
はっとした周囲の者が口を閉じ、アリアに視線が集中する。
「まずは情報を整理しよう。現行戦力は最大55万で間違いないね? 減った場合はどのくらい?」
「王国が全軍を出してくるか怪しいが、少なくとも10万は出させるよう交渉しよう。残りは難民の誘導や国境の警備などにどれだけ残すかだな」
「今は不確定な情報は切り捨てるわ。最大で約50万ね。レベル分布はどう?」
「大半が100レベル以下だ。100から200レベルが30%、200から300レベルが10%、300レベル以上は5%を切る、レベル400台は皆無に等しい」
その絶望的な数字を聞いて、クリスの眉間に皴が寄る。
アリアは気にせずクリスに問う。
「クリス、モンスターの数ってどんなもんなの? あと向こうでの当時の状況も教えて」
「公式で数が出ていたのが37,564匹だ。それが8時間の均等割りでポップしたから一時間4,700匹弱といったところか。当時はレベル400前半がトッププレイヤーで、それが24レイド288人と、レベル300台後半の中堅プレイヤー120レイド1440人、プラス野良プレイヤー数千人で迎撃した」
「みなごろし? 悪意のある数だねぇ。それに、こちらではポップするというより北からなだれ込んでくる感じを想定している方がよさそうだ。出現数も時間単位の均等割りでなく、一気に来ると仮定しよう、その方がヤバイから。出現範囲はどのくらいだったの?」
「ヘルモア平原の一部がインスタンスダンジョン化されてイベント会場になっていたから範囲は何とも言えない。少なくとも徒歩で2時間もあれば端から端に到達できる狭い範囲だった」
「うーん……ヘルモア平原全域を戦場にしたんじゃ、とてもじゃないけど数が足りない。ヘルモア平原と大森林との間に、東の大河ネイシス川と西の大河タブリア川が蛇行して近づいて、狭くなってるとこあるよね。あそこなら迎撃するのにちょうどいいかな。それでも十数キロある草原だったけど今はどうなの?」
アリアの問いに、アリストが答えた。
「あそこは今も草原だよ。二つの大河が近いから交易の要所として発展させようという案もあったんだけど、定期的に川が氾濫するから頓挫した過去がある」
「じゃぁ問題ないね。クリス、ゲームでの結果はどうだったの?」
「大暴走自体はかなり余裕をもって迎撃したぞ」
既に大暴走の迎撃経験があるというクリスの発言に、目を剥く一同。
理解できない単語も多いが、厳しい現状に希望が見えた気がした。
「が、あくまで死に戻り前提でだ。トッププレイヤーのデッドは少なかったが、中堅以下は死に戻りしてなんぼって感じだったな。一人10回は軽く死に戻ってると思うぞ」
「ゲームじゃそうだよねぇ。でもこっちはリスポンできない一回死んだら終わりな難易度インフェルノなんだけど、その辺踏まえて今聞いた戦力で迎撃できそう?」
「……無理だろうな」
断定したクリスの言葉に、息を呑む一同。敬愛する天人の断言を受けて、絶望に視線が足元を向く。
皆が沈黙する中、まったく悲壮感を感じさせない淡々とした声が響いた。
「そっか。ま、やらなきゃ人類滅亡ならやるしか無いんだけどね。で、君たちはどの程度手伝ってくれる気があるんだい?」
絶望的状況であっても、全くそれを感じさせないあっけらかんとしたアリアの言葉に、一同はハッと顔を上げた。そう、事はやるやらないでも出来る出来ないでもない。『やらなければならない』のだ。ならば、今やるべきは悲観する事ではなく、この未曽有の大災厄をどう乗り切るかを考えなければならない。
アリアの言葉に決意を新たにした一同は、二人の天人を見た。
そう今目の前に居るのは過去、世界大戦一歩手前の最悪の状況から、奇跡の一手で状況をひっくり返し世界を平和に導いた伝説の英雄と、それと類を同じくする者達なのだ。
「……うちの相棒がやる気だからな。出来る限りの手助けはするさ」
ちらりとミルを見たクリスに、ミルも自信満々でうんうんと頷いている。やる気満々だ。
その様子を見て、皆の顔に希望が宿る。
彼らこそが、今回の災厄を乗り切るための必要不可欠なピースなのだと、ここに居る全員が理解した。
「それは有難い。ズバリ聞くけど、君たちだけでどの程度のモンスターを相手どれるの? 全部倒してしまっても構わないよ?」
その様子をみて、ニヤリと笑ったアリアの挑発気味な問いに、クリスは当然の事のように答えた。
「単純に殲滅するだけなら、俺とミルで8割は殺れるだろう」
平然と、何でもないようにそう答えるクリスに、あのアリアですら一瞬呆気にとられた顔になった。




