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お前達の訓練はこれからだ!


「おはよ……」

「……おう、何かお前疲れてね?」

「そっちこそゲッソリしてるけど、どうしたんです?」


 五日目の早朝、同時に起きだしていたミルとクリスがテントの前で鉢合わせした。

 昨日よく眠れなかったのか、二人とも疲れ気味の様子だ。


「あの後、お前に見られたってアルトがメソメソシクシク泣き続けてだな……結局あいつが泣き疲れて寝るまでこっちが寝れなかったつーの、乙女か」

「クリスの大霊峰に泣かされたんですね。ひどい」


 非難するように眉をひそめてこちらを見るミルの視線に、胡乱気なクリスの視線がぶつかる。


「まさかホントにそれ系の勘違いしてんじゃねぇだろうな」


 クリスの言葉にミルは非難の視線を止め、肩をすくめた。


「まさか、大方裸の付き合いとかクリスが言い出したんでしょう。これだから体育会系は」

「あの状況見てその結論になるってのも恐ろしい洞察力だな。合ってるけど」


 自信満々に言い切ったミルに微妙な顔のクリス。通じ合い過ぎててちょっとキモイ、と思うがお互い様である。


「何年親友やってると思ってるんですか、でも」

「でも?」


 得意顔が一変し、恥ずかしそうに俯くミルに、不思議そうなクリス。


「親友の二段階進化したポケットの中のモンスターをあんなに堂々と見せつけられたら私、恥ずかしい」

「一昨日の朝、必死に俺のズボンを下ろそうとしていた痴女の台詞とは思えんな」


 この女、口を開けば下ネタである。

 朝の痴女事件の後の説教に全くこりていない幼馴染に、呆れるクリス。


「昨晩はこれでもかと見せつけられましたからねぇ。一回目はうつ伏せだったからギリ見えなかったのに、二回目は仁王立ちだったし。テントに入ったら全裸の親友は心臓に悪かったのはガチ」


 言われてみれば、確かにその通りだ。


「あー……この体だと、どうもアバターの感覚が抜けなくて全裸でもあんま羞恥心が働かないんだよな」

「わかりみが深い。私もクリスに全裸見られても恥ずかしく……いや流石に全裸は恥ずかしいけどパンツくらいならセーフな気がするし」

「わかりみるな、危なっかしいわ」

「クリス以外にはパンツも見せませんよ。私のパンツをタダで見せるなんて勿体ない」

「金出せば見せるのか? 俺にならいいっていうのもどうかと思うが……まぁお前がパンツを晒すと信者化の状態異常(デバフ)が付くからな。誰にも見せるなよ」

「何の話ですか? 男で私のパンツ見たのなんてクリス以外だとギースさんくらいだと思いますけど。っていうか、誰にも見せたくないんですか? おやおやぁ、独占欲出てきました? こんなに可愛い奥さんですものねぇ」


 ニヤニヤとこちらを見上げるミルに、イラっとするクリス。アダムヘルで無自覚に御開帳して信者を大量生産していたのを知らぬは本人だけである。

 以前からコイツは無防備なところがあったからなぁと思い、クリスはふと昔にあった『事故』のことを思い出した。


「そういや、お前の部屋に遊びに行ったら絶賛自家発電中の事が―――」

「やめろぉ! 古傷を抉るなぁ!!」


 クリスのイカ臭い思い出話を遮り、耳をふさいでしゃがみ込むミル。

 忘れていた心の傷にクリティカルヒットしたらしい。

 そんなミルを見下ろし、状況的に昨日のも似たり寄ったりだったとクリスは猛省した。


「いや俺も結構動揺しててだな……その、すまんかった」

「全くです。乙女に何という物を見せるのですか、反省なさい」


 クリスの謝罪に、すちゃりと立ち上がりふふんと上から目線で言うミル。

 脳筋は立ち直りも早い。

 クリスがそんなミルに文句を言うより早く、続けてミルが口を開く。


「ま、一昨日フルチャージのを見てたのでまだ許容範囲でしたけど。クリスって普通でもビッグワンなのね」

「……止めてくれ。その顔で俺のチ〇コを真面目に評価するの、マヂで止めてくれ……」


 朝の空気より透き通った美少女の口からたれ流れる己のシモ評価に、クリスの精神は大きな傷を負った。


「まぁ俺の方はそんな理由で寝不足なんだが、そっちは何があったんだよ? てっきり見た目は女子二人、仲良くガールズトークでもして盛り上がってるもんだと思ってたんだが。どうせお前に女を襲う度胸なんてないだろ、出来てちょっとエロいスキンシップ」


 話を替えようとミルの昨夜を聞くクリス。手を出せないと断定しているあたり、幼馴染の生態をよく理解している。


 しかしミルはすぐには答えず、遠い目をして切なさと侘しさと心強さが綯い交ぜになった、何かを悟った大人な表情を浮かべた。


 え? あれ? と、予想外のミルの反応に戸惑うクリス。

 その顔は、普段からミルを見慣れているクリスですら、思わず息を飲むほど―――妖艶だった。


「……大人の階段を登った」

「マジで何があったん!?」


 結局、昨日のミルとフランシスカの真実をクリスが知ることは無かったという。




■◇■◇■◇■




 出発時間に遅れてしまった昨日の反省を踏まえ、朝食前に訓練をすることにしたミル達は、今日も今日とて野営地から距離を取った場所に移動していた。

 だが今日はいつもと違う点がある。普段は二組に分かれるミルとクリスが一緒に並び、それに対するようにアルトとフランシスカ、そして【誓いの剣】の面々が横並びになっているのだ。


 一同が揃ったのを確認し、一歩前に出るミル。今日王都に着くからか、いつものラフなワンピースと違い初日と同じ騎士王スタイルである。

 と、外野から大きな声が掛かった。


「剣士のネーチャン今日も乳揺れ期待してるぜぇ!」

「俺はエルフちゃんだな。細身のエルフにあの乳は反則だぜ。揉みしだきてぇ」

「馬鹿野郎! 乳といやぁ神官のネーチャンだろ! あの谷間で死ねるなら俺は何だってできるぜ」

「フランちゃんって言ったっけか? めっちゃチョロそうじゃん俺あの子にするわ」

「儂は単純に訓練の参考にだな……」

「キャークリスさぁんこっち向いて~!」

「ミルちゃ~ん! 実はずっとなでなでしたかったの~。今日最後だからあとで抱っこさせてぇ」

「俺もミルちゃんを―――」

「「「「「衛兵さんコイツです」」」」」


 さっとクリスの影に隠れるミル。


 ミル達を見ながら野次とも歓声とも取れる声を上げているのは、Cランクパーティの面々だ。

 すでに朝食の準備を終えたらしい彼らは、ミル達から十数メートル離れた位置で食器片手に観戦モードになっている。

 ミル達の訓練風景を見ているうちに、声を掛け辛いほどの美貌を持つミルとクリスにも野次を飛ばせるくらいに慣れたようだ。

 一部の女性冒険者は、クリスに黄色い声を上げ、ミルのビスクドールのような可憐な容姿に骨抜きになっている者もいるようで、最終日にこれでもかと仲良くなりたいアピールをしていた。


 何か居るなー、と思っていたミルは突然の野次と黄色い声にめちゃくちゃビビった。

 クリスの影から、恐る恐る顔を出してみると。


 キャー


 ビクッ、ササッ


 カワイイー



 その野良猫の様な動きに、お姉さんたちが黄色い悲鳴を上げ、オッサン共もほっこりした。


 それに反応したのは自称ミルの姉こと誓いの剣の三人娘。

 内心“わかるー”と思いつつも、ギロリとCランクパーティの面々を睨みつける。


 Cランクの彼らはまだレベルが低いお陰で、目の前で行われている訓練がどれだけ常軌を逸しているかが今一つ理解できておらず、結果として一番近くで見ていた。そして、ここ数日の訓練で急激にレベルの上がったエリーナ達のガン付けで冷や汗を流して押し黙ることになった。


 特に胸の事で野次を飛ばしていた男共は、その事で睨まれていると勘違いして顔ごと目を逸らす。実際は自称姉を拗らせた残念三人娘の醜い嫉妬なのだが、結果として静かになったのでミルはほっと一息吐くことが出来た。彼女にとっては戦闘行為より、注目される方がよほどストレスらしい。


 恐る恐るクリスの陰から顔を出すと、ただでさえ下がっていたミルの眉根が更に八の字になる。

 Cランクパーティの後ろに、騎士団とBランクパーティの団体様を見つけたからだ。さらにその後ろにAランクパーティの面々も全員揃っている。こちらは怖いもの見たさか。


「……昨日より野次馬多くなってるし。何で騎士団まで、たかがCランクパーティの訓練を見物に来てるんですか」

「グレア大司教とギルドマスターが見学してるからじゃないか? むしろ旅隊の殆どの面子が揃ってる気がしないでも無い。まぁ気にしても仕方ねぇだろ。ほら見られてるの気付いてお爺ちゃんが手を振ってるぞ。振り返してやれよ」

「えー……やり辛いなぁ」


 そう言いつつも手を振るミル。

 グレアお爺ちゃん思わずガッツポーズ。見た目は孫娘と変わらない年の料理上手な少女の可愛らしさに、自分の立場も忘れて大はしゃぎだ。

 何気に騎士団の中にもガッツポーズする者が続出しているあたり、ミルの人気の高まりが窺い知れる。


 そしてBランク冒険者のパーティ。

 彼らの中にもミル達の訓練を見ていた者もいたようだが、Cランクよりは何が行われているか理解できており、しかしAランクの“なにあれ怖い”と分かるほどには理解できなかったため取り合えず騎士団と同じくらいの距離感になっていた。何かあったら押し付けようという魂胆が透けて見える位置取りである。


 そして一番遠いAランクさん達。完全にいつでも逃げられる態勢。


「え、えっと。きょ、今日は最後の訓練になるので、みんな一緒にしたいと、お、思います」


 クリスの影からそっと出てきたミルが、どもりまくりながら言う。

 びくびくしながら一生懸命に喋るミルにまたもほっこりする一同。保護欲を掻き立てられる姿だった。


「んと、その、かかか、掛かって来なさい! どうぞ!」


 全員から注目されて真っ赤になりテンパる。

 意味が分からずきょとんつするアルト達に、見かねたクリスがコホンと咳払いして続けた。


「あー、なんだ。実は昨日俺とアルト、エリーナ、ミリア、エマとで訓練したのが非常に羨ましかった様でな。自分もみんなと一緒に遊びたいんだと」


 言葉通りに受け取ったCランク冒険者の面々、更にほっこり。


 一方の訓練を受ける面々の顔には困惑が浮かんだ。

 代表して手を挙げたのはエリーナ。


「それはつまり、私たち全員とミルちゃんクリスさん二人で模擬戦という事?」

「いや、俺は中立。てか攻撃は参加しないが支援はするからエリーナ達側になるな。俺を含めたエリーナ達全員対ミルだ」


 それを聞いてエリーナ達はほっとした。昨日は四人がかりでクリスに叩き伏せられ、一昨日は三人でミルに手も足も出なかったのだ。二人揃ったら蹂躙される未来しか見えなかった。


 だが、外野はそうとは思わない。


「おいおい、その嬢ちゃんが強ぇのは知ってるが、流石に6対1は無ぇんじゃねぇか?」

「遊びたいとか言ってたから本気じゃねぇんだろ。それなりに出来るのBランク冒険者だって、Cランク6人相手にしたら普通に無理だぜ」

「ミルちゃ~ん。みんなに遊んでもらうのはいいけど怪我はだめよ~」


 飛ぶ野次にピクリと引き攣るミルの頬。Cランクの面々としては純粋にミルを心配しての発言だったのだが、本人はそう取らなかった、“舐められている”そう思ってしまったのだ。エリーナ達には不幸な事に。


「……ふ、ふふふ、ふふふふふ。いいでしょう気が変わりました。ちょっと本気を出してあげましょう」


 前髪で目が隠れ、口が三日月のように吊り上がるミルに、不穏な空気を感じる一同。

 脳筋は気も短い。

 相棒の様子を不安に思ったクリスが声を掛けた。


「おい。ちゃんと手加減しろよ」

「勿論です。でも手は抜きませんから」

「お前以外が言えばいい台詞なんだろうが……不安しかねぇ」

「失礼な。これから彼女達が強敵に出会ってしまった時、今日この時の経験は生死を分かつ得難いモノになるでしょう。圧倒的格上に安全に立ち向かえる機会なんてそうそうないのですから」


 真面目腐って言っているが、クリスは気づく、ミルの頬が薄っすらと上気していることに。

 この脳筋、すでになんかスイッチ入りかけてやがる、とクリスは不安に思った。


「もっともらしい事言ってるが、ただりたいだけ―――」

「クリスさん、やらせてください」


 ミルの様子に、クリスが言い終わるより先に声を発した者がいた。

 今までずっと恥ずかしそうに下を向いていたアルトだ。彼は何かを振り切るように顔を上げると、真剣な顔でミルに言った。


「えっ!? アルト君!?」

「エリーナさん、ミルさんの言う通りです。彼女ほどの使い手に、クリスさんの回復魔法という保険有りで挑める機会などそうないでしょう。多少の怪我なら治してくれますよね、クリスさん」

「そりゃちょっと死んだくらいなら大丈夫だが……」


 クリス、ミルの様子が気になりすぎてうっかり口を滑らし内心冷や汗。

 が、一同は微かに笑っただけだった、幸いなことに場を和ますクリスなりの冗談と受け取ったらしい。


「そ、うね。さすがに6人……クリスさんは攻撃しないから実質5人だけど、それだけいれば掠らせるくらいはできるかしら」


 果てしなく低い目標を掲げ周囲を見渡すエリーナを、笑う人間はこの場にいない。大幅にレベルアップした彼女らをしてそう思わせるだけの力の差を、ミルは彼女らに刻み込んでいた。主に胸や尻に。


「こちらの意見はまとまりました。ミルさん、よろしくお願いします」


 やっと昨日ミルに見られたことをふっ切ったらしい彼が頭を下げるのに合わせ、他の4人も頭を下げる。それを見て、こちらも気を引き締めたミルは、先ほどの暗い雰囲気を感じさせないキリリとした顔になると、クリスに向き直った。


「クリス、彼らに完全支援(フルバフ)をお願いします」

「……あいよ。お前らの覚悟良くわかった。これから俺の全力支援するから―――死ぬなよ」


 不吉な事を言うクリスに何か言う前に、アルト達の体が光に包まれる。


極限筋力増加マキシマイズストレングスアップ】【極限頑丈増加マキシマイズバイタリティアップ】【極限速度増加マキシマイズアジリティアップ】【極限器用増加マキシマイズデクスタリアップ】【極限知力増加マキシマイズインテリジェンスアップ】【詠唱削減(カットスペル)】【詠唱速度増加キャスティングスピードアップ】【スキル発動速度増加】【スキル硬直減少】【クールタイム減少】【動作最適化(ムービングアナライズ)】【思考速度上昇(アクセラレーション)】【祝福(ブレッシング)】【讃美歌(グロリアス)】【戦意高揚(ブレイジングハート)】【恐慌耐性向上】【三重防護壁トリニティディフェンスシールド】【継続治療空間リジェネレートフィールド


 周囲の者が目を見張る中、次々にクリスが呟くとアルト達5人の体が淡く輝き体に力があふれ出す。

 支援魔法のオンパレードだ。

 アルト達が強く実感できるほど上がるステータスに、激しく高揚する心。


 溢れ出す全能感に、これならミルにも勝てるかもしれない、と全員が思った。


「よし、これで今のお前達なら軽く100レベル分くらいステータスが上がったぞ。防御魔法もしたし、俺から半径300mは多少の傷なら自動回復する。では、健闘を祈る」


 そう言って下がるクリスに、互いに頷くと武器を構え、ミルから距離を取ると即席で隊列を組むアルト達。


 前衛がアルトとエリーナ、中衛がミリア、後衛がフランシスカとエマ。

 全員が一番得意な位置に落ち着いた形になった。

 今のフランシスカとエマは前衛もやれるし、ミリアに至っては短剣で前衛、精霊魔法で中衛、弓で後衛と何でもこなせるオールラウンダーだが、アルトとエリーナという前衛専門がいるのだからこの形がベストと判断したのだろう。クリスも同意見だ。


 戦意は揚々。即席の5人パーティだがバランスのいい形に仕上がった。あとは連携次第だろう。

 やれる、やれるぞ! とアルト達が自信を深める中、ミルが最後通達―――もとい最後の確認に声を掛けた。


「準備は出来ましたね? では」


 ミルの手に、白黒二振りの大剣が出現。

 ミルの身の丈を超える、意匠を凝らしたその大剣に誰かが声を上げるより早く、ミルが呟く。




「【狂戦士化(バーサーク)】」




 ――― ゾワッ!




 走る悪寒。立ち昇る殺気。

 全身に無数の刃を突き付けられているような。

 首筋にナイフを押し当てられているような。

 直接心臓を鷲掴みにされたような。

 圧倒的“死”の気配。


「っ!?」


 ミルの豹変に、息を飲むアルト達。

 

 そして、それ以上に驚愕した野次馬達。

 突然に、爆発的に膨れ上がった殺気に恐慌する事すらできない。


 Cランクの一人が、頭を真っ白にしたまま手に持つ食器を取り落とした。



――― カンッ



 地に落ちたそれがまるが合図であったかのように、アルトの中に広がる強烈な危機感。


 まだミルは最初の位置で両手に剣を下げたまま微動だにしていないのに、アルトは右手の剣を防御するように体の横に構えた。


――― ドガッ!


「ガッ!?」


 刹那の衝撃。舞う血飛沫。


 一瞬前まで十メートルほどの距離を開けて立っていたミルが、コマ落としのようにアルトの真横に出現し、剣を振り抜いている“結果”のみを、アルトは高速で流れる景色の中に見た。


 真横に吹き飛ぶアルト。

 誰もがアルトの“死”を予想するが、実際は大剣の腹で殴り飛ばされただけだ。下手に防御出来てしまったせいで、押し負けて自分の剣で肩を切る結果になってしまったが、命に別状はない。その傷もクリスの範囲治癒魔法ですぐに癒えた。


 だが、アルトを吹き飛ばしただけでミルは止まらない。


――― ドッ!


 次はエリーナ。彼女は反応することすら許されず、ミルの大剣に腹部を打たれて倒れ込んだ。


 秒にも満たぬ間に前衛二人を失い、残り三人。


 それを見たミリアは咄嗟に地面に倒れこむ様に身を屈めた。

 このプレッシャーを感じるのが二度目の彼女は、エリーナよりも早く精神的に復帰し、行動を起こすことに成功していた。


 屈み込んだのは勘だ。回避は見てからでは間に合わない。アルトとエリーナは両方、大剣の腹で殴られているのだから、自分もその可能性が高いと読んだのだ。


 予感は的中。頭上数センチを通り過ぎる豪風を感じ、弓を諦め短刀に手を伸ばそうと考えたところで、視界の端に黒い塊が。


――― ゴキッ!


 ミルの二本目の黒剣が、短刀に手を伸ばしたミリアの左腕に直撃。骨の砕ける鈍い音を響かせて彼女も吹き飛んだ。


 そこでやっと、ミルの周りに魔法が発動する。

 いや、ここまでで二秒かかっていないことを考えれば、驚異的な速度と言えるだろう。


 フランシスカとエマの【詠唱短縮(クイックキャスト)】と【多重詠唱(マルチキャスト)】、そしてクリスに強化された知力と詠唱速度がこのスピードを実現していた。

 停滞は一瞬、色とりどりの光球が十数個、同時にミルへと殺到する。


 だが、その全ての光球が瞬時に掻き消えた。同時に地面に刻まれる無数の傷跡。

 ミルが全ての光球その悉くを切って捨てたのだと気づいたのは、クリスのみ。


 吹き飛んでいたアルトが地面に叩きつけられた。だが意識のあった彼はその反動を利用し転がりながら体勢を立て直し、片膝を付いて顔を上げる。

 その目に映ったのは、ミルの持つ両手の大剣の柄を鳩尾に叩きこまれ、体を折るフランシスカとエマの姿。


 自分達は殆ど何もできないうちに、彼女に負けたのだと、アルトは理解した。


「……クリス、起こしてあげて」

「あいよ。このくらいの傷なら【持続治癒空間リジェネレートフィールド】張ってるから秒で回復する。あとは気絶してる奴らだな、【下級回復(レッサーリカバリー)】」


 パチリと目を覚ますエリーナ達。


「い、生きてる……?」


 エリーナは仰向けのまま、呆然とそう呟いた。

 それほどに死の気配を間近に感じたのだろう。


 軽く数十メートル吹き飛ばされた場所から、自分の剣が食い込んだ方の肩を回しながら帰ってくるアルト。

 どこも異常のない体を、ペタペタと半信半疑で触るエリーナ。

 ミリアは気絶していなかったが、明らかに砕けた左腕が着地したときには何事もないかのように治っているのをグーパーしながら確かめていた。驚異的な治癒力を有する領域に開いた口が塞がらない。

 フランシスカとエマも、何が起こったかさっぱりだが唐突に消えた自分たちの魔法に首を捻っている。


「情けない。特にエリーナ【知覚速度上昇(アクセラレーション)】掛けてんだから、超集中すればギリギリ反応できるだろ。【恐慌耐性】まで付けてやったのに、ミルのプレッシャーに呆然として何もできずに倒されるとか前衛として情けなさ過ぎるぞ」


 盾役もこなすクリスの言葉に、唇を噛むエリーナ。まったく持ってその通りだ。前衛たる自分が簡単に落とされてどうするのだと顔に悔しさがにじみ出る。


「……まぁミルちゃんのアレ(・・)に初見で身を竦ませるなというのは難しい。漏らさなかっただけ偉い」

「も、漏らすわけないでしょ! 子供じゃないんだから」

「……そうかしら」


 落ち込むエリーナを励ましたはずが、何故か自分がディスられているような気がして微妙な気分になるミリアだが、近くで腰を抜かしていたCランク冒険者の後衛の女性達が、恥ずかしそうに内股のまま退散しているのを見て安心する。

 大丈夫、ちびったのは私だけじゃない、と。


「ミルさんの本気がこれ程とは……訓練の時は物凄く手加減してくれていたのですね」

「むぅ……数うちゃ当たると思って弾系(ボルト)系の魔法一杯出す練習してたのに、意味が無かった」

「本当に。クリスさんとの訓練で多少前衛としての能力も上がったつもりでしたが、全く反応できませんでした。凄まじいの一言に尽きますね。流石ミルちゃんです」


 口々に感想を言い、ミルの本気に感服するアルトとフランシスカ、そしてエマ。


「まぁ後衛は多少自衛が出来るようになった程度じゃミルの相手は辛いわな。アルトも反応は出来ていたが、せめて数秒は踏み留まらないと訓練にならないぞ。実際後衛の二人は2秒で魔法を発動させてたんだから」

「前衛として、これほど絶望的に長い数秒があるとは思いませんでしたよ……」


 苦笑いするアルトだが、クリスのいう事ももっともだ。もっと訓練してあの動きに付いていけるようにならなければ……とは思うが、対策が全く思いつかなかった。


「凄すぎてどうすればいいかさっぱり分かりませんでしたが、本当の強者の動きと、極限の緊張感を知ることが出来た得難い経験でした。短い時間でしたが、ミルさんにクリスさん、本当にありがとうございます」


 アルトがそう言い真っ先に頭を下げ、それに続いて他の皆も感謝を顔に浮かべ頭を下げる。

 それにクリスは満足そうに笑った。


「そうか、それはよかった」


 さて、じゃぁ朝食の準備に掛かろうか。と皆が動き出すより一瞬早く、クリスがミルに振り向き一言。



「まだやる?」



 ビクゥ! と体を揺らす一同。

 何か満足して完全に終わった感じになっていたが、訓練を始めてまだ5分も経っていない事に気付く。

 そして、あたりに渦巻く殺気が未だに些かも衰えていないことにも……。

 死を余りに間近で感じたためか、感覚がおかしくなっていたらしい。


 恐る恐る、ミルを見る一同。

 寒気がするほど綺麗な微笑みを浮かべていたミルの口角が、きゅぅっと三日月型に吊り上がった。




もう一回(ワンモアセッ)







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