行商のギース
「なんかさっきの門番、様子がおかしくありませんでしたか?」
門から少し歩いたところで、そう切り出してくるミル。
感覚派な分、洞察力に優れるミルは門番の動揺を見逃さなかったようだ。
「あぁ、ここで話すのはちょっとまずいから、宿屋で落ち着いてから話す。さっき貰った本も確認しないといけないしな」
「やはりそうですか……この見た目も罪なものですね。さすがは私です」
「ん? 見た目? 何のことだ?」
得意げに胸を張るミルに、困惑するクリス。
何やら決定的に考えの相違がある気がした。
「門番二人とも私の魅力にメロメロだったという話でしょう? さすがに二人の名誉のためにこんな往来で同志の話をする分けにもいきませんよね」
「いやねーよ!……ねぇのか? 確かに若い方はかなり怪しかったが」
「おじ様の方も最後はメロメロでしたよ。非同志もイチコロな私の魅力……罪作りですわ」
おほほとわざとらしく笑うミルにクリスは反射的に突っ込むが、考えてみればかなり怪しい場面もあった様な気もした。
改めて相棒を見てみれば、淑やか風に微笑み口元を手で隠す姿は、世間一般論で言えばなるほど魅力的ではある、のだが……。
「……魅力ねぇ」
「その証拠に見なさい、道行く人々が私に釘付けじゃないの」
胸を張って自慢げに答えるミル。
周りを見れば確かに、周辺の通行人や店舗の店員などほぼ10人が10人、二人に注目していた。
それはある意味異常な光景である。
実際のところは、二人のレベルが周りと差がありすぎるために無意識に威圧感を放ち、周囲の人間は本能的に危機感から寒気のする方へ視線を向けているのだった。
でもまぁそれは注目される切っ掛けに過ぎず、二人の容姿がずば抜けて優れており、威圧感がある種の意味不明なカリスマ性となって周囲の目を釘付けにしているのもまた事実ではあった。
それが魅力といえば、確かに魅力と言えなくもない。
だがそれはミルを初めて見る周囲の人間だけで、レベルも近く見慣れているクリスには理解できるはずもなく、寂しげな目でミルの張っている胸を一瞥すると。
「……魅力ねぇ」
「二回も言った! というか、その残念そうな目を今すぐやめなさい!」
「いやぁ……お前の魅力は見た目じゃないと思うよ」
「棒読みで微妙な慰めをしないで下さい。好きでこの姿をしてるんです! それにクリスが考えてるよりあるし!」
「はぁ興味ねぇっす。俺のストライクゾーンから離れすぎてて論外。内角高めは避けこそすれ振れねぇよ」
「人の容姿を危険球扱いしないで貰えますか……」
「むしろ幼馴染として、その容姿がドストライクのお前が非常に心配だ」
「リアルで心配そうな視線はやめてっ! 私は紳士だから! 犯罪者予備軍じゃないから!」
注目されている二人の会話は、かなりの人に聞かれていたが、理解できる内容ではなかったのが幸いである。
「よっ、そこの綺麗な兄ちゃんに可愛い嬢ちゃん。よかったら見ていかないかい? ダンジョン産の上物を取り揃えてるぜ!」
そんな二人に声をかける顔に傷のある胡散臭い行商人風の男。
二人に気圧されて声をかけることが出来ない周囲の商人と違い、怖いもの知らずというか何というか。
周囲の人間も「まじか!?」と勇者を見るような目で男を見ている。
「ん? 俺たちのことかな」
「そうそう、そこの派手なお二人さんのことだよ」
「俺は派手なつもりはないのだが……まぁ確かに目立っているか」
声を掛けられ答えるクリスとは逆に、途端に黙り込みクリスの後ろに隠れるミル。
傍から見ればただの人見知りである。
「ふむ。何を売っているんだ?見たところ貴金属……いや装備品のようだが」
「おっ。若いのに見る目があるねぇ。そのとおり能力値アップ機能付きアクセサリだ。どれもダンジョン産の一級品だぜ。見た目も綺麗だから彼女へのプレゼントにも最適だ」
男の言葉に、屋台のような露店に並べてある商品をクリスは眼鏡越しに確認した。
「ふむ……確かに能力値アップはするようだが」
目に映る商品の情報に首を傾げるクリス。
クリスの装備している眼鏡、【知識神シエルの眼鏡】は、上級の隠蔽効果が付加されたモノ以外は大概は鑑定できる【上級鑑定】スキルが使えるアイテムだ。
鑑定内容は、装備品なら名称・攻撃力・防御力・能力補正・特殊スキル・使用方法・作成者・相場などで、人やモンスターの場合は種族・名称・レベル・ステータス・スキルなど多岐にわたる。
ちなみに大きさや重さを計る【上級測定】や罠を見破る【上級看破】も使える超便利な超レアアイテムである。
3年のアップデートで実装された【知識神シエルの大図書館】という中級IDの、更に半年前のアップデートで追加された、えげつない難易度の裏ルートの隠しボスが0.01%で落とす激レアドロップ品で、4桁単位で倒したクリスとミルですら一個しかドロップしなかった逸品だ。
そのレアっぷりは、AAO全体でも数個しか確認されていないことでも察せよう。
その当時、効率の為にパーティ狩りでなくペア狩りが多くなってきた二人が、火力職と回復職という看破系スキルが使えないペアで喉から手が出るほど欲しかった【上級看破】付加アイテムだっただけに、出るまでヤってヤり切った悪夢のアイテムであった。
「レアが出ない? あまえんな出るまでやるんだよ!」と虚ろな目のまま隠しボスに挑み続ける二人の姿は、周りの廃人仲間に今でも語り継がれるエピソードだ。
閑話休題
そんな苦労の末に手に入れたアイテムの鑑定スキルで、能力値アップと相場を確認したクリスは、各種アップが3~7という微妙な、現行の最高級品から見ればゴミ同然、良くて3年前の中級装備程度の性能に眉を顰め、次に思わぬ相場の高さに目を剥く。
「ちなみにこのネックレスはいくらなんだ?」
露店に並べてあるアクセサリのなかで一番能力値アップが大きいものを指さし訪ねるクリス。値札のようなモノは見当たらないので要交渉なのだろう。
「おぉ、にいさんすげぇな。そいつがこの店一番の目玉商品だぜ。普通なら250万リーラだが、にいさんほどの目利きに欲はかけねぇからな。220万リーラでいいぜ」
ゲーム時にこの世界の貨幣は単位をリーラと言い、貨幣価値は安宿で一泊3000リーラ、一食1000リーラ出せばそこそこの食事ができ、駆出しランクのお使いクエストで大体8000~3000リーラだった。
大体1リーラ=1円と思って差し支えない貨幣価値である。おそらく開発段階でそうなるように調整されたのだろう。
ぼったくりかとも思ったが、鑑定で相場を調べたところ平均240万リーラくらいなので、元手のかからないダンジョンドロップ品の直売と考えれば妥当な値段のように思われる。
性能に対して相場が高いのはこの世界では装備性能が低い物しかないのか、ゲームと違い貨幣価値が低いのか。
周りの串焼きや軽食の露店の価格設定から見ると、それほど貨幣価値の低下が起こっているようには見えないのだが。
「こっちの鞄は?」
「あぁ収集鞄か、そいつは結構高性能だからな、50万リーラだ。これ以上はまけれねぇぜ」
「インベントリで事足りるんじゃないのか?」
「あのなぁ、騎士団や一部の冒険者みたいにLvが高けりゃそりゃ使わねぇだろうが、低Lvの一般人には需要が高いんだぜ。御供が持ってくれる金持ちには分かんねぇかもしれねぇがな」
二人の雰囲気からか完全に金持ち扱いしてくる商人を無視し、そういえばインベントリの容量はLv依存だったなと思いだすクリス。
ここ数年はインベントリの大きさなど気にしなくなっていたため忘れていた。
初心者の頃は収集クエストや討伐クエストの素材回収時に、容量オーバーで涙を飲んだものだった。
中級以上ではめったに見なくなったが、初級のころは別のインベントリとも言える収集鞄を持った商人ツリーや生産ツリーのプレイヤーが荷物係として同行していたものだ。
Lv200を超えると、12人のフルパーティなら大抵インベントリだけで対応できるようになるのと、商人や職人ツリーでは即死する攻撃が増えるため、よほどの大規模な討伐クエストでもない限り荷物係の出番は極端に少なくなる。
ちなみにインベントリの拡張は、1Lvにつき1枠拡張され、1枠にはLvと同じキログラムと個数まで入る。
例えばLv10のキャラなら、イベントリが10枠、1枠につき計10kg、同じものを10個までストック可能。Lv100なら、イベントリが100枠、1枠につき計100kg、同じものを100個までストック可能だ。質量か個数で1枠に収まらなければ、2枠目を使うといった具合である。
ちなみにクリスはそこまでではないが、ミルは課金ガチャのはずれでイベントリ拡張アイテムが出るため、ちょっとしたスーパーマーケットくらいなら空にできるほど容量がある。インベントリの大きさに頓着しなくなるはずである。
そこまで考えたところで、ミルに袖を引かれたので振り返ると、『どうせ買わないんだから早く行こうと』と目で催促されたが、クリスは『考えがあるからちょっと待て』と視線を返す。
「おや、お嬢ちゃんは欲しいのがあるのかい? 彼氏にねだってみたらどうだい」
ミルの様子に何か勘違いした行商人が好き勝手なことを言い出すが。完全に無視して質問するクリス。
会話に乗ってもらえない商人が多少哀れである。本人はまったく気にしていないようだが。
「ふむ、と言うか、こんな高級品を無造作に露店に並べていていいのか?強盗にでもあったらどうするんだ」
「ハハッ! 強盗や盗賊が怖くて行商ができるかってんだ! ……というのは冗談でな。俺は本業は冒険者なんだよ。使わなくなった装備やダンジョンで拾ったアクセサリを売ってるのさ。ちなみに位置検索の簡易エンチャントもしてるから、パクられたってすぐにわかる。あぁもちろん売れたら解除するから安心してくれ」
言われて改めて行商人を見れば、確かにLv108とそこそこ高い。
「なるほどな。ランクはいくつなんだ?」
「聞いて驚け、なんとBランクだぜ! 【行商のギース】って呼ばれている。結構有名だと思うんだが聞いたことはねぇか?」
「いや初耳だな。というかどう考えても冒険者の二つ名じゃないよな」
「よく言われる。ダンジョン潜ってるより行商してるほうが多いからしゃーねぇさ」
そういいカラカラと笑うギース。
商人としてみたら、中途半端に伸びた癖の強い赤毛に、両目の下から鼻の中間あたりを通るように走る傷跡と無精ひげ、薄汚れたマントに隠れ切れていない鍛え抜かれた体、と胡散臭いことこの上ないが、冒険者と言われれば気のいいベテランといった風体である。
「ふむ、すまないが今はあまり持ち合わせが無くてね。逆にアクセサリの買取はやっているのか?」
「買取か。さっき言った通り普通は売るばっかりでやってねぇんだが、いい物なら考えるぜ。ただしあんま買取価格は期待すんなよ」
インベントリから【鑑定のルーペ】を取り出すギース。
【鑑定のルーペ】は【初級鑑定】スキルが使えるアイテムだ。
鑑定できるのは名称と能力値程度だが、この世界のアイテム水準を考えると、このルーペもそこそこいい値段がしそうだなと思うクリス。
「これなんてどうだ?」
前回のダンジョンアタックのドロップ品で店売りし忘れていた【深淵の指輪】を取り出し、ギースに渡すクリス。
深淵セットの一部だが、雑魚モンスターからポロポロ落ちるため結構な数がインベントリに入ったままになっていた。
能力値アップは器用さ+20とセット効果がなければただのゴミなのだが、この世界ではいかがなものか。
ちなみに渡す前に軽く鑑定をしたが、相場は空欄だった。
この世界に存在しない、もしくはかなり希少で値がつかない可能性があるので一瞬躊躇したが、これより安いゴミを持っていなかったので仕方ない。
「どれどれ……ッ!!!?!?!?」
ルーペを除いたまま完全に言葉を失い固まるギース。
それを見て『やっちまったか』とクリスは焦った。
「どうだ?」
「お前さんこいつぁ……なんつーもん出して来やがるんだ」
「なかなか良いモノだと思うんだが」
「なかなかってお前、国宝どころの騒ぎじゃ―――っとなんでもねぇ」
余りの事に口を滑らせたギースをよそに、クリスは『こんなゴミが国宝ねぇ』と困惑する。
平静を装いながらもプルプルと震える指先で恐る恐る指輪を返してくるギースを見、冗談って訳じゃなさそうだな、と思った。
「で、買取れるか?」
「馬鹿言うな。まず値段が付けれねぇし、付けれたとしても俺の全財産叩いたって買取れねぇよ」
「ふむ……まいったな、ちょっとこっちも現金が入用でね、多少買い叩いてもいいから引き取ってくれないだろうか?」
「あんだとぅ? そんな事言って、まさか呪いの一品とかじゃねぇだろうな」
「んな分けあるか。鑑定で確認してただろうが、ちょっとこっちに込み入った事情があるんだよ」
「事情ねぇ……」
腕を組んで目を瞑り、リスクとリターンを天秤にかけるギース。
しばらく考え、結論を出したようで一つ頷くと目を開き、クリスだけに聞こえるように顔を寄せると小声で言った。
「分かった。買おう、だが出せる金は2000万までだ。それ以上はどう頑張ったてだせねぇぞ。あと条件が何個かある」
「条件?」
「一つ、さすがに手持ちはねぇから冒険者ギルドの倉庫から金を引き出したい。二つ、この取引が後腐れなく行われるよう、公式の取引証書を作ってサインしてもらう。あとで返せって言われても困るからな。三つ、このアクセサリを俺に売ったって事は黙っていて欲しい。分不相応な装備品はいらん厄介事を招くからな、知られたくない」
「ふむ、そんな事か。問題ないぞ」
「んじゃ冒険者ギルドに一緒に来てもらっていいか? そこで取引証書の発行もできるから、金を引き出すついでにやってしまおう。取引証書の手続きに少しかかるだろうから、ちと待ってもらうことになるかもしれねぇが」
「かまわんよ。俺達も冒険者ギルドに用があったからちょうどいい」
「そうか。ちょっと露店を畳んで商業ギルドに返してくるから少し待っていてくれ。すぐ戻る」
「おう。……あぁ畳む前にちょっといいか、これと、そこの収集鞄が欲しいんだが」
さっそく露店を畳み始めたギースに、肩掛けカバン型とポシェット型の収集鞄を指さすクリス。
「ん?分かった。この程度ならサービスでタダでいいぜ。冒険者ギルドで現金と一緒に渡そう」
「いいのか?」
「正直2000万じゃ安過ぎるからな。取引としてはこっちに利がありすぎる。あと商人の勘ってやつで、ここでお前らに恩を売っておいたほうが後々儲け話に繋がりそうだしな」
ニカっと笑うギースに、お前冒険者だろう、とかそういう事は思っても口や顔に出さないのが商人なんじゃないか、とか思うところは多かったが、表裏の無い相手のほうが取引もしやすいのでスルーすることにするクリスだった。
「なんか、いきなりすごい額の現金ゲットしたわね」
ギースが露店を返しに行っている間に、クリスに話しかけるミル。
ちなみにこの世界の露店は、商業ギルドが管理しており、場所代代わりに屋台の様な露店を有料で貸し出すことで露店数を制御している。
露店の数が多くなりすぎて、広場や道のスペースを圧迫したり、商業ギルドに加盟している既存の商店が不利益を被らないための配慮である。
「すごいだろう。もっと褒めていいぜ」
「善良な一般人にゴミを高額で売りつけたのを褒めろって言われても……」
「人聞きの悪い言い方するなよ! 怪しい絵画や壺じゃあるまいし、この世界じゃ立派な高性能アクセサリなんだから」
「それにしても店売り5000リールを2000万リールで売りつけるとか。無いわー引くわー」
「ほほう……じゃぁお前は分け前いらないんだな、今日は寂しく野宿か、可哀そうに頑張れよ」
「ごめんなさい私が悪かったです一緒に宿に泊まらせてください」
「分かればよろしい」
速攻で手のひらを反すミルにニヤリと片方の唇を上げるクリス。なかなか堂に入った悪い顔である。
「でもアレが国宝級ってこの世界の装備品は質が低いのでしょうか?」
「どうもそうらしいな、感覚的には3年前のアップデート以前って感じか」
「あーそんな感じです。その頃は二桁の能力値アップなんてなかったですものね」
「3年前の『神の箱庭』アップデートで、かなり能力インフレ起こしたからな」
「ということは、今の装備品を鑑定されたらかなり拙いのではないですか?」
「だなぁ。上級隠蔽は早めにつけといたほうがいいんだが……」
「隠蔽は生産系プレイヤーに付けてもらうか、使い捨てのスクロールを使うしかありませんよね」
「3年前のアップデート以前の環境なら、上級隠蔽のスクロールは望み薄だな。とりあえず下級隠蔽探すか」
「心もとないですけど、仕方ありません」
クリスの提案を、多少不安そうにしながらもミルも承諾した。
ネトゲ廃人にとって装備品とはリアル命の次に大事なものであり、極まった廃人ほど装備品のロストは死活問題なのである。
盗まれたりしてロストしたら、この世界からログアウトしかねない。それほどなのだ。先手を打ってリスクを抑えることができるなら、それに越したことはない。
「ところで、最後の収集鞄はなんだったんです? 別に必要ないのではないかしら」
「あんまインベントリが大きいとLvを疑われるからな。この世界の初心者は初心者らしく振舞わないと、いらん疑いを掛けられてもつまらんだろう」
「なるほどです!」
すでに手遅れである。
まぁ二人を全く知らない相手ならある程度通じるかもしれないが、Lv差からくる威圧感はいかんともしがたい。
そんな事とはつゆ知らず、取り留めのないながら重要な話を済ませたところで、ギースが戻って来た。
「ようお待たせ、すまんねお二人さん」
「いいさ、んじゃ冒険者ギルドへ案内してくれるか」
「おう。こっちだ付いてきな。つってもすぐそこなんだが」
そう言い、歩き出すギースの後を追う二人だった。
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