欺瞞と驚くべき真実
~~~ アダムヘル北門 クリス視点 ~~~
ミルに対応を丸投げされたクリスは、近づいてきたアダムヘルの街を確認する。
「アダムヘルも変わってな……くは無いのか?」
「明らかに高い建物が増えていますね。前は外壁の外から中の建物の屋根が見えることはなかったはずです」
「だよなぁ。だがしかし、ゲームが現実になったのかゲームのような異世界に飛ばされたのか分からんが、そういう違和感を持ってなかったらこの光景だけで異変を感じるのは難しいな」
「そうですね」
二人が知るのはしばらく後になるが、転生の祭壇からアダムヘル北門までの広い範囲で、アリアによる状態保存の結界が張ってある。
それにより、その結界が張られた時点で中にいたモノは、生物無生物に限らずある程度張られた時点の状態を保存するようになっている。
簡単に言えば、結界の影響下ではラビッポなどは成長し死亡もするが、一定数を常に維持し続ける。草木などの植物は、一定の大きさまで伸びるがそれ以上成長せず、元から生えていた場所から生息範囲を拡大することもない。岩などの無機物に至っては、砕けて砂になろうが一定時間で復活するほどだ。
ただこの状態保存の結界は維持に空気中の魔力を使うので、生物の乱獲や山火事などで中の状況が大きく変わると、元に戻るのに数年かかり、しかもその間周辺の魔力が枯渇するため、基本的に東門から先は巡礼以外は立ち入り禁止であり、無駄な殺生も禁止されている。
また、この結界の範囲は町の外までである。町中はアリアの意思で、出来るだけアリア召喚当時のまま残すようにと言われてはいたが、300年も経てば人々の営みの波には抗いきれず、かなり町並みは変化し、建築技術の発展で高い建物も増えている。
ちなみにこの結界は、結界が張られた後から入ってきたモノには状態保存の効果は及ぼさないが、なんとなく居心地の悪い気分にさせる効果がある。
ミルたちを襲ったゴブリンや盗賊も、ひと月程度で居心地の悪さに耐え切れずここを離れただろうが、その前にミルたちにケンカを売ったのが運の尽きであった。
「だが、明らかに違う部分もあるな」
「違う部分? 何ですか?」
「ほれあの門番二人のレベル、168と280もある」
「レベル168とレベル280……妙に高いですね。ゲームの時はいいところLv20前後だったはずですが」
「まぁゲームじゃないなら差異があって当然じゃないか。むしろ今までほとんど同じなのが不自然と言えば不自然だし」
「超展開に合理性を求めるほうがおかしいですか」
「ま、そういうことだな」
そう言い、スッと一歩ミルの前に出るクリス。
自分が先頭に立って話すため、ということもあるが、門番がいきなり攻撃を仕掛けて来くることを警戒したのだ。
ゲームでは余程カルマ値がマイナスでない限りNPCがプレイヤーを攻撃することはなかったが、この世界ではそういったセオリーがどうなっているのか分からない。
レベル差はかなりあるが、盾職兼回復職の自分はさておき、ぺらっぺら紙装甲の「防御?何それ美味しいの?」を地で行く素早さ-力強さ極の脳筋火力の相棒が、この世界の前衛火力の高火力スキルを受け、うっかりクリティカルすればHPが削れる可能性は十分にあるから警戒もする。
見たところレベルの高い方は盾役っぽいのだが、用心するに越したことは無い。
万一自分に攻撃が来ても、このレベル差の相手ならば直撃してもダメージが通ることは無いだろう。その程度には、クリスは自分の防御力には自信があった。
もっとも、素直に攻撃に当たるほど可愛げのある相棒ではないとも思っているのだが。
「ようこそ、アダムヘルへ。本日はどちらから参られたのかな?」
レベルが高いほうの髭がダンディなナイスガイが、にこやかにゲームと同じセリフで話しかけてくる。
セリフは同じだが、ゲーム時はヘルムで顔の隠れたコピペ型の門番だったことを考えると、個性豊かである。
もう一人の細マッチョのイケメンは、何故かミルを凝視したまま固まっている。
ミルがその視線に居心地悪そうにしているので、そっと背中に隠し、クリスは出来るだけフレンドリーに答えた。
「こんにちは、ご苦労様です。ちょっと事故のようなものでこっちに来てしまいまして、通行手形や身分証のようなものは持ち合わせていないのですが、通ることはできるでしょうか?」
気付いたら転生の祭壇に居た。などとは言えず、取り合えず当り障りのない答えを返す。
「ちっす異世界から来ました!」などと下手なことを言って病院やら教会やら不審者扱いで牢獄やらに連れていかれるのは勘弁願いたい。
「事故ですかな? 失礼ですが何があったか聞いても?」
「それが街道を進んでいると盗賊5人組に襲われまして、森の中を走って何とか逃げ延びたのですが、そのときに身分証が入った鞄を落としてしまったようで……」
全部盗賊のせいにしてやり過ごすことにするクリス。
だいぶ無理のある言い訳だが、『目が覚めるとそこは異世界でした』よりは説得力があるだろう。たぶん。
「なんと!? よくご無事でしたな! どちらの街道で襲われましたか? 騎士団と警備隊へ報告しなくては」
「南の街道で襲われ、無我夢中で走っていたところ、ここへたどり着きました」
驚きながらもこちらをじっと見つめる門番の視線に、あー何か疑われてる気がするなぁ。と思いつつもポーカーフェイスで大嘘を続ける。
「なるほど……失礼ですがお二人は、巡礼に来られたのですかな?」
「巡礼……いえ、そうではないですがアダムヘルへ用事があったので」
これ以上突っ込まれるのはヤバイから話題を変えようと思っていたら、今度は知らない単語が飛び出し一瞬返答に困ってしまった。
ナイスガイの眼光が一瞬鋭くなった気がするが、クリスは気付かないふりでやり過ごす。
というか、情報が足りなさ過ぎて言い訳のしようがない。ゲーム時はもっとすんなり入れてくれたぞ。と心の中で愚痴るが、情報不足はいかんともしがたい。こんな事なら盗賊をひっ捕まえて情報吐かせておくんだったと思うが後の祭りである。
「なるほど、分かりました。盗賊のことは騎士団と警備隊に報告しておきます。こちらへどうぞ。」
これ以上突っ込まれるなら、この門番二人に【催眠】でもかけて無理やり通ろうかと物騒なことを検討し始めたが、話が進んだので大人しく付いていくことにする。
「こちらで、名前と出身地の記入をお願いします。」
巡礼手形と書かれた札に、記入を促すナイスガイ。
え? 書くの? 日本語でいいの? というかこれ日本語で書いてあるけどこの世界の標準語って日本語なの? ってそういえば普通にこっちの人間と話してるけど日本語話してるわ。まぁきっとそんなもんなんだろ何とかなるなる。
といったことを、約1秒で考えて割り切ったクリスは、普通に日本語で名前を書き、出身地は自分たちのギルドの拠点にしておく。
近くにない地名でも、異国から来たって言っておけば何とかなるだろうという安直な考えである。
面倒事になりそうならば【催眠】すればいいや、と考えているあたり割り切りがすごい。いやむしろ、現実と認識しつつもゲーム感覚がそのまま続いている弊害か。
「クリスタール=ロア殿とミルノワール=ロア殿ですね。姓が同じということはご家族ですかな?」
「ええまぁ」
祈るような気持ちで、あんまり突っ込むなよと視線で訴えるクリス。この世界でミルとの関係を説明するのは甚だ遺憾である。
その願いが通じたのか、特に突っ込まれることもなく、出身地の話題に移るナイスガイ。
「出身地はミルドレットですか……聞かない地名ですが異国から来られたのですかな?」
「ええ、遠い遠いところにある国から来ました」
異国って言っとけばセーフティ。そう思っているクリスはアリアとラウディを舐めすぎであった。
だがクリス達が、この世界で自分たちの存在がどういった意味を持つのか、それを知るのはほんの少し後になる。現時点でそれを察して警戒しろというのはいくらなんでも酷である。
「ところで、お二人は巡礼をしに来たのではないと言っておられたが、この先に何があるかご存じですかな?」
「いいえ。あいにくとこの辺りの地理には疎いもので」
無論【転生の祭壇】のことだろうが、異国から来た無知な旅人設定でゴリ押しすることにしたクリスは当然しらばっくれた。
「左様ですか。おせっかいながら、この先には我らが祖国、アルレッシオ聖王国の聖地である【祭壇】がございます。故にこそ、ここアダムヘルにはいろいろと聖地に対する作法や注意事項がございましてな、異国から来られたのでしたら、そういったことには疎いでしょう。いつまでアダムヘルで過ごされるかは分かりませんが、悪気はなくともそういったものを無視すれば、この街に居づらくなることもあります。我々としても、知らずに行ったことで旅の方が不快な思いをするのは避けたい。よって、こちらにそういった作法や注意事項をまとめた物がありますので、最低限これの最初の項だけ読んでから町に入って頂くようお願いします」
「分かりました」
妙に分厚いガイドブック的なものをナイスガイから受け取るクリス。
「あぁ、異国の方ですと、こちらの文字は読めますかな? 念のため表紙のタイトル部分だけ読んでみて下さい」
「『【転生の祭壇】についての作法と注意要項』ですね。特に問題なく読めますよ」
普通に日本語で書いてあるのだ、読めないわけがない。
しかし、普通なのはタイトルだけで、一つページを開けばその中身は驚愕の内容だった。
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『【転生の祭壇】についての作法と注意要項』
※注意:始めに、このページを読むときは出来るだけ真面目にポーカーフェイスで読んでくれたまえ。
やぁ元気かい?こっちに飛ばされるなんて災難だったね。
この文を読めるってことは同じ同胞だとは思うんだけど、ちゃんと読めてる?
写しのチェックはしてるんだけど、こっちの世界の人にとっては意味の分からない言語を写してるわけだから、多少の誤字は勘弁してあげてね。
前置きはこの位にして、本題に入ろうか。
君たちは今、かなり混乱してるんじゃないかな?
私も最初はそうだったよ。心中お察しします。ご苦労様です。
あぁでもまずはこれを書いとかなきゃね。
『 よ う こ そ 異 世 界 へ !』
歓迎するぜ新人!
このクソみたいな世界で、のたうち回りながら死んでくれ!
……というのは冗談だよ。
ホントだよ?
まぁ私もここ50年の英雄&国王生活でだいぶ性格歪んだ気がするけど、今のとこはまだ壊れてないと思うんだよね。うん。そろそろキツイんだけど。
まぁ私の事はさて置き、君の事だ。
もう察しているかどうか分からないけど、ここは異世界で現実だ。
まずはそれを素直に受け入れよう。
現実逃避しても変なとこで野垂れ死ぬだけだからね。
私が大分改善したけど、それでもサバイバリティ溢れる異世界だから、いろいろ苦労も多いと思うんだ、私もめっちゃ苦労したし、主にトイレとお風呂とご飯。
まぁその辺のインフラは国王在位中にかなり整備できたと思うから、君はそこまで苦労しないんじゃないかなぁ。私に超感謝してくれていいよ。
おっと話が逸れたね。
まぁなんだ、私も頑張ったけどまだまだ苦労は多いと思う訳よ。そして先輩として、後輩ちゃんには少しでも楽して貰いたいと思ってるわけ。
で、だ。
君の為に、この世界で君を支援する組織を作っておいた。
聖王国とアリア教会がソレだ。
ただ、私も君の人間性を無条件で信じるわけにはいかなくてね。
聖王国とアリア教会の上層部には、君を支援するように話はしてあるけど、出来るだけ疑って疑って疑いぬいてから、本当に君が同胞で、しかも普通の人であることを確認してから支援するように伝えてある。
ちょっと今の自分は持ち上げられすぎて、神聖化されちゃってるから、逆にそれくらいしとかないと無条件で君のことを信じちゃいそうで怖いんだよね。ごめんね。
私としても、いくら同じ同胞でも、赤の他人に私が血反吐を吐きながら作った国と私の子孫たちを蹂躙されるのは看過できないんだ。
だから、序盤に直接的な支援はあまり受けれないと思うけど、まぁ同胞なら適当にモンスター狩ってれば生活はできると思うよ。うん。頑張れ。
あと、この世界に必要そうな知識は、この本にまとめてあるから、暇なときに目を通しておいてね。
まぁこれを君が読んでいるときに、私がいなくなってどのくらいの年月が経ってるかは分からないから、この本の知識がどの程度あてになるかも分からないけど、無いよりいいと思うよ。
少なくともこれを読んでいるということは、聖王国とアリア教会は存続してるはずだしね。
ちなみに豆知識で、私がこの世界に召喚された年が聖歴1年になっているから、今何年かは門番にでも聞いてみるといいよ。
聖王国かアリア教会の上層部が君たちのことを認めたら、接触してくると思うから、それまではこの世界の生活に慣れることを優先してればいいんじゃないかな。
あ、ちなみにこれを読んでる時点で、門番は君が同胞って事に気付いてるよ。ただ、向こうは君に気付かれてるってことは気付いてないから、そっとしておいてあげてね。
楽しようとして君のほうからグイグイ行ったら、逆に疑うように言ってあるから注意するように。
じゃぁまぁそういうことで、頑張ってね!
アリア=アリネージュ
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いろいろと突っ込みどころ満載すぎて、無表情を保つのを苦労するクリス。
まずここが異世界であることが確定したのはいいとして、聖王国? アリア教会? 同胞?
新しい単語が多すぎて整理しきれない、というかアリアリさん突然引退したと思ったらこんなとこにいたんですか! とか、あと口語での文章読みにくいよ! とか、どうやって自動翻訳されるはずの日本語を日本語のまま写させたんだ!? とか、冷静な無表情の下でパニック真っ最中のクリスだが、感極まったようなナイスガイの視線に気づき表面上は何とか平静を取り繕う。
「どうかしましたか?」
「いや失礼。目にゴミが入ったようでして」
泣きたいのはこっちだよちくしょう!
クイっと眼鏡を挙げ、自身も光の反射で濡れそうになる目頭を隠しながら、心の中だけで文句を言うクリス。
「失礼しました。読み終わられましたら、通過の監査は終わりですので、どうぞお通りください。あぁそのガイドブックは差し上げます。旅の助けになるでしょう」
「分かりました。行こうかミル」
「はい」
取り合えずこの本をミルに見せるのは落ち着いてからにしよう、直情的な脳筋にこんなものを見せたら何をしでかすかわからない。
そう考え、本を閉じミルを促して門を通ろうとしたとことで、クリスは聞き忘れていたことを思い出した。
普通なら妙な質問かもしれないが、向こうももう感づいているようだし知ったことかと割り切り、念のためアリアの助言通りに聖歴を確認しておく。
「あぁちなみに今日って聖歴何年の何日ですか?」
「聖歴368年4月14日ですな」
300年強経ってんじゃねぇか!!
あまりの年月に眩暈を覚えながら、歩き出すクリスとミルに、ナイスガイが思い出したように声をかける。
「あ、ちなみに冒険者ギルドはこの通りを真っ直ぐ進んで15分ほどの所に、宿屋は冒険者ギルド過ぎて10分ほどのところに手ごろな宿屋街がありますぞ」
「なるほど。親切にどうも」
「……ありがとう」
行動パターンお見通しっすなー。
もはや苦笑するしかないクリスだった。