一生の宝
「さて、アホな事言っとらずに、あの二人を治療してくるわ」
「え、あぁうん。ところで狩られる側に回りかねない事への感想は?」
「蹴散らせば良かろうなのだ」
「流石クリス、み~とぅ。まぁ私たちの場合はメタスラと違って狩られる必要ないしね~」
下手をすれば、捕まって経験値の為にペッチンペッチン鞭で打たれる未来が見える情報に、一瞬嫌な想像をした二人だったが、結局のとこと蹴散らせばいいだけなので問題ないと結論付けた様だ。
この世界の人々と彼ら二人には、それだけ隔絶した能力の差があった。
クリスはまずどちらかと言えば重傷そうなゴンザレスの元へ向かう。
彼のパーティメンバーが回復を掛けているが、低レベルの下級治癒では回復までしばらくかかってしまう。火傷の状態異常も掛かっているようだし、さっさと治した方がいいだろう。
「【中級治療】【中級回復】、どうだ。立てるか?」
「お、おぉお!? 凄まじい回復力だな。噂は話半分に聞いていたんだが……これは相方の嬢ちゃんがギースを圧倒したってのもマジなのか?」
瞬時に全快した己の体を驚愕で見つめるゴンザレスと、目を疑うゴンザレスのパーティメンバーの回復役の女性。特に回復役は己の回復魔法との効果の違いに己の手をジッと見ている。
一応彼女の弁護をしておくと、依頼前にMPを大量に使う訳にはいかなかったため、中級治療でなく下級治癒を選択していただけであって、彼女も中級治療は使うことが出来る。
だが、彼女の中級治療一発でゴンザレスを全快にできただろうか。答えは否だ。それ故に、一流を自負する自身の治療魔法と比べて、単純に回復量の多いクリスの治療魔法に、自分のものと何が違うのかと混乱したのだった。
真実は単純にレベル差なのだが、一流を自負するAランクの彼女は、Cランクの回復役が自分よりレベルが高いという事に思い至れない。
「まぁそうだな。疑うならアーシャっていう冒険者ギルドの受付嬢が同行しているから、その娘に聞いてみると良い。俺たちの昇格試験の見届け人もした娘だ」
そう言いながら、うずくまったままのゴンザレスに手を差し出すクリス。
「……まぁ、事ここに至れば疑うのも無粋だ。信じよう。先ほどの無礼を詫びる」
自身の言動に対する後ろめたさでもあったのか、数瞬差し出された手に目を泳がせたゴンザレスだが、意を決するようにその手を掴むと立ち上がった。
「誤解が解けたようで何よりだ。まぁ冒険者の代表を務めるアンタの言い分も至極もっともだし、俺は気にしていない。相方には……まぁ俺からうまくいっておくさ」
「そうしてくれると助かる。流石に今すぐ謝罪に行くのはちと気まずくてな」
引き上げた手をそのまま握手に替え、不意に芽生えた男同士友情を確かめるように握り合うクリスとゴンザレス。ゴンザレスは心なしか照れくさそうだ。
「さて、じゃぁ俺はあそこで伸びてるのに誰にも治療してもらえない可哀想な斥候の治療をしてくる」
「あぁそうしてやってくれ」
「うむ……そろそろ手を放してくれないか?」
「……ん? おぉ、すまんすまん」
握手したままだった手を慌てて離したゴンザレスを置いて、クリスはギースの回復に向かった。
「……あやしい」
そんな二人をアルトの後ろから少しだけ顔を出してジッと見つめるミルの姿が。家政婦は見た、ならぬ火力職のミルである。
「え? な、なにがですか?」
自ら意外なほど近くまで来てくれたミルに、戸惑いながらも嬉しそうにするアルト。ミル的にはたっつんバリアが無くなったので代用しているだけなのだが、逆に言えばクリスの代用に使われるくらいには信頼を得た……のかもしれない。
「あの男、私に対しての反応……そしてクリスに対するあの態度……さてはゴリッゴリのホモですね!」
「「「「!?!?」」」」
「えぇ!? いやそれはいくら何でも彼に失礼なのでは!?」
ミルのトンデモ発言に、驚愕を露にする諜報員三人娘+フランシスカ。困惑するアルト。
「美青年とツンデレおっさんのひと時の愛……どう思います?」
「……いいかも」
「何かしら……この胸に込み上げる熱い情熱のようなものは」
「(こくこく)」
「生産的ではありません。ちょっと理解できないです」
上から、ミル、エリーナ、エマ、ミリア、フランシスカ。
フランシスカを除き非常に肯定的な女性陣に三歩ほど後ずさるアルト。
「貴女方は何を言っているのですか!? むしろ奥さんであるミルさん的にはそれはアリなんですか!?」
「私は面白ければそれでオッケーです」
「えええ!?」
女性陣の知られざる生態と、快楽の為には旦那も差し出すミルに、困惑を隠せないアルトだった。
■◇■◇■◇■
「ねぇねぇクリス。お昼って止まるんですか?」
ギースとの別れを惜しみ、によによする女性陣にハテナマークを浮かべっぱなしのクリスとその一行がアダムヘルの町を出発して、すでに三時間ほどが経過した。
時間は丁度正午頃、そろそろ小腹が空いてきたミルは、幌から上半身だけを出して御者をするクリスにそう問いかける。
「中はなかなか話が弾んでるようだな」
「んふふ~。フランちゃん可愛いよフランちゃん。今は可愛さが確変ランクアップ中だよ。見る?」
「さよか。御者中じゃなかったら見ても良かったが、流石に手が離せねぇわ。んで昼休憩だけどな、そんなモノは無い」
そう言って、干し肉を取り出すクリス。
「えぇ? 強行軍とは聞いてましたけど、小休止も無いんですか? 馬大丈夫?」
「一応、三時間ごとに10分ほど馬の水分補給と食事で止まるが、馬の体力的なものは回復魔法で何とかするんだそうだ。つか周りを見ろ、御者の他に回復役が御者台に座ってるだろ。定期的に持久力持続回復と下級治癒掛けて走り続けれるようにしてるんだわ」
「うわーブラック。可哀そくない?」
「企業戦士もびっくりの馬車馬っぷりだが、今回が特別で毎回こんなブラック労働ってわけじゃないだろうさ」
「そうなのかなぁ……」
「まぁ俺らが心配する事じゃねぇよ。馬だって貴重な労働力で安くも無いだろうから、普段はちゃんとしてるだろうぜ」
心配そうに馬達を見るミルの口に、クリスは持っていた干し肉を突っ込んだ。
「あむ」
「それでも食って引っ込め、舌噛むぞ」
突っ込まれた干し肉を頬張るミル。
ミルの小さな口には少し大きいそれを、しゃぶっては取り出し、かじってはもごもごしてみるが、一向に柔らかくならない。というか。
「んくっ……くちゅ……、この黒くて硬いの、まじゅい」
「突っ込まねぇからな!」
「なんかここの所のミルさんの様子が、ちょっと親しみやすくなっていいですね。心を許してくれて来たのでしょうか」
幌の隙間から尻だけ出しているミルから目を逸らし、フランシスカを見つめながらそう言うアルト。
膝丈のティアードスカートなのでパンツが見えることは無いが、アクセントに青い刺繍の入った白オーバーニーソとスカートの間に見える絶対領域、そしてフリフリと揺れるお尻に繋がるガーターベルトのラインに、視線が吸い寄せられるのを持ち前の紳士力で必死に抗っていた。
「……あれはむしろ地が出て来ているのではないかしら。まぁ気を許して下さって来た事は確かだと思うし、親しみやすくなったのも分かるけど……その、ずっと引っ付いていられるのはちょっと困る」
三角座りで膝の上に顎を乗せたフランシスカは、そう小声で言うと溜息を吐く。
男女で左右に分かれた車内で、ミルはアルトに警戒してか、ずっとフランシスカに引っ付いていた。
ちなみに車内にはお尻に敷くクッションはあるが椅子は無く、平荷台と呼ばれる形状だ。椅子があると乗員が限られてしまうというのが一つと、インベントリの節約に荷台に荷物を載せたい冒険者もいるのでこの形が採用された。
命の恩人で敬愛と尊敬を抱く相手に、常時横に張り付かれたフランシスカは、嬉しいやら緊張するやらで気疲れしていた。
この辺り、パーソナルスペースの把握ができないコミュ障のミルらしい踏み込みなのだが、本人は気に入った娘に取り入ろうと必死であり、フランシスカをアルトに取られることの警戒もあって普段の外行き無口キャラを投げ捨てて話しかけていた。
そして、それにうまい事話しを合わせて話を広げるアルトのイケメンコミュ力と合わさり、意外と話の弾む車内にはなっていた。のだが、フランシスカもそこまで積極的に話すタイプではないので、余計に疲れ気味だ。
「ふふふ。それ、なかなか似合っているよ」
「むぅ……そんなわけないじゃない」
話のネタに、ミルにダウンツインテールに纏められた黒髪と、頭上に置かれたネコミミを恥ずかしそうに抑えるフランシスカ。
三つ編みにしたかったが馬車の揺れとミルのスキル不足で断念し、ダウンツインテールで落ち着いたものの、所々跳ねながら纏められた髪に、芋臭さに拍車が掛かる。
しかしその芋臭さが、ビン底眼鏡と相まって真面目な委員長といった雰囲気になり、恥ずかしそうにネコミミを乗せる姿が琴線に触れたミルは大興奮だった。
隣でにこにこホクホクするミルに外したいとも言えず、かといって自分が似合っているとも思えないフランシスカは、アルトの言葉に口を尖らせた。
「君はちょっと年の割に達観しているところがあるから、そうやって彼女に振り回されている方が年相応でいいと思うよ」
「アルトの癖に生意気。それって私が老けて見えるって事?」
「僕たちくらいの年齢だと、老けて見える、じゃなくて大人びていると言うと思うけどね。僕も大概そう言われるけれど、君は僕から見ても大人びすぎているように思う」
「……まぁとっとと大人にならないと生き残れない場所に生まれたから。それより本当にいいのアルト、昨日の夜も聞いたけど、私みたいな村娘以下の出自の人間に敬語を使わせなくて」
目の前に座る貴き血筋である彼に、ミルとはまた違った対応の難しさを感じるフランシスカ。
昨日の夜の段階で、誘導尋問から彼が貴族以上の身分であることはほぼ確信しており、ゆえにこそ態度を改めるべきか聞いていた。
「昨日も言ったけど、今の僕はただの冒険者アルトだからね。それに君はもうパーティメンバーで同じ冒険者なんだ。対等な相手に敬語なんて使う必要は無いよ。
まぁもっとも、そういった場所で君が僕と同席する機会があれば、それ相応のTPOを求める必要も出てくるだろうけど、君なら対応できるだろう?」
昨日と同じ答えを返してくるアルトに、フランシスカは溜息を吐くと肩をすくめた。
全く、出来たお貴族様だ。みな彼のような誠実さと柔軟な考えが出来れば、噂に流れるような腐った貴族など現れはしないのに、と思うフランシスカだった。
「そんな機会が来るとは思わないけれど、まぁその時はせいぜい気を付けるわ」
「うん。期待しているよ」
目の前で肩をすくめる一つ年下の十四歳だという少女に、アルトは確信に似た予感を感じて深く頷いた。
昨日出会ってからまだ一日しか経っていないが、彼は彼女の思慮深さには驚かされっぱなしだった。
少ない情報からこちらの身分を予測し、しれっと誘導尋問に引っ掛けてくる洞察力と思考能力。
彼のように幼少のころから優秀な家庭教師でもつけて教育されているのかと思えば、教育と呼べるものは師匠についた二年のみで、それまでは文字も書けなかったという。
両親とは死に別れ、師匠につくまではまともにコミュニケーションを取れる相手もおらず、そのたった二年で文字を学習して師匠の蔵書全てを読破、理解したうえに、魔法の習得までこなした目の前の少女。
比較対象を持たないがために、さも当たり前のように語られたその当り前とは程遠い異常性に、アルトはひそかに驚愕していた。
自身も平凡とは言い難いほどに才能に恵まれていると自負しているが、それをして目の前の少女には霞む。
今まで自分は天才だ神童だと持て囃されてきたが、本物の天才とは彼女のような存在を言うのだろう。彼女に比べれば、自分はいいところ秀才止まりだ。
こと頭脳において、もし彼女が優秀な教師の下、真っ当な教育を受けたのなら……一体どこまで羽ばたくのか想像ができない。
本当に、御者席の二人にしても目の前の少女にしても、アダムヘルに来てよかった。結局三日しか滞在しなかったが、グレアに言われた一生の宝に早速出会えたのかもしれないと、アルトは嬉しそうに笑った。
そんなアルトに、不意にフランシスカから声が掛かった。
「ねぇアルト。ミルさんのを見ないのは感心だけど、アタシのパンツを凝視しながら嬉しそうに笑うのは、ちょっとどうかと思うわ」
眼鏡越しに、非常にどうでもよさそうに言うフランシスカに、一瞬何を言われたのか分からずアルトの視線は自然と下に落ちる。そして、三角座りの奥で密かに見え隠れする白色の生地が目に入り。
「えっ!? ち、違っ、というか隠しなよ!」
慌てるアルトに、くすくす笑うフランシスカ。
今後の彼と彼女の力関係が垣間見える瞬間だった。




