速くて硬くてウマいヤツ
対峙した二人に、徐々に場の緊張感が高まっていく。
「シッ」
張り詰めた空気の糸を切る様に、まず動いたのはギース。
低く速く、ゴンザレスに肉薄しようと地を滑る様に間合いを詰める。
短剣の間合いは狭い。3メートル近い斧槍の間合いとは比べるべくもない。だからまずは懐に入るべく、接近する必要があった。
「フンっ!」
そうはさせじと斧槍の柄部分を横凪に振るうゴンザレス。
刃の部分を使わないのは模擬戦で相手を殺さないため、というのも勿論あるが、それより何より、ギースの踏み込みが予想以上に速く、刃の部分では間に合わないと本能的に悟ったからだ。
自分の予想よりツーテンポは早く接近してきたギースに面食らいながら、それを押し殺し斧槍を振るう。が、柄は虚しく空を切った。
「チィ」
より低く、深く、地面を這うように態勢を低くしたギースの頭上数センチを、風を巻いて通過する鋼鉄の柄。それを意に介さず、ギースは更に前進する。
ゴンザレスは斧槍を振るった回転力をそのまま利用し、カチ上げるような回し蹴りでギースの接近を阻もうとするが、ギースは体ごと回転してそれも躱す。
しかし、躱す為に回転したことで一瞬足の止まったギースに、今度は上から叩きつける様な裏拳が降って来た。
「はっ!」
流れるような三連撃を、体を捻ってギリギリ躱す。
斧槍の攻撃力に目が行きがちだが、このゴンザレスという男、体術も十分一流で通用する。
ギースはしかし、頬を掠める裏拳を横目に、寿命を縮める思いで更に踏み込んだ。
「シッ!」
「舐めるな!」
足を狙う短剣の攻撃を、ゴンザレスは斧槍の柄を割り込ませることで防ぐ。ギンと甲高い音があたりに響いた。
初撃は防がれた。だが、そこはもう近距離、短剣の間合いだ。都合三度の攻撃を掻い潜り手にした間合いを、そう簡単に手放してたまるかとギースは食らいつく。
「【双撃】!」
短剣の四連撃、二度は幅広の斧部分の腹で受けたゴンザレスだが、残りは受けきれず、浅く裂かれた頬から血しぶきが舞う。
「ぬぅあ! 【掌底】!」
「ぐぅ!」
攻撃は当てた。が、スキル硬直を狙われたギースは左肩にゴンザレスのスキルを食らってしまう。ダメージはそれほどでもないが、相手をノックバックさせスリップ状態にさせる体術スキルに、ギースの体は弾かれて間合いを離され、態勢も崩された。
「【回転切り】!」
離れた間合いにすかさずゴンザレスがスイング系のスキルを使い、斧槍の峰の部分がギースを襲う。峰だから死にはしないが、当たれば戦闘不能は免れない。
ゴンザレスは、この戦いの中で己の中のギースの評価を数段引き上げていた。
実際にパーティを組んだことは無いが、ギースの斥候としての腕は聞いていた。レベル100を少し過ぎた程度でBランクになるには余程の才能が無いと成れない。固定パーティを組まない主義ならば尚更だ。
しかし、【行商】のギースなどという間抜けな二つ名に隠れて、これほどの戦闘力を有していたとは予想外だった。
だが、それもこれで終わりだ。
態勢の崩れたギースに回転切りを避ける術はない。ゴンザレスは勝ちを確信した。
「【空爆】!」
その時、ギースは風属性短剣の魔法を発動させた。
指定空間は迫りくる斧槍の斧部分直下。唐突に起こった爆風に、斧槍が煽られて上に逸れた。
「なっ!?」
魔法を使ったギースに驚愕するゴンザレス。
ぬかった。ギースの前情報と実際の戦闘力の格差、そして手加減しながらも手を抜くことのできないギリギリの試合を強いられたことで、事前にギースが自慢していた短剣の性能を完全に失念していた。
煽られた斧槍はギースの頭上を通過し、自身もスキル硬直で動けない。だが、それは相手も同じはず―――
「【火弾】!」
彼の失策は魔法武器から放たれた魔法は短剣にディレイが発生し、本人は動ける事を知らなかった事。
そして、短剣は二本あったという事。
「っ!?」
ギースの言葉に、今度こそゴンザレスは言葉をなくし迫りくる火弾を見詰め。
「ごあっ!」
着弾。
炎に包まれるゴンザレスを見て、ニヤリと笑うギース。
見た目は派手だが威力が低いから死にはしまい。が、戦闘不能になるには十分だ。
近くにはクリスもいる。多少の火傷なら問題なく治してくれる。
そう思い、ギースが緊張を解いた時。
「おぉぉぉおおぉぉぉ! 【剛拳】!!」
炎を気合で吹き飛ばしたゴンザレスの拳が、ギースの頬を捉えた。
「ガァッ!」
「ぬぅ」
吹き飛びバウンドして動かなくなるギースと、その場で白煙を上げながら膝をつくゴンザレス。
予想外の決着に、周りから歓声が上がった。
■◇■◇■◇■
「解説のミルさん。今の戦いどう思われますか?」
そう問いかけてくるクリスに、ミルも真面目腐って答えた。
「えーと、ギース選手の動きも良かったですが、それを上回ったゴンザレス選手の体術に光るものがありました。斧槍という懐に入られると弱い武器だからこそ、体術にも磨きを懸けたのでしょうね。
ギース選手も昨日使い始めたばかりの武器なのに、十分使いこなして居ましたが、逆に武器に振り回された感がありました。あそこで火弾でなく踏み込んで接近戦に持ち込めば、油断も生まれず勝利する道もあったかもしれませんが……まぁ結果論ですね。
結局のところ、直接戦闘力の劣る斥候のギース選手が重戦士のゴンザレス選手にいい勝負ができたのは、ゴンザレス選手がしっかり手加減してたのに対してギース選手は割と本気で攻めていた事。そして試合を決めたのは、ゴンザレス選手の気合と、ギース選手の詰めの甘さ、といった所でしょうか」
「……お前って戦闘に関してはいたって真面目だよな。その真面目さを十分の一でいいから普段の生活に発揮したら?」
「あら私ほど真面目に生きている乙女は居ませんことよ。オホホのホ」
「そう思うならパンツくらい自分で洗え」
「あらやだクリスさん足にハエがたかっていますわ」
「痛ってぇ! おま、ピンポイントで小指踏みやがって!」
いつものじゃれ合いをはじめる二人の後ろで、ミルの解説にうんうんとしきりに頷くアルトに、一流同士の戦いを初めて間近で見てポカンとするフランシスカ。
エリーナ達も時間にして三十秒に満たないほどの短時間の試合だったが、ゴンザレスの地力と思わぬギースの戦闘力に感心しっぱなしだ。
「というか、ギースってあんなに強かった? さっき言ってた短剣の補助魔法のせい?」
「いや、あの短剣に補助魔法なんて付いてねぇよ」
「え? その割に昨日に比べて大分強いよ?」
「……問題。ゴンザレスのレベルが224。三日前のギースのレベルが108、普通に考えれば瞬殺されるだろうに、いい勝負になった。さて何故でしょう」
ミルだけに聞こえるように小声で話すクリスに、ミルは数秒考えこむ。
「怒りのパワーでスーパーギースになった」
「あれは心優しい野菜星人じゃなきゃなれない。ハズレ」
「一回死んであの世の探偵になって戻ってきた」
「確かに一回死んだが、良い事して死んだんじゃない上に本人死んだ事気付いてないから。ハズレ」
「地下室の妖怪に刺さっていた武器を抜いたら―――」
「あれ俺がやった武器って知ってるだろ。さては当てる気なくなってきたな。
正解は……レベルが上がったからでした」
「えー。普通ぅ」
クリスの答えに納得できなさげに口を尖らすミル。
三日前は百以上レベルが離れている相手に、多少レベルアップしたからといっていい勝負ができるとは思えなかったのだ。
そんなミルをさもありなんと見、クリスは真実を語る。
「今のギースのレベルな、 2 1 5 」
「ファッ!?」
思わす奇声を上げたミルに、何事かと周りの視線が集まるが、ミルはオホホホと愛想笑いで誤魔化し、クリスに密着すると小声で叫ぶ。
「どういうこと!? 鎧猪ってそんなに経験値効率いいっけ!?」
「いや、鎧猪程度じゃここいら一帯絶滅させても届かんだろ」
「じゃぁ何か別の要素が? 経験値アップ系の隠し要素? よしギースを叩き起こして詳しく聞こう」
「まてまて効率厨。てか分かんねぇの? 昨日経験値入りそうなことやっただろ」
「??? ……あ、まさか」
「そ、ランクアップ試験」
クリスの言葉に、ミルは愕然と表情を強張らせた。
「いやいやいや、だって私とクリス二人合わせても正味40分くらいでしたよ? しかも私に至っては一発も攻撃もらってませんよ!?」
「それでも、経験値は入るんだろう。考えてみれば、お前と戦ってた時は20分でバテてたのに、俺の時は20分戦っても元気だったし、短剣が折れたのも、徐々に上がるステータスに耐えきれなかったんだろうな」
神妙な顔で、訥々と真実を口にするクリス。
「いくら何でも、そんな短時間の戦闘で……」
その現象に、ハッと何かに気付いたミルは、クリスを見た。
高い経験値。素早く、そして硬い。
クリスはその視線を受け止め、自分も同じ考えに至ったと、頷く。
直視できない現実から逃れるように、クリスの服をぎゅっと掴み、見上げるミル。
クリスもこの非情に動揺する相棒を落ち着けるように、優しくミルの肩に手を置き、不安そうに揺れる瞳を力強く見つめ返した。
「じゃぁ……まさか……そんな……」
「そういう、事だ」
俺たちがこの世界に召喚された理由。
この世界が俺たちに求めているモノ。
この世界で俺たちが成すべきこと。
この世界の俺たちの立ち位置。
―――そう、それ、即ち―――
「「 メ タ ル 〇 ラ イ ム !」」




