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疑惑のDランク冒険者 爆誕


 ミルの追加したもんじゃ焼きを併設されたシャワー室で処理した後、ギース達の元に戻ると何故か服をボロボロにしたギースに出迎えられた。

 せっかくミルとの模擬戦を(見た目は)五体満足でこなしたのに、ボロボロすぎて普段以上に煤けて見えるギースに、思わず声を掛けるクリス。


「何があったんだよ」

「いやちょっと、後輩君からご指導とご鞭撻を頂戴していまして」

「立場逆じゃないか?」

「俺もそう思う。なんかお前さん方二人もそうなんだが、アルト君も逆らい難い雰囲気があるというか……」

「単純にギースが流されやすいだけだろ」

「そんなこたぁねぇと思うんだがなぁ」


 今まで飄々と流されずに生きてきたのに、このところペースを乱されっぱなしのギースは完全に二人に苦手意識というか、頭が上がらない状態になりつつあった。そこに更にアルトまで追加されては溜まらないと、あえていつもの調子を意識して、クリスをからかう事にした。


「しかしクリス、何かゲッソリしてるな。それに引き換えミルちゃんは妙にツヤツヤして―――さては、お楽しみだったな」

「テメェマジでぶっ殺すぞ」

「ヒェッ」


 酷いことになった元の装備を泣きながら洗ってインベントリにぶっこみ、別の装備に替えて神官服のスキンで隠したクリスの苦労も知らずに、地雷を踏み抜くギース。へらへら笑う相手に、クリスの爽やかイケメンマウスから思わず本気の脅しが出る。キャラ崩壊が激しい。

 ちなみにスキンの下は防御力がやたら高い全身鎧である。クイックアクションに登録されていたので手間を省く為に装備したが、スキンさえしていれば完璧に神官服に見え、全身鎧の音や動きの阻害も無いのだから、スキンとは摩訶不思議であった。

 いや、ゲーム時はフルフェイスの頭装備をしていようが視界が悪くなる事もないし。フルアーマーであろうがAGIが下がるような制限はあるものの関節などの動きの阻害などは無かったので、ある意味これが正常な状態なのだが、現実となればそんな訳にはいかない。

 試しにスキン無しで装備したら周りは見えにくいは、ガシャガシャと動き難いはで、直ぐにスキンを被ったクリスだった。


 それはさて置き、クリスの本気の威圧を受けて、早速腰が引けるギース。いやむしろ、とばっちりを受けて背後で腰を抜かしているギャラリーの事を考えれば、腰が引けただけで済んだ分ギースも二人に大分慣れた様だ。本人に言っても嬉しくはないだろうが。


「貴方という人は……まだ教育おはなしが足りなかったようですね」

「うお!? 飛び火した!? いやほらこのぐらい冒険者の軽いスキンシップだから! 許してくださいお願いしますっ」


 再び黒いオーラがチラつくアルトに、こちらでも及び腰で謝り倒すギース。すでに先輩の貫禄はあまりない。


「ちくしょうこんな後輩たちと一緒に居られるか! 試験をとっとと終わらせて俺はダンジョンに籠るぜ!」

「……そうやってフラグ乱立させるからサクッと死ぬんですよ」

「だなぁ。あーでも、さっきも結局生き返ったし、こういうキャラって最後までしぶとく生き残るんじゃね。ここぞって時に感動要員で死んだりもするけど」

「ギースさんが死んでも、悲しみと怒りに覚醒したりはしなさそうですねぇ」

「お前何気に酷いな」


 いちいち発言にフラグを立てるギースに呆れ顔のミルと、むしろ感心し始めるクリス。

 失敗した兄貴キャラの今後が気になるところだ。


「で、今度はクリスの旦那の方だな。後衛職の戦闘試験はジョブごとのスキル判定と簡単な戦闘試験だ。スキルに関しては昨日の依頼で素養十分の判定が出てるらしいから、後は戦闘試験だな。前衛職ほど厳しい判定はしないが、ある程度後衛職も護身くらいはできないと危ねぇから、しっかりチェックするぞ。気合い入れろよ」


 見た感じ回復役ヒーラーのクリスに対して、急に兄貴風を吹かせ始めるギース。

 実際は、廃人の類に漏れず騎士系の上位職や魔術士系の上位職も納めるオールラウンダーなのだが、神官服の見た目からそれを察するのは無理と言う物だ。


「護身ねぇ。つまり身を護れることを証明すればいいわけだな?」

「そうなるな」

「んじゃ適当に攻撃してくれ。身を護るから」

「……あーお前ももしかして嬢ちゃん(あたらない)系? これ以上俺のプライドへし折って欲しくないんだけど」

「それは無いから安心しろ」


 胡乱な目で見てくるギースに軽く返し、歩み出るクリス。


「そうかい? んじゃさっきと同じくこのコインが落ちたらスタートってことで」


 そう言いコインを弾くギース。

 チンッとコインが地面に落ちると同時に、クリスとの間にあった五メートルの距離を一瞬で無くし、右の二の腕に掠らせるように短剣を振るう。

 流石に後衛職にいきなり全力で当てに行くのは気がとがめたのか、その斬撃はミルの時に比べ、温い。

 だが、そんな手加減したギースの攻撃に、クリスは反応するでもなくただぼうっと立ち尽くし、え? と誰もが思った瞬間。


 ――― ガキンッ!


 布の服を切りつけたとは思えない金属的な音が周囲に響いた。


「は?」

「どうした? ずいぶんと優しいじゃないか。手加減して俺の防御を抜けるなんて思わない事だ」

「え? いやいやおかしいだろ! 今ガキンっつったぞガキンって! 服の下に何仕込んで……あれぇ服も切れてねえ!? ミスリルの短剣を弾くってお前の服オリハルコンかなんかで出来てんの!?」


 予想外の事態に狼狽するギースだが、クリスの神官服スキンの下はオリハルコンより更に硬度が高いアダマンタイトを上回る地神竜(ガイアドラゴン)の外郭を加工した逸品だ。ミスリル程度で傷つけられるわけがない。


「ちくしょうやっぱりか! やっぱりお前も俺のプライドを折りに来るのか!? ようし良い度胸だ。この“行商”のギースの全身全霊を持って、その綺麗な顔にかすり傷負わせてやる!!!」


 微妙な二つ名を声高に叫び、自身に補助魔法バフを掛けなおすと、微妙な二つ名とは相反するほどの洗練された動きでクリスへ肉薄した。

 あとやはりセリフがなんかセコイ。


「【双撃(ダブルアタック)】!」


 盗賊系の初期スキルが二刀流で発動し、高速の四連撃がクリスの顔面を襲う。

 が、やはりクリスの顔の直前で金属音を鳴らして弾かれた。全身鎧は勿論フルフェイスの兜付きなのだ!

 だがギースは止まらない。この程度の理不尽すでに慣れた!


「うおぉぉぉおおぉぉぉ! 負けるかぁ!! 【強打(スマッシュ)】! 【背面撃ち(バックスタブ)】! 【足払い】! 【双撃(ダブルアタック)】と見せかけて【虚撃(フェイク)】からの【暗器奇襲デッドアングルアタック】! 【毒撃ヴェノムブロー】! 【防具破壊ガードブレイク】! 【目潰し】!」


 ギースの猛攻は終わらない。そして段々と攻撃が姑息になっていく!

 そんなギースの努力をあざ笑うように、物理攻撃は防御力で防ぎ、状態異常はVIT(頑丈さ)でことごとくレジストするクリス。未だに開幕から一歩も動かず。攻撃するそぶりも見せない。


「ちくしょおおおぉぉぉなんでだああああぁぁぁぁぁぁ」


 周囲にギースの悲壮感漂う絶叫と、虚しい金属音が響き続けた。





 そして二十分後。


 ――― ペキン、バキン


「「あ」」


 宙を舞う白銀の刀身が二つ。

 クリスの硬さとギースの決死の猛攻に耐えられず、先に短剣二本が音を上げた。


「お、お、お、俺の愛剣があああ!? 何でだ、まだまだ使える業物のはずなのに!」

「あー……なんかすまん」


 根元からへし折れた愛剣に崩れ落ちるギースに、クリスはバツの悪そうな顔をした。数分で心が折れると思っていたら、まさか武器の耐久が枯渇するまで頑張るとは。あと、今更思い出したが、この地神龍(ガイアドラゴン)の鎧は防御時に相手側の武器耐久度減少増加(ウエポンスクラップ)のアビリティが付加されていた。ちゃんと手入れされていた短剣が折れたのは、多分そのせいである。


「あぁぁあぁぁぁぁ……明日からダンジョンに潜る予定だったのに武器無しでどーすんだよ……」


 今にも訓練場の隅で体育座りを始めそうなギースに掛ける言葉が見つからない。

 地神龍装備のアビリティを知っているミルの視線が痛い。最近は回復職(ヒーラー)ばかりだったから完全に忘れていたのだ。

 先日はゴミを売りつけて大金巻き上げた相手であるし、色々と良心の呵責に苛まれて居たたまれなくなったクリスは、インベントリから短剣を二本出すとそっとギースの前に置いた。


「すまん、先輩。悪気があったわけじゃないんだが悪かった。お詫びと言っては何だが、これを受け取ってくれないか。昔作ってインベントリの肥やしになってたヤツだが……」

「クリスさん試験中の装備破損は、ある程度経費で補填しますので大丈夫ですよ」

「あー……まぁなんだ、先輩には世話になってるからな。これくらいはさせて貰わないと申し訳ない。別に大したものじゃないしな」


 アーシャは気にする必要は無いと言うが、ミルと二人してプライドと武器をへし折られ、体育座りで虚空を見つめたままポカンと口を開け動かないギースに、非常に申し訳なくなった。クリスはギースの口からいい笑顔をした半透明の白いギースが天へ昇っていくのを幻視した。

 取り合えず治療ヒールしておく。白いギースは絶望の表情で体に戻った。


 ハッと正気に戻り、足元に置かれた短剣を見つめるギース。


「苦楽を共にした愛剣だぞ……そんじょそこらの既製品じゃ補填になんねぇよ……」

「修羅場を共に潜った相棒が無くなっちまうのは辛いよな……その気持ちは良く分かるよ」


 鍛冶屋(スミス)系の職業(ジョブ)も持つクリスは、初めて作った思い入れのある武器がモンスターの奇襲でロストした経験を持つため、ギースの気持ちが良く分かった。


「思い入れのある愛剣には変わらんかもしれないが、こいつはオリハルコンに火属性と風属性を付与した物だ。ミスリルの短剣よりは上質であることを保証する」

「有難く頂戴します!!! イヤ流石御大尽! 憎いねコノッ!」

「立ち直り早いなオィ!?」


 冒険者にとって武器とは相棒であるが消耗品でもある。特に前衛職で酷使する割に切れ味重視で薄く鋭いギースの短剣はその傾向が強いのだ。ギースの現金な反応にクリスが面食らうのは考え方の違いで当然と言える。ギースが落ち込んだ一番の原因が金欠だったため、それは現金にもなるというものだ。


「勿論クリスの旦那も合格だ! じゃっ俺はもう用済みだよな!? さいなら!!!」

「ダメです。色々と書類仕事が残ってるんですから」


 秒速で短剣をインベントリに収納して速攻で逃げようとするギースの襟首を、またもガシッと捕まえるアーシャ。Bランク冒険者の全力逃走を二度も阻止するとは侮れない。


「クリスさんにミルさん、試験お疲れさまでした。お二人ともめでたく合格です。昇格処理が終わりましたら声をおかけしますので、ロビーにてお待ちください。それでは失礼いたします」


 ギースをずりずりと引きずりながら去っていくアーシャを見送る。

 訓練場には二人とアルトだけ残された。


「よかったんですか? 属性付与されたオリハルコンのダガー2本ってこの世界じゃ相当高価なんじゃ?」

「いいんだよ、どうせスキルレベル上げで作った量産品の売れ残りで忘れ去ってたヤツだから。それにこの時代のオリハルコンダガーって高価ではあるが手に入らないって物でもないしな」

「そんなものですか。火と水にせずに火と風にした意味も気になります」

「火水二属性のダガーってのはかっこよさ気だが、実戦だと扱いが難しくて互いの良い所を相殺しちまいがちになるからな。このレベル帯で使うにはこっちのが使いやすい」


 この世界の属性は基本の火風土水の元素四属性と、光と闇の陰陽二属性の計六属性からなる。後に混合属性や派生属性が実装されたが、今の段階ではここまでのはずだ。

 火→土→水→風→火と相克関係にあり、光と闇には強弱無し。

 光と闇は互いに相克し、他四属性に微有利という扱いになっている。

 火と風の場合、単純に火の短剣の属性を風の短剣の属性で相乗できるが、火と水だと上手く使わなければ相克してしまうため、初心者には難しいと考えたのだ。完璧にBランクのギースを初心者扱いしているが、彼らの感覚ではゲーム時代はレベル400を超えるまではビギナー扱いだったため、レベル100を超えた程度のギースは完全にビギナーであった。


 あと、クリスは手に入らない事は無いと言ったオリハルコンのダガーだが、こちらでは死んだら終わりの鬼畜難易度なレベリングの関係で、ドワーフでもオリハルコンを鍛造できる鍛冶師がほぼいない。

 その為、入手するにはレベル300台推奨ダンジョンのモンスタードロップか宝箱のみとなり、そのダンジョンに潜れる冒険者が一握りの為ほとんど市場には出回らない。

 属性付きとなれば言わずもがなだったが、ゲーム基準で考えているクリスはそこまでまだ知らなかった。

 オークションに出せば普通に一本、億の値が付く。


「武器とアクセサリでギースさん大分強化されましたねぇ。今後に期待」

「正直レベル100程度にゃオーバースペックも甚だしいが、まぁこれでうまい事経験値稼いで育ってくれれば、大暴走(スタンピード)の時も頼りになるんじゃねぇかな」

「だといいですけどねぇ……そう言えば今の戦闘(?)で経験値って入ってるんですかね?」

「パァンしたミルは入るかもしれねぇが、俺は倒してないからなぁ。ギースに至ってはダメージすら稼げてねぇし……入るのか?」

「さぁ?」


 ゲームではプレイヤーを一定数倒したモンスターはネームドに進化したりしていたが、NPCはレベル固定だった。

 こちらの世界の住人にもレベルという概念があるのだから、経験値と言う物もありそうだが、その辺りの扱いがどうなっているのかはまだ未知数だ。アリアリの書にも詳しいことは書いていなかった。


「取り合えず、次会ったらギースのレベル見とくわ」

「そうですね」


 今するべき話を終えた二人がロビーに向かおうとすると、クリスとギースのやり取りを呆気に取られて見ていたアルトがやっと正気を取り戻した。


「あっ、ちょっちょっと待ってください! お二人はいったい何者なんですか!?」

「んー? しがないDランクの前衛職(アタッカー)

「同じく、しがないDランクの回復職(ヒーラー)

「絶対嘘だ!!」


 すっとぼけてそのままロビーに向かうミルとクリスを、アルトは慌てて追いかけたのだった。







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