圧倒的な差
「さて先輩、そろそろ試験を始めてくれないか」
「先輩って言うんじゃねぇよ……しゃぁねぇ腹ぁ括るか! お前らが弱いなんてゼッテェねぇだろうからこっちも本気でやらせてもらうぜ。俺だって伊達にBランクやってねぇんだよ!」
己の不幸に打ちひしがれるギースを多少哀れに思いながらも、埒が明かないと催促するクリス。
それに悲壮感を漂わせつつも、どうにかギースも覚悟を決めたようだ。自棄っぱちにも見えるが。
ギースは腰に刺していた二本の短剣を引き抜くと戦闘態勢に入る。
「【中級速度増加】【下級器用さ増加】【中級攻撃速度増加】【探索眼】【防御壁】【下級継続治癒】。よし、こっちは準備オーケーだ」
次々と己に補助魔法を掛けるギースに、ミルとクリスは目を見張る。どれもこれも、ゲームでは斥候は習得できない筈の物ばかりだ。
「ほほぅ。器用なもんだな」
「何かズルい。斥候の持ちスキルって速度増加だけじゃないですか。二刀流だし」
素直に感心するクリスと、自分を棚に上げて文句を言うミル。特に二刀流は、自分の本来の戦闘スタイルが大剣二刀流で、自分がかなり苦労して実用化した過去があるだけに思うところが多そうである。
ちなみに二刀流は斥候の上位派生職である暗殺者の短剣二刀流が最初の二刀流だ。
それ以外は剣士の派生職である双剣士の片手剣二刀流、踊り子と剣士の複合四次職の剣舞士が持つ曲刀二刀流、そしてさらに上位の職でしか本来は習得できないレアスキル扱いだった。ミルの獲物である大剣二刀流に至っては、ほんの半年前に正式実装された代物である。彼女はそれまで、何とか大剣で二刀流を出来ないかと試行錯誤を重ね、裏技的な運用方法を発見したのだが、それまでの血の滲む様な努力を思うとシステムに束縛されないこの世界は羨ましいやら妬ましいやら。
「ギルドの方、あの人はこの辺りでは有名なのですか?」
「アーシャとお呼びください。彼は“行商のギース”という二つ名を持つBランクの冒険者です。腕は確かですよ」
「へぇ、商人でBランクですか。スキルも豊富に取っているようですし、凄腕なのですね」
「いいえ、彼は斥候ですが」
「へ?」
紛らわしい二つ名に混乱するアルトと、相手がイケメンなのでさらっと自己紹介してアピールするアーシャをよそに、三人の会話は進む。
「んで、どっちからやるんだ?」
「では、私からお願いします」
名乗りを上げようとしたクリスを差し置き、ミルが一歩前へ踏み出す。
クリスとしては万が一の事を考え防御力の高い自分が先行したかったのだが、脳筋の血が騒いでワクワクを隠そうともしないミルを見て、まぁレベル100弱ならば問題なかろうと先を譲った。確かにイレギュラーは怖いが、こと戦闘に関してはクリスはミルに全幅の信頼を置いているのである。
「嬢ちゃんからか、補助魔法はいいのか?」
「おや、掛けてもいいのですか? ―――ふっふっふ。いいでしょう、私が本当の補助魔法と言う物をお見せしましょう。【極限速度―――」
――― ズビシッ!
「あいたっ! 」
補助魔法を始めたミルの後頭部に、容赦なくクリスのチョップが炸裂した。
「お前どんだけ大人気ねぇんだよ。補助魔法は無しだ無し」
「ぐぬぬ……せっかくドヤ顔で某料理上手なリーマンごっこが出来ると思ったのに」
「レベル差考えろ。それでもハンデが付き過ぎだ」
「むー……いいでしょう。では私は指一本でお相手します!」
「……は? いや、いくら何でもお前ら俺の事舐めすぎじゃないか?」
人差し指を立て、ビシッとギースを指差すミルに、低い声で答えるギース。流石にプライドを刺激されたようだ。その微かな怒りを含んだ声には、普段の飄々とした姿からは想像も付かないほどの凄味がある。その姿は、まごうことなき多くの修羅場をくぐったベテラン冒険者だった。
「勝敗は相手を戦闘不能にしたら勝ち、でいいですか?」
「いいぜ。後悔するなよ」
「スタートの合図は?」
「このコインが地面に落ちた瞬間がスタートだ。いくぜ―――」
先ほどのヘタレた姿が嘘のように、鋭い眼光でミルを睨みつけ、コインを弾くギース。完全に本気モードである。
十代前半の駆出し冒険者に見える少女に対して、全力を出す大人気ないのベテランBランク冒険者の姿がそこに在った。
周囲のギャラリーは呆れたように彼を見るが―――ギースの判断は限りなく正しい。
チンッ、っと微かな音を立ててコインが地面に落ちた瞬間、ミルの姿はギースの真後ろにあった。
「は!?」
油断も何もなく、完璧にミルの動きを注視していたのに、忽然と消えたミルに状況を理解できず、思考に空白が生まれるギース。
対戦者ばかりか、クリス以外のギャラリーにも残像すら捉えることを許さずギースの後ろを取ったミルは、スッと指をデコピンの形にしギースの後頭部に添える。
「あ」
クリスに走る猛烈な嫌な予感。
――― パァン!!!
―――【死者蘇生】! 【特級治癒】!
「うおっ!? あっぶねぇ一瞬意識飛んだっ! 何が起こったんだ!?」
何事もなかったように数歩たたらを踏んで振り返るギース。それと対照的に青い顔をするミルとクリス。
考えてみれば、初日にSTRが初期値のクリスのデコピンで、レベル60の盗賊が吹っ飛んだのだ。ミルのSTRとAGIでデコピンすれば、どうなるか。
「何か今、ギースさんの頭が……」
「わぁ、すごい勢いで弾かれてぇ、吹き飛んだようにぃ、見えたなぁ!」
「……何か赤い物が飛び散ったような?」
「キノセイダロ」
完璧ではないが、微かに一瞬何かが見えたらしいアルトが戸惑ったように問うてくるが、クリスは有無を言わさぬ棒読み説明で黙らせた。
「うん? どうした、俺はまだやれるぜ。掛かって来いよ」
数秒前に頭部を爆発飛散された本人だけ、平気な顔をして元気に手をクィクィしミルを挑発する。
非情にイラッとする仕草だが、吹き飛んだ知人の中身を、その優秀な動体視力でバッチリシッカリ確認してしまった二人はそれどころではない。とてもではないが生き返った本人を直視できず、明後日に視線をさ迷わせた。
クリスが嫌な予感に従い咄嗟に回復したが、十分の一秒ほど確かに死んでいた知人に顔向けができない二人。
特に、ちょっとした手違いでうっかり童貞を失ってしまったミルの動揺は大きい。今にもリバースしかねないほどの顔色だ。
「ひどい……犬に噛まれた気分」
「いや、不可抗力と言ってもお前が加害者だからな。何その被害者みたいな感想」
「??? 掛かってこないならこっちから行くぜ」
明後日の方向に落ち込むミルと、突っ込むクリス。空気を読まずに続行しようとする元死人。カオスである。
「……ぅっぷす……提案があります。ルールの変更をしましょう」
暫らく吐き気と死闘を繰り広げたミルは何とか勝利し、ギースに向けてそんな事を言う。
「お? 流石に指一本じゃキツイって気付いたか。いいぜ、腕一本使う事を許してやる」
偉そうに言うギースだが、許可の幅が激しくみみっちい。
そんなギースにアーシャも思わず。
「……ちっさ」
「うぉい聞こえてるぞアーシャちゃん! でもほらさっきの動き見たろ!? こっちは下手すると命掛かってるからね! 多少はね!?」
軽蔑の視線を向けてくるアーシャに必死に言い訳するギース。
流石についさっき死んだ男の言う事は説得力が違う。本人も周りも気付いていないが、言われた加害者のダメージは大きかった。
「ぬぐっ!? いいでしょう……私は攻撃しません。私に少しでも攻撃が掠れば、貴方の勝ちでいいです」
「はぁ!? さらにハードル下がったんだけど!? 人を馬鹿にするのも大概にしろよ!」
ミルの言葉に激高するするギースだが―――その目を見て凍り付いた。
「少し、本気を出します。楽に当てられると思わないでください」
「っ! ぅぉ……まじか」
そこに先ほどまでの緩い空気は無く、数多くの修羅場を潜ってきたベテランをして、心胆を寒からしめるナニカがあった。
「何時でも、何処からでも、どうぞ」
ミルの本気を肌で感じたギースはもうバカにされたなど思うことはせず、逃げそうになる足に喝を入れ、腹に力を込めてミルに対峙した。
相手は攻撃しないと宣言しているのに、この有様である。自分を自嘲しそうになるが、それほど相手が“規格外”であると考え直し、Bランク冒険者の意地を見せるべく、全力を出すことを心に決める。
「分かった、俺もガチで行くぜ。死んでも恨むなよっ! ハァァァ!!!」
「ゼェ……ゼェ……ま、参ったっ」
二十分後、持てる手練手管を全て使い、魔法フェイント目潰し暗器の類までも出し尽くしても、全く当る気配もなく。全力で動き続けたギースは遂に力尽き大の字で訓練場に転がった。
気持ちだけでは超えられない圧倒的な差が、そこにはあった。
「お疲れさまでした」
そんなギースの頭もとで、優雅なカーテシーで彼を労うミル。どこに出しても恥ずかしくない見事な所作だが、何のことは無いただのエモーションである。
「合格だちくしょー。全然当たる気しねぇわ。いや世の中すげぇのが居るもんだ」
「ありがとうございました。私も勉強になりました」
「勉強になったんかねぇ? まぁそう言って貰えりゃこっちもちったぁ報われるけども」
実際、何が出てくるか分からないびっくり箱のようなトリッキーな動きに、何度か驚かされることもあった。そう言った変則的な動きが出来る相手に、リスクの無い状態で模擬戦が出来たのは非常に大きい。ミルの発言は決して社交辞令などではなく本心だった。こと戦闘に関して、彼女はどこまでも真剣なのである。
「ま、こっちもいいもん見れたし、良しとしよう」
「得る物はありましたか?」
「あぁ、沢山。最後に特等席でパンツも見せてもらったしな」
「んなっ!?」
女性ならば、寝転がる男の近くにスカートで立てばどうなるかなど気付きそうなものだが、ミルの別の意味での女性経験の浅さが露呈した瞬間であった。ちなみに今日も純白のローライズ紐パンである。
「戦闘中はあんだけ動き回っても不思議なほど全然見えなかったのに、終わった途端フルオープンってのはどーなってんだ? 嬢ちゃん気分でスカートの重さが変わったりすんの?」
「なっ!? なっ!?」
「しっかし年の割にすげーの履いてるねぇ。おっちゃんそういうの良くないと思うなぁ」
「なぁあああぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
どんどん顔を赤くして飛びのくミルに、ギースはしてやったりとニヤリと笑う。この男、ムッチムチのボンッキュッボーンが大好きなのでミルのような小娘のパンモロなど完全に眼中に無い。にも拘わらず全力で弄るあたり、相当に当てられなかったのが悔しかったらしい。非常に大人気ない男である。
「それよりあれか? そいつは旦那の趣味―――うおあ!?」
そこまで言いかけた時、強烈な悪寒がギースを襲う。殺気にも似た感覚に慌てて振り返ると、そこには黒々とした何かを背負う……アルトの姿があった。
「ええそっち!?」
「何がそっちなのですか? 幼気な少女の下着を視姦しただけにとどまらず、それをからかうなど見下げ果てた下種ですね。その性根叩き直して差し上げます。さぁお立ちなさい」
「ちょ、それって相方の役目じゃねぇの!? クリスの旦那はなにしてんだ!」
「貴方に辱められて走り去ったミルちゃんを追いかけていきましたよ」
「あっ、アーシャちゃん。そっかぁクリスのヤツやるじゃねぇの。ところでアーシャちゃん、俺って今全力出し過ぎて動けねぇんだけど、そこの何かやたら禍々しいオーラ出してるイケメン君止めてくんね?」
「……死ねばいいのに」
「えええっ!?」
「さぁとっとと立ちなさい!」
「ちょま、ぎゃああああああああ!!!」
訓練場に汚い悲鳴が響き渡る。が、今回はギースの自業自得であった。




