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頼れる先輩?


 翌朝、冒険者ギルドに訪れた二人はDランクへの昇格試験の為、訓練場へ通されていた。


 Dランクへの昇格試験は戦闘技能試験。教官相手に模擬戦をし、合格を貰えれば昇格となる。

 Dランク以上の依頼には討伐依頼が増え、より危険な魔物も増えるため、ここで戦闘技能を判定し未熟な者が不相応な依頼で命を落とさないようにふるいに掛けるのだ。


 普通、Dランク昇格試験の試験官はギルドの職員が行うが、今回はなぜか(・・・)手が空いている者が居なかったため、特別依頼という形で高ランク冒険者の中から募集が行われた。

 ギルド職員に手隙が居なかった理由は推して知るべし。アリストの部下はみな優秀で賢明であるとだけ記しておく。


 さて哀れな犠牲者……もとい試験官を待つ二人を、誰しも遠巻きに見守る中、声を掛ける者がいた。現在絶賛精神的盲目(ブラインド)中の彼、アルト君である。


「おはようございます。クリスタールさん、昨日ぶりです」

「おはよう。昨日は色々と助かったよ。ありがとう」

「いえいえ、あれぐらいお安い御用です。むしろすぐ魔力切れになってしまって申し訳なかったです」

「いや、列の整理だけでもとても助かった。君が加わってから整列がとてもスムーズだったからね。それに依頼表を届けてくれたのも感謝するよ。無駄な時間を使わずに済んで」


 クリスが拉致られたあと、クリスの依頼票はアルトが自分の報告と一緒に冒険者ギルドに持って行ってくれたらしい。

 基本的に依頼票の報告は本人がすることが推奨されているのだが、本人が止むを得ない事情により報告困難な場合は、パーティメンバーや同じ依頼を受けた人間に頼む事が出来る。下手を打って病院送りになった際などがそれだ。

 勿論、依頼票が紛失した場合は未達成になるのでよほど信頼できる人間にしか頼むことは無いし、報酬の受け渡しやギルドカードの更新は本人が来た時か代理人の書類がある時しか行われない。


 今回は話を聞いたグレアが色々察して自分が保証人になる事で万が一依頼票が紛失した場合を保証し、アルトにもって行かせる事でクリスに対する好感度を稼がせたのだ。そしてアリストは、ギルドから使いを彼らの宿泊先である【兎の尻尾亭】に出し、依頼票が彼によって届けられたので、明日は直接ギルドに顔を出すようにと伝えた。

 朝一で依頼票を回収しに行く予定だったクリスは、無駄な時間を使わずに済んでグレアの思惑通りアルトに感謝をした。

 短い時間ながら、同じ鉄火場を乗り越えたことでクリスもアルトの誠実さと仕事っぷりは見ていたので、他人に依頼票を預けられたという不快感もなく、ギルドが自分たちの宿泊先を把握していることに関しては、初日にアーシャの前でギースと話していたので疑問にも思わない。


 ミルの突飛な行動のせいでかなりの人間が振り回され、気を揉む事となったが、それをしっかり自分たちの利に変えているあたりグレアもアリストも流石である。


「昨日はクリスさんが居なくなった後もかなり大変だったのですよ。むしろ現地では暫らく回復の魔法陣が消えなかったので、お祭り騒ぎが明け方まで続いたと聞いています。そして、噂を聞いた人々が今朝も教会に詰め掛けているとも……」

「仕事以外の事はしらん。それは教会が何とかしてくれ」


 肩をすくめるクリスに苦笑を返すアルト。まぁその通りなので仕方がない。朝から彼の祖父が苦労しているが、まぁ彼ならなんとでもするだろう。

 そしてアルトは、彼にとっての本題、クリスの背後に身を隠す少女について話題を変える。


「ところで、そちらの方は……もしやミルノワールさんではありませんか?」

「ん? なんだ、ミルと顔見知りだったのか」


 本命である彼女に、さも今気が付いたとでも言うように笑顔で声を掛けるアルト。朝、改めてアリストへの挨拶を済ませたアルトは、ちょうどクリスと共に訓練場へ消えるミルの姿を見つけ、歓喜して後をつけ、声を掛ける隙を今か今かと伺っていたのだ。

 今日も相変わらずの爽やかイケメンスマイルっぷりだが、すでに行動が軽いストーカーであるという自覚は無い。


 アルトの登場に速攻クリスの後ろに避難していたミルは、名前を呼ばれてひょっこりと顔だけ出した。

 ちなみに今日は動きやすいようにポニーテールである。勿論クリスが結った。


「……だれ?」

「ええ!? あ、えっと、昨日引越しの依頼でお世話になったアルトです! 昨日はありがとうございました」


 ポニテのミルに見惚れたのもつかの間、今まで他人には一度会えば決して忘れられる事の無かったアルトは、自分の事をきれいさっぱり忘れているミルにかなりの衝撃を受けた。が、何とか立ち直り思い出してもらおうと涙ぐましい努力をする。


「んー? ……あ、ジュース二本くれた人、ですか?」


 その甲斐あって、奇跡的にミルが思い出した。いやむしろキラキラ系の陽キャライケメンに対して根本的に拒否感がある陰キャとして、積極的に記憶を抹消しようとしていたので逆に思い出せた。そして思い出して軽くイラっとした。何も悪い事をしていないのに、いきなり好感度マイナススタートのアルトが哀れでならない。


「そうですっ! 昨日はろくにお話も出来ませんでしたが、私も実は冒険者をしていまして、お二人は今日Dランクの昇格試験なのですよね。私もDランクなので、今日からお二人と同じランクという事になります。どうぞよろしくお願いします」


 ミル達が天人という事も、夫婦という事も、超絶スピード昇格しているという事もしらないアルトは、無邪気に眩しい笑顔を見せる。年上のお姉さんを一発で悩殺するほどの笑顔であったが、逆にミルのアルトに対する好感度は、データ改竄(かいざん)がバレた企業の株価並に急降下ストップ安だった。笑うだけでぐんぐん好感度が下がるあたり、どうしようもない感がある。


 ちなみに二人が昇格試験であることは、朝にアリストがさり気なく教えている。大事なことは何一つ教えていないあたり、グレアもアリストも人が悪い。いや、重要なことは自分の力で聞き出せという愛の鞭か。


「へーそうなんだすごいね」


 欠片も興味を示さずとっとと会話を打ち切りたい感を隠しもしないミル。三軒隣の犬が風邪ひいたんだって、と聞いた時くらいどうでもよさそうだ。


 クリスは、頬を染めてとても嬉しそうにミルとの会話(?)をするアルトに、短い時間ながら察するものがあった。そして昨日そこそこ世話になった相手が、とても残念な相手にとてもとても残念な感情を抱いていることを薄々感じ、我が事のように居たたまれなくなる。

 お前の目の前にいるソレは美少女の皮を被った残念ロリコン男なんやで。と言えるはずも無く、そっと残念なモノ(ミル)を後ろに隠すと二人の間に割って入った。


「じゃぁ君のほうが先輩じゃないか。その丁寧な口調を止めたらどうだ? それに俺たちの事はクリスとミルで十分だ。そう呼んでくれ」

「ふむ。そうかい? じゃぁ普通に喋らせてもらおうかな。……ミ、ミルさんもそれでいいかな?」


 ミルと楽しいお喋り(?)をしている最中に邪魔をされたアルトは多少面白くないものを感じるが、どう見ても親しそうな二人の間に無理に割って入る事は出来ず、口調を改めるだけにとどめる。

 むしろいつものアルトならば、ランクなどといううつろい易い物で敬語を辞める事に多少なりとも抵抗感があっただろう。素直に敬語を止めたあたりに、クリスへの対抗心を無自覚にも感じているようだ。

 だがそんな青い対抗心も、初恋相手の愛称を呼ぶことへの緊張に消し飛んだ。


「(どーでも)いいですよ」

「っ! はい!」


 今にもガッツポーズを決めそうなくらい喜びをダダ洩れさせるアルトと、カッコ内を察したがゆえに哀れそうにアルトを見るクリス。彼には幸せになって欲しいと思うが、どう考えても相手が悪すぎる。中身的な意味で。

 これはとっとと諦めてもらったほうが彼の為なのではないかと思い始めた時、絶好の質問がアルトから浴びせられる。


「……ところで二人は、どういった関係なのかな?」

「……あー何と言うかな、実は俺たちふう―――ー」



「げええぇぇぇぇ!? クリスとミルぅぅうううぅぅぅぅ!?!?!?」」



「え!?」

「うん?」


 黒歴史は短いほうがよかろう、とクリスがスパッとカミングアウトしようとした瞬間、それを遮る奇声が訓練場に響き渡った。

 まるで大敗した戦で逃げ延びる将軍が、強敵に出会ってしまったような叫びを聞き、その聞き覚えのある声に振り向くと、顎が外れそうなほど驚愕に口を開くギースと、その隣にアーシャの姿があった。


「なんだギースじゃないか。一昨日ぶりだな」

「……お、おぉ、おぅ……そぅ、ですね……」

「どうしたギース先輩。様子がおかしいが」

「あ、いや、ちょっとあれだ。その、すまんが急用を思い出したんで俺ぁすぐ帰らないといけ―――」

「ダメです」


 先輩と呼ばれたことに気付かぬほど狼狽えたギースが、速攻で踵を返したが、アーシャが腰のベルトを掴んで引き留める。


「あっ……やばい! 故郷の親父が危篤な気がする! 俺は帰らなきゃ―――」

「ダメです」

「……腹を空かせた妻と娘が家で帰りを待って―――」

「ダメです」

「…………病気の妹の薬を取りにいかねぇと!!」

「貴方、以前天涯孤独の身って言ってたじゃないですか。何で言い訳が家族縛りなんですか、えげつないですよ。ダメったらダメです」


 見苦しくも何とか逃げようとするギースをぶった切るアーシャ。コントのようだが本人はいたって必死である。


「あー……なんだ、もしかして先輩が?」

「そうです。あなた方のDランク昇格試験の試験官を務めていただく、Bランク冒険者のギース=ジルド氏です」

「あぁ……」


 憐れみの籠った視線を向けてくる受験者クリスに、試験官ギースはクワッっと音が出そうなほど目を見開く。


「なんでだ!? 一昨日登録した奴がなんでもうDランク試験なんだ!? 確かに受ける時に何か嫌な予感はしたさ! だがな、でかい買い物してスカンピンのとこに破格の試験官依頼があれば飛びつくだろ!? こっちとら【ローランド大洞穴】に潜る前の小遣い稼ぎくらいにしか思ってなかったのに、なんで相手がお前さん達なんだ!? なぁなんでだ!?!?」


 クリスに向かって言っていた言葉が後半はアーシャに向かい、ガシッと肩を掴むと血走った眼をアーシャへ向ける。

 依頼を受けるとき、確かに嫌な予感はした。ちょっとだけクリスとミルの事も頭を過った。だが、誰がたった一日で二つ分もランクを上げて試験に挑んでくると思うだろうか。常識的に考えれば別人のはず、と嫌な予感を振り切って金に釣られた結果がコレだ。

 唾を飛ばさんばかりの必死さで言い募るギースに、アーシャはペシリと肩の手を払いのけると、負けじと睨み返した。


「知りませんよそんなの! この二人は正規の方法で一日で2ランク分のポイントを稼いだんです! ギルド員は誰も試験官やりたがらないし、ミルちゃんを見てた高ランク冒険者は軒並み尻込みして依頼を手に取らないし! 途方に暮れていたところに現れたカモを逃がすわけないじゃないですか!!」


 あの二人に剣を向けるなんて出来ない派と、アレ絶対やばいヤツやん派で意見を二分しながらも全力逃避したギルド員達。そして普段はすぐ無くなる試験官の依頼なのに、昨日のミルのスピード昇格っぷりを見て誰も依頼票を手に取らないという異常事態に、アーシャも少なからず気を揉んだらしい。


「カモっ!? カモって言ったな今! お前さんやっぱわざと受験者の名前伏せてやがったな!? 畜生はめられた! こんな依頼は止めだ止め!」

「ちょっ、今更そんなこと通るわけないじゃないですか! 違約金だって発生しますよ!」

「うるせぇこんな事なら違約金払ったほうが……ああ! しまった金がねぇ! くそっ、あれだ依頼内容に不備があったんだ不備が! 情報の隠蔽があったから無効だ!」

「違いますぅ。隠蔽じゃないですぅ。個人情報保護なんですぅ! ギルド規約にも受験者情報の開示義務は無いんですぅ! 諦めて試験官(いけにえ)してください!」

「ぬあぁぁあぁ!ああ言えばこう言いやがって! ちっきしょう何で俺がこんな事に……」

「……貴方たち本人を前に酷すぎませんか?」


 あんまりな言い草に、思わずミルも顔を出す。

 ギースの不幸は、ダンジョン潜りの準備で一日を使い、ミルの怒涛のポイントラッシュを知らずに依頼を受けたことだろう。

 ヒヨっ子をちょちょいと揉んでいい金になる試験官の依頼、と甘く見たのが運の尽きである。誰もDランク昇格の試験官依頼で、ダンジョンの最下層ボスよりやばい相手に当たるとは思いもしないだろう。


「安心しろ。ちゃんと手加減するから」

「それはそれでプライド傷つくんだけど!? あ、でも是非お願いします」

「一昨日まで渋いベテランって感じだったのに……」

「いいかいミルちゃん、ベテランだって予想外の事態には弱いもんなんだよ。ベテランは予想外が出来るだけ起きないように綿密に準備して事に掛かるからベテランなんだ。街中の小遣い稼ぎの依頼で……ドラゴンが出るとか普通予想出来ねぇからっ!!」


 天に向かって叫ぶギース。

 どこまでも不幸な男である。






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