効率厨の林業
ランクアップを果たしたミルは、北門を抜けると北の森にある伐採場に来ていた。
道中、同時にランクアップしたクリスのギルドカードを届ける際に、パリピに見つかると色々まずそうと学習したミルが、高速移動中に窓から【投擲】スキルでギルドカードをブチ込み、クリスの後頭部に突き刺さる事件が起きたが、ミルにとっては些細な事である。
むしろ街門で未成年に間違えられ、危うく補導されかけた方が大問題だった。Eランクのギルドカードを見せて事なきを得たが……ナイスジェントルに出会っていい気分だったのに見る目の無い門番のせいで台無しだ。と、ミルはプンスカ怒っていた。が、どう考えてもそんな容姿を選択した自業自得だった。
さて、木の切出し場へ到着したミルが、大声を張り上げる現場監督らしきムッキムッキのヒゲ親父に声をかけた。
「あのー」
「うん?……気のせいか」
振り向くヒゲ親父、空を切る視線。身長が足りない!
「あの、あの」
「うぅん?……おかしい幻聴が聞こえる」
「いや、下です。下」
「うお!?…………疲れているのか? 今度は天使が見える」
今日は帰って一杯引っ掛けて早めに寝るかな。と幻覚を見なかった事にして帰ろうとするヒゲ親父に、埒が明かないと前に回り込み、ギルドカードと依頼表を突き付けるミル。バンザイして掲げたギルドカードが、それでもヒゲ親父の首より下なのが悲しみを誘う。
「冒険者ギルドから依頼を受けて来ました。Eランク冒険者のミルノワールです!」
「んほあ!? 幻覚じゃなくて現実か!? 天使じゃなくて人間か!? こらまたえらく可愛い娘が来たもんだな」
やっと疲れによる幻聴幻覚疑惑を払拭し、何とか現実を受け入れる現場監督に、ミルはこれで話ができるとほっと胸をなでおろした。
「うーむ。依頼表もちゃんとしたもんだな。ギルドから派遣されたってこたぁ応募条件も満たしているんだろうが……」
改めて目の前の少女の上から下まで見る現場監督。
小さな身長、華奢な手足、透き通るような肌、輝く銀髪、可憐なお顔、真っ白なお服。
どこからどう見ても、林業と結びつく要素が欠片もない。
「あー、なんちゅうか、お嬢ちゃん仕事を間違えてねぇか?」
どう考えても斧を片手に大木に向かうより、ドレスを着てダンスを踊る人種に見えるミルに、困惑を隠せない現場監督。
本来、林業を舐めて来た冒険者の小僧には、怒声と腕っぷしで分からせるのだが、余りの場違いっぷりに怒鳴ることも忘れていた。
実際に現場監督のレベルは69。人間だとCランク下位冒険者のレベルである。アダムヘル北側のモンスターの平均レベルは30前半だが、毎日モンスターの跋扈する森の木を切ろうと思えば、それくらいの戦闘力は要求されるのだ。ステータスもSTR寄りの為、Eランクの半人前冒険者など拳骨一つで十分だった。
「木の伐採ですよね。大丈夫です。問題ありません」
問題しかなさそうだが……まぁやらせてみれば分かるか。無理だったら諦めて帰るだろう。と、現場監督は結論を出した。冒険者ギルドが派遣してきたのだ、何もさせずに追い返す分けにもいかないし、もし貴族だったら後が怖い。
「分かった。一人教育係にベテランを付けるから、そいつにやり方を教えて貰ってくれ」
「経験があるので大丈夫です。ただ、大量に切るつもりなのでちょっと奥で作業させてもらってもいいでしょうか?」
「……そうか? んじゃまぁ適当にやってきてくれ」
嘘です。聞きかじりで経験ありません。
ただミルがやろうとしている事を考えれば、周囲に人がいるのは危なくてしょうがない。ので、嘘も方便と人払いしたのだ。
現場監督としては、経験があるのなら、とほっとした。ここでは見たことの無い顔だが、伐採場はここだけでは無いのだ、他の場所で経験したのだろう。
よしんば嘘だったとしても、次にまた来るかも分からない、ぽっと出の冒険者に教育係を付けなくてよくなったのだ。
使えなくてもプラマイゼロ、使えれば御の字。怖いのは事故でも起こされてこちらに被害が出る事だが、奥でやってくれるならそれも無いだろう。
冒険者が仕事で怪我をしたり死んだりするのは自己責任だ。受けた側の実力不足であって、依頼主側に責任が来ることは、まずもって無い。あるとすれば依頼内容に虚偽が認められた場合だが、木の伐採では虚偽などあろうはずもない。
派遣社員を使いつぶすブラック企業の思考だが、この世界では一般的な冒険者の使い方である。その分報酬も高めなのだし、それを承知で冒険者は冒険者をやっているのだ。
「嬢ちゃん。道具は持ってきてるかい?」
「はい、インベントリにあります」
「そうか、じゃぁ何か問題があったら声を掛けてくれ。こっちも異変を感じたら声を掛けるから」
「分かりました。それでは宜しくお願いします」
場違いな格好のまま、木々の奥へ消えていったミルを見送る現場監督。
伐採の為に下草は刈ってあるが、倒木や太目に育った若木などはそのままだ、小枝が出ていたり、先の尖った若木の茎など、慣れていても服を引っかけて破いたり、踏み抜いて足を怪我する事も多々ある。
あの嬢ちゃん何分もつかな。っとニヤリと笑い、下っ端の指示に戻った現場監督が、連続で木が倒れる轟音を聞き慌てて発生源を確認して絶句するまで、残り三十分。
■◇■◇■◇■
諜報員三人娘の一人、エルフのミリアは、情報通り姿を現したミルを木の上から見守っていた。
朝、別の諜報員から緊急の支援要請を受け、クリスと入れ違いで監視中の諜報員と教会前で接触し、監視を交代した。
と言っても、クリス担当で治療院へ入ったエマと違い、エリーナとミリアはミルを探し回るところからだったが。
ジャンケンで勝ったエリーナがミルを追って、薪の運搬依頼の依頼先であるラディット木材店へ向かい、ミリアは入れ違いになったとき用に冒険者ギルドで待機する事になった。
ちなみに、この時点で十時過ぎ、ミルはすでに薪と材木の運搬を終わらせ、引越の依頼に向かっていた。エリーナは見事に入れ違いになり、この日は愛しの妹と逢うことは叶わなかったのだった。
一方のミリア。ジャンケンで負け不貞腐れながら冒険者ギルドで待機していると、引越の依頼を終わらせたミルを発見。
受付嬢の話が終わったら声を掛けようと、今か今かと注目していたところ、全方位魅了スマイルの誤射を受けあえなく撃沈。
アーシャによって目が覚めるも、当然ミルはすでに出かけた後だった。
意気消沈して次に返ってきたときに、と思っていたところに聞こえて来た、アーシャとターチの会話。
アダムヘルいちの俊足を誇る彼ですら置いて行かれる機動力を知り、普通に声を掛けて一緒に依頼に付いていって監視するのは無理と判断した。
この時点で十一時半頃、普通に追って追いつけないなら先回りをするしか無いと、諜報員の情報を頼りにEランク依頼の伐採現場へ。
冒険者ギルドから常人が徒歩で五時間はかかる道のり、相乗り馬車を乗り継いでも三時間かかるところを、聖騎士団の息の掛かった馬屋の馬を使い一時間半で踏破し、伐採現場に潜伏してすぐ、ミルが姿を現した。
予想はしていた。情報も得ていた。だが、ここまで早いとは想像以上だった。
朝の諜報員は、ランクアップ後に伐採の依頼を受けると聞いていたはず。
つまりは、約三時間程度でEランクにランクアップしてここまで来たと言う事だ。
常軌を逸した速度である。が、信じるほかない。なぜなら先ほどミルが可愛くバンザイして掲げたギルドカードが、Eランクの物だったのだから。
そして、ミリアは目撃する。
人を超越した、その存在の鱗片を。
■◇■◇■◇■
このくらい離れれば大丈夫かなぁと、現場監督の居た伐採現場から十分ほど入った場所で、ミルは立ち止まった。
周囲は、杉のような真っ直ぐな幹の針葉樹の森。いや、下草が刈ってあり、木々の間隔がそこそこあるので、人の手の入った林、と言ったとこか。
切る木の幹は大体直径五十センチ、高さは十メートル超はあろうかという大木だ。
普通に丸太に加工するなら、まず切り倒してから枝を落とし、丸太にしてから大勢で運ぶのだろうが……。
「さて人目も無いし、試してみよっか。イロイロと」
ミルは、右手には【神剣ラングーン】を装備した。
ゼブラウルフの時は、余りの速さに見ることが叶わなかった、美しき大剣が姿を現す。
薄暗い林の中でもなお輝く、白金竜の角から削り出した幅広の二メートルに近い剣身、精緻な意匠の施された柄、同じく白金竜の皮の巻かれた手に馴染む握り、深い青色の魔石を象嵌した柄頭。
ただそこに在るだけで、威圧されるほどの神聖を放つ大剣に、周囲の空間が悲鳴を上げるかの如く、ギシリと軋んだ。
極大の存在感を放つ大剣を片手で軽々と構え、ミルは実験を開始する。
「まずは戦士系、【戦意高揚】、【剣の極意】」
ミルの戦意の高まりに周囲の空気が陽炎の様に揺らめき、大剣の間合い内の情報が落ち葉の一つ、蟻一匹に至るまで完璧に掌握される。
「次は僧侶系、【極限速度増加】、【三重防御壁】」
体が羽の様に軽くなり、ミルの体から数センチの場所に、目に見えない透明な防御結界が三重に形成された。
「魔術系系、【完全操体】、【思考速度加速】」
肉体が魔術により完全に掌握され思考と行動のタイムラグが無くなり、更に思考加速で木々のざわめきが間延びしたように低音となった。
「最後に職業外スキル、【軽気功・極】、【狂戦士化】」
より速く、より強く、より鋭利に。
純白の身はそのままに、堕天するがごとく、神々しくも狂気を纏った少女がそこに在った。
「こんなもんでいいかなぁ。うん、ちゃんと発動するねぇ」
戦いを奉ずる戦乙女のごとき姿から、いつもと変わらないミルの口調で言葉が紡がれた。
戦意高揚の高揚感や全能感を完璧に御し、狂戦士化から来る破壊衝動と破滅願望をさくっと無視して、あくまでミルはミルのままでそこに居た。
「これはクリス要らない子説が浮上してきました」
幼馴染が聞いたら切れそうなことを、平気で口走るミル。
他の廃人の類にもれず、ミルもレベルに見合ったセカンド職業、サード職業を取っている。
その中にはもちろん、活躍の場の多い僧侶系などの支援スキルが豊富な職や、習得条件を満たさなければ習得できない職業外スキルも存在した。
ちなみに【軽気功・極】は素手でなければ発動できず、【狂戦士化】はHPが三割以下にならなければ発動できなかったはずなのだが、こちらにはそういった制限は無いらしい。
「まぁ流石に効果は極支援のクリスに及ばないけどね。も一つ試しに、【強撃】」
右手一本で大上段に構えた大剣を振り下ろす。
目にも止まらぬ速さで振り下ろされた大剣が音もなく空を切り裂き、地面を打つ数ミリ前でピタリと止められた。余りの速度に空気が付いてこなかったため、音もなく、風も起こらず、コマ落としの映像の様に大剣が瞬間移動したようにしか見えなかったが……。
「こっちは適用されるのなー。まぁ別にいいけど」
通常、【強撃】の攻撃には赤いエフェクトが付加されるが、それが無く、MPの消費も使用後のディレイも無かった。つまり、スキルが発動していない。
【狂戦士化】の効果は、攻撃速度二倍。その引き換えに発動中のHPの自然回復停止とスキルの使用不可なのだが、そちらは適用されているようだ。HPが全快の為分からないが、おそらく自然回復も停止しているのだろう。
「適用される条件がいまいち良く分かんないけど、まぁいいか」
大雑把に納得し、今現在の条件把握を棚上げした。膨大な数のあるスキルを調べ上げるには時間がかかる。今は、今やるべきことをやってしまおう。
「さて、林業のお時間です」
スっと細まる視線。吹きあがる戦意、覇気、殺気。
物理的な重圧すら感じる殺意に、周囲の野生動物やモンスターは一目散に逃げだし、意思を持たぬ木々すらザワリと身震いをした気がした。
万の大軍にも劣らぬ存在感と、それをぶち壊す場違いなセリフを残し、ミルは地面を爆発させる勢いで飛び上った。
煌めく銀線。
空中を蹴るスキル【空転脚】を連続で使用し、逆巻に螺旋を描き、一振りで数本の枝を切りながら駆け上がる。そうして樹上に出ると隣の木に向けて飛び移り、螺旋を描いて駆け降り着地する。
この間、四秒。
ミルは以前【森林伐採丸】との異名を持つ斧使い知人に、伐採のコツを聞いていた。
曰く、『切り倒す前に先に枝を落としとくと楽だよ~』と。
「うん、行ける!」
手ごたえを感じたミルは、隣の木に狙いを定め、同じ作業を繰り返した。
切りながら駆け上がって、切りながら駆け降りる。その常軌を逸した単純作業を続ける事、百五十回。
切られたはずの枝は余りの速度に落ちることなく、何事もないかの様に幹に付いたままになっているが、目標の三百本の木から出ていた枝約九千は、ものの十分で全てに切れ目が入れられた。
「よっし、終わり。んじゃ最後の仕上げと行きますか」
再びスタート地点に戻って来たミルは、十分前と殆ど変わらない様子の林を前にそう呟くと、最初の木の幹に神剣を一閃させる。丁度、倒れた時に隣の木にぶつかる角度で。
「おりゃー」
またも気の抜けるゆるい掛け声と共に、開始地点を中心に円状の範囲で枝を切られた木々の幹に、次々と正確無比に切れ目が入っていった。
「さて、うまく行くかなー。ポチっとな」
螺旋状に切れ目を入れ終り、三度スタート地点に戻ってきたミルは、神剣を収納し支援スキルを解除すると、一番最初の木を指先でそっと押した。
すると、切れ目の付けられた幹はゆらりと傾ぎ、隣の木を巻き込んで倒れると、またその隣の木が更に隣の木を巻き込んで倒れ……とドミノ倒しの様に連鎖的に倒れていく。倒れた拍子に、枝も思い出したかのように落ちていった。
バキバキズシンという木々の倒れる音が連鎖し、轟音となって周囲に響き渡る。
「これぞ秘剣、『鳴門崩し』。なんちって」
最後の一本まで計算通り倒れ、円形に開けた周辺を満足そうに見回すミル。
聞きかじりの超高等無駄テクニックを一発で成功させることができてご満悦の様子だ。
ちなみに、こんな事をしなくても三時間もあれば普通に切って三百本クリアできただろうが、何事も効率良くやった方が良いに決まっている、と効率厨らしく考える。勿論周りの迷惑など考えない。だってミルだもの。
「んじゃ回収といきま―――」
「なななな、なんじゃこりゃー!!!」
倒した木の回収をしようと動き出したミルの背後から響いた野太い絶叫。振り返ると、現場監督と数人の木こりらしき男たちが、顎が外れそうなほど口を開けて驚愕していた。
「あ、お疲れ様です。倒し終わったんで後は回収するだけです。枝も全部切ってあるので」
「は!? え!? …………はぁ!?!?」
当たり前のように言うミルに混乱し、落ち着こうとしてやっぱり混乱する木こり達。
さっきまで林だった場所が、半径百数十メートルの範囲で午後の陽光も眩しい広場に早変わりしているのだ。意味が分からない。
ミルはと言うと、あぁそうだったと思い、補足で説明することにした。
「重なって倒れていますけど、枝がクッションになっているので幹本体の傷は少ないはずですよ。スタート地点がこの木なので、ここから時計回りに回収していけば楽だと思います!」
「「「いや問題はそこじゃねぇよ!!!」」」
「ほえ?」
あっけらかんとしたミルの言葉に、木こり達の全力のツッコミが炸裂したのだった。




