ランクアップ
お昼過ぎ、そろそろ半というところでしょうか。
他の受付嬢に窓口を変わってもらい、私もお昼に行こうとしていた時、ミルちゃんが冒険者ギルドへ戻ってきました。
石材の運搬の依頼で出ていったのが十一時半くらいだったので、一時間位かかったことになります。
お昼でも食べてきたのかな? と考えたところで、私の思考がだいぶ毒されている事に気づきました。
いや無いから。普通、一時間で依頼達成とか無いから。三十分以上かかったからお昼食べてきたのかな? という思考になる事自体が異常事態です。私の常識を返して。
ミルちゃんはキョロキョロと周りを見渡し、バックヤードに引っ込もうとしていた私を見つけると、パァと表情を輝かせ、次の瞬間ショボーンと悲しそうになります。
あぁ分かりやすい。私を見つけて喜んで、私がお昼に行こうとしているのを察して悲しくなったんですね。
そんな反応をされて、対応しないわけには行きません。私は苦笑すると、おいでおいでをしてミルちゃんを多目的受付に誘導しました。今日は外食の予定でしたが、ギルド内の食堂で済ませることにします。
これでミルちゃんはランクアップのはずです。ギルドカードの更新をするので少し時間がかかりますから、通常の受付よりこちらのほうが、他の冒険者の迷惑にならないでしょう。
「ランクアップをお願いします」
「はい。承ります」
案の定、ミルちゃんがドヤ顔しながら石材の受領書と手紙とギルドカードを二枚差し出してきました。
可愛い子はドヤ顔も可愛いなぁ。ん? ギルドカード二枚?
一枚はミルちゃんのですが、もう一枚はクリスさんのですね。手紙は……グレア大司教からギルドマスター宛て!? しかもこの手紙の封蝋の印璽は最重要案件に関する物じゃないですか!?!?
「しょ、少々お待ちください」
「分かりました。私は次の依頼を選んでいますね」
慌てる私に、カード更新に時間がかかるとでも思ったのか、ミルちゃんはのほほんとEランク掲示板へ向かいます。
確かに多少時間はかかりますが、その前にギルドマスターです。多忙な方ですが、幸い今日は執務室にいらっしゃるはず。まずは手紙を届けなければ。
私は急いで最上階にあるギルドマスターの執務室へ向かいました。
執務中だった初老のハーフエルフである、ここアダムヘル冒険者ギルドのギルドマスターに、グレア大司教からの手紙を渡します。
最初こそギルドマスターはいつも通りの穏やかな顔で受取りましたが、差出人を確認して怪訝な表情を浮かべ、封蝋の印璽に目を見開くと、読み進めるごとに表情が険しくなっていき、読み終わる頃には驚愕に染まりました。
―――ガタンッ
机に置いた手紙に目を落としたまま、思わず、と言った様子で立ち上がるギルドマスター。
驚く私にハッと正気を取り戻すと、何事もなかったかのようにもう一度席に着き、わざとらしくゴホンとひとつ咳払いをしました。
私は、冒険者ギルドに入ってまだ日が浅いですが、いつも泰然として穏やかなギルドマスターが、ここまで取り乱したのを見たことがありません。
「アーシャ君、引き止めてしまって悪かったね」
良かった、忘れられてなかった。
手紙を渡して退出しようとした私ですが、ギルドマスターに引き止められその場で待機していたのです。
手紙を読みながら百面相をするギルドマスターに、完全に存在を忘れられたのかと心配になりました。
落ち着いた渋いおじ様であるギルドマスターの、レアな表情を見れて得した気分です。
「まずはこれを」
手紙と一緒に入っていた、依頼表を私に手渡すギルドマスター。
まだなんの依頼表か見ていませんが、何か凄い嫌な予感がします。
これはミルちゃんが三十分で帰ってきた時と同じか、それ以上に、私の常識が崩壊する予感が。
「……ええぇぇぇ」
予想はしていた分、衝撃は少なかったですが、やはり口から声が漏れました。
それはクリスさんが受けた治療院の依頼表でした。しかも、予想通りランクアップの50Gpt分を稼ぎ済みの。
「この依頼を受けた冒険者はここには戻っていないのだよね?」
「はい、その手紙を持ってきた冒険者は受けた本人とは別の方です」
「ふむ、なるほど。その届けた者はこの依頼票を受けた人物とどういった関係なのかね?」
「パーティメンバーでご夫婦の奥方です。それと、先ほどお話した不正調査の件とも関係するのですが……」
私は、クリスさんとミルちゃんの事を話しました。
ミルちゃんの依頼達成速度に関して、事前にギルドマスターにも話を通していたのが幸いし、話がスムーズに進みます。
「なるほどねぇ、奥さんの方がまとめて持ってきたわけだ」
「はい、それに関しまして、ギルド規約では本人のサインがある委任状がない限り、本人でなければギルドカードの使用及び更新を禁止していますが、如何致しましょう」
そうなのです。不正防止で、基本的にギルドカードを使うことは本人以外にはできません。
それはパーティメンバーや家族であっても例外ではありません。
例外は、委任状がある場合と本人の死亡が確認された場合のみです。
「グレア大司教の口利きがあってね。この依頼表の主……クリスタール君と言ったか。どうやら治療院が混み合っていて手が離せないようだ。こちらとしてもギルドカード更新のために患者を置いて来いと言うわけにも行かないから、これは特例でいいでしょう。
Gptを稼いでいない状況で不正にランクアップさせるわけでも無いしね。と言うか、現在も絶賛治療続行中のようだし、さすがにタダ働きさせる訳にもいかないから、ランクアップ後の患者の治療分も次ランクのGptに反映させてあげて欲しい、とも手紙にあってね」
どうやらあの夫婦は、ミルちゃんだけでなくクリスさんも、私の常識を大霊峰の向こう側に蹴り飛ばす存在のようです。
普通、駆出しの冒険者の回復係で軽傷を十人。Bランクの回復係でも百人も癒せばMPが尽き、休息を余儀なくされます。傷や病気の症状が重ければもっと少なくなるでしょう。
軽症だけの治療としても、この短時間で75人を治療したことになります。現在も続行中という事は、さらにそれ以上治療を続けているという事。一般的なBランク回復係以上の働きをしている事になります。
無名の駆出し冒険者の仕事ではありません。
「ミルノワールさんもそうですが、クリスタールさんもGptの蓄積速度が異常です。何か不正があるのでは?」
私はあえて疑念を呈します。クリスさんもミルちゃんも大好きですが、ギルド員として不正を許すわけには行きません。それに、もし彼らが不正に手を染めているのならば、早めに正してあげるのが正道というものでしょう。
……正論で武装しましたが、結局のところ私の『彼らにキレイでいてほしい』というエゴなのかもしれませんが。
「ミルノワール君の不正疑惑は晴れたのだよね?」
「はい……追える者がいませんので、完全に晴れたわけではありませんが。少なくともミルノワールさんが受けた薪の配達依頼と木材の配達依頼は、ミルノワールさん本人が現地で受け渡しをした事を、依頼主と受取主に確認しております。目立つ容姿の方ですので、まず別人を代理に使ったという事も無いかと」
一回目のターチさんが失敗した時点で、すでに次の手は打ってあります。次善策でも、不正の気配はありませんでした。
「よろしい。二人のランクアップを認めようじゃないか。クリスタール君の方も確認する必要はあるが、何よりあのグレア大司教の口利きなのだ、無下にする事もできないし、彼が不正を許すとも思えないからね」
「承知しました。それでは更新作業をして参ります」
確かにある意味、現聖王様や教皇様よりも知名度の高いかもしれないグレア大司教ですしねぇ。
ギルド員としては依怙贔屓しているようで気が引けますが、上の決定では仕方ありません。
いえ、むしろ私が二人を好きすぎて、逆に厳しくし過ぎているのでしょうか。
私は別に彼らの担当と言う訳ではないのですが、冒険者登録を行い、初めての依頼も私が担当しました。
当初は下心満載でしたが、この半日ほどで仄かな恋心を粉砕されたため、今では純粋な好意のみ残りました。
……いえ嘘です。隙あらば、と言う気持ちが未だに残ってはいます。
ですが、あの二人に私が入り込むほどの隙間が出来るのがというのが、想像できないんですよねぇ。
若いのに不思議と、十年以上連れ添った夫婦とか、苦楽を共にした親友みたいな密着具合なので、無理に入り込もうとしてもまた砕ける気しかしません。
そんな訳で、他の冒険者達と違った目で二人を見ている事は確かです。
逆に好意を感じるからこそ、依怙贔屓しないように厳しくしすぎなのかなぁ。
まぁいいでしょう。二人が私の窓口に来るのは単純に顔見知りだからというだけの理由なので、ギルド員に知り合いが増えれば、私以外の人のところにも行くと思います。
少し残念ではありますが、私が二人の担当という訳でもないので、変に意識するのもおかしな話ですね。
ギルドマスターのお許しも出た事ですし、さくっと更新手続きをして、お昼にしましょう。
私は二人のランクアップの為、一階の事務部に顔を出すと、男性の事務員にギルドカードを手渡します。
「この二人のランクアップをお願いします」
「あいよー。うん? 二人ともGptが0だけど?」
あぁそうでした、クリスさんのはさっき受け取ったからですが、ミルさんのも一緒に済ませるために終了手続きをしていなかったので、まだギルドカードに記載されたGptは0のままでした。こういうミスがあるから、まとめてやるのは嫌なんですよねぇ。
「すみません。実は―――」
「えええ!?」
私の説明に、男性の事務員さんは驚愕しました。
うん。そうだよね。普通半日でFランクからEランクにランクアップなんてあり得ないよね。お帰り私の常識、もうどこにもいっちゃだめだよ。
「ちょっとフロアリーダーに確認するから、少し待ってくれ」
「分かりました。完了した依頼表は持って来ていますので、これもフロアリーダーに確認をお願いします」
依頼表一式を事務員さんに渡し、あとは一階のフロアリーダーのミランダさんに確認して貰えば私の仕事は終わりです。
ギルドカードの更新に十分くらい掛かるので、ミルちゃんに渡すのは他のギルド員にしてもらって、私はお昼に行くとしましょう。何だかんだでそろそろ一時も近くなってきました。お腹減ったなー。
そんな事を取り留めもなく考えていると、事務員さんとミランダさんが事務所に戻ってきました。
「話は伺いました。ギルドマスターの許可は取っているのですね?」
ダークブルーのウェーブのかかった髪をミディアムショートで切りそろえた、二十代後半のいかにも出来る女、という感じのミランダさんが、私に聞いてきます。
「はい。不正の可能性も低いと思われます」
「分かりました。では何も問題ありません。ランクアップをしてもらいましょう。確かに一日……いえ実質半日でランクアップなど前例がありませんが、過去に三日でランクアップした方は存在します。能力のある冒険者は、早くランクを上げてもらうに越したことはありません」
「三日でランクアップされた方はいらしたんですか!?」
私は驚きました。
現役の冒険者で有名どころは、大体の経歴も含めて頭に入れていると思ったのですが、そんな冒険者は私の記憶にありませんでした。
「おや、知らなかったのですか。……初代聖王アリア様ですよ」
「ええ!?」
まさかの伝説上の人でした。と、いう事はあの二人はアリア様に迫る実力者と言う事でしょうか?
いくら何でもあの可愛いミルちゃんが、伝説の初代聖王様に迫るような、人間離れした能力を秘めているとは……大ジャンプ、屋根走り……いけない心当たりが。
私は確信します。これは私の手に負えません。
これ以上あの二人に関わると、私の常識さんがまた迷子になってしまう気がします。いえ、迷子どころかそのまま失踪蒸発行方不明も。
「では、私は昼食に行ってきますので、ギルドカードの受け渡しは他の方でお願いします」
そう申し伝え、さっと踵を返し出ていこうとする私の肩を、ミランダさんにガシっと捕まえられました。
強い力で引き寄せられ、対面に振り向かされると両肩に手を置かれました。
「どこに行こうと言うのですか」
キリキリと両肩に指が食い込んで痛いです。
「え、あの、昼食ですが」
真っ直ぐに私の目を見つめてくるミランダさんの視線から逃げるように、私は目を泳がせます。
おかしい、行動的にやましい事は何一つ無いというのに、何か怒られている気がする。
「ちゃんとギルドカードを渡してから行きなさい。あの二人は貴女の担当でしょう」
「ええ!? 初耳なんですが!?!?」
聞いてませんよ!?
「貴女以外にあの二人の相手が務まるわけないでしょう。これは受付嬢の総意です。彼らが来たら、現行の業務は他の受付嬢に交代して貰って、そちらを優先して結構。頑張りなさい」
「いやいやいや! ミルちゃんもクリスさんも見た目以外は普通ですよ! ミルちゃんはいい子ですし、クリスさんも一般的な良識のある方です。どの受付嬢でも対応できますよ!」
狼狽する私に、ミランダさんはやれやれ、といった風に首を振ります。
今朝なら喜んでいたでしょうが、恋心が砕け散った今ではあの二人の仲睦まじさを近くで見るのはそこそこ辛いのです。
それに、私が言った事も嘘ではありません。二人とも他の癖の強い冒険者に比べたら、とても付き合いやすい部類だと思います。
「そう思っているのは貴女だけです。今朝のクリスタール氏の威圧と、一時間半ほど前のミルノワール氏の全方位魅了スマイルに平然としていた受付嬢は貴女だけなのです。あの二人の相手は貴女以外に考えられません。私でも無理です」
「えぇぇ……」
言われてみれば確かにそうかもしれませんが、それは私がやる正当な理由になるのでしょうか?
「それに、あの二人はすでに男女問わず人気が出ている傾向にあります。下手な人員を付けると、依怙贔屓の温床になるでしょう」
「それは私も同じでは?」
「あの二人と一番接触が長い貴女が、一番二人を正当に評価しようと努力しているのは知っています。でなければ、不正疑惑の調査など積極的に行わないでしょう。他のギルド員では、不正があっても良くて見て見ぬふり、悪ければ積極的に加担もありえます」
「彼らは不正などしていません!」
懐疑的なミランダさんの物言いに、私は思わず食って掛かってしまいました。
「ええ。しっかりと調査したうえでそう判断するのならば、問題ありません。問題なのは、盲目的に信じて受け入れてしまう事です。貴女なら、大丈夫でしょう」
気色ばむ私に、彼女は微笑みながら、諭すようにそう言いました。
「あの二人は鮮烈に過ぎるのです。昨日と今日の一日半だけで、すでにファンクラブ設立の動きがあるほどです。ミルノワール氏の方は、まだ噂の段階ですが、クリスタール氏の方は確かな情報です。ちなみにこれがファンクラブの会員証です。そんな二人には、物事を公平に判断できる貴女のような人材が対応するのが一番なのです」
そこまで、私の事を評価して貰っていたんですね。見ている人は見ている、という事でしょうか。私は感動に打ち震えました。
「分かりました。そこまで評価してくださるのなら、精一杯やらせて頂きます。ところで……」
「何ですか?」
「会員証のナンバーが1で、ミランダさんの名前が入っているように見えましたが」
「クリスタール様由来のグッズがあれば、高値で買い取りますよ」
あなたが設立者じゃないですか! 見ている人は見ているんですよ!
「私も入会したいのですが」
「冒険者ギルドの公平を期す為に、担当者の入会は受け入れられません」
「そんな!」
「ちなみに他の受付嬢は全員入会しています」
「そんな!?」
結局消去法で私になったんじゃないですか! ヤダー!!
「頼みましたよ。イロイロと」
真摯な瞳でミランダさんに見つめられますが、もう何一つ信用できません。
「カードの更新終わったよー。あれどうしたの?」
絶望する私の耳に、事務員さんの無慈悲な声が届きました。
あぁ、結局逃げ損ねた……最初から逃げ場なんて無かった気もしますが。




