犯人はミル
午前十一時頃、引越しの依頼を終わらせたミルは、本日三回目の教会の上にいた。
荷物の受取りに行った先で魔女っぽいお婆さんに気に入られたり、卸し先で十五歳くらいのやたらキラキラした美少年に一目惚れされたりしたが、本人は通常運転で華麗にスルーを決め込んだ。むしろ気付いてないので物語の発展性が皆無だった。
手にはお土産にお婆さんから貰ったお菓子の詰め合わせと、美少年に貰った瓶ジュースが二本。
瓶ジュースの方は、さっさと帰ろうとするミルを引き留めるために、美少年が一緒に飲もうと用意したのだが、今まで通りのノリで受取って颯爽とトンズラした。
後には崩れ落ちる美少年が残るのみ。哀れである。
ミルはと言えば、依頼先と配達先に行くたびに、何かしらお土産を持たされるけどいい加減処分に困るなぁ、と呑気に考える。
完全に善意でくれているので固辞するのも感じが悪く、今のところ全て受け取っているのだが……まぁ次は石材運びだから、お土産も何も無いだろうと楽観的に考えることにした。フラグである。
それはさて置き、眼下の治療院に目を向けると、なかなかの賑わいになっている。
治療院が賑わうのもどうかとは思うが、戦火の野戦病院や黒死病大流行の欧州地方じゃあるまいし、談笑しながら立って歩いて通えている時点で、そう心配する事もないと思う。
むしろ、この眺めていた数分で、三人ほど担架で運ばれていった、訓練中の騎士の方が気になる。
歩いて治療院に入っていった五人と合わせると、三十秒に一人のペースで怪我をしているのだが……普段からそんなに厳しい訓練を行っているのだろうか。
あ、また袈裟懸けに切られた騎士が倒れた。
切られた方がピクリとも動かないんだけど、あの剣ってちゃんと刃引きしてあるんだよね? ね?
木剣じゃなくて鉄剣なのは、ギラギラと太陽を反射する見た目で分かるんだけど、まさか真剣じゃないよね!?
三百年以上に渡り平和を続けていた世界のはずなのに、世紀末も真っ青の激しい訓練風景を目撃したミルは、これからのアップデートを思えば心強くもあり、太平の世で常在戦場の志を持ち続ける意識高い系戦闘集団が恐ろしくもあり、複雑な心境だ。
何より、一昨日まで陰キャ大学生だったので、意識高い系集団に生理的な拒絶反応がある。なにアレ怖い。
特にどこかで見た感じの隊長っぽい人がヤバイ。
鬼気迫るというか……何もそこまで、と思うほど苛烈に部下を切って捨てている。あっ、また一人動かなくなった。
もちろん、普段からここまで過酷な訓練はしておらず、クリスにテンション上がったラウディがはっちゃけているだけなのだが、そんな事をミルが知るわけもなし。
やべーこの世界の騎士まじやべー。と思いながら、ミルは逃げるように冒険者ギルドへ向かうのだった。
裏手の訓練場を見ていたせいで、表側の教会の敷地内に居た多数の信者や患者が、ミルを指差し騒めいているのに気づく事は、やはり無かった。
■◇■◇■◇■
一時間と少し時間は戻り、グレア大司教とラウディ隊長との面談を終えたクリスの姿は、治療院の一室にあった。
「基本的に治療はこちらの部屋で行います。当治療院には入院施設もございますが、現在は入院患者はおりませんので、外来の患者のみの対応となります」
「そうか、ほかの回復係や医師はどこに?」
修道女マリアの説明に、少し落胆しながらも尋ね返すクリス。入院患者が居なかったのは残念だが、良識的に考えれば入院が必要な患者がいないのは僥倖である。
「先週に行われた騎士団による盗賊団壊滅作戦の関係で負傷者が多数出たため、公営の病院へ派遣されております。入院患者がいないのも、その関係で当治療院の営業を縮小しているせいです。現在、この治療院で治療行為を行えるのは、グレア大司教を除けば、医師見習いの神官と薬学を納めた私のみです」
マリアの説明に目を見開くクリス。
開店休業状態ではないか。どうりで人がまばらなわけだ。これはハズレを引いたか、と意気消沈する。
が、まぁ俺がコケてもミルの森林破壊が捗るだけなので、気楽にやろうと気持ちを切り替える事にした。何気に酷い。
「そうか……今は外来の患者はその見習い神官が診ているのか?」
「はい。彼は簡単な診察と【応急手当】しかできませんので、対処療法にしかなりません。【治療】を使える神官は全て病院の方に行っております。
私は薬学を収めておりますので、風邪などの簡単な病気に対しては薬を処方することで対応しています。
冒険者ギルドへは引き続き回復係の依頼を出しておりますが、フリーの回復係は病院の方の依頼に行ってしまい、なかなか人手が集まりません……」
逆に言えば、その程度で何とかなる患者しか来ないということで……これはますますミルの森林破壊が捗りそうだ。
ちなみに、病院の依頼をクリスは見ていない。Cランク依頼だったのでEランクの掲示板には張り出されていなかったのだ。
「わかった。取り合えず、その医師見習いの神官と交代しよう。【応急手当】しか使えないのならば、まだ俺の方が役に立つ。その神官は診察だけして、結果を俺に教えてくれ」
「承知しました。診察室はこちらです」
クリスはマリアに連れられ、二つ隣の部屋へと移動する。
玄関を抜けた大部屋が患者の待合室で、それに繋がるように三部屋あり、更にその奥に数部屋あるようだ。
三階建ての建物で、二階以上は入院患者用の病室なのだが、現在は使われていない。
クリス達は裏口から入ったため、待合室を通らなかったので分からなかったが、診察室に近づくにつれ何やら待合室の方から数人の話し声が聞こえる。かなり大声で話しているようだが、何かあったのだろうか。
と言うか、診察室も騒がしい。クリスの感覚では病院で騒がしくするなど言語道断だと思うが、この世界では違うのか? と困惑するクリスを置いて、マリアが診察室のドアを開けると、中の会話がはっきりと聞こえてきた。
「ですから! 本当に見たんですよ先生。信じてくださいって!!」
「まだ言うのか! 眼科は専門外だから病院へ行け!」
「いや違うんですって、今日来たのは肩こりが酷いんで湿布を貰いに来たんですが、それとは別にさっき見たものを話してるんです!」
「確かにここは教会だが、敬虔なアリア教徒である私ですら見たことが無いのに、通院に来ただけの一般信者が早々と見れるわけがないだろうが!」
「私だけじゃないんですって、周りに居た数人も一緒に見てるんですよ!」
「ここに務めてそこそこ長いが、上の人間からもそんな話聞いたことはない! いいからとっとと湿布を貰って帰れ!」
激しく言い争う神官と中年の女性に困惑するクリスとマリア。
話が見えないが、言い争いを眺めているのも不毛なので、マリアに目配せすると、一瞬嫌そうに顔をしかめたが、神官の男性と常連のおばちゃん両方の顔見知りである自分が話を聞くのが一番と悟り、嫌々と声を掛けた。
「どうしたんですかヘテロさん? ナーベルさんも落ち着いてください」
ドアが開いたことにも気づかず言い争っていた二人は、そこでやっとマリアとクリスに気が付いたようだ。
「マリアか。騒がしくしてしまってすまない。おや、そちらの方は?」
「ちょっと聞いてよマリアちゃん、先生ってば私の話を全然聞いてくれなくって、っていい男!!」
マリアの顔を見て平静を取り戻し問いかける神官ヘテロと、クリスを見るなり目を向いて凝視してくる中年女性ナーベル。
口を開けたまま固まっているナーベルは置いておいて、クリスはヘテロの方に自己紹介を済ませてしまうことにした。
「クリスタールだ。冒険者ギルドの依頼で来た。治療系、回復系、解毒系と一通り使えるから、よろしく頼む」
ちなみに、AAOでの回復魔法には大まかに三つの系統がある。即ち、
治療系……傷を治す。外傷は勿論、内臓の損傷も治療系になる。
回復系……病気や臓器不全を治す。大雑把に言えば、体を健康にする効果がある。
解毒系……毒を治す。出血毒や神経毒に限らず、低レベルの毒には大抵作用する。食あたりなども癒すことが出来るが、それに伴う臓器不全や合併症は治療系や回復系で治す必要がある。
どれも傷の大きさや、病気の重さ、毒の強さで治せる限度があり、重い症状にはより高度な回復魔法が要求される。
敵のレベルが上がると専用スキルでしか回復できない、えげつない状態異常なども出てくるが、序盤で出てくる状態異常や怪我は、大抵この三系統で対応できる。
「おぉ、それはありがたい! 正直【応急手当】程度しか使えない自分では、治療に限界がありまして……」
不甲斐なさそうに唇を噛み席を立つ若い神官。
「そう卑下するな。志があれば知識も技術もついてくる。手っ取り早くスキルを上げたいのならば、騎士団にでも付いて行って、レベルを上げる事だ。そうすれば、やれる事は格段に増える」
自信満々に見える態度でヘテロに変わり席に着くと、未だに口を開けているナーベルに向き直った。
内心は初診察でドッキドキだが、そんな様子はおくびにも出さない。医師が不安そうでは患者に無駄に不安を与えてしまうものだ。
「先ほどの話を聞いていたが、肩こりだったか」
「……」
「おい?」
「はっ! はははい。そうですとも!」
「そうか、ほかに何か気になる症状はないか?」
「えっと……頭痛くらいですかね?」
クリスに見とれて魂の抜けていたナーベルは、クリスに声を掛けられやっと正気に戻ると、慌てて答える。
「分かった。ちょっと背中を向けてくれ」
言われて背中を向けたナーベルの方を、クリスは【知識神シエルの眼鏡】越しに観察する。正面でジッと見るのも何となく気まずい気がしたのだ。
モンスターのステータスのみならず、所持スキルや状態異常も表示してくれるシエル先生なら、きっとやってくれるとナーベルの肩を凝視した。
すると、ナーベルのステータスに表示される項目に『症状』という項目が追加され、『肩こり、緊張性頭痛』の文字。
流石シエル先生ぱねぇッス。と、内心で拍手喝采を上げるクリスの目が、次の瞬間見開かれた。
眼精疲労、右上腕二頭筋筋肉痛、左手中指裂傷(軽度)、右手人差し指火傷(軽度)、左足大腿骨単独骨折(癒着済)、肝機能低下、胆石(小)、胃内膜炎症、寄生虫(線虫類)、高血圧、γ‐GTP基準値以上、乳がん(初期)……
あ、ごめんなさいシエル先生もういいです。
そっとナーベルから視線を外し、ステータスを見なかったことにするクリス。
えっと、これは【完全回復】案件ではなかろうか……いやでも緊急性を要するのは乳がんくらいなので、それさえ何とかすればいいのか? いや、寄生虫もやばいのか? 文系のいち大学生にこんな症状羅列されても困るぞ……そんなに知りたくなかったよシエル先生。と知識神に理不尽な文句を心の中で言う。
「……症状は大体分かった。回復を掛けておくので、今日は湿布を貰って帰るといい」
取り合えず、治療と完全回復と安息を掛けて、病状の欄をまっさらにしておいた。
なぜか寄生虫も消えたが……腸内細菌と違って異物として入ってきた寄生虫は完全回復の治癒範囲なのだろうか? 単純に健康になって免疫力が向上したせいで駆逐された可能性もあるが、謎である。
「「「……え?」」」
「よし、終わったぞ」
考え事をしていたので周りを見ていなかったクリスが、【完全回復】を使い翡翠色の強い輝きが発生すると同時に、三人が一様に声を上げる。
「む、無詠唱?」
「今の輝きは、中級回復?……いや、いやもっと上の!?」
「おおおお! 体が軽くなった! 漲る!!」
無詠唱に驚くマリア、強い回復の光に驚愕するヘテロ、実感できるほど体の調子が良くなったナーベル。
特に下町育ちの中年女性であるナーベルは、物心ついた時から考えても覚えがないほど絶好調の健康体になったので、迸るパトスを持て余し気味だ。
「浮かれているところ悪いが、肩こりの解消は一時的なものだ。毎日柔軟体操をして筋肉を柔らかく保つようにな」
悪いところは軒並み癒したが、ナーベルの場合ほとんどが生活習慣から来る疾病だ。今回直したとしてもいずれ再発するだろうが、そこまでは面倒見切れん。と思い、肩こりに関しての簡単なアドバイスのみに留めるクリス。
乳がんの治療をしたことを鑑みれば、下手をすると数十年単位でナーベルの寿命を延ばした事実に、思い至ることは無かった。
「柔軟体操ねぇ。分かったよ、こんな腕と顔のいい先生は初めてだから言われたとおりに、久々に旦那と一緒にスルとしようかね! あ、マリアちゃん、良くなったなら今日は湿布はいらないよ」
そんな事は知らないナーベルは、昔はそこそこ美人だったかもしれない顔をニヤニヤと下品に崩しながら、明らかに夜の柔軟体操をする気満々で出て行った。元々元気な下町のおばちゃんは、健康体になってますます元気になったようだ。頑張れ旦那さん。
「ク、クリスタール殿。今の回復魔法はまさか上級回復ですか!? 詠唱もしていなかった様ですが……」
ナーベルが退出したとたん、ヘテロが挑みかかるように迫ってきたが、クリスの美貌と至近距離で対面し尻すぼみに勢を減じて目をそらすと。
ポッ
顔を赤らめた。
「貴様、異性愛者では無いな!?」
「え、いや僕はヘテロですが?」
ドン引きしながら叫ぶクリスに、赤い顔のまま困惑するヘテロ。
あっ、このネタ通じなかったわ。自動翻訳さんの守備範囲外だったのな、ごめん。と反省するクリス。
「うおっほん。失礼、勘違いのようだ」
「は、はあ。で、さっきの上級回復の件ですが……」
目を輝かせて問うヘテロに、クリスはニヤリと意味深に笑い。
「今のは上級回復ではない。下級回復だ」
嘘です。更に上の完全回復です。
クリスはヘテロに向き直ると、自信満々で嘘八百を宣った。
人生で言ってみたいセリフの、上位ランカーを言えてご満悦のクリスだが……。
「「……は?」」
何言ってんだコイツ。と書いてある顔で二人に凝視された。あっ、すべった。恥っず。
な、なんだってー!? という反応を期待してドヤ顔決めていたクリスだが、ネタに素の反応を返されると途轍もなく恥ずかしい。
「あの輝きは下級回復などでは無いはずです」
困惑気味に真面目に聞いてくるヘテロに、冷や汗を流すクリス。
「何故か普通より光りやすい体質でな!」
「そんな体質聞いたことないですよ」
適当に誤魔化そうと試みるが、マリアに回り込まれた。逃げられない。
「俺にも何故かは分らんが、一介の駆出し冒険者に上級回復など使えるわけないだろう。顔のせいか見た目だけ派手になるんだ」
「「……あぁ、なるほど」」
なぜか納得された。
実力を隠したいが為の、自分でも苦しい言い訳だと思っていたので逆に困惑するクリス。
世界の法則を超える顔ってどんなだよ。と思うが、藪蛇になるのであえて突っ込まないことにした。
「そう言えば、さっき何か言い争いをしていたようだが、何だったんだ?」
この話は危険なので、クリスは自分に関わりの無さそうな事に話題転換する事にした。
「あぁ、さっきのナーベルさんとの話を聞かれていましたか。御見苦しい姿を晒してしまいお恥ずかし。少々聖職者の端くれとして看過できないことを言っていまして」
「ほほう、何を言っていたか聞いてもいいか?」
食いついてきたヘテロに、これで自分と関係ない事に話を逸らせる、と安心するクリス。
「なんでも、先ほど教会の屋根の上に天使様を見た。などと言っていまして」
「天使ねぇ……生憎と俺は見た事が無いな」
天使型のモンスターなら次のアップデートのダンジョンに実装されるが、あれはノーカンだろ。とクリスは考える。
羽の生えた古代ローマ時代風の甲冑を着たゴリマッチョは、クリスにとっては天使カテゴリでなくモンスターカテゴリに分類されるようだ。
羽の生えた美しい女神様ならNPCでいたが、あれはあれで神様カテゴリだろう。
「僕も見た事ないですね。ここに配属されて五年になりますが、そういった話は聞いたことがありません」
「ふむ。まぁああいう元気なおばちゃんってのは話を大きく言うものだし、何かを見間違えたんじゃないかね」
「僕もそう思います。まったく、純白の天使様を見たなど恐れ多い事を」
うん? と思うクリス。
身内に一人、見た目だけならその形容詞が似合うヤツの心当たりがあるが、気のせいだろう。
「お、大方鳥か何かを見間違えたんだろう」
「全くですね。それにしても度し難い。天使様を侮辱するようなことを言わなければ、僕としてもあそこまで憤ることも無かったのに……」
「天使様を侮辱したのか?」
公営の病院でなく、教会の治療院に来るのだから、信仰心豊かな信者なのだろうと思っていたクリスは、その言葉に驚かされる。
天使、すなわち神の御使いを侮辱するなどあるのか、と。
「今思い出しても腹が立つ! 全く、天使様が卑猥な紐パンを履いていたなどと!」
うちの身内がすんません!
そう言いそうになるのをぐっとこらえ、まぁまぁなどと言いながら冷や汗を垂らすクリス。
結局全部自分に関係ある話だった。




