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効率の敵は常識と良識


 ちょうど顔見知りの依頼受付窓口が空いていたので、アーシャの思惑通りそこに入るクリスとミル。

 三つある依頼受付窓口で、知り合いの所が空いていたのはありがたい。


「やぁおはよう、昨日ぶりだね。今日はこっちの担当なんだ」


 あ、そういえば、昨日の最後の笑顔に釣られてホイホイこのギルド員の受付に来たが、よくよく考えれば既婚者と分かった途端に冷たくされたんだったな、と思い出し、軽いジャブから会話をスタートさせるクリス。今日も塩対応だったら次から別の人の所に並ぶ所存である。クリスも心を守る事は必要なのだ。


「おはようございます。ようこそ冒険者ギルドへ。そうなんです、今日はこっちなんですよ」


 既婚者で、かつ言い訳できないレベルのロリコン容疑がかかるクリスなので、妙齢の女性にはゴミ虫を見るような目で見られることを覚悟していたが、意外と好感触の笑顔を向けられホッとする。

 後ろのミルが、ロリコンでもイケメンは許されるのか。とショックを受け、この糞イケメンどうしてくれようかと嫉妬に燃える。

 先ほどそのイケメンを生贄にした事に対する、感謝や罪悪感などすでに微塵もないあたりがミルらしい。

 周りには、旦那が他の女性と仲良く話して、可愛く嫉妬しているようにしか見えないわけだが。


「本日は依頼の受注でしょうか?」

「あぁ、こっちが俺ので、こっちがミルのだ」

「クリスタールさんのは……Eランクの依頼ですか。あぁでも作業系ですね。これなら必要スキルさえ有れば問題ありません。受注可否の判断をしますので、こちらの判別のオーブに触れて下さい」


 一瞬ギルドランクに合わない依頼だった為、眉をしかめかけたアーシャだが、依頼内容に納得する。

 討伐系と違い、こういった必要スキルさえ持っていれば、安全に作業できる依頼ならば問題ない。

 ギルドとしても、スキルを持つ者がギルドランクを上げてくれるのは、大歓迎なのである。

 ちなみにさすがにギルド員だけあって、雑用系とは言わないようだ。オブラートに包んで作業系と言うらしい。

 まぁ内容は変わらないのだが。





■◇■◇■◇■






「―――はい。問題有りません。」


 クリスさんが手を置いて数秒すると、白かったオーブが淡く青色に光りました。

 クリスさんの依頼の受注処理を済ませ、次に私はミルちゃんの依頼書を手に取ります。あれ、なんか分厚い。


「ん? ミルノワールさんもEランク依頼ですか……しかも作業系ですけど重量物の運搬ですね。運搬するための馬車や台車はギルドでレンタルできますが、積み下ろしで結構なSTR(力強さ)が要求されますよ。大丈夫ですか?」


 大丈夫だ問題ない、と言うように自信満々でこくりと頷くミルちゃんですが、不安が拭えません。

 私には、この華奢な少女がそんなに力強そうには見えないのですが……まぁそれは判別のオーブではっきりするでしょう。それよりも。


「石材の運搬300kg 八件 24Gpt、引越 二件 6Gpt、建築木材の運搬200kg 五件 10Gpt、薪の運搬 200kg 五件 10Gpt、計 50Gpt……」


 私は自信満々に頷くミルちゃんを見つめます。

 この子が考えていることは分かります。Eランク依頼をFランクで達成すればGpt(ギルドポイント)二倍、FランクからEランクへのランクアップに必要なGptが100GptなのでEランクの依頼を50Gptすれば、きっかりランクアップ出来る計算です。

 ステータスに問題ないのなら、時間をかけて全てこなせばランクアップも出来るのでしょうが、別の問題がありました。


「ミルノワールさんの気持ちは分かりましたが、これはいささかか問題があります」


 小首を傾げてはてなマークを浮かべるミルちゃん。可愛いけど、これは言わなければこの子の為にならないと、心を鬼にします。


「達成されるまで掲示され続ける討伐系と違い、作業系は達成までの期限があります。依頼主にも予定がありますので当然ですね。

 ミルノワールさんが持ってきた依頼ですと、引越と薪が本日中、木材と石材が二日以内です。

 まず今日中に薪五件と引越し二件終わらせることが難しいですし、二日目で木材五件と石材八件を終わらせるのは不可能です。

 現実不可能な依頼を受注する事は、受付としてお受けいたしかねます。どうかお考え直し下さい」


 私は噛み砕くように言って聞かせました。

 依頼書に達成期限も書いてあったはずですが、見ていなかったのかな?

 冒険者ギルドとしても一人が多数の依頼を掛け持ち、結果出来ませんでした、では信用問題になります。

 未達成だと違約金も発生するので、ここは我慢してもらわねば。


「出来ます」


 一瞬茫然としていたミルちゃんですが、挑みかかるようにキッと私を睨みつけてそう言いました。

 

 ゾゾゾッ


 おおぅ。なにか今、背中に虫が這うような感覚が湧きました。

 今のは悪寒? 快感?

 おかしいな。私には少女をイジメて悦に入るような変態性は無いはずです。

 ……いや、確かにクリスさんの奥さんというのは羨ましすぎるので、何かきっかけがあればイジメてしまうかもしれませんが。

 気を取り直して、今度ははっきりと言ってあげます。


「だ、ダメです」

「大丈夫です」

「あのね……」

「よゆーです」

「ですから」

「みっしょんいんぽっしぶる」


 最後の意味は分かりませんでしたが、引く気が無いのは分かりました。

 どうしよう、困った。何が困ったって、言ってるうちにミルちゃんがだんだん悲しそうな顔になって来たのが困った。

 こんな可愛い子を泣かせたくないです。クリスさんの奥さんというのは妬ましいですが、奥さんがミルちゃんでいる限り私にイジメとか無理そうです。

 私は助けを求めるようにクリスさんを見ました。


「まぁその辺にしておけ」


 苦笑したクリスさんがポンっとミルさんの頭に手を乗せてなだめます。う、羨ましい。


「でもクリス、前は出来たのに」


 前? 前ってなんでしょう。


「まぁギルド側にも信用問題とか色々とあるんだろ。一個ずつで我慢しろ」


 流石クリスさん。分かってらっしゃる。でも、依頼書を持ってくる前にそれ言ってほしかったです。


「むぅ」


 ミルちゃんがリスのようにむくれました。

 つ、突っつきたい。そのぷっくりほっぺを突っつきたい!

 思わず無意識に指が出そうになりました。頑張れ自重しろ私。相手は憎っくいかもしれないはずのクリスさんの奥さんだぞ。


「……分かりました。じゃぁ取り合えず薪だけにします」


 しょんぼりと薪の依頼書だけを取り、こちらに出すミルちゃん。がっつり五枚重なってますけど。


収集鞄アイテムボックス持ちなので、せめて同じ依頼は一緒でお願いできませんか」


 上目遣いに、恐る恐る聞いてきます。あぁ可愛い。


「そういう事でしたら、五件分でも大丈夫でしょう。今日中が期限ですので、頑張って下さいね」


 ミルちゃんの魅力に負けたわけではありません。受付嬢として客観的に判断した結果です。……ホントですよ?


 判別のオーブで受注可能を確認すると、ほっとしてクリスさんに向き直るミルちゃん。


「ごめんなさいクリス。お昼、ちょっと遅くなるかもしれません」

「おう。まぁしゃぁねぇさ。ちゃんと待っててやるからしっかりな」

「がんばります」


 拳を握りしめ気合を入れるミルちゃん。

 がんばれ! 超がんばれ! 依頼表を受け取り、冒険者ギルドを出ていくミルちゃんに、ほっこりと娘や妹を見守るような目で見ていた周りの冒険者も、きっと同じように思ったと思います。



 でも、それからたった30分で、この気持ちが裏切られる事になるとは、私達は思いもしなかったのでした。






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