アリアによる二者面談
しんみりしてしまった空気を首を振って振り払ったアリアは、侍女を呼んで朝食を用意させた。
今日は予定が詰まっているのでミルの料理はなしである。
そして、再三にわたりミルにオカンのごとく注意を重ねるクリスを「保護者か!」と仕事に蹴りだし、フランシスカにアルトを呼びに行かせて、アリアはテーブルを挟んでミルと対面した。テーブルの端っこにタマモが座る。
タマモもフランシスカと一緒に行かせようとしたのだが、こちらの方が面白そうと考えたタマモが居座ったのだ。野生動物(?)の勘は侮れない。
「丁度良かった。実は折り入ってアリアリさんに相談があったんです」
夜に何があったのか聞き出そうとしていたアリアの出鼻を挫くように、ミルが先に口を開く。
「相談かい? 長くなりそう?」
「んー……なるかも?」
「んじゃちょっと待ってね。食後の紅茶でも入れよう」
アリアは自ら常備されたティーセットを使い紅茶を入れると、自分とミルの前に置く。普通は侍女の仕事なのだが、込み入ったガールズトークをするつもりのアリアが人払いをしたのだ。
アリアは紅茶を蒸らしながら、ミルの相談内容を想像する。
ミルの態度から何となくクリスの事ではないかなとは思うが、どんな内容なのかは分からない。何故なら、クリスの方はいつもと変りないように見えたからだ。アリアは人を見る目には自信がある、だてに数十年間国王などやっていない。
よって、昨日の夜はそこまで二人の仲が進展するような事は無かっただろうと踏んでいる。当人たちには一大事でも、傍から見ればどうという物ではない事など、男女の仲ではよくある事だ。大方、今朝見たようにミルが寝床を間違えてクリスの上で寝ていたとか、その時にうっかりラッキースケベしたとかその程度だろう。
紅茶が出来る間、こちらも話す内容を整理していたミルが、一口紅茶を飲んで口を湿らせた後、意を決して告白した。
「実は私、クリスの事好きみたいなんです」
「っ!」
『今更かえ?』
大真面目に言うミルに、アリアは紅茶を吹きかけ、タマモは不思議そうに首を傾げた。
ナプキンで口元を拭って気を落ち着かせたアリアが、ミルに問う。
「それはLikeじゃなくてLoveって事よね?」
「Love寄りのLove」
「それはもう完全にLoveだね」
『父上は愛されておるの』
意味のない会話でお茶を濁しつつ心を落ち着けるアリア。タマモの方は自動翻訳が普通にLove=愛してると変換されてただの惚気にしか聞こえていない。
アリアは自分がたいして焚きつける前にミルが恋心を自覚してしまって、嬉しいような、前菜を食べきる前に下げられてしまったような物足りない気分だ。
もともと結婚済みでこっちに来て、中身は男同士といえど体は男女で、気心の知れた親友なのだから近いうちに名実共にくっ付くだろうとは思っていたが、まさかこちらに来て十日程度で落ちるとは。
「ミルちゃんってチョロインだったんだねぇ」
「わ、私がチョロくなるのはたっつんにだけなんだから!」
「ツンデレ風惚気ごちそうさま」
チョロインの自覚はあるらしい。
「しょうがないじゃん、幼馴染ポジで気心知れてたんだし……」
「そして異世界転移からの性別反転して男女になって、お互い男同士のつもりなのに現実の性差で戸惑い、クリスは変に意識して「女になったお前は俺が守る!」とか言っちゃったりして、それにポッってなっちゃったりして、同性の親友が他の女と話してるだけで何故かモヤモヤしちゃったりして、でも自分は男だしって更にモンモンしてたところに、自分を女として見る親友の視線に気付いてドキドキしちゃったりして好きだって自覚したんだ?」
「見てたの!?」
的確過ぎるアリアの予想にミルは思わず叫ぶ。そして、アリアがニヤァと笑った事で墓穴を掘った事に気付いた。
「予想通りすぎるわぁ。チョロインチョロイン」
「ぐぬぬ……否定できない。でもほら、出会ってから十五年くらい経ってるし、その期間を入れれば攻略難易度ベリーハードな可能性も」
「男女として意識して十日で落ちてたら、まごうこと無きチョロインです。大体、もしあっちで男女の幼馴染だったらとっくにくっ付いてたでしょ」
「それは無い」
「おや?」
断言するミルに、アリアは首を傾げる。強い否定は予想外だ。
「私、陰キャネトゲ廃人。クリス、陽キャリア充。性別違ってたら接点無い」
「そうかなぁ、何だかんだで一緒になってそうだけど」
「むしろ男同士の方が可能性あるまである」
「おお!? そうなの?」
「お互い泥酔してそういう雰囲気になったら、一線超えてた可能性は無きにしもあらず? まぁお互いその気は無かったから、少ない可能性だったでしょうけど」
普通に考えたら在り得ないし、考えた事も無かったけど、何かのきっかけがあれば受け入れる未来もあったかもしれないと、ミルは思う。ただ、致した後は死ぬほど気まずくなるだろけれど、と。
「君ら、そこまで仲がいいのに何で男女になって十日も持ったの?」
「んー……お互いその気が無かったのと、たぶん私のアバターがコレだったからかなぁ」
自分の頭頂部をぽんぽんと叩いて、女性の平均より少し高い程度のアリアと比べてニ十センチは低い時分の身長を強調する。
「あー、確かに小さいもんねぇ。見た目犯罪だもんねぇ」
「この物語に出てくる登場人物は全て十八歳以上です」
「何それ?」
「……アリアリさんもリア充側かぁ。まぁそうだろうとは思ってたけど」
いきなり遠い目を始めたミルに、戸惑うアリア。
エロゲの常套句によるリア充診断で、ミルの中で不合格が出たとは夢にも思うまい。
会話が途切れたのを好機と見たタマモが、短い脚を上げて挙手した。
『母上、性別反転とか男同士とかどういうことだえ?』
「あー……タマモだったらまぁ教えてもいいかな」
タマモは空気を読んだうえで爆弾を落とす悪癖はあるが、不用意に口を滑らすような可愛い性格ではない事はここ数日で良く分かった。これからも一緒に居るのだし、ちゃんと口止めをしておけば大丈夫だろうと、ミルは掻い摘んで自分がこの世界に来る前は男だったことを話す。
『―――なるほどのぉ。だからあれほど父上と交尾するのを戸惑っておったのか』
「え、したの、交尾」
「してないし! というかこれまでの流れでそこまで行ってないのは分かるでしょ!」
もうそこまで!? とワザとらしく目を見開くアリアを、ミルは真っ赤になって否定する。完全に揶揄われているのだが、テンパっているミルは気付かない。
「まぁそうだよね。んで、ミルちゃん的にはどうなの? 交尾したいの?」
顔を赤くするミルに、アリアが更に踏み込む。
「……したいです」
「わぉ」
それにミルは、赤い顔を更に耳まで赤くして押し黙った後、しかしはっきりと答えた。
拳を口元に当ててもじもじする姿は完全に乙女のそれだ。話の内容は下ネタなのに、非常に可愛らしく可憐で、なのにやたらと色気がある。なまらエロい。
こういう姿をクリスに見せているのだろうか。同じ女でも抱きしめたくなるのに、クリスはこのミルを見て何も感じないのか? もし、普通の男の感性でこの小悪魔モードのミルを相手に理性を保てるなら、尊敬に値する精神力だなと思った。
「じゃぁもう普通に告白しちゃえば。何だかんだで受け入れてくれるでしょ」
クリスにとっての死刑宣告を軽々と言ってのけるアリア。真正面からそんな事をされればクリスの理性がヤバイ。
しかし、アリアの発言にミルは全力で首を振る。赤かった顔も白に戻り、逆に青に近くなる。
「絶対ダメです!」
「なんでさ!?」
「クリスは女が好きなので!」
「イミフ!」
頭を抱えるアリアにタマモは『じゃよなぁ』と激しく頷いた。
「ミルちゃん今、女の子じゃん!」
「いえ、僕は男なので」
「こんなデカイ男がいるかぁ!」
「あいたーっ!?」
身を乗り出してスパーンとミルの胸を叩くアリア。
アンダーバストが細いせいであまり大きく見えないが、脱いだらすごいタイプのミルの胸がポヨンと揺れた。
「べ、別に僕のそんなに大きくないですし!?」
「自慢か!? 男の思う普通は女からしたら巨乳なんだよ! お風呂の時に地味に負けてるのは確認したんだからな!」
「いや、首都に一緒に来た冒険者の女性はもっと大きかったですし!」
「上ばかり見てないで自分の胸部装甲を自覚しなさい、君のは体の比率的に十分巨乳の部類だからね!」
「別にアリアさんだって小さくはないでしょう!?」
「純潔日本人の大きさ感覚で、欧州規格と比較される私の気持ちが分かるかー!?」
「身長でもろ欧州規格の影響受けてますぅ! 三歳は下に見られますぅ!」
「え、待って。じゃぁ私、十歳前半に負けてるの……」
落ち込むアリアに、今まで顔を赤くしていたミルの顔がスンとなった。
「いや、どっちにしても僕らじゃアバターの胸部パラメータの差でしかないじゃないですか。趣味趣向の範囲」
「あー……それはまぁ確かに」
未だアバター感覚が抜けないミルと、すっかりアバターが体として定着しているアリアの感覚の差がある。
そのあたりのパラメーターはキャラ作成した時点で変更が効かない。成長も老化もしないこの世界の体だと牛乳を飲もうがエクササイズをしようが変化しない。が、普通の女性が成長しないと分からない遺伝子ルーレットで一喜一憂している事に比べれば、自分好みで作った体だ。文句を言う方が間違っている。
それに、スタイルに関しては隠れ巨乳のミルと普通の大きさだが黄金比なアリア。傍から見ればどちらも持ってる方だ。
ここにフランシスカがいれば、自分の慎ましやかな発達途中の胸部に思うところが出たかもしれないが、幸いにして居なかった。
「そんで、話は戻るけどそんな隠れ巨乳なミルちゃんは私にどんな相談なんだい?」
「はい、パーティの姫をして数々の男を手玉に取っていたアリアさんにしか相談できない事なんです」
「おい待てコラ」
ミルの酷い認識にアリア頬が引きつり、清楚な見た目に似つかわしくないドスの効いた声が思わず漏れた。
「え? だってパーティメンバーの男全員惚れさせて逆ハーしてたんでしょ?」
「悪意ある曲解だよ! 当時元の世界の旦那に操を立ててた私がどれだけ気を配ってたと思ってるのさ!? パーティ崩壊しないように、一人一人丁寧にお断りし続けた私の苦労がわかる!? どれだけ胃を痛めたか……」
リアルで失敗しなかったタイプのハーレム系主人公であるアリア。
パーティの男全員(+弟)に惚れられ、ギスギスしそうなのに、女性も含めたメンバー全員が魔王を倒してパーティが解散した後も建国を手伝ったのだから、素晴らしいリーダーシップとリスクヘッジとマネジメント能力である。どれか一つでも欠ければ、どこかの失敗したタイプのハーレム系主人公よろしく、血で血を洗うドロドロの愛憎劇まっしぐらだったのだ。しかも面子は魔王と対抗できる能力値である。普通の人間なら絶対にどこかで破綻している。
「……うへぇ。絶対やだ」
時間を掛ければ誰でも上がるシステム的な戦闘力と違い、まさに持って生まれた類稀な調整力。それがアリアの本当の意味での強さなのかもしれないと、ミルは思った。
人見知りかつ陰キャであまり空気を読むのが得意でない自分には絶対に真似できない。
「分かってくれたみたいね。んで、ここまで聞いて私に何の相談なの? 穏便に男を振る方法ならいくらでも教えて上げれるけど?」
「んー……相談する相手を間違えた気がしなくも無いですが、一応聞いて貰えますか?」
「あからさまに期待値が下がったね……まぁいいけど。おっしゃ、どーんと来なさい」
今の話を聞いて期待値下がったって事は、やっぱ恋愛がらみ。しかも振る方じゃなくて告白する方かな、とあたりを付けるアリア。甘酸っぱい青春のかほりを感じて、テンションは上がる。
何やら逡巡して、言い淀んでは口をぱくぱくもじもじしているミルがとても可愛らしく、辛抱強く待つ間にどんどん期待値は上昇した。
そして、ミルが意を決して口を開く。
「クリスをそれとなく誘惑して、押し倒して来るように誘導したいんですけど、どうすればいいですか」
「あんれぇ段階を三段くらいすっとばしたぞぉ!?」
前菜通り越していきなりメインディッシュ!? やけに肉々しいけど甘酸っぱいのは何処にいったの!? とアリアは混乱した。
クリスが女好き(語弊)だから自分は範囲外みたいな話じゃなかったっけ?
「てっきり範囲外の自分をどうやって意識させて、告白まで持って行くかみたいな話だと思ってたんだけど!?」
「え。やだなぁアリアさん、普通に考えてクリスが私を意識するわけないじゃないですか。クリスの中の私なんて、ペン回し感覚で乳を揉まれてやっと多少意識されるかな? って程度の存在ですよ」
「え、クリスってば最低」
『そんな事はないと思うがのぅ』
「そんな事あるんだよクリスは巨乳が好きなの、そういうのをおっぱい星人っていうんだよ」
ドン引きするアリアとフォローするタマモ。
しかし、タマモの客観的意見はミルの激しい思い込みで届かない。
「というか、さっきも言ったけどミルちゃん十分巨乳の部類だよ?」
「じゃぁなんで意識して貰えないんですかね」
『じゃからめちゃめちゃ意識していると……』
「ナイナイ。タマモは見る目がないなぁ」
またもタマモの客観的意見はスルーされた。溜息を吐かんばかりに肩を竦めてヤレヤレと首を振るミルに、流石のタマモもビキッっとする。
「大体、僕のキャミとパンツだけの姿見ても反応しなかったクリスに、そう簡単に意識して貰えると思ってないから」
ミルのクリスに対する自意識の低さの根底が透けて見えた。
アダムヘルの宿で薄手のキャミソールにローライズ紐パン一丁という極めてキワドイ姿を晒しても、淡々と対応された記憶がミルの脳内に色濃く残っていた。あれはアダムヘルを出立する前日なのだから、一週間しか経っていないので当然である。
「えぇ……それは確かに女としてちょっと凹むかも。てかよくそんな恰好を晒せたね、男の感覚だとTシャツにボクサーパンツみたいな感じ?」
「そうそう当時はそんな感覚でした。所詮アバターみたいな?」
「当時というと、今は違うの?」
「えー、ムリムリムリ。絶対ムリ、恥ずか死にますよ」
真っ赤になってイヤイヤするミルを、アリアは生暖かい目で見る。
くっそ可愛いんだけど。中身男とか詐欺でしょこれ。




