状態異常?
「言い訳を聞こうか」
「へ?」
その日の就寝前、風呂から帰ってきたミルに、俺は椅子に座って膝に肘をつき顔の前で手を組んだ手の後ろで眼鏡を光らせる、所謂ゲン○ウポーズで尋問を開始した。
それに対し、ミルはベッドにペタンと座り人差し指を顎にあてて小首を傾げる。あざとい仕草だが、狙ってないんだよなぁコイツ。
「金玉料理の件だ」
「あぁ美味しかったでしょ」
あっけらかんと悪びれもせずに、可愛らしい笑顔で答えるミル。異世界モノによっては亜人に分類される、人型魔獣の金玉を調理して食わせやがった下手人とは思えない顔だ。
出鼻を挫かれる思いだが、ここで挫ける訳にはいかない。またあんなゲテモノを食わされてはたまったものではない。
「……美味かった。確かに美味かったが、お前金玉って……ゲテモノってレベルじゃねぇぞ」
「ゲテモノって……この世界じゃ立派な食材だよ。漢方的な感じでギルドの買取価格もすごい高いんだって。やったねたっつん!」
「やったねじゃねぇよ! むしろヤっちまった感がすげぇ!」
頭を抱えて深く項垂れる。
やばい、コイツなんかすごいこの世界に馴染んでる。魔獣と亜人のボーダーっぽい種族の金玉を調理する事に全く拒否感を持ってねぇ!
「お前、知らないうちに他人の金玉食わされてたらどう思うよ!?」
「……美味しくって栄養満点でラッキーって―――」
「ならねぇよ!」
ポジティブにも程があるわ! たった十日でお前の男心はどこ行っちまったんだ。普通同じ男なら金玉ミンチにしてハンバーグにするとか出来ねぇぞ、ホラーか。
「でもさ、アレってオークヒーローの肉の中で一番美味しい部分らしいよ。オーク族の夢と希望と未来が詰まってるからかな」
「玉袋に詰まってるのは欲望と本能だけだろ。そういやお前、解体は誰が……」
「勿論僕がしたけど? あぁ安心して、中の液は二つに割ってちゃんと搾り出し―――」
「生々しくて怖いわ! つかよくあの短時間で捌くところから調理完了までヤったな。ヤらかしてくれたな!?」
「解体師と猟師と料理人のスキルのおかげかな。相乗効果で一瞬で終わった。あと別に怖くもなかったかなぁ食材だと思うと別に……あっ、でも分解するとき根本とか僕のふくらはぎくらいあって流石に引いた」
「何の根本なのかはあえて聞かないが……まさか」
「大丈夫、ソコはちゃんと捨てました。美味しくないみたいだったし」
「安心したが……美味ければ躊躇なく混ぜ込みそうだなオイ。勘弁してくれ」
食材に対する容赦が全くないミルに、俺の玉がヒュンとする思いだ……まさか俺のまで“美味”って出てねぇだろうな。長年連れ添った相棒が猟奇殺人者に見えてきたぞ。怖っ、ホラーか(二回目)。
「心配しなくてもたっつんのを取って食ったりしないよ? ジュルリ」
「舌なめずりするな! そのツーカーっぷりを何で作ってるときに発揮しねぇ! 金玉入りハンバーグなんて俺が喜ぶわけないだろうが!」
うっとりと頬を染めて俺の股間を見ながら、舌なめずりするミルに背筋が震える。無駄に色っぽいぞ、どうなってんだ。絶対俺をからかって遊んでるだろ、ミルのくせに生意気な。
「言わなきゃただ美味しいだけのハンバーグだったのに……料理長め」
「あの人が居なけりゃ、闇に葬られた事実だったのか……」
「どうせ精力増強効果の状態異常だって頑丈さ高すぎて掛からないだろうしいいじゃん」
「……確かにそれなら金玉入りであることを除けばただの超美味いハンバーグだったが。でも聖王と王妃は―――」
「勿論あとでちゃんと伝えるつもりだったよ」
確かに筋は通っているように思えなくもないか? 丸め込まれたような気がしないでもないが、悪気が無かったのなら許してやろうか……うーむ、俺ってこんなにコイツに甘かったっけ?(無自覚)
「それにしても、この国の世継ぎが少なくて悩んでるなんて話を知ってたな。誰に聞いたんだ?」
「え? 聞いてないけど」
「え? じゃぁ何であの二人に混ぜたんだ?」
「美少女は世界の財産だよ? あの二人の子供なら美少女間違いないじゃん。頑張って増やして貰わないと」
「おぃい!? まさかの女児目当てか!? 弟って可能性もあるだろ!?」
「アルト二号はいらな……可愛いショタならワンチャン……」
「出頭しよう。な?」
言い淀むミルに、クリスは笑顔で言う。
ダメだコイツ早く何とかしないと。
「まだ犯罪はしてませんから! イエスロリショタノータッチ!」
「お前がニュースに出たら真っ先に証言するわ。“あいつならやると思ってました”って」
「はっ! この世界ならタッチしても問題ないのでは?」
「……ただの子供好きって思われるだろうな」
年下の子供と遊ぶミルは、それはそれは心温まる光景だろう。
中身を知らなければだが。
「ちょっと孤児院行ってくる!」
「存在が教育に悪いからやめろ。見た目が良い分なんか余計にトラウマ植え付けそうだ」
「人を歩く猥褻物みたいに言わないで。こんなに美少女なんだよ?」
「美少女なんだよなぁ……」
両手で頬を挟み首を傾げるミルは、それはそれはあざと可愛い。
中身を知らなければ。
「つーか、二人が子供を望んでなかったらどうすんだよ。王族の数が少ないのも問題だが、多すぎても後継者問題とか出てくるんじゃないか?」
「そんときゃゴムすりゃいいじゃん」
「そりゃぁ……ってこの世界にもあるのか?」
「さぁ?」
「おぃぃぃい!?」
身勝手極まる言い分に、腹の底からこみ上げるものがある。
そうだよ、コイツはこういうヤツだった。
最近やたらと可愛く見えるけど、中身はどうしようもないロリコン野郎だったのだ!
やっぱコイツはこうでなくっちゃな!
「え、なんでたっつん嬉しそうなの」
「嬉しくない」
「めっちゃ笑顔だけど」
なぬ!?
慌てて口元を触ってみれば、確かに口角が上がっている。
あー……なるほど、確かに俺は嬉しいのかもしれない。ミルがいつもこんなはた迷惑なロリコン野郎だったなら、好感度も萎れるという物だ。今、俺は百年の恋も冷めるレベルで幻滅している。きっと好感度も20%くらい下がっているはずだ。
……1%しか下がってねぇ。
いや、いやいや。継続は力なり、だ。今のようにミルが糞ロリコン野郎状態を維持してくれれば、いつか友達レベルまで好感度も下がるはずだ。ならば、この状態を維持してもらうために何か声を掛けなければ。どんな言葉を掛ければいいだろうか。取り合えず肯定してみるか?
「俺は(クソロリコンなお前が)好きだな」
「ほーん。………………はぁ!?」
何事も無く聞き流そうとしたミルが、たっぷり三秒ほど止まってから桃色に染まった。
あ、ヤバイ。これは言葉選びを間違えたパターン。
「いや、ち、違う! そうじゃなくてだな!?」
「ああぁぁあぁうん! 分かる分かってるよ!」
「お、おう。流石だな」
「と、当然だよ何年幼馴染やってると思ってるの!」
やめろ、もじもじちらちらこっちを見るな可愛いだろうが。さっきの残念なお前はどこに行った。
こいつは糞ロリコン、こいつは糞ロリコン、こいつは糞ロリコン。
「ねぇたっつん」
「なんだ糞ロリコン」
「いきなり酷くね!?」
おっと口が滑った。だがさっきの妙な雰囲気は吹っ飛んだな。
「すまんつい本音が」
「追い打ちぃ!」
ずきゅーんと心臓を打ち抜かれたようにベッドに倒れ伏すミル。
非常にわざとらしく大げさだが、あいつも微妙な空気になりそうだったのを察したのだろう。おどけた仕草で場の空気を換えようとしてくれている。
大げさに倒れたせいで浴衣の裾がはだけて、かなり際どい所まで見えてしまっているが……突っ込むとまた微妙な空気に成りそうで指摘できない。
だがまぁ、こいつは糞ロリコンの変態野郎だから見えても何も問題ないな。やたら白くて眩しいふとももを拝めるのも、役得と思っておこう。
「そっかぁそんなに気に入った?」
「……いや、それほどでも?」
やべ、ふとももガン見してたのがバレたか? と思って動揺したが、ぐっとこらえて返事をした。
視線が右往左往しているのが自分でもわかる。何をキョドってるんだ俺は、ミルが仰向けのまま喋ってくれているからいいが、こっち見られたら動揺しているのがまる分かりじゃないか。落ち着け俺。
「えー、だって好きなんでしょー?」
「すすす好きじゃねぇよ自惚れんな!」
なんだ!? 何でコイツこんなにぐいぐい来るんだ!?
しかも天井を向いたままめっちゃ自然に聞いてくるんだが、もしや実は俺の気持ちに気付かれたのか!?
いやそれは無い。それだけはあってはならない。どうする、どうやって話題を替える!?
「えー? 僕は好きだけどなぁ」
―――!?!?
好き!? ミルが俺を!?
いや、え、そりゃ好感度は高いが、そうなのか!? 好きなのか!? 俺の事が!?!?!!!?
くそっ、考えがまとまらねぇ。目の前でチラつくミルのふとももから目が離せねぇ。何がどうなってんだこりゃ。
顔が火照ってる気がする。やばい、今こっちを見られたらマジでヤバイ。何か話を続けて時間を稼がねぇと。
「……何処が、そんなに好きなんだ」
―――って、何を聞いてるんだ俺はああぁぁぁあぁぁ!!!
“俺の何処が好きか”って何だそりゃ!? それを聞いて俺はどうしたいんだ!?
あぁもうフトモモエロいなクソ!
「んー? だって美味しいじゃん、ハンバーグ」
「そっちか!」
そっちかよ、何かおかしいと思ってたよ!
あー俺は何を焦ってたんだ。つか俺の方が、何かおかしいぞ。
ちょっと冷静になって気付いたが、動悸と顔の火照りが凄い。
俺の様子を不審に思ったのか、やっとミルが体を起こす。
フトモモの奥が見えそうで見えないのが絶妙にえろい。
「そっちってどっち―――ぴっ!?」
こちらを向いたミルがおかしな声で息を飲んだ。
やべ、ガン見してたのバレたか!? それとも顔が赤くなってたか!? 何か今日のミルはいつにも増してエロく見えて目が逸らせなかったんだ。
どう言い訳しようかと、俺は焦ってミルのフトモモからやっと視線を外して顔を見れば、何かミルの視線が俺の顔でなく、下の方を向いているような?
ミルの視線を追って、俺も視線を下げていくと。
―――そこには雄大な、/ 大 霊 峰 \の姿が!!!
「ちがっ、これは違う!」
「う、うん、見てない! 見てないよ!」
慌てて前かがみになって股間を隠す。情けない姿だが仕方がないだろう。目の前に、見てない見てないと両手で顔を隠しながら指の間からガン見している、馬鹿野郎がいるからだ。お前もうちょっと取り繕う努力をしろよ。いや俺もミルのふとももガン見してたから人の事は言えないけどよぉ。
「つか何恥ずかしがってんだよ、初めてじゃないくせにカマトトぶってんじゃねぇぞ!?」
「まるで僕が経験済みみたいな言い方しないで貰えます!? 清く正しい乙女なんですけど!?」
会話が色々酷い。こんな時に的確な突っ込みで場を有耶無耶にしてくれるタマモがいないのが痛い。
いやアイツがいても余計に拗れるだけかもしれんが。
「うるせぇ! さっきからチラチラチラチラふともも見せびらかしてるのが悪いんだろうが!」
「にゃああああ!? たっつん何処見てんのさエッチ!」
「赤くなっていそいそと裾を直すな余計エロいわ! 開けっぴろげだったお前は何処にいっちまったんだ!?」
「はあ!? 慎みとか恥じらいとか説教してたのは何処の誰なのさ!? たっつんは開けっぴろげの方がいいの!?」
「ふざけんな! 慎みと恥じらいを持ちつつ適度に残念でいろ!!!」
「斜め上にハードルが高い! 残念要素は必要なの!? てか僕残念じゃないし!!」
「馬鹿野郎、それがなけりゃ好感度上がっちまうだろうがあああ!!!」
「好感度!?」
あ、やべ口が滑った。
動揺しっぱなしで普段は言わないような事を言ってしまっている気がする。
心臓が痛いくらいに脈動する。血管が破裂しそうなくらい血が全身を巡るのが分かる。酒に酔っているのを何倍も酷くしたような酩酊感すら感じる。
これは本格的に変な状態異常じゃないのか?
じゃなけりゃミルがこんなにエロ可愛く見える筈が無い!
俺は自分に【鑑定】を掛ける。
好感度が5%も上がってるのは無視だ無視。それよりも何か状態異常が……。
ステータスの中に【精力増強:大】という文字を見つけた。
「あの、たっつんは僕がお淑やかだと好感度上がる―――」
「これかああああ!!!」
「ふえええ!?」
ミルが何か言ってた気がするがそんな事はどうでも良い。
俺はミルに詰め寄ると、その細いその肩をガシリと掴んだ。
細いくて小さくて柔らかいなちくしょう! ぷるんと揺れる胸と浴衣の合わせから見える谷間が美味そうだ。って何考えてんだ俺は!
「やっぱりお前のせいじゃねぇか!!!」
「おおお落ち着いてたっつん!? 僕は食べても美味しくないよ!?」
「くっそ美味そうだから問題なんだよおおおおおおお!!! 何なのこの【精力増強:大】って状態異常は!」
「ふえ!? たっつん状態異常掛かってるの? だから何かおかしいのか! 取り合えず【完全回復】と【全解呪】したら?」
「おっそうだな、【完全回復】【全解呪】! …………消えねえええ!!!」
「えええ!?」
やばい、勢いでミルに詰め寄ったけどすごい良い匂いする。柔らかい。エロい。食べちゃいたい。
俺はそのままミルをベッドに押し倒した。
「ちょちょちょたっつん近い近い近い鼻息荒い!」
「ハァハァ」
「落ち着け、ストップ、ステイ、ハウス!」
両腕を押さえつけて首筋に顔を埋める。アダムヘルで似たような事をしたが、あの時とは何もかも違う。
「めっちゃ良い匂いがする」
「ひいいいい匂いを嗅ぐなあああああ! 離れろ変態いいい!」
ミルの匂いが、俺の脳髄を溶かし理性を消失させる。
ミルの全てを奪いたい。俺のモノにしたい。証を刻み込みたい。
俺はミルの首筋、鎖骨の少し上に吸い付いた。
「っ!」
腕の中で煩く騒いでいたミルが、言葉を無くして喉を震わせる。
ミルの白い肌に、そこだけ赤く跡が付く。
新雪を踏み荒らすような高揚感、そして少しの罪悪感。だがそれすらも、俺の興奮を掻き立てた。
「ミル、お前マジで可愛いな」
「―――素面で言えよ、馬鹿」
目に涙を浮かべ、何やら口の中で小さく呟いたあと、ミルはキッと俺を睨みつけた。
なんだ、まだ屈服しないのか、俺はこんなに興奮してんのに。ミルのくせに生意気だな……なら俺も本気を出すか。
ミルの小さな唇を奪うべく、ゆっくりと顔を近づけた。
ミルはこちらを睨んだまま、口を引き結んでいる。
観念したという訳ではないようだな。舌を入れたら噛まれるかもしれないが、それがどうした。歯で俺の極まった頑丈さを抜けるものなら抜いてみるがいい。出来ないのなら、蹂躙してやる。
唇まであと数センチ、吐息を感じる時になって、それまで黙っていたミルが口を開いた。
「たっつん、取り合えず【完全解除】しようか。でないと、ぶん殴って部屋の外までぶっ飛ばす」
「あぁ? 関係ねぇだろお前は俺の―――」
「【完全解除】しろ、頼むから」
俺の拘束を振りほどき、俺の顔を両手で挟み込んで真剣な顔で言うミル。赤い瞳と至近距離で見つめ合う。
チッ、やっぱ筋力じゃかなわねぇか。せっかくいい所だってのに、止められる訳ないだろうが。
目に涙を浮かべて、正面から俺を睨むミル。
……でもまぁ、ミルの頼みなら聞いてやるか。泣かせたい訳じゃないからな。
「【完全解除】」
「鬱だ、死のう」
「お帰りたっつん」




