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幽玄なる異世界


 エルブンガルドを早々に発った俺とアリストは、飛行型の従魔に乗り前線基地建築予定地に移動した。

 てっきり雷鳥(サンダーバード)に乗るのかと思っていたら、乗った従魔はロック鳥の幼鳥だった。雷鳥(サンダーバード)は常に帯電してて乗り心地が悪いらしい。確かにバチバチしてるエフェクトがでていたが、それに実際に感電するとは初耳だ。


 ロック鳥の幼鳥は、幼鳥と言っても羽を広げて8メートルという大きさで、バーサークターキーの倍以上ある。面構えも中々凶悪だった。伊達に大人になったら15メートルくらいになってダンジョンの中ボスやってない。


 しかしここで予想外の事態が発生。

 呼び出されたロック鳥は二匹。つまり別々。

 大きさ的に二人くらい運べそうだが、アリストに断固拒否された。アリアリさん以外と相乗りしたくないらしい。このおっさんもブレねぇなぁ、まぁ俺も男と相乗りとか嫌だけど。


 初めてでソロ飛行とか難易度高くて不安だったが、魔物使い(モンスターテイマー)のアリストのおかげで大人しく、面構えの割に穏やかな目をしていたので何とか自分を奮い立たせて、元高所恐怖症アンド未知の飛行体験で、内心おっかなびっくりしながら恐る恐る乗ってみた。だが実際に乗ってみれば案外簡単なもので、飛行は安定感があるしすぐに不安は解消された。


 ……いや嘘だ。見栄を張った。

 やはり生身で風を切り、高度を上げる巨鳥に乗るというのはかなり怖かった。高所恐怖症とかあまり関係ないな。

 羽ばたきの度に何かフワッとするし、巨体を浮かすために風魔法でも使っているのか大したスピードが出てないのに前から風がガンガン来るわ来るわ。上昇気流出せばよくね? 何で前からなんだよ、いやそっちのが揚力が得られるってのは何となく分かるけども。


 だがまぁ、そんな不安と不満も神樹イルミンスールの頂点を超えるまでだった。


 刻一刻と遠くなる地面を睨んでいた俺にアリストが声を掛てきた。前を見てごらん、と。


 顔を上げた俺は、神樹の影から現れたそれ(・・)をしばらく理解できなかった。


 神樹の背後に見える巨大な山脈群、そしてそれより遥かに巨大な、緑。


 万年雪に頂を白く染める、雄大な大霊峰【イヴェルヴァリア】の後ろに鎮座する、大霊峰をも遥かに凌ぐ深緑の山。


 ……山……山か? いやあれは……。


 それを理解した瞬間、俺の中で燻っていた不安や不満なんて一瞬でぶっ飛ばされ、ただただ呆然と目を奪われた。


 遥か数百キロ先に在るにも拘らず、八千メートル級の大霊峰を霞ませるほどの存在感。

 以前【転生の祭壇】で遠くからもその威容に感動したものだが、近付いて見る姿はその比ではない。

 明らかに一万メートルを優に超えている、先端は対流圏界面を突き破り成層圏にすら達しているのではないかと思われるほどの、威容。

 世界を支え、世界を繋げ、世界を内包する、世界そのものの樹。



 ――― 世界樹【ユグドラシル】



 そんな御伽噺を信じてしまえるほどの、俺の常識を打ち壊して余りある美しくも雄大で荘厳な『異世界』が、そこに広がっていた。





□◆□◆□◆□





 半ば茫然自失のまま前線基地建設予定地の転移陣(シフトポータル)座標登録(メモ)を終えた俺は、昼前に首都へと帰ってきた。考えてみれば俺って騎乗スキル持ってたんだよな。呆然自失でもオートドライブ余裕だったわ。


 アリストはこれから冒険者ギルド本部へ向かうそうなので、俺たちの仮住まいの離宮前で別れた。首都の転移陣(シフトポータル)メモをここしか取って無かったが、冒険者ギルドも登録しといた方が便利かもしれん。普段使われてない倉庫とかメモらせて貰えないだろうか。転移陣(シフトポータル)の事は隠していないが、いきなり入り口に転移すると騒ぎになりそうだしなぁ。


 そうアリストに聞いてみると、本部の一室を使わせてもらえることになった。

 え、この場で決めていいの? 文句言われないか?

 常に来賓室を一室開けておくようにする。文句は言わせないって? 天人に倉庫を使わせる方が問題って、そうか、そういうもんか。

 アリア教会と信者が暴動を起こすってそりゃいくら何でも大げさすぎるだろ。

 まぁ押さえてくれるなら有難く使わせてもらうけども。


 さて、俺はこれから一旦ミルの所に顔を出して、また各国の冒険者ギルドに飛んで転移陣(シフトポータル)のメモ取りだ。

 円卓会議から昨日の今日なので流石に前線基地に送る物資と人員に都合がつかなかったらしい。

 本来なら今まで強行軍でここまで来たので、休んでも良いと言われていたのだが、いつ大暴走(スタンピード)が起こるか分からない現状、少しでもやれる事があるならやっておきたいと自分から言ったのだ。聖王アルバートや騎士団長ブルクハルトに手間を掛けると頭を下げられたが、別段転移陣(シフトポータル)くらい大した消耗もしないし問題ない。その方が効率的ならばそうするべきだ。むしろ国のトップに頭を下げられる方がキツイ。こっちとら就活中の普通の大学生なんだよ。


 きっと今頃、文官が必死になって資材の調達をしているのだろう。前線基地には軽く50万人を超える人間が集うのだ。それにプラスして周辺の街や集落からの避難民。後方支援を手伝う有志の非戦闘員。そしてそれだけの人が集まれば必ずやってくる、商魂たくましい商人達。

 総人口が何人になるか分からないほどの前線基地になる。それに伴う資材も膨大な量になるだろう。


 ……正直、それだけの物資をどこから調達するかなど俺にはさっぱり分からないが、餅は餅屋というし専門家の文官や政治家に任せるとしよう。俺は戦う事が仕事だしな。

 

 頭を切り替えて、次する事を考える。

 さて、ミルの所に行くか。丁度昼時だし一緒に飯でも食うかね。

 一瞬ミルに何か作って貰う、という魅力的な選択肢が頭を過るが……昨日の事が頭にチラつき首を振る。

 今朝も、ミルが起きる前に逃げるように部屋を出たのだ。ミルのちょっとした仕草にやたらと反応がいい体の一部に俺が一番困惑している。お前この前までピクリともしなかっただろうがよ。

 と、とにかく今は冷却時間が欲しかった。昨日の夜は早々に退散したから、女性経験どころか恋愛経験皆無のアイツは俺のそんな状態を気付いていないだろうけどな。(タマモのせいでモロばれしてます)


 アイツに愚息が反応するのはきっと何かのバグだ。

 だっていくら美少女になったっていってもアイツは稔だ! あの稔だぞ!? ネトゲ廃人で半引きこもりで友達も少なくチビでロリコンで変態な稔だぞ!! 最後にアイツの家で会った時なんて、よれよれの鼠色スウェットの上下に適当に伸ばしたぼさぼさの髪、無精髭まで生えてやがった。いくら相手が俺だからって親しき中にも礼儀ありってもんだろう。確かに俺も気にせんかったけども。


 稔の事を考えてると、ミルの笑顔が脳裏にチラつく。

 クソッ! 外見違いすぎだろ、中身同じで同一人物って事はこれまでの生活で痛感してるってのに……何で俺の体は反応すんだよ。向こうでは美人相手でももっと自重できてたぞ。しかも規格外すぎて興奮すると目立つしよぉ……。


 はぁ……止めた。今アイツの事を考えると自己嫌悪が半端ない。別の事を考えよう。


 別の事と言えばそう、やっぱり世界樹だな。

 神樹もすごかったが世界樹はもっとすごかった。今思い出してもあの光景をまざまざと思い出せる。色あせない衝撃に気分が高揚する。

 向こうでも旅行が好きだったから、長期休みにちょいちょい世界の絶景を見に行っていたが、グランドキャニオンやエベレストやナイアガラの滝なんかと比べても圧倒的だった。

 ファンタジーが現実になるってのはああいう衝撃なんだなと、改めて実感させられたようだ。


 今までの光景だって十分にファンタジーだったと思う。モンスターや獣人なんて最たるものだろう。

 だがスケール的に、獣人とかもし向こうの人類も何かまかり間違って遺伝子が別の仕事をしていればあり得た可能性と思えなくもないし、モンスターにしても生物の進化の枠内であり得る可能性と言える。

 スライムやゴーレムとかは一見あり得なさそうに見えるが、向こうにも粘菌とかアメーバのようなものもいるし、ゴーレムだって機械で似たようなものは作れただろう。


 だがアレは違う。違った。


 もはや植物という分類(カテゴライズ)が正しいのかすら分からないあの姿は、あの存在感は、あの威風堂々たる威容は、そんな“在り合えたかもしれない可能性”などには当てはまらない、俺の常識や見識を木っ端みじんに壊すモノだった。神々しくすらあった。


 あれはミルにも見せてやらねぇとな。

 アリストに頼んでロック鳥の幼鳥を借りよう。アイツは騎乗スキル持ってないから前に横座りさせて、俺と同じように『神樹の影から飛び出す世界樹』を体験させてやる。


 くくく、アイツの驚く顔が目に浮かぶようだ。

 きっと普段ジト目な赤い瞳をめいっぱい見開いて、ぽかんと間抜けに小さな口を開けることだろう。

 それを真横の特等席で見れば、きっととても面白い。

 そして目をキラキラさせて、綺麗な笑顔でこう言うのだ「すごいねたっつん!」、と。


 それを思い浮かべ、自然と緩んだ口元を手で隠して……ふと気付く。


 

 ―――って、結局アイツの事考えてんじゃねぇかああああああ!



 呪いか!? むしろ状態異常(デバフ)か!? 魅了(チャーム)または呪縛(カース)にでも掛かってるんじゃなかろうな!?

 いやむしろ掛かっててくれた方が精神衛生上良いかもしれん、無意識にアイツの顔がチラつくとか精神汚染の可能性がある。転移による悪影響か!? 目に見える状態異常(バッドステータス)に掛かってる方が安心できるぞ。完全回復(フルリカバリー)すれば解決する。


 ……やっぱ顔見に行くの止めっかなぁ。このままアリストと一緒に冒険者ギルドに行くか? 今なら追いつけるだろうし。


 そんな事を考えていたのが悪かったのか、接近するソレに気付くのが遅れた。

 視界の端のミニマップが表示する相棒(ミル)の位置が、すごい勢いで近づいてきていることに。


「―――ぁぁぁぁあああつうううん!!!」

「ぐぼあ!?」


 耳に声が聞こえた瞬間にわき腹に強烈な衝撃。


 奇襲!?


 咄嗟に踏ん張り足が地面を削るが、襲撃者の勢いが良すぎたのと衝撃を受けた態勢が悪すぎたので足が地面を離れた。

 視界の端に銀髪が映る。微かに聞こえた声が脳裏によぎる。


 この勢いじゃ怪我するっ!


 俺は襲撃者を抱きかかえ、体が転がらないように背中で地面を数回バウンド、背中で芝生を引き潰しながら立っていたところから十数メートル離れた位置で、やっと止まった。


 仰向けに転がり、状況が呑み込めずに呆然と蒼天見上げる。

 あー……怪我は無さそうだな。つか意味分かんねぇ。何? 何があったんだ、コイツ何しやがってくれてんだ!?

 混乱する頭で何とか冷静になろうと努力していると、腕の中の襲撃者改めミルがもぞもぞと身をよじった。


「何しやがんだこの馬鹿!」

 

 俺はさっきまでの気まずさも忘れて怒鳴る。俺じゃなかったら上下で千切れてるぞ!

 俺の怒鳴り声に反応してか、ミルのヤツはがばりと身を起こすと俺の上に馬乗りになった。


「たっつん!」

「っ! ぉ、ぉぅ」


 ミルに組み敷かれて……いや体格差的にミルが俺の腹の上に乗っかってるっていう方が正しいか。

 そんな状態なもんだから、ミルの顔が目の前に来る。


 近けぇよ、近けぇって!


「えへへ。たっつん! たっつんだぁ」


 顔面全体で嬉しさを表現するように、蕩ける様な満面の笑みが眼前で炸裂した。

 その笑顔に怒りの出鼻を盛大に挫かれて息が詰まる。怒りが無くなると気まずさが一気に膨らむが、目の前の笑顔から目が離せない。

 

 覗き込んだ顔の周りに髪の毛が流れ、逆光を受けて銀髪がヴェールのように光を孕む。

 桜色の柔らかそうな唇、小さめの形のいい鼻、柔らかな頬は薄く桃色に染まり、紅の瞳の中に俺を映す。


 不意に心臓が跳ねた。


 やべぇ。静まれ。上に乗っかられてるんだからバレちまうだろう!


 焦る。だが焦れば焦るほど体は金縛りにあったように動かず、目の前の顔から目が離さない。

 【思考速度加速(アクセラレート)】など起動していないのに、一秒が一分にも一時間にも感じる。


 加速する鼓動。しかしどうしようもなく、じっとミルの顔を見続ける事しか出来なくて。



 ―――ってあれ、コイツなんか前髪と睫毛ちぢれてね?



 …………ふぅ。一気に冷静になった。

 そうだ、そうだよ。明らかに様子がおかしいじゃねぇか。

 コイツがたった半日合わなかっただけでこんな嬉しそうに飛び込んでくるヤツだったか? 違うだろ、リアルで一カ月会わなくても「お、たっつん久々。課金し過ぎて金欠だから飯奢ってくれ!」なんて言ってくるようなヤツじゃねぇか。


 今日のミルはアリアとアルトとフランとで模擬戦をしていたはず。大方、模擬戦でうっかり支援魔法(バフ)切らして焦げでもしたんだろう。しかも今着ている【女帝ヴィクトリアのドレス】の魔法防御なら、フラン程度の火力じゃ焦げる事はないはずだ。舐め腐って装備適当でやってやがったな。


 ちぢれた毛を自己治癒できなくて俺のところに泣きついて来たって所か。自分の容姿大好きなナルシストだしな。

 ……事情が分かったら腹立ってきたぞ、何俺の知らねぇところで怪我しそうになってんだよ馬鹿が。


「たっつん……」


 はいはい分かった分かった。今超級治癒(エクスヒール)してやるから、そんな上目使いで迫ってくるな。ったく、分かりやすいヤツだな。


完全回復(フルリカバリー)してぇ」

超級治癒(エクスヒール)じゃねぇの!?」


 宣言撤回。やっぱコイツ訳分かんねぇわ。







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