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エルブンガルド


 ミルが嬉し恥ずかし悩ましい夢を見ている頃、まだ暗いうちから起きだしたクリスは、アリストと共に冒険者ギルドの転移魔法陣(シフトポータル)を使い、エルフの国エルヴンガルドへと足を踏み入れていた。

 前日の夜にメイドを通じてアリストに連絡を取り、朝一での移動を申し込んでいたのだ。ミルの顔を見るのが気まずくて逃げたともいう。

 アリストも行動を起こすのならば早い方がいいと思っていたので、クリスの提案を受け入れたのだ。 


「ふむ、まだ朝の六時過ぎか。ここからならば三時間も雷鳥サンダーバードに乗って移動すれば前線基地建築予定地に着けるから、遅くても十時くらいには首都に戻れるかな。いやはや転移魔法陣(シフトポータル)というのは便利だねぇ。普通は徒歩で一ヶ月、馬でも十日はかかる道程だというのに。……おや、どうしたんだい? そんなにこの光景が珍しいかね?」


 しきりに転移魔法陣(シフトポータル)に感心するアリストの言葉が耳に入らないほど、クリスは目の前の光景に目を奪われていた。

 木々の枝を利用した木の上の家(ツリーハウス)や、大樹の(うろ)に扉が付いたような独特の家、木々の間を走る吊り橋、家々の前の足場から伸びる通路は網の目のように森の中をめぐる。


 その中央には澄んだ水を湛える湖、そして更にその真ん中に鎮座する、離れたこの位置からも見上げる程の大樹。それを目指して、幾筋もの空中回廊や吊り橋がその大樹に向かって網の目を伸ばしていた。

 よくよく見れば、大樹にも大小さまざまな大きさの建築物が張り付いて見える。だが、あまりにも大樹が大きすぎて枝の間の苔程度にしか見えない。

 冒険者ギルドを出た瞬間に広がった、さながら空中都市のような光景と、朝日を浴びて輝く樹高千メートルに届こうかという巨大樹に、クリスの目は釘付けになった。


「………ああ、これは、すごいな。ゲーム(むこう)ではこんなマップ無かったから」


 クリスはアリストの言葉に我に返ると、未だ感動の余韻が残る声でそう返した。


 AAOアルトアルカディアオンラインの大森林にあるエルフの集落は、エルフという希少種族の名に相応しく多くても数百人程度の村と呼ぶに相応しい規模だった。勿論プレイヤーのエルフはその百倍は居るのでNPC限定だが。

 ゲームでもツリーハウスや木々を使った家はあったが、規模が変わるだけでこれだけ幻想的な雰囲気になるのかと、クリスは感嘆した。


「中央にあるのは世界樹か?」

「まさか。あれはエルフの神樹【イルミンスール】、大森林の守り神にしてエルブンガルドの象徴、そして今は、聖王国のソレイユ学校と対を成す学府の最高峰。【エルフの学園(エルヴンガーデン)】でもある」

 

 冒険者ギルドのあるここはエルブンガルドでも外縁部。

 数キロ先にあるにも関わらず、その圧倒的存在感で空を覆う大樹を見上げていたクリスは、アリストの言葉に驚いた。


「神樹イルミンスール!? ということはここは、アバターの種族でエルフを選んだ時に出るスタート地点【アルカーキラ】か!?」

「おや、その名を聞くのは二百年ぶりくらいだね。いかにも、ここは昔ハイウッド氏族の村、アルカーキラだった場所だ」

「まじか、向こうの神樹ってあそこまで馬鹿デカくなかったぞ。いいとこ東京タワーくらいだったんだが」


 高さ333メートルの大樹も大概だったが、いま目の前にあるイルミンスールは明らかにその二倍から三倍の大きさがあった。


「そうなのかね? 確かに私が子供の頃に見たイルミンスールはもっと小さかったな。まぁ植物であるのだから年々育っているのだろう。それに神樹イルミンスールは世界樹ユグドラシルの若木と言われている。世界樹が神樹の育った姿だというのならまだまだ大きくなるだろう。ここからはイルミンスールの影になって見えないが、かの大樹は神樹の十倍は大きいからね」


 ゲーム時とは全く違う進化を遂げた種族エルフのスタート地点に、開いた口が塞がらないクリス。

 ここにしてもアルレッシオ聖王国首都リネージュにしても、ゲーム時の面影は全く無い。

 もし自分が人族のアバターでなくエルフのアバターを使っていて、この場所に転移されていたらおそらくここがAAOアルトアルカディアオンラインの世界だと気づけなかっただろう。


 それを想像し、ぶるりとクリスは体を震わせた。

 もし自分が、ミルという相棒もなく、一人でこの見たこともない世界に放り出されたら……考えるだけで空恐ろしい。いろいろと別の苦労も多いが、クリスは改めてミルという存在が近くにいてくれて良かったと思った。


「さて、着いたばかりだが観光をしている暇もない。空中回廊の上から飛び立つわけにもいかないし、いったん街の外に出るとしよう」

「地上に降りるんじゃ無くてか? 木々の隙間も広いし雷鳥(サンダーバード)でも飛び立てなくはなさそうだが」

「クリス君、いくら僕でもいきなり町中に従魔を召喚するほど非常識ではないよ。それにこの空中都市とも言うべきエルブンガルドは、元々地上のモンスター対策に樹上に発展したんだ。見てごらん、全ての木々の中ごろに巨大なキノコが生えているだろう。あれは魔獣返しといって、傘のようになった部分で魔獣を物理的に上ってこれなくし、おまけに魔獣の嫌がる匂いを出すという優れモノだ。そういう事情があって、あまり地上に降りる道は多くない。【守りの崖】に近いここからならば、外に出てしまった方が早いだろう」


 アリストの説明に、クリスは思い出した。

 ここが元アルカーキラであるならば、周囲を切り立った崖に囲まれた盆地だったはずだ。

 ゲーム時のアルカーキラは、半径三キロほどの盆地とその中心にある湖【ラナン湖】の畔にあった人口百人程度の集落だった。神樹イルミンスールを信仰し、森と共に暮らすエルフは酷く排他的でだったが、村そのものはとても風光明媚でエルフキャラを持たないミルとクリスも実装当時に観光がてら訪れたものだ。


 ……まぁ新マップ+新種族スタート地点という事で、通勤ラッシュの山手線もかくやという人の多さでろくに観光もできず帰る羽目になり、しかもエルフキャラ以外には目立ったクエストも無いのと他種族に対して極めて塩対応のエルフNPCのため、それ以降だと【神域】への通過点として寄った程度なので印象は薄いのだが。


 【守りの崖】というのはおそらく、ゲーム時のアルカーキラを囲んでいた切り立った崖の事だろう。

 その崖のおかげでアルカーキラの近くには強力な魔物が入ってこれず、初心者でも狩れる程度の弱い魔物しかいない、所謂ビギナー用マップなっていた。


 だが、どうやらここエルブンガルドはその盆地内のビギナー用マップ全体が一つの都市になっているようだ。

 半径三キロの都市と言うと狭くも感じるが、地面に縛り付けられている人族や獣人の都市と違い、ここエルブンガルドの家々は土台になっている樹の一本一本が大人が五人手を繋いでも届かないほどの巨木であり、軽く百メートルを超えるほどの樹高がある。

 イルミンスールが大きすぎるので他の木々が小さく見えるが、ここにある木々全てが地球にあれば御神木と祭り上げられてもおかしくない程の大樹なのだ。


 当然、その大樹に建てられたツリーハウスも一本一軒ではなく、高層ビルのように数十軒が連なっている。場所によっては大樹同士を足場で繋げ、その間に商店街のように家屋が立ち並び、それが何層にも重なっている場所も散見された。言ってみれば自然と調和した綺麗でエコな九龍城である。人口がどれほどいるのか想像もできない。


「……なぁアリスト、これ本当に全員で避難ってできるのか?」


 ゲーム時のイメージでそれ程大きくない村に毛が生えた程度の街を想像していたクリスは、予想外に大規模に発展したの都市に顔が曇った。この縦構造の都市ならば人口が数十万単位でいてもおかしくないのだが、大暴走(スタンピード)時には大森林はモンスターの通り道になる。果たしてそれまでに避難させることができるのか?


「それはガルシアの手腕によるんじゃないかな。エルフは頭が固い者が多いから難しいかもしれないが……なに、もし全員避難できなくてもクリス君が責任を感じる必要は無いさ」

「えらくドライだな。いいのかそんなので?」

「エルフに対して個人的に思うところは無くはないからね。信仰と郷土愛に殉じて滅びるのならばそれもいいんじゃないかな」

「……そんなもんか」


 クリスの言葉にアリストは肩を竦めた。そこに焦りや悲嘆の感情が見えず、クリスが思わず非難めいた視線を向けるが、逆に何の感情も移さない目で見返されてたまらず目を逸らした。

 アリアに向ける目とは全く違う、喜怒哀楽全ての感情が抜け落ちた深淵のような目が、逆にこれまでどれほど多くの感情を抱きそれを殺し、或いは殺されてきたのかという事を、如実にクリスに感じさせた。

 ハーフエルフに対する差別はクリスが思うよりずっと深刻のようだ。


「まぁあれだ。もし逃げなかったとしても、守りの崖に掛かる吊り橋をすべて落としてしまえばここは空中要塞だ。魔物返しもあるしモンスターが容易に木の上まで登ってくることも無い。よしんば上ってきたとしてもエルフは皆、弓と精霊魔術の名手。木を登っている間に一方的に攻撃できるだろう。その上、万一登ってこられても大型のモンスターは空中回廊と吊り橋の上では身動き取れないし、下手に動けば自重で落下するように出来ている。大森林に隣接したこの都市の対モンスターの防衛機能は、なかなかどうして大したものだよ」


 そう言われて吊り橋を見れば、確かにひと二人がすれ違える程度の幅の吊り橋はこの規模の都市としてはいかにも貧弱で頼りない。あえてその程度の強度に抑えていると知れば納得できた。

 その分、網の目のように張り巡らされ、本数で利便性を高めているのだろう。


「飛行型のモンスターはどうなんだ?」

「今まではこの辺りに飛行型モンスターで強力なモノは出なかったから遠距離攻撃の特異なエルフには格好の獲物だったのだが……アップデートの大暴走(スタンピード)では強力な個体がでるのかね?」

「飛行型は例外を除けばそこまで強力なヤツはいなかったな。当時はプレイヤー側もそこまで優秀な空中機動スキルを持っていなかったし、レベル400台の魔術師系なら優に撃ち落とせる程度だった」

「なるほど、例外とは?」

「……アレ(・・)は運営の悪ふざけだからなぁ。考えてどうこうなるもんじゃ無いから知っても意味が無いぞ」


 過去にトッププレイヤーのレイドを丸ごとを薙ぎ払った【ラスボス】を思い出し、苦虫を噛みしめたような顔になるクリスに、アリストも思案顔になった。


「……その悪ふざけとやらの話は移動中に聞くとして、この都市の避難と防衛はガルシアが決めてから考えればいいだろう。僕たちは目的地に向かうよ。付いておいで」


 アリストはそう言うと何時もの泰然とした表情に戻り、先頭に立って歩き始めた。

 すたすたと吊り橋を渡るアリストに付いて、クリスも吊り橋を渡ろうと一歩踏み出した時、一陣の風が吹き抜け吊り橋を揺らした。


 揺れる足場を確認し、遥か数十メートル下の地面を見下ろす。百メートルを超える断崖絶壁の外縁に建てられた冒険者ギルドは、利便性を考えてこの位置に建てられたのだろう。冒険者の仕事の大半は町の外にあるからだ。エルブンガルドを見渡せたことから分かる通り、エルブンガルドの中でもかなり高い位置にある。


 数舜、歩みを止めていたクリスはしかし、まっすぐに前を向くと揺れる吊り橋をものともせずに歩きだした。

 子供のころの自分だったら、一人じゃ渡れなかっただろうな、と苦笑し幼馴染の顔を思い出す。


 真っ先に浮かんだのは何故か慣れ親しんだ男の親友の顔でなく、照れ笑いする美少女の顔だった。








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