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逆鱗


 肉薄してきたターニャの拳を、咄嗟に装備した王剣カリバーンの腹で受け止めるアルト。


「ッ!?」


 素手の拳を金属の剣で受けたにもかかわらず、ガキンと響く硬質な音に、アルトの目が見開かれた。


「流石にこのぐらいは防ぐにゃ! まだまだ行くにゃあ! 【突撃乱打(ラッシュブロー)】!」


 いつの間にか硬質の鱗に覆われている拳、それに格闘スキルの効果を乗せ、速く硬く重い連打がアルトを襲う。

 ターニャの近接格闘スキルにより放たれた十数発の拳を、しかしアルトは躱し、受け、流し、その全てを無傷で捌いた。


「おお、今ので無傷とかお前本当に強いんだにゃ! じゃぁこれはどうかにゃ!? 【通背三連打トリプルストライク】【双蹴撃ダブルソバット】【裏拳(バックブロー)】【昇撃拳(フライバッティング)】【隕石踵落し(メテオヒール)】!」


 防御力貫通属性のある拳打三連撃、左右同時に見える程凄まじい速度の廻し蹴り、廻し蹴りの隙を消す裏拳、裏拳の回転力をそのまま縦のアッパーに繋げ、飛び上がりからの全体重を乗せた踵落とし。


 その流れるような連撃の全てに【剛拳】と【剛脚】の特殊効果が乗せられている。並みのAランク冒険者ならば最初の三連撃で沈むか、受けても防御スキル無視属性のある打撃に突破され打撃硬直(ヒットストップ)発生からの次の打撃が確実に決まるターニャの必殺連携。

 前獣王でSランク冒険者であるターニャの父ですら、無傷では回避しきれないその悉くを避け、いなし、最後の踵落としは真正面から剣で受けてアルトは耐えきった。


 クリスの魔法で硬く絞められた地面が、アルトの剣に踵落しが着弾した瞬間放射状にひび割れ陥没したことからもその威力が窺い知れる。


「これでも無傷かにゃ!? 凄いにゃ明らかに父上より格上だにゃ! それでこそ、獣王国から出てきた甲斐があったにゃあ!」


 歓喜するターニャに、しかし集中するアルトは答えず静かに彼女を見るのだった。





 冷静なアルトとは逆に、ターニャの攻撃の苛烈さと威力から周りの人間の方がざわつき、止めるべきではないかという声が出始めた。


「あの、クリスタール様、大丈夫なのでしょうか?」


 魔国の大統領グラウスが自陣の集まりから離れ、クリスに心配そうに話しかけた。

 平時ならば、二国間の争いの種になりそうな獣王と聖王国王太子の試合中の事故は、聖王国に偏りがちな国家間のパワーバランスを崩すのにむしろ望むところだ。だが、軍縮が進み自国だけではモンスターの大暴走(スタンピード)を止め得ない魔国にとっては、今聖王国と連邦に仲違いされては困る、といったところだろう。


「アルトは大丈夫だろ、受けに余裕があるし獣王側が何か隠し玉でも持ってなけりゃまず覆らん。それより俺はあっちが気になるんだが……」


 クリスの言葉に、グラウスはクリスの視線の先を追うと、聖王国と教会の集まりに行き着いた。





「オレ、試合の許可出して無いんだけどなぁ。いや、別に止めやしねぇんだけど……」

「陛下、元気出してください。あの流れじゃしょうがありませんって」

「そうですぞ陛下。それより若の戦いっぷりをしっかりと目に焼き付けるべきです」


 何やら進行役であった自分の手を離れて話が進んだことにショックを受けているアルバートと、それを慰める宮廷魔術師筆頭カテリーナと近衛師団長ブルクハルト。

 そこに、冒険者ギルドのグランドマスターのベスターが近づき声を掛けた。


「ここぞって時にヘタれるのは相変わらずか、アルバート」


 気易く話しかけてきたベスターに、カテリーナが苦言を呈した。 


「ベスター殿、いくら昔のパーティメンバーと言えど今は公の場です。その言葉遣いはどうかと」


 それに肩を竦めると、ベスターは続けた。


「いいんだよ、他国の連中は試合に夢中なんだから。それよりアルバート陛下、ブルクハルト卿が言う様に、ちと早いが成人した倅の晴れ舞台なんだから、しっかり見てやれって。最近は威厳のある姿も板について来てたんだから、中身がヘタレでもせめて息子の前だけでも威厳を保ち続けなきゃ今までの努力が水の泡だぞ」


 ベスターの言葉に、グレア大司教と教皇ウェールズも続いて言う。


「ベスター殿の言う通りじゃ。儂が王位を譲った時期は平時であったから、お主の慎重さと臆病さは貴重な才能であったが、乱世となればそれは日和見の愚王となりかねんぞ」

「まぁまぁグレア大司教。それは陛下も重々承知しているでしょう。平時に荒獅子の有名を轟かせていた貴方と違い、若獅子殿は思慮深いのですよ」


 三人の言葉に、より一層落ち込む聖王アルバート。だがすぐに、ビシリと両手で頬を叩くと顔を上げた。


「ったく、親父殿のそういう素で破天荒なところはマジで真似できねぇな。まぁオレももう成人した息子がいる身、昔と違って親父殿の後を追っかけるだけの小僧ではない!

 ……その成人したての息子にいきなり強さで抜かれてちとショックを受けていただけだ」


 そう最後に愚痴ると、意識を切り替えたのかクリス達と出会った時の豪放磊落で自信満々な雰囲気を取り戻し、胸を張った。


「余は余のやり方でこの世界の平穏を守る。だから、ジジイ共は茶でもすすって余生を過ごすがよい」


 そう言うと、アルバートは鋭くも頼もしい眼光で試合の行く末を見守る。

 グレアとウェールズは顔を綻ばせ、ベスターはやれやれと肩を竦めた。


「本当に……男子三日あわざればと申しますが、たった一か月であれほど強くなられるとは……このブルクハルト、嬉しい反面、師として些か自信が無くなりました……」

「ちょっとブルクハルト卿、貴男まで落ち込まないでくれる!?」






 何やら今度はブルクハルトが自信喪失し、それをカテリーナが慰めるという迷走している聖王国陣営に、クリスとグラウスは苦笑した。


「アルバート陛下ってあんなナリして意外とヘタレなのか」


 脂ののった年齢の、獅子を彷彿とさせる美丈夫の意外な一面に思わず呟くクリス。

 しかし、それにグラウスは首を振った。


「あんな聖王陛下の姿は初めて見ました。本当にヘタレであれば、我が国ももっとやりやすいんですがねぇ。賢王と呼ばれているのはウソではありませんよ、あの方はグレア大司教―――アルグレア前王のように即断即決で最善の選択をしてくるタイプではありませんが、熟考して最良の選択を選び、それが外れた時の次善策をいくつも用意する方です」

「それって、ヘタレなんじゃなくて慎重で思慮深いだけなんじゃ? 選択が必要な時はちゃんとするんでしょ」


 ミルの言葉にグラウスは頷く。


「グレア大司教がそういった直感型の極みのような方でしたので、最初はそういった王を望む声も多く、聖王陛下もそれを知っているからこそ普段は前王の姿を真似ていらっしゃるのでしょう。我々政治家としては、一発で核心を突いてくる前王も嫌でしたが、二手三手先まで搦め手を巡らせる現王も同じくらい厄介ですね、私も見た目に騙されてかなり損を……っと失礼、天人様方にする話ではありませんでした」


 口が滑ったといった風に口元を抑えると、グラウスは一礼してそそくさと自陣へ引き返した。


「アルトのお父さんはずいぶんとやり手のようですね」

「いえミルさん、彼の言動をそのまま受け取るのは危険ですよ」


 ミルの呟きを拾ったアリストの言葉に、ミルの頭に?が浮かぶ。


「確かにアルバートはあんな見た目をして政治については塾考型の策士ですが、こと経済に関してはあのグラウスが一枚上手です。政治分野でも、国力に劣る魔国で隆盛を誇る聖王国のアルバートと互角にやり合うのですから、彼は彼で傑物なのです」


 なるほど分からん。と首を捻るミルに、アリストは苦笑して続けた。


「そんな彼が不用意に口を滑らせるはずがありません。大方、アルバートの印象を操作して彼の言動に不信感を抱かせたいか、そこまで行かずとも君達が聖王国の傀儡にならないように釘を刺したんじゃないかな」


 鋭い視線をグラウスに向けるアリストに、政治には全く関心のないミルはぽかんと口を開けた。


「すごい、アリストさんがポンコツおじさんから回復してる」


 思わずその口から失礼な発言が漏れ落ちる。

 本人を目の前にした失言にクリスは慌てるが、アリストはまったく気にしていないというように、フッと大人の余裕を感じさせる笑みを漏らした。


「実は、僕はアリアの事以外には優秀なのだよ」

「いやそこは私の事にも優秀になろうよ、周囲に憚らずデレる旦那って私も恥ずかしいんだけど」


 思わずアリアが突っ込むが、アリストはこちらも全く気にする風もなく自然とアリアの腰を抱くと顎をクイッと持ち上げ、アリアの視線を独占する。


「すまないアリア。三百年間の思いが溢れて止められないんだ。この気持ちが落ち着くまで迷惑をかけるが、待ってくれないかい?」

「……むぅ。確かに待たせたのは私の所為だからね……でも、我慢するのはちょっとの間だけだよ? アリストも直す努力をする事!」

「ありがとう、そしてごめんねアリア。愛しているよ」

「だからそういうのが恥ずかしいって……もう、馬鹿」


 キスをしそうなほど近づくアリストの胸を、弱々しく押し返すアリアの顔が赤く染まる。

 そんな光景を、もうだいぶ見慣れてきたフランシスカが呆れ気味に言った。


「アリア様って、あんなに押しに弱くてよく男性からのアプローチに屈しませんでしたね」

『モテモテだったらしいからのぅ』

「一回懐に入れた相手には弱くなるタイプなんじゃないか、居るよな身内に甘々のヤツって」

「ホントに、反応に困るのであまり人前でイチャイチャしないで貰いたいですね。知ってるフラン、ああいうのはバカップルって言うんだよ」


 したり顔でのたまうミルに、フランシスカは微妙な顔になった。


『……フランよ、こういうのは本人には分からぬモノなのだ』

「「だな(ですね)」」


 自分達の呟きを拾いウンウンと頷くクリスとミルに、フランシスカとタマモの生暖かい視線が突き刺さる。

 一人と一匹の顔にはでかでかとこう書いてあった。



――― 『お前が言うな(おまいう)』 ―――

 





■◇■◇■◇■






 フランシスカとタマモが無自覚二人に呆れている間も、アルトとターニャの戦いは続いていた。

 いや、それは既に戦いと呼べるものでは無くなっているのかもしれない、何故ならば最初こそ歓喜に染まっていたターニャの表情が、アルトと一合打ち合うたびに次第に変わり、今はもうはっきりと分かるほどその表情が険しくなっているのだから。


 豪快な飛び蹴りを剣の腹で完璧に防御されたターニャは、その蹴りの反動を利用してアルトと大きく距離を取る。


「……オマエ、どういうつもりだにゃ?」


 その顔に浮かぶのは、はっきりとした、怒り。

 可愛らしい顔を憤怒に染め、眉間に深い皺を刻むターニャは、先ほどまでの天真爛漫とした明るい口調からは信じられない低い声で、アルトに問うた。

 その声からも、彼女の怒りの深さが窺い知れる。


「どう、とはどういうことでしょう?」


 息も乱さず平然と逆にそう聞いてくるアルトに、ターニャの怒りが爆発した。


「ふざけるにゃ! 何で一回も反撃してこないにゃ!? しかもターニャの攻撃は全部剣の刃でなく腹で受けるし、オマエやる気あるのかにゃ!?」


 そう、アルトはターニャの攻撃を彼女を万が一にも傷つけないように細心の注意を払い剣の腹で受け、今まで一度として反撃することなくすべての攻撃をいなしていた。

 それに対して地面を踏み砕かんばかりの地団駄を踏んで絶叫するターニャ。その顔はひどく怒っているようでもあり、傷ついているようにも見える。

 それに気づかず、アルトは事実のみを伝えた。


「私はたとえ獣王様であろうとも、年下の女性に振るう剣は持っていません」


 そう言い切ったアルトに、傍から見ていたクリスが「あ、馬鹿」と漏らした。


「……ターニャの拳は反撃に値しないという事かにゃ?」


 アルトの言葉に、今までとは逆にすとんと表情の抜けた、感情のこもらない声で言うターニャ。

 その姿に、アルバートやグレアは嫌な予感を感じた。彼らは経験から、ターニャの表情に追い詰められた者特有の危うさを感じたからだ。

 皆の注目が雰囲気の変わったターニャに集まる中、冷静な見た目とは裏腹に、世界最強の代名詞たる獣王を圧倒しているという事実に無意識に興奮し優越感を感じていたアルトが決定的な言葉を発する。


「貴女の拳は早く強い。ですが、私はもっと速くて強い剣を知っているのです」


 確かに、ターニャの動きは残像を残すほど早かった。だが、()()()()()()()()()()()ミルの剣と打ち合えたアルトにとっては、十分に対応できる速度だったのだ。

 だからこそ、アルトは余裕をもって対処し、体に掠らせることすら許さずにに十数分間を戦うことが出来た。


 自分は最強と名高い獣王と真っ向から戦っても負けない。

 その全能感と自信が、彼から普段の優しさと気遣いを奪い去り、ある意味年相応の少年らしい傲慢さで本人には無自覚に、だからこそはっきりと、その言外の言葉が態度に出た。



――― 君では僕には勝てない。



 それを見ていたクリスが思わず“あちゃー”と天を仰ぎ、アリストやガルシア、アルバートにブルクハルトなど、己の強さに誇りを持つ者が苦い顔をした。

 彼らは知っていた。力への渇望が強いからこそ、それを全否定された時の怒りを。全力を叩きつけてなお手加減される屈辱を。相手にされていないと感じた時の悲しみを。


 十二歳で獣王となった戦いの天才はその短い人生で初めて、相手にはっきりと『格下』と見下されたと、感じた。


「……良く分かったにゃ」


 俯き影を落とす顔からは表情は読めずとも、震える肩と消え入りそうなほどか細い声に、アルトはようやく己が何かを決定的に間違った事を悟った。


 年下の少女を泣かしてしまったかもしれないという事実に、狼狽えるアルト。だが、事はそう簡単な事ではない。


「あの―――」 

「“コレ”は使う気はなかったけど、ここまでコケにされちゃ話は別にゃ」


 ターニャはアルトの言葉を遮り顔を上げた。目尻に涙を溜める瞳でキッとアルトを睨みつけると、言葉と共にインベントリから青色の上級魔力回復ポーションを指の間に挟み三本取り出すと、その飲み口をかみ砕き一気に飲み下す。そして、激情を表すように地面にたたきつけた。


「イカン! お嬢、それはダメじゃあ!」


 これから何が起こるか唯一予測できた狸の老獣人が血相を変え、決闘場に飛び込もうとするがクリスの防御フィールドに阻まれる。

 ターニャはそんな事には構わず、いや完全に眼中に無く、爛々と輝く縦に割れた金色の眼光でアルトを睨みつける。

 その迫力は、実力的には完全に自分が上であると確信したアルトをすら、一歩引かせるほどの苛烈なモノだった。


「にゃぁぁぁぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 怒号が絶叫となり咆哮へと転ずる。

 ターニャの周りに膨大な魔力が渦を巻く。

 彼女の左右の額から伸びる角が二回りほど大きくなり、手足の先端を覆っていた鱗がその面積を増し、体の半分を埋めるに至った。


 今までの、天然でどこか間抜けだった印象が吹き飛ぶほどのその異様なる威容。

 他の獣人とは一線を画す、竜人という種族の本気。その姿に、全ての者が息を飲んだ。



「死んでも恨むなよ」



 ターニャが口を開き、眼前に周囲に渦巻いていた魔力が収束する。

 その光景に既視感(デジャビュ)を感じたクリスが、慌てて声を張り上げた。


「やべぇ! 全員獣王の直線上から退避! アルト防ぐな、切れ(・・)!」


 その切羽詰まった声に、丁度直線上にいたサンクロイア王国の陣営、セルジオ王子達が呆けた顔でクリスを見る。その余りに緩慢な動きにクリスは舌打ち一つするとミルを見た、ミルは頷く時間も惜しいと一瞬だけ目を合わせ、すぐさま動き出す。


 その時、ターニャの準備が完了した。

 アルトの背中を這い上がる、強烈な悪寒。濃厚な死の気配に、クリスの言葉を考えるよりも早く、彼の本能は全力で手に持つ剣に魔力を注いだ。




――― 【竜の吐息(ドラゴンブレス)】!!!

――― 【全てを断ち切る聖剣(エクスカリバー)】!!!




 ターニャの口の前から放たれた紫電を纏った赤い閃光と、アルトの王剣カリバーンから発せられた目もくらむような眩い金色の閃光が激突。



 しかし、一瞬の抵抗もなく()()()()()()()()()








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