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夫婦のカタチ


「なぁ王太子。夫婦って何だと思うにゃ?」

「えっと、そうですね……僕が思うに、共に支えあう存在、といったところでしょうか」

「そうかにゃ。ターニャは子孫繁栄の為の掛け替えのないパートナーだと思ってるにゃ」

「それもまた、夫婦のあり方ではあるかもしれませんね」

「まぁ十組の夫婦が居れば十通りの形があるっていうのはターニャも分かるにゃ。でも―――」


 神妙に頷くアルトから視線を外し、チラリとミルとクリスを見るターニャ。


「少なくとも、大魔法のど真ん中に旦那をぶん投げる夫婦とか、あり得ないと思うにゃ!」


 驚愕としか表現しようのない先ほどの光景を思い出し、ターニャは続ける。


「何で投げたにゃ!? 仮にも旦那様だにゃ!? そこに愛はあるのかにゃ!? それともアレがあの夫婦の愛のカタチなのかにゃ!? 高度過ぎてついていけないにゃ!」


 初めて遭遇した夫婦のあり方に、まだ幼い精神がオーバーフローしたのか赤い顔でブンブン首を振るターニャ。

 そんなターニャの様子に、意外とこの子は勝負と力関係だけに固執しているだけで、根は年相応の普通の女の子なのかもしれない、とアルトは思った。


「しかも投げられた方は全弾直撃してるのに何事もなかったように無傷で着地するし! 旦那は激怒して当然なのにチョップ一発で何か許したっぽいし! 嫁の方はチョップされたのになぜかすごく嬉しそうだったし! どうなってるにゃ!?」


 クリスの横で、ミルはやっと己の行いを客観的に見れたのか青くなったり赤くなったりした。

 ミルは謎のイライラを解消するためにクリスをぶん投げたが、帰ってきたクリスが怒りつつもチョップで許してくれ、何かいつもの調子に戻れたようでとても嬉しかった。それがモロに表情に出ていたことを人から指摘され、恥ずかしくて仕方がない。

 そんなミルの姿を横目に、クリスはそっぽを向いてむぅと唸る。

 そういう無防備な笑顔や恥ずかしがる姿がド直球でクリスの琴線に触れるという事に、ミルは気づいていない。

 もしゲーム時のミルとクリスのギルメンが今の二人を見たらこう言うだろう。お前ら揃って爆発しろ。

 

 またも傍から見れば甘い雰囲気にしか見えない空気を垂れ流す天人二人に、アルトは苦笑した。


「僕に言われても……あれがあの方々の関係なのでしょう。不思議なら本人に直接聞いたらどうです?」

「怖くて聞けにゃい!」


 ウンウンとしきりに頷く外野一同。

 クリスが他の女性と仲良くしたのに激怒した、としか見えないミルの行動で、嫉妬深い(ミル)の印象は全員に刻み込まれていた。

 誰だって絶対強者の逆鱗などには触れたくないのだ。


「はぁ……あの最高に強い男の子種を貰えないのは残念極まりないにゃ。でもあの嫁に目を付けられるのは死んでも嫌にゃ」


 そんな事をぶつぶつとぼやくターニャはチラリとアルトを見る。その物欲しそうな上目遣いに、たじろぐアルト。


「しかもお前はターニャが負けても自分のモノにしてくれないって言うし……がっかりだにゃ。強い男の子種を貰えなくて何が女だにゃ」

「子だっ!? あの、男女の関係にはそういった事よりもっと大事な事もあると思うのですが!」


 年相応の普通の女の子(仮)の口から漏れた生々しい単語に、思わず口ごもり赤くなった顔で反論するアルト。

 しかしターニャは、そんなアルトに追撃の手を緩めない。


「恋とか愛とかかにゃ? 心配するにゃ。ターニャは自分より強い相手ならゴブリンでも愛せる自信があるにゃ。むしろゴブリンぐらいの繁殖力は大歓迎だにゃ。強い子供をぽこぽこ産むにゃ」

「いやそういうのでもなく……」

「青臭いにゃぁ。雄と雌の関係で、子供を作ること以上に重要な事なんて無いにゃ。つまり強い子種は全雌の憧れにゃ」

「女性が全て貴女のような方ではありません! それにあまり女性が子種子種と連呼するのはどうかと思います!」


 十代前半の少女から出るとは思えない発言の数々に、アルトはたじたじだ。

 ここにきて改めて、アルトはこの少女が年相応の普通の少女ではありえないと確信した。


「じゃぁ精子って言うにゃ。というわけで、ターニャに勝ったらターニャにお前の精子をくれにゃ」

「余計ひどくなった!? クッ、会話出来ているのに意思疎通が成立しないっ。私は、良く知りもしない相手とそういった関係になるつもりはありません!!」

「にゃんと!?」


 アルトの必死の言葉に、ターニャ俯きその顔に影が差す。

 落ち込んだように見えなくもないその姿に、アルトは流石に言葉がきつ過ぎたかな、と自責の念に駆られた。

 アルトは謝罪しようと一歩踏み出し、ターニャをよく見る。

 そして見つけてしまう。影が差した顔の奥から覗く獲物を狙う肉食獣のように爛々と光る眼と、三日月形に弧を描いた真っ赤な口を。


「そうかにゃ……つまりお互いよく知り合えば精子くれるって事だにゃ。分かり合うには拳で語るのが一番にゃ! イコールこの勝負の終わりには精子を貰える可能性も出てくるってことだにゃ!! 俄然やる気が出てきたにゃあ!!!」

「は!? いやその理屈はおかし―――」


 ターニャの眼光と勢いに思わず踏み出した足を引き戻したアルトに、ターニャは両手の爪を地面に突き刺し、本物の肉食獣のような構えを取る。



「イクにゃあ!」



 そして一瞬の溜めの後、地面を爆発させると残像を残してアルトに突撃した。





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