リア充爆発させたった
「……ひどい、事件だったね」
「九割五分お前の所為だけどな」
遠く、地面に倒れ伏した哀れな少女。獣王ターニャ=レオ=ボナパルドを見下ろし、悲し気に呟くミルに、クリスが突っ込んだ。
「冤罪です。私はフランにちょっとINT補正が高くて、面白効果がある色物武器を渡しただけですし、こんな事になるなんて予想外もいいところです」
痛まし気な表情のまま語るミルに、一見悪意は感じられない。しかし、クリスは疑わし気に眉をひそめた。
「……ホントか? お前、昨日フランと模擬戦したときにさっきの魔法見てただろ。フランは前から連続詠唱と遅延魔法と詠唱短縮で、器用に並列詠唱っぽいことやってたから気づかなかったが、今の並列詠唱通り越して新しい魔法になってんじゃねぇか」
「あれがフランのオリジナルだと、どうして言えるんですか。クリスはこの世界の魔法全てを熟知しているのですか? 適当な事言わないで下さい」
「えっ……いや確かに全部知ってるわけじゃねぇけどよ…………ってそうじゃねぇ! 論点はアレがオリジナルかどうかじゃなくて、フランの魔法を知っててあの杖渡したのかどうかって事だ!」
「チッ、気付いたか」
「テメェやっぱワザとだな!? ワザとだろ!」
小声で呟いたミルにクリスが詰め寄ったとき、哀れな惨劇の被害者ターニャがピクリと動き、ゆっくりと体を起こした。
いたる所が焦げたり凍ったり擦りむいたり青くなったりした痛々しい姿だが、ふらつきながらも大地を踏みしめ立ち上がる。
「ふ、ふふふ、ふふふふふ……耐えたにゃ。耐えきったにゃ!」
「あんまり耐えきれてないぞ、倒れてたし」
「そこうるさいにゃ! テンカウントで立ったからノーカンだにゃ!」
「明らかに十秒以上倒れてましたし」
「うるさいうるさいうるさいにゃあ! 立ち上がれる限り獣王に敗北は無いにゃ!! 見るがいいにゃあ!」
クリスとミルの冷静な突っ込みを地団太を踏んで否定したターニャの体が、青い魔力に包まれた。
すると、見る見るうちに火傷で赤くなった場所や、打ち身擦り傷が癒えていく。
「にゃはっはっはっ! どーだにゃ!」
「おお! 自己再生スキルですね。ナメクジもびっくりの回復力!」
「いや、ナメクジはあんなナリして結構外傷に弱いぞ。それを言うならプラナリアとかコウガイビルとかだな」
「お前らいちいち例えが悪いにゃ。何かターニャに恨みでもあるにゃ!?」
あんまりにもあんまりな例えに、ターニャが絶叫する。
「そりゃ愛し合う夫婦の間に割って入ろうってんだから、恨まれても仕方ないんじゃないかい?」
「それについては悪いと思うけど反省はしていないにゃ」
アリアの言葉に堂々と胸を張って答えるターニャに、“愛し合う”あたりでモニョっていたミルの口角が引きつった。
隣で挙動不審というか、機嫌がコロコロと変わるいつもと様子の違うミルに困惑するクリス。
「どうした? 何か変だぞお前」
「……人の体をあれだけ弄んでこの態度。やはりイケメンのヤリチンはこれだから……」
「あん? 何だ聞こえねぇよ」
「……なんでもありません。それにしても、この世界にもナメクジとかプラナリアとかコウガイビルとかいるんですかね?」
「さぁ? 近い生物ならいるんじゃね。翻訳さんが仕事してくれたみたいだし」
ほんの数時間前にあんなことをしでかしたにもかかわらずあっけらかんと聞いてくるクリスにもイラっとし、ミルは話を逸らしてそっぽを向いた。
ミルとしてもたかが胸を揉まれた程度でどうしてここまで自分が引きずっているのか分からない、自分は男なのだから別に胸くらい揉まれても気にならないはずなのに。あ、勿論赤の他人に揉まれるのは論外だけれど、幼馴染の同性に触られて何でこんなに気にしているのだろうか。
しかもそれが原因かは分からないが、目の前で見た目ドストライクの竜人少女が、衣服を所々焦げ落としきわどい感じになっているというのに欲情するどころかイラッとしかしないという異常事態に、困惑を通り越して混乱していた。
何か変と言われても、自分でも何か変だとは思うが、何が変なのはさっぱり分からないから答えようがない。
一方クリスも何となく踏み込めないというか、踏み込んで欲しくなさそうなミルの様子を察して、何も言わない。今はそってしておこうと話を合わせると視線をターニャに戻した。
そんなギクシャクする二人を、暖かいというか生暖かい視線でニヨニヨ見るアリア。思春期の少年少女のような二人に、彼女だけは心底楽しそうである。
クリスの視線の先では、傷が完全に癒えたターニャが臨戦態勢を整え、今にもフランシスカに飛び掛かろうとしていた。
「あれほどの大魔法が早々連発できるはず無いにゃ! 魔力の尽きた魔術師などおそるるに足らず、覚悟する 『『『「【極光の嵐】!」』』』 にゃあああああ!?!?!?」
悠長に口上を述べるターニャの台詞を遮り、フランシスカの魔法が完成し天空を七色の魔弾が彩った。
ターニャが倒れていた時こそ心配そうにしていたフランシスカだが、ターニャが立ち上がった辺りからすでに詠唱を開始し、いつでも魔法を打てるように念入りに念入りに準備をしていたのだ。
対戦相手の回復を悠長に眺めているほど、フランシスカは甘くも自分に自信もない。また世界最強の代名詞たる獣王を過小評価もしていない。むしろ、あの程度のダメージならば獣王は簡単に回復してくると分かったので、獣王が回復している時間を使ってこれでもかと魔法を練り上げていた。
実際のところ、ターニャは初撃の防御と自己回復で魔力がゴッソリ無くなり、とてもではないがもう一度同じことができる状態ではなかったのだが。
結果出来上がる、連続詠唱と遅延魔法と詠唱短縮を駆使した疑似並列詠唱で発現する、現在のフランシスカが持てる技術の結晶。
【極光の嵐】with姦しの魔杖×5。
「参ったにゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
軽く万を超える魔弾。
白昼に現れた満点の星の輝きに、コンマ以下でターニャは土下座で降参した。
「え!?」
最強と名高い獣王が、何の外聞もなく己に土下座したという事実に、打ち出そうとしていた魔法の事も忘れてポカンとするフランシスカ。魔法を発動させるために振り上げていた右腕が目標を失って虚空を彷徨った。
そんなフランシスカの動揺を知ってか知らずか、ターニャは土下座からがばりと顔を上げ涙目で抗議を行う。こんなの絶対おかしいよ!
「なんだにゃ!? 意味わかんないにゃ! 何でそんなに撃てるにゃ!?!? 父上より強いヤツに会いに来たら一発目でバケモノに当たったにゃ!!!」
「あの、私はただの村むす……村人なんですが」
今は男装だったことを思い出して慌てて言い直すフランシスカだが、ターニャはそれどころではない。
「お前のような村人がいるかにゃ! しかも金髪の天人が言うにはお前よりそっちにいる聖王国の王太子の方が強いにゃ!? あり得無いにゃ! 嘘だにゃ! 絶対に嘘だにゃ! お前みたいなのがそうそう居るはずないにゃあ!」
「そう……なんでしょうか?」
最強と思っていた獣王に化物扱いされ、やっとフランシスカは己があり得ないほど強くなっている事を実感できた。フランシスカの心境を物語るように、振り上げた手はフラフラと揺れている。
戸惑うフランシスカを置いて、ターニャはアルトへ食って掛っていた。
「聖王国の王太子、次はお前の番だにゃ!」
「まるで勝ったみたいに言ってますけど、貴女つい一分前に降参したばかりですからね。それに先ほど会議室の席で仰った通り、獣王国の協力が取り付けられるならばこれ以上の戦闘は意味が無いと思いますが」
フランシスカに負けた直後に己に挑んできたターニャに、アルトは困惑気味に言う。
自分たちの実力を示すには、今の戦いで十分すぎると思ったのだ。あと、いくら獣王といえども年下の少女に剣を向けるのには抵抗があった。
「ターニャに二言は無いにゃ。負けたからには獣王国は今回の転換期に関して、聖王国に全面的に協力するにゃ」
「でしたら……」
その発言にほっと胸をなでおろしたのもつかの間、首を振ったターニャに言葉を遮られる。
「しかし! そこの天人が鍛えた相手が爆発的にレベルアップするという話は、まだ証明しきれていないにゃ。素性の知れないそこのバケモノが、聖王国が用意した用心棒という可能性もまだ捨てきれていないのにゃ。
それに引き換え、王太子の実力は武者修行に旅立つ前の事を、お前の師匠であるブルクハルトとカテリーナに聞けば、どの程度強くなっているか推し量りやすいにゃ」
「それならばブルクハルト卿かカテリーナ卿を試合相手にした方が早いのでは?」
「聖王国の人間で固められては意味が無いにゃ。そしてお前たちの話が本当なら、お前達と対等に戦えるのは、ターニャ以外だとアリアとアリストとガルシアくらいしかこの中にはいないにゃ。それは全員天人側の人間で結局意味がないにゃ」
つらつらと語るターニャに、アルトはどうしたものかと思案し、一方のクリスは感心した。この脳筋、脳筋のくせに意外と考えている、と。
「って猿が言ってたにゃ」
「受け売りかよ!」
感心したそばからまさかの手のひら返しに、思わず全力で虚空に突っ込みを入れるクリス。
獣王国側の猿の獣人を見れば、やれやれと苦笑していた。おそらく新獣王が意外と考えていると周りにアピールして牽制したかったのだろうが、自分の名前をターニャが上げたのは予想外だったのだろう。
肉体派はいつも頭脳派の予想を軽く超えてくる。悪い意味で。
「という訳で、勝負だにゃ! お前が勝ったらターニャはお前のモノになるにゃ! ターニャが勝ったらお前がターニャのモノになるにゃ!」
「勝負の必要性は理解しましたが、なぜ結論がそこになるのですか!? それにそれ意味同じですよね!?」
「そんな事ないにゃ、家庭内の力関係に差が出るにゃ」
「なるほど……って違う! そんな条件の勝負ならしませんからね!?」
アルトの全否定にターニャは愕然とし、よろよろと数歩後退った。
「何でにゃ!? ターニャに勝つだけでこんな美少女を好きにできるにゃよ!? 意外だと思うけどこう見えてターニャは惚れた男には尽くすタイプだにゃ! 掃除洗濯料理は出来ないけど狩りなら得意にゃ! いっぱい獲物取ってくるにゃ!」
「見たまんまで意外性が何もないですよ!?」
「おお! ターニャからあふれ出る女子力を感じたかにゃ? それならいっちょ勝負するにゃ。ちなみにターニャが勝った場合はお前をターニャのモノにするけど、ターニャはターニャより弱い男に興味ないから実質雑用係になるだけにゃ。安心して負けるといいにゃ」
「むしろ僕が勝った時の条件がちょっと……」
「ボンボンの分際で、すでにターニャに勝った気でいるにゃ!? 生意気な奴だにゃ! その性根叩き直してやるにゃ! こっちに来るにゃ!」
「一貫して勝負に持って行こうとする、そのバイタリティはすごいと思います」
ターニャのブレない脳筋っぷりに、アルトはちょっと感心し始めた。だから、妥協案を提示する。
「どちらかのモノになるなどという条件無しならば、その勝負お受けしますよ」
「にゃんだと!? お前ターニャが嫁だと不満なのかにゃ!?」
「うわぁこの子面倒くさい」
感情面以外では何一つ問題ないはずの妥協案を感情だけで一蹴され、アルトの口から思わず本音がポロリした。
小声だったのでターニャには聞こえなかったが、隣に居たクリスにはばっちりと聞こえ、基本紳士なアルトにそんな言葉を漏らさせたターニャに、クリスも思わず苦笑い。自分から意識が外れてくれて心底よかったと胸を撫で下ろした。
「何だにゃ、そんなにターニャを嫁にしたくないということは、さてはお前、既に好きな女がいるにゃ!?」
「うぇ!? い、いや居ませんけど……」
一瞬ミルに流れた視線に、ターニャは気付かなかったがフランシスカは目ざとく見つけた。
クイッと動く手首。何故かこちらを向いた気がする魔弾群。ぶんぶん必死に首を横に振るアルト。にっこりと笑うフランシスカ。魔弾の様子は変わらず、アルトの冷や汗も止まらない。
「なんだ、じゃぁ問題にゃいじゃにゃいか。とっとと勝負するにゃ」
「良くないですよ!? というか、フランに負けてるんだからまずフランに言うべきじゃないかな!? ―――アイタッ!?」
面倒になったのか、それとも魔弾の圧力にテンパったのか、絶賛男装中のフランシスカへやけくそ気味にぶん投げようとするアルト。
それにフランはぎょっと目を剥き、思わず手元が狂い石の魔弾が一発、アルトの脳天を直撃。たまらず悲鳴を上げさせた。
普段、貴族の娘たちからのあの手この手の求婚を失礼にならないように上手くかわしているアルトだが、ここまでストレートに好意というか本能をぶつけられるのは初めてで、あしらい方がさっぱり分からなかったのだ。しかし、それにしたってあろうことかフランシスカに振るとは普段の紳士っぷりからはあるまじき失態であった。
「あの魔術師にはにゃぜかそういう気にならないにゃぁ」
「野生の本能かな? それとも女の直感かしらね。それにしても、流石に今のは無いと思うよアルト」
首を傾げるターニャに、アルトに非難の視線を向けるアリア。
周りからも「ないわー」という視線を貰い、アルトは非常に居たたまれなくなった。魔弾群も心なしかこちらに寄っている気がして、より一層居心地が悪い。
「は、はい私も失言だったと……ごめんフラン! 謝るから、そろそろその魔法引っ込めない!?」
「って、そうだにゃ! いつまで出してるにゃ!? さっきみたいに漏らすなら危ないからさっさとしまうにゃ! 上を見るたびに尻尾の付け根がキュっとするにゃ!」
未だ頭上に停滞し続ける魔弾の光を、戦々恐々と見上げアルトとターニャの悲鳴が響く。特にターニャは一回目でトラウマにでもなったのか、尻尾を股の間に挟んでプルプルしていた。
しかしそれに対し、何故かフランシスカは申し訳なさそうに顔を伏せる。その様子に、ターニャの中で嫌な予感が膨らむ。
「……あの、実はすでに魔法名を唱えてしまったので、詠唱破棄できないんです。今もずっと遅延魔法を重ね掛けして発動を止めている状況でして……自動追尾も付けているので、別の目標物を用意しないと全部ターニャさんに……」
「にゃ、にゃ、にゃんだってー!?」
案の定嫌な予感が的中し、驚愕の事実に青ざめるターニャ。がくがくと膝を震わせるその姿に獣王としての威厳は微塵もない。
「そして、そろそろ遅延魔法をかけ続けるのも限界なのですが……クリスさん何とかしてください」
「俺か!? ……いやまぁターニャに防御魔法掛ければいいだけの話なんだが」
フランシスカの言葉の前半部分で白目を剥いていたターニャが、クリスの言葉に飛びついた。
「ホントかにゃ!? 頼むにゃ! あの悪魔からターニャを救って欲しいにゃ! そのあと勝負して勝ったらターニャを好きにしていいからにゃ!」
「お前はほんとブレねぇなぁ」
ついでにいらない事を言ってクリスのやる気を萎えさせるあたり、空気の読めなさもブレていない。
クリスがターニャに防御魔法を掛けるため、嫌々ながらも掲げようとした腕は、しかし小さな手に抑えられた。
クリスは怪訝な顔をして腕を取った相手、ミルに視線を向ける。
「どうした? 早く防御魔法かけてやらないと獣王がミンチになるんだが」
「不吉な事言うにゃ! でも早急にお願いします!!!」
語尾を忘れるくらいテンパるターニャを尻目に、ミルはクリスの問いに答えず、その腕を取ったまフランシスカににっこりと笑いかけた。
「フラン、せっかくそんなに出したんだから使わないのは勿体ないと思いませんか?」
「はぁ? お前ナニ言って……」
自分の方をチラリとも見ずにそんなことを言い始めたミルにクリスは不吉なものを感じ、ミルに取られている腕を外そうと試みるが、まるで一体化したかのようにビクともしない!
「あの、ミルさん。私そろそろホントに限界で……」
一方のフランシスカ、相当無理をしているのか顔が青ざめ、掲げた手もぷるぷるしている。
現状維持でいっぱいいっぱいのフランシスカは、何も考えられずに次のミルの言葉に従った。
「目標があればいいのですよね、今から上空にある魔弾のど真ん中に丁度いいモノを投げるので、全弾打ち尽くしてください! では ――― デレデレすんなああああああ!!!」
「はあ!? ちょま―――のうわあああああしてねえええええええ!」
「フラン!」
「は、はい!」
クリスの腕を取ったままぶん回し、ミルは絶叫と共に上空に向けて【投擲】した。
それに合わせたミルの掛け声と同時に、魔力の切れたフランシスカによって、遅延魔法の束縛から解き放たれた【極光の嵐】が、新たな目標に殺到し、数多の光の花が咲く。
「たーまやー」
クリスが女性と仲良さげに話すたびに何故かイラつくのを、全てモテるクリスが悪いと決めつけたミルの、リア充爆発させたった感にじみ出るとても晴れやかな笑顔。
それを見て、各国の首脳陣は思った。
この人は絶対に怒らせないようにしよう、と。