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3章 衝撃の悲劇

「婚約おめでとーーーう!!!」


 土路男と松子は二人を祝う婚約パーティーを開いた。婚約パーティーは松子が貸し切ったパーティー会場で盛大に行われた。


「いあや、改めまして、照れるなぁ」


 冬彦三はデレデレしている。井森も無言だが、照れくさくて顔を赤らめて冬彦三の後ろに隠れていた。


「はいはい!お二人さん!わたくしがプロデュース致しました婚約ケーキをとくとご覧なさい!」


 松子はそういうと大きなケーキを持ってきた。それは婚約ケーキというよりもはやウエディングケーキである。


「流石、あの尾楚家のご令嬢。スケールが違うなぁ」


 土路男は頭のてっぺんの3本しかない髪の毛に育毛剤を振りかけながら、ケーキを褒めたたえた。冬彦三と井森もあまりのケーキのゴージャスさに驚いている。


「本当に豪華なケーキだなぁ!ありがとう松子ちゃん!」

「私からもありがとう!」


 松子は自慢の真っ赤な長い髪の毛をかき上げながら、料理を運んだ。


「ケーキだけじゃなく御馳走も用意できてるわよ~」


 七面鳥に北京ダック、キャビアに松茸に燕の巣。さらにはクジラの肉や馬の肉まで。果物にはドリアも高級メロンもマンゴーもあった。

 さらに松子はステージに上がった。土路男もステージのわきで大道具方をしている。


「お食事の余興として、世にも美しい世界の宝石をご覧に入れましょう!」


 土路男はステージのわきで巨大扇風機のスイッチを入れた。ステージには程よい強風が吹き荒れ、松子の自慢の真っ赤なロン毛をふわふわと靡かせた。サラサラと靡く松子の長い髪はキラキラと光っている。


「見て!この風に靡くわたくしの美しすぎる赤髪を!このために真っ赤な髪の毛をずっと伸ばし続けてるのよ!」


 松子の風に靡く長い赤髪は宝石の様にキラキラ輝いている。こうしてそよ風に自慢の長い髪の毛を靡かせることが松子の生きがいなのだ。松子の美しすぎる赤髪は世界一美しい髪としてギネスブックにも載っているのだ。松子の真っ赤な長髪は「世界の宝石」と呼ばれている。


「流石自慢の髪の毛だな。本当に綺麗だ」

「あら!私の赤髪だって負けてないわよ!」


 井森は松子の髪の毛に嫉妬した。松子の赤髪は全世界を嫉妬させる髪の毛なのだ。冬彦三はフォローを入れた。


「分かっているよ。俺にとっては君が一番綺麗だ。髪も顔も心も」

 

 そう言うと冬彦三は井森のほっぺにキスをした。井森は驚き可愛い声を上げた。


「きゃっ!」


 井森もまた、冬彦三のほっぺにキスをし返した。冬彦三は顔が赤くなった。


「お返しよ!」

「ほっぺだけじゃ、やはり閉まらないな!」


 そう言うと冬彦三は井森を床に押し倒し、ディープキスをした。冬彦三と井森は二人の世界に入ってしまった。

 しかし、松子は構わず自慢の赤髪を風に靡かせ続けた。見られていようが見られていまいが関係なく、そよ風に自慢の長い髪の毛を靡かせることが彼女のこの上ない喜びなのだ。

 こうして、4人の親睦を深める婚約パーティーは幕を閉じた。


「冬彦三くん!何があっても井森ちゃんを守ってやれよ!守れなかったらぶっ殺す!」

「井森ちゃんも冬彦三くんとずっとそばにいてあげなさいよ!」


 土路男と松子はそう告げられると冬彦三と井森は冬彦三の家に帰って行った。まだ同棲はしていないが、井森が冬彦三の家に泊まるのである。


 また、別の日、井森と冬彦三はデートして公園を歩いていた。二人は腕を組んで歩いている。

 

「私、喉が渇いちゃったわ!ちょっとお茶を買ってくるわね!」


 冬彦三はベンチに座って待った。井森は自動販売機に駈け出していった。が、石に躓いて、近くにいた美人な女子高生にぶつかってしまった。


「あら!ごめんなさい!」

「ちょっと!気を付けてよオバサン!」

「お」


 その言葉を聞いて井森の美しい顔が引きつった。


「ば」


 井森は顔中に怒りマークを浮かべて真っ赤な長い長い髪の毛を振り乱した。


「さ」


 井森は目つきが鋭くなり、眉毛が吊り上がって行く。


「ん!?」


 井森はその女子高生の言葉に、口から火炎放射を吐くように大激怒した。美人女子高生はその反応を見て楽しそうにこう言う。


「あまり怒ると小じわが増えますわよ、オバサン」

「ムッカー!!!」

「確かにな」


 騒ぎを嗅ぎつけた冬彦三が二人の間に割って入った。美人女子高生は冬彦三を見てイタズラが親にバレた子どものように慌てる。


「チッ!男が居たのね!」


 その美人女子高生は逃げるように足早にその場を立ち去って行った。井森は暗い顔で冬彦三に訊ねる。


「私っておばさん?老けて見えるのかしら?」

「そんな事ないよ。それに…」


 すっかり落ち込んだ井森を励まそうとした。冬彦三は息を飲んだ。そして恥ずかしそうにこう言った。


「君がおばさんになっても、俺の愛は変わらない」

「私もよ。あなたがおじさんになってもずっと愛し続けるわ」


 二人は深く愛し合っていた。二人はお互いに抱きしめ合い、そして熱い口づけをした。延々と抱きしめ合いお互いの唇を密着させている。二人は人目もはばからずにキスを続けた。


 それから数日後、冬彦三は井森の家に泊まっていた。二人はテレビを見ていた。するとスポットニュースが流れた。


「本日遺体が発見されたのは女子高校生の菊陳きくちん網美あみみさん、17歳です」


 二人は驚いた。見覚えのある顔だ。そう、数日前公園でデートしていた時に、井森を罵った美人女子高生が事件の被害者だったのだ。


「これって…」

「あの時の女の子よね…?」

「遺体は人が立ち入らない荒地に放置されており、絞殺されたものとみられています。凶器は見つかっておらず、遺体からは血が全部抜かれていたとのことです。警察は殺人事件とみて調査を進めています

 次のニュースです――――」


 冬彦三はテレビを止めた。テレビを見ている気分じゃなくなったからだ。しかし、対照的に井森は嬉しそうだ。


「遺体の血を抜く殺人事件か。まるで吸血鬼ヴァンパイアだな。猟奇的な殺人事件だ」

「きっとバチが当たったのよ!いい気味だわ!」


 井森は先日のうっ憤が晴れて気持ちよさそうだ。まるで、なろう小説のざまぁ系を読んだかの如く、胸がスッキリとした様子だ。そんな井森を冬彦三が注意する。


「ちょっと不謹慎だぞ」

「そうね…私にもバチが当たって次は私が被害者になるかもしれないものね」


 井森は自分の軽率な態度に少し反省した。この発言が事実になるとも知らずに…。

 一方で、冬彦三は嫌な予感がしていた。妙な胸騒ぎがした。


 それから数日の間に全く同じ手口の殺人事件が立て続けに起こった。被害者は人が立寄らない荒地に誘われ、首を絞めて殺されて血を全部抜かれているのである。しかも被害者は全員美女だった。美女ばかりを狙った連続殺人事件である。世間ではその特異性からその事件は「ヴァンパイア連続殺人事件」と呼ばれた。


「この事件…どうも匂う」


 歴戦の殺人鬼と対峙してきた冬彦三は、直感的にこの事件にただなるぬ物を感じていた。

 被害者たちは無理やり人の立ち入らない荒地に連れていかれた形跡はなく、被害者たちは全員、催眠術にでもかかったように自分の足で人の立ち入らない荒地に進んだようだった。

 これは常人の犯行ではない。冬彦三はそんな気がした。冬彦三は、居ても立っても居られなくなり、冬彦三なりに事件解決の準備を始めた。冬彦三は、電気電子工学科の学生だった東大の同級生に電話し、ある依頼をした。また、被害者の殺害場所や殺害状況などを独自に詳しく調べ上げた。

 そんな中でも、ヴァンパイア連続殺人事件は止まらなかった。冬彦三は独自に時に調査しながらも、超越能力の訓練も行っていた。犯人は常人ではない。そんな嫌な予感からの特訓だった。その特訓の成果は見る見るうちに現れ、冬彦三は銀の飴の能力を開花させた。

 そうこうしている間に、冬彦三は東大の電気電子工学科卒の同級生の元を訪ねた。


「例の物は?」

「もうじき完成する

 それにしても、なんのためにこんなものを使うんだい」

「保険だよ保険」


 冬彦三は彼に礼金をたんまり渡した。冬彦三は特訓を続け、さらに超越能力を精錬させていった。ところが、とんでもない悲劇が冬彦三を襲う。

 冬彦三はまた井森の家に泊まっていた。しかし、待てど暮らせど井森は帰ってこない。冬彦三は慌てて井森を探した。冬彦三は町中を走り回った。


「井森ちゃ~ん!井森ちゃ~ん!!!」


 彼女が行きそうなお店や彼女の友達の家、彼女の行きそうな公園・道。だが、井森は一向に見つからない。冬彦三はぞっとした。しかし、探さずには居られなかった。人の立ち入らない荒地を。

 冬彦三の悍ましい予感は的中していた。井森は人気のない荒地で絞殺されていたのだ。しかも、血だけではなく、肉を剥ぎ取られていた。遺体は骨と皮だけになっていたが、井森を絞殺したであろう井森のチャームポイントの真っ赤な三つ編みの髪の毛が遺体の首に巻き付いていた。また、井森のトレードマークの真っ赤なノースリーブ・真っ赤なブルマ・真っ赤なニーソが脱ぎ捨てられたように辺りに散乱していた。骨と皮だけで顔は判別できなかったが、それは紛れもなく井森の遺体だと冬彦三は確信した。


「井森ちゃん…。そんな…なぜ…」


 冬彦三は人目もはばからず泣きだした。いや、そもそも人目など無かったのだ。冬彦三はなりふり構わず泣き叫んだ。


「なぜだああああああああああああああああ!!!!!」


 長編アニメのラスボスの断末魔の如く、けたたましい雄叫びを上げた。冬彦三は、井森の遺体の首から真っ赤な三つ編みの髪の毛を思わず解いてしまった。自慢の長い髪に自分の首を絞められて殺されているのを見て、あまりにも気の毒に思い解いてあげられずにはいられなかったのだ。気が動転した冬彦三はさらに予想外な行動をとってしまう。解いた三つ編みの赤髪を形見として懐に入れてしまったのだ。

 その髪の毛を自宅に保管した後に、再び現場に戻り、警察に通報した。冬彦三は激しく気が動転しており、事情聴取は後日となった。

 後日DNA鑑定が行われた結果、それは間違いなく井森その人の遺体だと判明した。


「井森ちゃん…」


 冬彦三は婚約者を失ったショックで立ち直れずにいた。あまりのショックに事情聴取も受ける事ができなかった。冬彦三は茫然自失として川辺をとぼとぼと歩いていた。


「くそおおおおおおーーーーーーっ!!!!くそおおおーーーーっ!!!」

 

 冬彦三は喚き散らした。冬彦三は頭を掻きむしりながら屈みこみ、そのまま倒れ、川辺の丘を転げ落ちた。冬彦三は擦り傷だらけになるが、そんなのは全く感じていなかった。体よりも心の痛みが重いのだ。


「くそおおおおおおおおおお!!!くそおおおおおおおおお!!!!」


 冬彦三は土下座のように倒れ込みながら、河原に生えるくさっぱをむしり取って投げ散らかした。冬彦三は唸り声を上げながら河原のくさっぱを毟っては投げ、毟っては投げを繰り返した。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 冬彦三は奇声を上げて河原で暴れまわった。人気が無いから良いものの誰かに見られたら通報されてもおかしくない。しかし、冬彦三は泣き叫びながら暴れまわった。なぜこんな無意味なことをしているのかもはや冬彦三自身にも分からない。冬彦三の悲しみはそれほどまでに深かったのだ。


「イイイイイイイヤッ!!!」


 初めてできた恋人で、婚約者。それを失った悲しみはあまりにも深く、発狂せずにはいられなかったのだ。

 これだけバカ騒ぎしても冬彦三の気は晴れなかった。冬彦三は職場に長期休暇を申し出自宅で寝込んでしまっていた。枕は涙でぐっしょり濡れてしまっていた。

 冬彦三には松子と土路男から励ましのメールが送られてきていた。


「お悔やみ申し上げます。井森ちゃんが殺されたのはあなたのせいじゃないわ。あまり自分を責めないで」


「ご愁傷さまです。井森ちゃんが亡くなったのは仕方がない事だったんだ。あまり気を落とさないで」


「天国の井森ちゃんもあなたが悲しんでいる姿なんて見たくないと思うわ。元気を出して。犯人に復讐しようなんて考えないで。天国の井森ちゃんもそんな事を望んでないと思うわ」


「井森ちゃんを守れなかったからって、あまり落ち込むな。井森ちゃんは君の心の中で生きている」


 しかし、冬彦三の悲しみは消えなかった。冬彦三の心は深淵の闇に飲み込まれていった。

 貝のように心を閉ざしてしまった冬彦三は二人に返信する事もなかった。そんな冬彦三を心配した二人は、冬彦三のもとを訪ねた。


「冬彦三くん!居るんでしょう?顔だけでも見せて!あなたの事が心配で仕方がないの!」

「その通りだ!当然じゃないか!親友なんだから!」


 しかし、何度呼び掛けても冬彦三が出てくることはなかった。二人の友情でも救えない程に冬彦三の心は沈んでいるのだ。冬彦三の心は立てこもり犯のように籠城している。まるで誰も寄せ付けないのだ。


「う~ん…う~ん…」


 冬彦三は悪夢で魘された。隣に寝ている井森が自分の赤髪で絞殺される夢である。目が覚めると隣には井森がいた。かと思うとまた井森が首を絞め殺される。そこで目が覚めて隣を見ると井森が居て安心するが、また井森が首を絞め殺される。そう。夢の中で「悪夢から目が覚める夢」を繰り返し見続けたのだ。 そして、本当に目が覚めると隣には誰も居ない。現実でも悪夢が続いているのだ。

 そんな悪夢に冬彦三は毎晩毎晩苦しめられた。


プルルルルル…

プルルルルルル…


 そんな時、冬彦三に電話が掛かってきた。しかし、冬彦三は電話にも出られなかった。すると留守電が作動した。


ピー!


「冬彦三くんか?例の物は完成したぞ!いつでも良いから好きな時に取りに来てくれ!」


 留守電にメッセージを残したのは例の電気電子工学科の同級生だった。


「あれが完成したのか……」

 

 そしてちょうどよいタイミングで、別の電話もかかってきた。やはり冬彦三は出られず、留守電が作動した。


ピー!


「冬彦三様。ご注文のカツラが本日出来上がりましたのでご連絡に参りました。当店へのご来店をお待ちしております」


 どっちも冬彦三が依頼していた代物だ。ちょうど同じタイミングに完成するなんて、こんな偶然があるのか、と冬彦三は思った。


「これは単なる偶然なのか。それとも神様の思召しなのか…」


 その二つの留守番電話を聞いて、冬彦三の心境に変化が訪れた。婚約者を失った悲しみは決して癒えていなかったが、同時にこのままではいけないという強い勇気が沸いてきた。


「神様は言っているのかもしれない。井森ちゃんの仇を討てと…」


 冬彦三は涙を拭った。

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