2章 デート
「冬彦三くん~!おそ~い!こっちよこっち~!」
デートの待ち合わせをしていた井森が冬彦三を呼んだ。冬彦三は大喜びで、井森の元に駆け寄った。
「おいおい。遅くはないだろう!まだ待ち合わせ時間の10分前!」
「あらやだ!時計が10分も進んでたわ!」
井森は公園の時計と見比べて自分の時計が進んでいる事に気が付いた。井森は慌てて腕時計の時間を直した。冬彦三は呆れ笑いをした。
「やれやれ井森ちゃんはそそっかしいなぁ」
そんなこんなで二人はデートを始めた。二人は手を繋ぎ、街中を歩いている。お互いの手を固く握りしめ、ゆっくりと歩いた。
二人は街中の色々なお店を見て回った。しかし、特に何も買うわけでもない。ただ見ているだけでも楽しいのだ。何件もお店を回った二人は、一休みに喫茶店に入った。
「アイスコーヒー。ブラックで」
「私は紅茶にするわ」
二人はドリンクを飲みながら一息ついた。冬彦三と井森はじっと見つめ合っている。何も話さなくても、ただお互いの顔を見つめ合っているだけで楽しいのだ。会話がなくても、お互いに相手を信頼し合っているのだ。
沈黙の中、冬彦三は何か荷物をごそごそし出した。プレゼントがあるのだ。しかし、手際が悪く、なかなかプレゼントを取り出せない。
「どうしたの?」
井森はふふっと笑いながら冬彦三に訊ねた。冬彦三はようやく目当てのプレゼントを手に取った。
「これ」
冬彦三が手渡したのは真っ赤なシュシュだった。井森は嬉しそうに袋を開け、シュシュを腕に嵌めた。
「嬉しい!いつの間に買ってたの?!」
「気が付かれないようにこっそりとね。欲しそうに見つめていたから」
「全然気が付かなかったわ!ありがとう!」
井森は、歓喜の悲鳴を上げて喜んだ。井森は腕に嵌めたシュシュをじっと見つめて喜んでいる。冬彦三はすかさず、囁いた。
「俺と結婚してくれないか?」
冬彦三はポケットから婚約指輪を取り出した。取り出すときにたどたどしくならないように取り出しやすい上着のポケットに入れておいたのだ。
「はい!」
井森は即答した。井森は指輪を受け取り薬指に嵌めた。冬彦三は驚いて注意する。
「そっちじゃない。そっちじゃない!婚約指輪は左手!」
「あら!そうだったわ!私ったら最低!気が動転しちゃって…」
井森は、右手の薬指から指輪を外し、左手の薬指に改めて付け直した。
「婚約指輪まで買ってたなんて、私ったら全然気が付かなかったわ!」
「いや、これは今日買ったものじゃないよ!あらかじめ準備していたのさ」
井森は、キラキラと輝く婚約指輪をうっとりと眺めている。冬彦三は、初めて自転車に乗れるようになった子どものような顔で得意げに言った。
「給料の3ヶ月分だぞ!」
「まぁ!ふる~い!」
井森は昭和のノリに呆れて笑った。冬彦三は残っていたコーヒーを一気に飲み干した。そして、井森に宣言した。
「今度の世界一周旅行はただの旅行じゃない!新婚旅行にしようと思ってな!」
「まぁ!素敵!!!」
井森は歓声を上げて喜んだ。そして、二人はキスをした。キスをしたままずっとお互いの唇を放さない。二人は10分以上も口付けを続けた。
「お互いのご両親にも挨拶しに行かないとな」
「ええ!あなたの事ならきっと気に入ってくれるわ!」
「君の事もだよ!」
「子どもも沢山欲しいわ!」
「気が早いな!」
二人は深く愛し合い。お互いの将来について語り合った。これから訪れる残酷な運命も知らずに…。