8話 女神の告白 3
「それでは、ラムダ達が転移する異世界について説明したいと思います」
神命を下した後、やや間を置いてから女神は異世界についての説明を始めた。
「貴方が転移する異世界は『ブリガランド』と言う名前の星で、大きさは惑星セムリアの半分程度になります。そして、貴方が転移する国は、その二人の母国である『水の国』ミグリット王国になります」
「ミグリット王国というのは、どういう国なんだ?」
「そうですね。水がとても綺麗で、自然が豊かで、周りが海に囲まれている島国、でしょうか? 特産品は海産物ですね。ユーロ地方のブリンデ王国を思い浮かべていただければ」
「なるほど」
そのわかりやすい例えに、俺は頷く。
となると、他国へ行くためには海か空の移動手段を確保する必要があるな。
「ちなみに、貴方がミグリット王国へ転移した翌日に、1ヶ月に一度の、他の大陸へ渡るための船が出航します」
おおう、なんという貴重な情報。
これを逃したらとんでもないことになりそうだな。
「あ、あの……」
そこへ、クレーラがおずおずと手を上げる。
「なんでしょうか?」
「その、女神様はどうして、私達の世界、というかミグリット王国について詳しいのでしょうか?」
「それはもちろん、調べましたからね」
女神はにこやかに微笑む。
「だってそうでしょう? かわいい僕を敵地へ送りだすのです。下調べは十分にしませんと」
「…………」
女神の答えを聞き、クレーラは無言になる。
勝手に俺を召喚しようとした手前、耳が痛いんだろうな。
「話を続けます。文明レベルは中世くらいで、魔法文明が発達している代わりに、科学文明はほとんど発達していません。ですので、チート無双し放題ですよ」
女神はさりげなく恐ろしいことを言う。
いやいやいや、まずいだろうそれは。
異世界には異世界の文化があるのだから、それは尊重しないと。
「願わくば、ブリガランドに生きる全ての物に、神の慈悲として等しく死を与えて欲しいのですが……」
「それは流石に勘弁!」
容赦なくぶっこまれるとんでもない願望の要求を、即座に突っぱねる。
俺は大量虐殺者者ねーっつーの!
そんなことやったらゼゼドルドと一緒じゃねーか。
ああ、隣でクレーラとクリスティアが青い顔でガタガタ震えてるよ。
ここまで脅さなくてもいいのに……
「……残念です。蛮族の世界なんて滅びればいいのに……」
そして小声で呟く女神。
いや、それ聞こえてるから。
そんな態度取ってるせいで、あんたが女神じゃなくて破壊神や悪魔のように見えるよ俺は。
腹を立てるのは分かるんだが……
「では次に、宗教についてです。ブリガランドはメネフィーラと言う女神の一神教です。だた、その下に大精霊がいて、6大国と呼ばれる国を中心に、精霊信仰が行われているようですね。女神は時折神殿を通して神託を下すようですが。今回は『勇者召喚』の神託を下したために、ラムダが狙われたようです」
なるほど。なんてはた迷惑な女神なんだ。
自分の管理する世界さえ救えれば召喚された奴はどうでもいいだなんて。
召喚したならしたで、召喚した者を元の世界に送り届けるなり、最後まで責任を持ってほしい物だ。
召喚の託宣下した後は放置って、あまりにも無責任すぎる。
「それから、大精霊は『火』『水』『土』『風』『光』『闇』が存在し、6大国もこれに倣っているようです。ラムダが召喚されそうになったのは『水』の国ですが、6大国それぞれが同様に勇者召喚を行っているようですね。ですので、異世界には6人の勇者候補が存在することになります。うち、5人はセムリアとは別の世界から、召喚が行われているようです。みんな黒髪黒目ですが」
「それが召喚するための条件なのか?」
「そうですね。自分達とは違う、と言うことを印象づけるためと、後々迫害等して便利に使い捨てるため、ですね」
「嘘です!」
クリスティアがたまらず声を上げる。
「そのような話、聞いたことがありません! 過去に召喚された勇者様は、偉業を成し遂げて英雄となられた後、皆幸せに暮らしたと言われております!」
「でしょうね」
クリスティアの反論に女神は苦笑する。
「100年前、土の国に召喚された勇者は、その絶大な人気に人心を失うことを恐れた王によって、冤罪をかけられた上で、国民の前で公開処刑。同じく光の国の勇者は、聖女によって女神に徒なすものとレッテルを貼られた上で奴隷落ち。250年前、水の国の勇者は、王家に手柄を横取りされた後に暗殺。400年前の闇の国の勇者は、桁外れの魔力を保有していることが危険視されて魔法の人体実験にされて帰らぬ人に。他にもありますけど、全て表に出ることなく、事実をねじ曲げられた状態で伝えられてますね。まぁ、このような歴史は表に出せないでしょうけど」
「そ、そんな……」
クリスティアは茫然自失となる。
まぁ、無理もないか。自分が信じていた歴史が全て嘘だって告げられたんだから。
俺だって、そんな歴史聞きたくなかったよ。
勇者召喚されたらバッドエンドまっしぐらじゃねーか。
本当、カヤナルミ様には感謝感謝だな。
後で1エニー硬貨でも賽銭箱に入れておくとするか。
「それから、お金の単位について説明しますね」
女神は、異世界の貨幣事情について説明を行う。
女神の説明によると、お金の単位はフィーラという物が使われているらしい。
女神メネフィーラから取ってるよな絶対。
そして、1フィーラ=銅貨1枚で、貨幣は銅貨の他に大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨があり、ブリガランド共通貨幣として使用されているとのこと。
また、それぞれの硬貨は10枚単位で上単位の硬貨1枚と同じになるという。
つまり、
銅貨1枚 =1フィーラ
大銅貨1枚=銅貨10枚 =10フィーラ
銀貨1枚 =銅貨100枚 =100フィーラ
大銀貨1枚=銅貨1000枚 =1000フィーラ
金貨1枚 =銅貨10000枚 =10000フィーラ
大金貨1枚=銅貨100000枚 =100000フィーラ
白金貨1枚=銅貨1000000枚=1000000フィーラ
になるってことだ。
「ちなみに、平民の日当が1日銀貨3枚、宿屋で1泊銀貨2枚、軽食が1食大銅貨2枚程度ですね」
なるほど。よく覚えておくことにしよう。
通貨事情、レートは大切な情報だからな。
「そして、時間についてです」
今度は時間についての説明が行われる。
女神の話によると、セムリアとブリガランドでは時間の流れは同じとのことだ。
つまり、1年365日、1日24時間。
って事は、こっちで1日経過したら向こうでも1日経過するって事か?
あまり長く異世界に行きたくはないんだが……こればかりは神命だから仕方ないな。
数ヶ月の覚悟が必要か……
「以上で簡単な説明を終わりますが、何か質問はありますか?」
「そうだな……」
俺は宙を見上げ、頭の中を整理してから女神を見る。
「ゼゼドルドを確保した後は、どうすればいいんだ?」
「それはですね。女神の指輪に魔力を流して、確保したことを心の中で強く伝えてください。そのことが私に伝わり次第、こちらの世界に召還します」
「了解した。後は……俺の権限はどこまで許されている?」
俺は少々聞きにくいことを口にしたためか、自然と声が小さくなってしまう。
しかし、女神はその質問に対して、満面の笑みを浮かべた。
「先程も言いましたが、殺人等は問題ありません。『神僕検察官法』の適用範囲外とします。思う存分暴れてきてください」
「……了解……」
俺は苦笑しながら頷く。
神僕検察官法。
それは殺人等の犯罪行為も場合によっては許可される事を定めた法律であるが、無論特別なケースに該当しない場合は犯罪行為について許可はされていない。むしろ、通常よりも重い罰則が定められている。
今回異世界に行くに当たってひとつの懸念事項であったわけだが、どうやら取り越し苦労であったようだ。
「あ、それから。『女神の使徒』として行くわけですから、それ相応の立ち振る舞いをお願いしますね。言葉遣いとか態度とか」
「……ああ……わかったよ……」
つまり、勇者や王様が相手でも遠慮するなって事だよな。
クレーラとクリスティアは分かってないようだが。
「もうひとつ。クレーラとクリスティアは、ブリガランドで私の存在やこの世界のことについて話すことは、必要に応じて制限をかけさせていただきます」
「「えっ!?」」
突然宣告されたその内容に、二人の少女は揃って声を上げる。
まぁ確かに、敵にこちらの手札を晒す必要はないよな。
「そして。これはお願いですが、ラムダの旅に二人を連れて行ってください」
「えっ!?」
今度は俺が声を上げてしまう。
おいおい。二人のおもりって、そりゃないぜ!?
数ヶ月の異世界出張が数年になっちまう。
「ちなみに、それは強制じゃないんだよな?」
「はい。お願いですから」
「……そのお願いに対しての対価はあったりするのか? 例えばスキルをもらえるとか」
俺はどさくさ紛れにお願いしてみる。
クレーラとクリスティアが付与されたって言う言語理解。アレがないと初めから詰むような気がしてならない。
しかし、女神はこれ以上ないと言うくらい笑顔を浮かべて俺を見る。
「ラムダ、何を言っているのですか? 神罰を授けたって言うのに、まだ足りないのですか? お代わりならいくらでも差し上げますよ?」
「いえ……結構です……」
俺は尻を押さえながら後ずさる。
この女神、本当使えねー!
「それに、言葉の壁程度なら、ワットがどうにかしてくれるでしょう」
そしてさりげなく、俺の疑問を解消してくれる答えを口にする。
つまり、ワット博士の超科学でどうにかなるから、恩寵を授けるほどでもないって訳ね。
まぁ、こういう時にワット博士に裏切られたことはないから、期待するとしよう。
頼むぜワット博士!
「他に聞きたいことはないですか?」
「ああ」
俺は女神の問いにコクンと頷く。
後は異世界に行く準備をして、もう一度ここに来ればいいわけだ。
慌ただしい数日になりそうだ。
「では、これより異世界に行っていただきます」
「へっ?」
そんな期待を裏切る女神の言葉に、俺は思わず間抜けな声を出してしまう。
「今から? その……準備は?」
「心配いりません。あなたが懸念していることはこちらで片付けておきますから」
「いや……そうじゃなくて……」
「問題ないですよね?」
「……ええ……ないです……」
女神の有無を言わせぬ迫力に、俺は諦めて頷いてしまう。
こうなったら本当にワット博士のアイテム頼りだな。
マジ頼むぜ!
「では、これから三人を異世界へ転移させるので、ラムダはクレーラを抱きかかえてください。お姫様だっこですね」
「「「はい!?」」」
「それから、クリスティアはラムダの腰回りに手を回して抱きついてください」
「「「ええっ!?」」」
突然発せられた女神のご乱心とも思える発言に、俺達三人は揃って声を上げる。
なんだよそのこっぱずかしい体勢は!?
なんでそんなことしなきゃいけねーんだ!?
「あの……どうしてもしなければいけませんか……?」
クレーラはモジモジしながら、俺と女神を交互に見る。
なんだかかわいいな。
「はい。いけません。ダメです」
そんなクレーラの質問を、女神は笑顔で一刀両断。
「そ、その……な、何故そのようないかがわしいことを、しなければならないのですか?」
クリスティアも頬を赤らめながら少し慌てふためいた様子で女神を見る。
おお。こんなかわいらしい姿は新鮮だ。
「必要だからです。言われたことを守らず転移中に次元の狭間に落ちても知りませんよ?」
そして、女神はクリスティアの質問を論破。
「「…………」」
二人は無言になってしまう。
「納得していただけたようですね。ではラムダ、お願いします」
「……わかった」
俺は軽くため息をついて、クレーラを見る。
「すまんな。ウチの女神様があんな無茶言って」
「い、いえ。その……優しくしてくださいね?」
聞く人によっては絶対勘違いしそうな台詞をクレーラは発する。
「かしこまりました。お姫様」
俺は一礼すると、下側から肩と膝を抱きかかえ、クレーラをお姫様だっこする。
見た目より軽いな。顔も近いし、なんだか恥ずかしいな……
「あああ、あの、私重くありませんか?」
「それは重いと思いますよ。貴女は重い女ですからね」
「わ、私、重い女なんかじゃありません!」
女神の横やりに対し、クレーラは顔を真っ赤にして否定する。
ころころ表情が変わっておもしろいな。
っていうか、漫才かよ。
重いって一体どういう意味で使われているのか気になるところだが……ここはフォローしておくか。
「大丈夫だ。全然軽いから」
「あ、ありがとうございましゅ……」
クレーラはそのままうつむいてしまう。
「で、では、失礼します」
今度はクリスティアが、両手を俺の腹に回して、遠慮がちに背後から抱きついてくる。
「大きい背中……」
こちらも意味深な言葉を発する。
「貴女のような、小さな心の人間に比べれば、大きいと思いますよ? 貴女ももっと大きければ、ラムダも満足できたでしょうに……」
「わ、私、心が小さいなんて事はありませんわ!」
そして茶々を入れる女神に、顔を真っ赤にして否定の言葉を発するクリスティア。
もうね、三人で漫才トリオ組んだらいいんじゃないかな? 息ピッタリだし。
まぁ、女神は心=頭、精神的な物って意味の他に、心=心臓=胸って意味で使ったんだろうけど。こっちもフォローいれとかないとな……
「本当にゴメンな。ウチの女神様、ちょっと口が悪いから。クリスティアは優しくて心の広い女の子だよ」
「とと、当然ですわ……」
クリスティアはそれだけ言うと、ポムと背中に顔を埋める。
「準備が整ったようですね」
女神は満足そうに微笑むと、右手を俺たちに向かってかざした。
俺達を囲むように、光の円柱が立ち上る。
いよいよか……
俺は気を引き締めなおし、女神を見る。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。ラムダ、貴方が無事に神命を成し遂げることを祈っております」
女神は優しく微笑む。
そして――
「よかったですね。念願だった長期旅行ができて」
「!!」
何とも言えない言葉をかけられ、顔をしかめた瞬間、視界が目映い光に染まった。
次話から異世界です。