7話 女神の告白 2
神罰という名の尻たたきから解放された俺は、服装を直し、立って女神と向かい合っていた。
クレーラとクリスティアも土下座から解放され、俺の隣で姿勢を正して立っている。
足がプルプル震えているのは、女神が怖いからじゃなく、慣れない正座をさせられて痺れているせいだろうなきっと。
かくいう俺も、尻がヒリヒリするし。
ああ、尻たたきなんかされたせいで、二人から視線を逸らされているような気がする!
カヤナルミ様はと言うと、何かをやり遂げたかのように、満足しきった笑顔を浮かべている。
ホント、サイテーだこの女神……
もう、丁寧な言葉遣いは止めよう。こんな腐れ女神には、いつもの言葉遣いで十分だ。
「それでは、そろそろ真面目に話をするとしましょう」
女神は朗らかな様子で、俺を見つめる。
「ラムダ、貴方にはクレーラ、クリスティアと共に異世界に行っていただきます」
「「「えっ!?」」」
その意外な言葉に、俺達は一斉に声を上げた。
さっきまで絶対に行かせないって雰囲気だったのに、真逆のこと言うのはどういうことなんだよ!?
「あ、あの、それでは!」
「私達に協力していただけるのですね!?」
期待を込めた眼差しで女神を見るクレーラとクリスティア。
しかし、途端に女神の表情が冷たくなる。
「何故私が、蛮族の世界を救う協力をしなければならないのですか?」
「「えっ……」」
「ひょっとして、私が貴女達に協力すると勘違いしていませんか? 調子に乗らないでください」
「「も、申し訳ございません!!」」
女神から絶対零度の視線を向けられたクレーラとクリスティアは、一転して頭を深く下げて、謝罪の言葉を述べる。
「大体、ラムダには異世界に行って頂きますが、それは『勇者』としてではなく『女神の使徒』としてです。お間違いのないように」
「「女神の使徒……」」
頭を上げたクレーラとクリスティアが呆然とした表情で呟く。
おいおい。女神の使徒って、ひょっとして勇者よりも格上じゃないか?
嫌な予感しかしねえぜ。
「ちなみに、『女神の使徒』の立ち位置ですが、勇者や各国の王よりも上ですよ。よかったですね」
そう言って、女神はにっこりと微笑む。
いや、全然よくねえよ! なんだよそれ!! やっかい事に巻き込まれる未来しか見えねーよ!
「質問、いいか?」
「なんでしょう?」
俺は不安を抱えつつ、女神に尋ねる。
「向こうの世界に行ったら戻ってこれるのか?」
「はい。それは大丈夫です」
女神はコクンと頷く。
「ラムダ、貴方が向こうの世界の愚民達に召喚されていた場合は制約によりこちらへ戻すことが出来ませんが、私があちらの世界に転移させる場合は問題ありません。召還可能です。わかりやすく例えれば、ラムダに異世界へ出張してもらう、と考えていただければ」
「なるほど」
俺はコクンと頷く。
これで、懸念事項のひとつが消えた。
向こうへ行ってそのまま帰ってこれない、なんて事態になったらシャレにならないからな。
よし、次の質問だ。
「俺がその世界に行ってすることはなんだ? 魔王討伐とか、神の討伐じゃないだろうな?」
「いいえ。違います」
しかし女神は、その質問に対して首を横に振る。
「魔王討伐や神の討伐が可能でしたら、していただいても構いません。しかし、それは主目的ではありません」
していいのかよ……
「ラムダ、貴方には魔王軍四天王の一人、風の魔将『ゼゼドルド』を捕まえてこの世界に連行し、神判法廷に起訴してほしいのです」
「えっ!?」
その意外な言葉に、今度は俺が絶句する。
異世界の魔族をこっちの世界に連れてこい?
しかも、神判法廷に起訴?
ホワイ? 何故??
「何故そんなことを……?」
「それはですね。ゼゼドルドが今から約17年前に、ヤポニ神国内で起こった『指定事件120号:オディ広域連続殺傷事件』の犯人だからです」
「えっ!? あのオディ広域連続殺傷事件の……!?」
突然告げられた事件に、俺は古い記憶を呼び起こす。
オディ広域連続殺傷事件。それは死傷者が多数いるにもかかわらず、犯人が検挙されずに迷宮入りし、そのままお蔵入りになった事件だ。
死亡者100名以上、重軽傷者1000名以上。
それは、夜のイベント会場で起こった。
花火大会の見物に来ていた人達が突然、まるで鋭利な刃物で斬りつけられたかのように、血を吹き出しそこかしこに倒れたのだ。
被害者は皆、体に切創痕があり、そこから出血をしていた。
物的証拠が一切ないこともあり、自然現象のカマイタチによる自然の悪戯かと思われたが、その現象が発生する直前に怪しげな動作を行う者を目撃していた人が何人もいたため、警察は人為的な犯行と断定。首都でのテロ行為と言うこともあり、警察の威信をかけて延べ10000名以上の捜査員が動員されたが、たいした成果を上げることもなく、数年後に捜査本部が解散されたはずだ。
この不甲斐ない結果にマスコミは一斉に警察叩きに走り、勢い余って神批判までやってのけた数社が、神罰によって粛正されたように記憶している。
「その犯人が『ゼゼドルド』という魔族だと」
「ええ。当時犯行現場に残留していた魔力パターンと、私が貴方の召喚妨害した時に、そのようなふざけた真似をするのは何処の誰かと調べてたまたま見つけた魔力パターンが同一でしたから。まさか、異世界の魔族が犯人だったというのは、かなりの盲点でしたけど。それに……」
女神はいったん言葉を句切り、俺にとって最大級の爆弾を投下する。
「ゼゼドルドは、貴方の母の敵でもあるのですよ」
「なっ!?」
その言葉に、俺の呼吸が止まる。
まるで全身を雷が走り抜けていくような、強い衝撃。
母さんの敵……だと……?
母さんは病気で死んだんじゃなかったのか……?
「か、敵……?」
絞り出すような声で、再度女神に尋ねる。
「ええ」
女神は静かに頷く。
「貴方の母カテナシアも、とても優秀な魔法使いでした。当時、花火見物に来ていた貴方の母は、事件直後これ以上被害が拡大しないようにと自らの身を挺して……。私がそのことを知ったのは、この世界に戻ってきた後のことでした」
「そんな……」
俺は絶句する。
まさか、母さんがそんな事件に巻き込まれて死んでいたなんて……
「ラムダ。貴方の母を守れなかったこと、そして今まで真実を黙っていたことを許してください」
女神が頭を下げる。隣でクレーラとクリスティアが信じられないような物を見たかのように、目を丸く
している。
「頭をお上げください、カヤナルミ様。母さんも、自分の行動で被害拡大を食い止めたことに、悔いはなかったと思います。だって、神僕検察官の妻だったんですから」
「……そうですね」
女神は頭を上げて微笑みを浮かべるが、瞬く間に真剣みを帯びた表情に変わって、俺にはっきりと告げた。
「ラムダ=コーミランに命じます。異世界へと赴き、魔族ゼゼドルドを捕まえ、神判法廷に起訴しなさい」
「かしこまりました。女神カヤナルミ様の神命、この命に替えましても必ず成し遂げて見せます」
俺は深々と礼をした。