6話 女神の告白 1
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突然現れた女神を前に、クレーラとクリスティアは表情を固まらせたまま立ち尽くしている。
俺はすぐさま姿勢を正し、深くお辞儀をした。
「カヤナルミ様。本日は私の呼びかけに応じていただき、ありがとうございます」
そして、フリーズしている二人にも声をかける。
「二人とも。女神様の神前である。失礼のないように」
途端に時が動き出したかのように、二人はハッとなると、慌てて片膝を突き、頭を垂れた。
「め、女神様、この度はお目通りいただき、ありがとうございます!」
「わ、私のような者が神にお目通りいただけるなんて、これ以上ない喜びでございます!」
しかし、二人の言葉を聞いたカヤナルミ様の雰囲気が変わった。
「本当、蛮族は礼儀を弁えていませんね」
「「えっ……」」
まるで吐き捨てるように言う女神の言葉を聞いた二人は絶句する。
「頭を上げてください。ラムダ」
そんな二人の様子などお構いなしに、女神は優しい口調で俺に話しかける。
俺は女神に言われるまま、頭を上げた。
女神の表情から笑顔が消えている。
一体どうしたというのだ? この二人に何か思うところでもあるのだろうか。
俺はそんなことを考えながら、ここに来た目的を口にする。
「実はこの二人なのですが、どうやらこの時代、この世界の人間ではないようでして。突然俺の家の前に現れたらしいのですが、何かご存じないでしょうか」
「ええ。ご存じですよ。ご存じですとも」
俺の問いかけに、女神は肯定の言葉を返す。
「だって、その二人は私が呼び寄せたんですからね」
「ええっ!?」
そのとんでもない言葉に、俺は思わず声を上げる。
女神がこの二人を召喚した? 一体何故?
呼び寄せたわりには全然友好的じゃない、と言うか嫌悪感すら感じられるし。
「何故そのようなことを……」
「当然じゃないですか。目には目を、歯には歯を、ですよ」
「は?」
女神の言葉に、思わず間抜けな声をあげてしまう。
まるで答えになっていない。全然話が見えないんだが……
しかし、女神は不思議そうに俺を見る。
「その二人から、何も聞かされていないのですか?」
「えっ? その二人の少女からは、王宮にいたところ、突然辺り一面が光に包まれて、気がついたら俺の家の前にいたとしか……」
「そうですか……蛮族は真実を語る口も持ちあわせていないのですね」
カヤナルミ様はふぅっとため息をつく。二人はビクッと身を震わせ、表情が強ばった。
「いいでしょう。それでは私が真実を貴方に教えて差し上げます」
女神は一呼吸置き、再度口を開く。
それは、俺にとって衝撃的な内容であった。
「こことは異なる世界、つまり異世界ですね。その世界は長い年月に渡って魔族と人の争いが絶えない世界でしたが、ある時魔王が誕生してしまいます。パワーバランスが崩れ、魔族によって滅ぼされていく人間の国々。残された人類は魔王軍に対抗するべく、異世界から勇者を召喚し、魔王にぶつけることを決めました。そして勇者を召喚するべく召喚の儀を行ったのですが、その標的にされたのが、この世界の人間だったのです。ですから私は、その召喚を妨害し、代わりに儀式に参加していた者二名を召喚しかえしたのです」
「…………」
俺は予期せぬ真実に言葉が出なかった。
魔王? 勇者? なんだそのファンタジー小説用語は……
それに異世界から来た人間? 正解は一番あり得ないと思った選択肢だったのかよ!
っていうか、異世界ってなんだよ!
異世界から来たのなら、なんでヤポニ神国語が理解できるんだ!?
「すみません。その、二人が異世界から来たというのなら……どうして言葉が理解できるのですか?」
「それは、私が二人に『言語理解』のスキルを与えたからですよ。言葉が通じないと、意思疎通が出来ないでしょう?」
「そ、それじゃあ、俺の家の前に現れるようにしたのは……」
「貴方に、その二人をここに連れてきてほしかったからですよ」
俺の質問に女神は淡々と答える。
なるほど。俺をコウコ神宮に来させるために、こんな手の込んだことをしたわけだ。
しかし、それでも疑問は残る。
「どうしてそんな回りくどいことを……」
そんな俺の疑問に、女神が怒気を孕んだ様子で答える。
「貴方だったからですよ」
「えっ?」
「ですから、貴方が勇者としての召喚対象者だったのですよ。ラムダ」
「ええっ!?」
俺はその答えに言葉を失う。
俺が対象者? 嘘だろ?
っていうか勇者として召喚されてたかもしれないなんて、冗談だろ!?
「ちなみに、異世界に行った場合、こちらの世界に戻って来ることは出来ません。一生、あちらの世界で暮らすことになります。そうですよね? ミグリット王国第一王女クレーラ・ミグリット、レストナール公爵家三女クリスティア・レストナール」
そして女神は恐ろしいことを告げるや、目を細めて二人の少女を見る。
カヤナルミ様、完全に怒っているな……
まぁ、拉致同然で自分の管理する国から人がさらわれそうになったんだから、怒るのも無理ないな。
「「ももも、申し訳ございません!!」」
クレーラとクリスティアは、表情を青くし、身を小刻みに震わせて、声を絞り出すようにしながら、口を揃えて謝罪の言葉を発する。
「全然ダメですね」
しかし、女神はため息をつきながら、首を横に振った。
「古来より、ヤポニ神国では謝罪する場合、土下座するのが相場と決まっています。片膝とか馬鹿にしているのですか?」
「「えっ……」」
二人はその言葉に絶句する。それをみた女神は、ポンと手を叩いた。
「ああ、なるほど。拐かししか能のない蛮族だから、土下座のやり方も知らないんですね。いいでしょう。特別に教えてさしあげます」
そう言うと、女神は二人に向かって、手のひらを広げた状態で右手を突き出す。
「「えっ!?」」
すると、二人の姿勢が立ち膝から正座へと移行し、手のひらと額を床に付ける、土下座姿勢に変わった。
「「…………」」
二人は無言のまま、その状態を保ち続ける。
神力を体感し、恐怖で声が出ないのだろう。全身が小刻みに震えている。
「…………」
俺はその様子を、無言のまま見つめる。
クレーラは王女で、クリスティアは公爵令嬢だったのか。
まぁ、クリスティアは悪役令嬢って言われても違和感ない雰囲気持っているけど。
クレーラが王女……ねぇ……
うん、ないわ。姿だけなら王女様なんだけども。威厳がまったく感じられないし。
「ふぅ。これで少しは誠意が伝わってくると思ったのですが、全然伝わってきませんね」
一方女神は、強制土下座をさせておきながら、なってないと言わんばかりに、肩を竦める。
「私のかわいい僕を拉致しようだなんて、絶対許せません。こんな蛮族の住む世界なんて、滅ぼしてもいいと思いません?」
そしてとんでもないことを俺に言う。
「いや、それはちょっと……」
「それでは、この二人を神判法廷に起訴しません? っていうか、起訴してください」
「はは……考えておきます……」
俺は乾いた笑いを浮かべながら、やんわりと否定する。
滅ぼすとか起訴とか、俺にどうしろっつーんだ。
俺が判断するには、あまりに重すぎる。
「「め、女神様! どうかお許しを!!」」
そして強制土下座させられている二人は、切羽詰まった様子で、女神に懇願する。
まぁ、自分達の世界を滅ぼしてもいいなんて言われたら、そりゃ必死になるよな……
仕方ない。俺も助け船を出してやるか。
「カヤナルミ様、二人もこのように反省していることですし、ここは穏便に……」
「……はぁ。ラムダは優しいのですね……」
女神はため息をつき、二人を見る。
「クレーラ、クリスティア。貴女達が頭を上げることを許します」
そう宣言するなり、二人の額が床から離れ、力ない視線が女神を見据える。
その表情はすっかり怯えきっていた。
「二人とも、そんなに怯えなくても大丈夫だから」
俺は、そんな二人に優しく声をかける。
流石にこれはやり過ぎじゃないか?
いくら標的が俺だったとはいえ、これはちょっと……
「本当、ラムダは優しいですね」
女神は困ったような表情で、再度ため息をつく。
「では、ラムダには神罰を与えることにしましょう」
そしてなんの脈絡もなく、突然刑罰執行宣言をする女神。
……って言うかちょっと待て! なんでそんな展開になる!?
「ど、どうして!?」
「そんなの決まってるじゃないですか。私をお婆さん扱いしたからですよ。まさか、知らないとは言わないですよね?」
「げっ!?」
その無慈悲な宣告に、俺の時が止まる。
なんでワット博士とかわした会話が筒抜けになってるんだよ!?
「ああ、心配しなくても大丈夫ですよ。ワットにも後でたっぷり神罰を与えておきますから。でもその前に……」
女神はにっこりと笑う。
すると俺の体が、自分の意思とはまったく関係無しに、女神の方へと引き寄せられていった。
◇◆◇◆◇
パーン、パーン
乾いた音が拝殿内に響き渡る。
「クッ……」
俺はその音が響き渡る度に、恥辱と屈辱と痛みで、身を強ばらせる。
「本当、昔はあんなに素直な子だったのに、どうしてこんなに捻くれてしまったのでしょう……」
パーン、パーン
「昔はおしめも替えてあげたっていうのに。私のことを『カカ様~』と言ってくれた、あのかわいげのあった純真無垢な面影はどこに捨ててきてしまったのでしょうか……」
パーン、パーン
「少し遅い反抗期とは。本当に困った物ですね……」
パーン、パーン
「ッ……」
好き勝手なことを言う女神の暴言に、俺は必死で耐える。
今俺は、女神から神罰を受けていた。
カヤナルミ様は椅子に腰掛けており、その膝の上に俺がうつぶせで乗せられている。
ズボンを下ろし、尻を出した状態で。
そして、女神のてのひらが、俺の臀部に向かって幾度となく振り下ろされる。
俗に言う、尻たたきだ。
何故俺がこんな目に……
口は災いの元と言うが、過去の自分を恨んだところで、今更どうしようもない。
クレーラとクリスティアは、正座させられたまま何とも言えない表情で俺のことを見ている。
っていうか、女子の前で尻たたきとか、どんな羞恥プレイだよ!!
「まだまだ反省が足りていないようですね。本当に手のかかる子供ですね」
パーン、パーン
そんな嬉しそうな女神の声ともに、尻叩きはしばらくの間続くのであった。