4話 その名はマッドサイエンティスト
俺は黒のジャケットを着た後、二人を連れて家を出た。
そして緑の草原が広がる景色の中、舗装された石畳の路地を重い足取りで歩いて行く。
出来れば、あの家、というか研究所には行きたくないんだがな……
「ラムダ様は、いつもそのような服装をされているのですか?」
俺の服装がよほど珍しかったのか、クレーラ嬢が不思議そうに尋ねてくる。
「ええ、これは仕事着なもんで」
俺は軽く頷く。
黒のジャケットに黒のズボン、白のシャツに青のネクタイは、俺の神僕検察官としての正装だ。
白巫女のように巫女装束を正装にしている者もいるから、正装と言っても服装は割と自由なんだが。
俺は見た目と攻撃力及び防御力を重視しして、この服装にしている。
なんせ、刃物で切られても傷ひとつつかないしな。
まぁ、造ってくれたのは今から向かう家の家主なんだが……
「それにしても、周りに何もないですね」
「ええ。この島は選ばれた人しか立ち入ることが出来ませんから。住んでる人も、少ないんですよ。まぁ、自然を大切に、って事でしょう」
クリスティア嬢の言葉に、俺は苦笑する。
本当にこの土地って、隣家の離れまくってるからなぁ。
緑が広がるのどかな景色を見てしまうと、過疎地や限界集落と勘違いされてもおかしくない。
そんなことを思いながら周囲を見回していると、クレーラ嬢と目が合った。
クレーラ嬢はどこか困惑した様子で、俺に話しかける。
「……あの、ラムダ様。ひとつ、宜しいでしょうか?」
「はい、なんでしょう?」
「その……私達に対する丁寧な言葉遣い、止めていただくわけにはいかないでしょうか?」
「えっ?」
俺は突然の申し出に目を見張る。
別におかしな言葉遣いではないと思うのだが、何か気に障ったのだろうか?
「メネラス様とお話しになっていた時のように、自然な感じでお話しいただければ……と……」
恥ずかしかったのか、クレーラ嬢は最後はもごもごと口ごもってしまう。
つまり……距離を感じるので、もっとフレンドリーに接してほしいって事か?
俺は気にしないが、向こうが気にするなら仕方がない。
「……わかった。これでいいか?」
「……はい!」
クレーラは少し笑顔になると、続けて質問をしてくる。
「あの、ラムダ様にお渡しいただいた紙に書かれていた『神僕検察官』というのは、どのような職業なのでしょうか?」
「ああ、それはだな」
俺は神僕検察官の職務内容をクレーラ達に話して聞かせる。
「この国には、警察って言う法律を取り締まる組織があってだな。悪いことをした人を捕まえる人がいるんだ」
「なるほど。衛兵のような者でしょうか?」
「まぁ、多分そんなような者だ。で、捕まえた奴を『容疑者』といい、容疑者に対して裁判を行うかどうか決めるのが、俺の仕事。裁判を行うって決めた場合は裁判所に送致され『被告』って扱いになり、判事の職業に就いてる人達が裁判を行って、罪の重さを決定する」
俺は簡易に説明を行う。すると。
「えっ!? この国では王や貴族が裁きを行うのではないのですか!?」
などと、クレーラから予想の斜め上を行く言葉が飛び出した。
「王や貴族ねぇ……」
俺は苦笑しながら、二人を見る。
「ちなみに、二人が来たミグリット王国はどんな体制で国が支えられているのか、教えて貰える?」
「は、はい。我がミグリット王国は、王を頂点に、王族、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の各貴族、平民、奴隷という身分制で国政が敷かれております」
「へぇ、奴隷がいるのか」
「はい」
「やっぱりこの国とは全然違うな。この国では身分上の奴隷ってのは違法だから」
「そうなんですか?」
「ああ」
クレーラの言葉に俺は頷く。
まぁ、奴隷と言っても過言ではない者達はいるのだが。
「まず、この国の頂点には神がいる。ヤポニ神国は神が創ったって言われてるんだから、神が頂点にいるのは当然なんだけど。でも、神は政を行うことはしない。基本、見守るだけだ。クレーラ達の国もそうだろ?」
「そうですね。神託が降りてくることもありますが、ミグリット王国は人が統治を行っております」
「で、だ。神の下に、神皇が存在する。そっちの国で言う国王だな。ただし、神皇陛下も政は行わない。国民の象徴として存在する、だな」
「国民の象徴、ですか?」
クレーラは首をかしげる。
「ああ。神皇家は2000年くらい続く家系なんだけどな。一時期神がお隠れになったので、神の声を人に届ける者として、代替わりしながら今日まで存続してきたんだ」
「2000年……凄いですね……」
クレーラはその年数に絶句する。
「では、統治は誰が行っているのですか?」
「それは……総理大臣かな?」
「ソウリダイジン?」
その聞き慣れない言葉に、クリスティアは首を傾げた。
「そっちの国で例えるなら。まず、平民の中から、村や街、領、国の政治を行う者、つまり貴族を、一定の年齢に達した者が投票を行って選ぶ。選ばれた者は決められた年数、政治に携わることになる。そして、国の代表者に選ばれた者達が投票を行って、代表を選出する。この選出された者が国の政治の代表、国民の代表である総理大臣って訳だ」
「貴族が平民の投票によって選ばれるのですか!?」
クリスティアは目を丸くする。
「まぁ、極端に例えると、そんな感じだな」
俺は苦笑する。
議員特権は貴族のようなもんだし、同じだよな。
◇◆◇◆◇
そんな他愛のない話をしながら歩くこと10分。
俺達は一軒の家の前にたどり着いた。
立派な門柱に、まるで要塞を守るかのような、家の周りを囲う鉄柵。
二階建ての四角い建物といい、のどかな周りの景色に溶け込んでるとは言いがたい。
俺は門柱に玄関に備え付けられた呼び鈴を押した。
「博士。ラムダだけど、ちょっといいかな?」
スピーカーに話しかける。
すると、やや間を置いて門が開かれた。
中から子供くらいの背丈のロボットが現れる。
上半身は人型だが、下半身はキャタピラだ。
そのロボットはキコキコキコとキャタピラ音を響かせながら、俺達に近づいてくる。
「ナカデハカセガオマチデス」
「ああ。案内よろしく」
「ドウゾ」
ロボットは通路を引き返していく。
「あ、あの、ラムダ様。そのゴーレム? は一体……」
「……ゴーレムがしゃべった……」
二人の少女は呆気にとられた様子でロボットを見ていた。
「ま、ついて行けば分かるさ」
俺は二人を促し、ロボットの後をついて行く。
そしてロボットに案内されるまま、大きな部屋に入った。
そこは工作室のようになっており、紙の資料が大量に床に散らばっている。
壁に備え付けられた収納棚にはネジや工具などが置かれ、中央の天井に付けられた電灯の灯りが、部屋全体を照らしていた。
中央に配置された机の上には製図が置かれており、二人の男性が向かい合うように立っていた。
「フッ、ついにこの時が来てしまったようだな」
そのうちの一人、白衣を着て眼鏡をかけた中年の男性が、クイッと眼鏡をあげる。
「異次元、異空間への干渉……長らく禁忌とされてきた神域に、ついに、ついに! 干渉することに成功した! 不敵! 無敵!! 完璧!!! 孤高にして至高の狂科学者、このワット=ジェファーソンに不可能の文字はない!! 俺の科学は世界一ィィィィィッッ!!」
そしてキモいキメポーズを披露して自己陶酔する。
「「「……………………」」」
俺達は呆然とした様子でそれを見つめるしかなかった。
この人もこれがなければいい人なんだけどなぁ。
俺は内心ため息をつく。
白い髪はクシャクシャで白衣を着崩しているが、背も高く、顔立ちもいい。
後は性格さえ問題なければ嫁の一人でも出来ると思うんだが。
「……とりあえず、神判法廷に起訴していいか?」
「ノーセンキュー!!」
俺の問いかけに、ワット博士は全力で拒否する姿勢を見せる。
「あのババアに関わったらロクな事にならないからな。世紀の大発見をこんな形で潰すわけにはいかん!」
そしてとんでもないことを口走る。
「ババアって……神様に向かってそれはちょっと……」
「おいおい。お前は数千年生きてる奴を『少女』とでも言うのか? 冗談だろ?」
「まぁ、確かに年齢で言ったらお婆さんだけどさ……」
「なら問題ないな」
「いや、問題大ありだよ。あんたのへんてこな実験、発明のせいで、実害が発生しているんだが」
「実害?」
「ああ」
俺はそのまま、クレーラとクリスティアを見る。
ワット博士も釣られるように、二人を見た。
「……その二人は?」
「わ、私、ミグリット王国から参りましたクレーラ・ミグリットと申します」
「お、同じく、ミグリット王国から参りましたクリスティア・レストナールと申します」
ワット博士に観察されている二人は、身を強ばらせながらもスカートの裾をつまみ、カテーシーで自己紹介を行う。
「……で、その二人がどうしたって?」
ワット博士は訝しげな眼差しで俺を見た。
「いや、だから。この二人はワット博士の怪しげな研究のせいで、ミグリット王国っていうところからこの島に転移? させられたって事なんだけど」
「ふむ……」
ワット博士は顎に手を当てて考え込む仕草を見せる。
「その二人がこの島に来た時間は?」
「えっ? 1~2時間前だと思うけど……」
「だったら俺は無罪だな」
「はい!?」
俺はワット博士の予期せぬ言葉に声を上げた。
「だって俺、その時間ずっとここで打ち合わせしてたし」
そして、もう一方のスーツを着た黒髪の男性を見る。
「ええ。神薙さんに頼まれていたことを、ワット博士に相談している最中でしたよ。怪しげな実験とか研究とか、する暇もありませんでしたね」
襟元にひまわりのバッジを身につけたスーツ姿の男性はそう答えると、クレーラとクリスティアに自己紹介を始める。
「申し遅れました。私、アンソニー=リアムと申します。弁護士の職業に就いております」
そして一礼した。
アンソニーは俺と同じ20歳の、今売り出し中の若手凄腕弁護士で、世間ではどうも俺達はライバル関係に認定されているらしい。
一見冷徹に見える、眼鏡姿の冷たい表情が世の女性には堪らないらしく、「氷の貴公子」の異名を持っていたりする。
「弁護士?」
アンソニーの言葉に、クレーラは首を傾げた。
「弁護士って言うのは、裁判になった時に、被告人を弁護する人のことだ。弁護の仕方によっては、有罪が無罪になったり、減刑されることもあったりする、裁判では結構重要な役割を果たす職業だな」
「そのような制度があるのですか……」
俺の説明に、クリスティアは興味深そうに頷く。
まぁ、それはさておき。
絶対ワット博士が犯人だと思っていたのに、アテが外れてしまった。
「しかし、ワット博士が犯人じゃないとなると……一体どういうことだ?」
「貴方が犯人じゃないんですか? ラムダ」
「はい!?」
アンソニーのとんでもない発言に、俺は目を見開く。
なんで俺が犯人なんだよ!?
「貴方、世間では『魔法少年』と呼ばれてますよね? だったら答えは簡単です。貴方は召喚魔法を使って、この二人をこの地に呼びせてしまった。しかし、送還方法が分からない。このままではマズい、と感じた貴方は、ワット博士に罪をなすりつけることにした。どうです? 完璧な推理でしょ。もう、神薙さんに知られたら間違いなく激おこ案件ですね。後で報告しておかないと」
「なにぃ!? ふてぇ野郎だな、ラムダ! 俺を冤罪に陥れようとするなんて! こうなったらお前自身を神判法廷に起訴するしかないな!」
「しねーよ! っていうか、推理にすらなってねえよ! あと、白巫女に余計なこと言うな絶対に!」
したり顔のアンソニーと悪ノリするワット博士の言葉を真っ向から否定する。
なんで俺がこの二人を召喚しなければいけないんだよ。
それに、白巫女に知られたら問題が余計ややこしくなるに決まっている。
触らぬ神ならぬ、触らぬ巫女に祟り無しだ。
「ラムダ様、魔法が使えるのですか!?」
しかしクレーラは、アンソニーの放ったある言葉に、物凄い食いつきを見せた。
「あ、ああ。一応使えるけど、それがどうかしたか?」
俺は若干引きながら、頷く。
俺が魔法を使えるのは世間一般で知られていることなので、別に隠す必要はないだろう。
というか、魔法が使えるからこそ、神僕検察官に任命されたんだけどな。
科学が発達したこの世の中、魔法が使えるなんて夢物語、当初は俺にも信じられなかった。
中世で流行した魔女狩りだって、結局は狂った宗教と集団ヒステリーが起こした、ただの虐殺行為だったわけだし。
しかし、信じられなかったが、家に眠っていた古い書物を読み漁っていたら、いつの間にか使えるようになってしまったのだ。
何故家にそんな書物があったのか、今でも謎ではある。
「もし、差し支えなければ、どのような魔法が使えるのかお教えいただけないでしょうか?」
「機会があれば、って事で……」
俺は苦笑しながら、やんわりとクレーラの提案を拒否する。
手札は隠しておくにこしたことはない。
「そうですか……」
残念そうに落ち込むクレーラ。そして何故か俺をきつい視線で睨むクリスティア。
しかし、それはともかく……手がかりになりそうな物が途切れてしまった。
「それにしても、俺を冤罪にかけようとするとは。随分と偉くなったもんだなぁ? ラムダよ」
考え込む俺に、ワット博士はしたり顔で話しかける。
偉くも何も、普段の行いから疑うなって方が無理だと思うんだが。
「いやぁ、あれだけマッドな実験とか研究ばっかしてたら、疑わない方がおかしいだろが?」
「ちーがーうーだーろー! 違うだろー!!」
俺の言葉に、ワット博士は絶叫する。
「お前は原因と結果を取り違えている。俺がいるからマッドな研究が行われるんじゃない。科学がそこにあるから、俺は真理を追究するのだ!」
そしてドヤ顔で腕組みをしながら、鼻息荒く力説する。
もっともらしく言ったところで、詭弁、自己弁護にしか聞こえないけどな!
「まぁ、それはさておき」
俺はコホンと、咳払いをする。
「この二人がこの島に来た原因はてっきりワット博士だと思ったんだけどな。原因じゃないとすると、どうするか……」
「それなら、専門家の方に聞いてみればいいんじゃないですか?」
「専門家?」
アンソニーの言葉に、俺は首を傾げる。
「いるじゃないですか。これ以上無い適任者が、コウコ神宮に」
「!!」
その言葉に、俺はハッと息を呑んだ。
神隠しなど、古来より神の悪戯と言われているではないか。
むしろ今回の件も、女神がやらかした?
うん、可能性としては十分あり得る。
「……そうだな。とりあえず行ってみることにするよ」
「それなら、これをお前に授けよう」
ワット博士はおもむろに白衣のポケットに手を突っ込むと、金色のシンプルなデザインの指輪を取り出す。
「今お前が身につけてる指輪の機能を強化した物だ。使い方は同じだが、きっと役に立つだろう」
「あ、ああ。ありがとう」
何故こんなタイミングでそんなことを言い出すのか疑問に思いながら、俺は右手中指にはめていた指輪を可視化させ、取り外す。
そしてワット博士に渡し、代わりに新しい指輪を受け取って、右手中指にはめて不可視化させた。
この指輪は、神僕検察官の業務を遂行するに当たって、必要不可欠な物だったりする。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「ああ。土産を楽しみにしてるぞ」
俺はワット博士と挨拶を交わすと、二人の少女を連れて、ワット博士の家を後にした。