2話 依頼人はお姫様? 1
2階にある執務室を出た俺は、廊下を歩き、階段を降りて1階の応接室へと向かう。
我が家は2階建てとなっており、二人で住むにはいささか広い構成となっている。
家と言うより屋敷の広さなんだけどな……
まぁ、元々父さんが神様から譲り受けた土地建物で、生まれた時からここに住んでる俺としては、改装する気もないわけだが。
応接室の前に立つと、コンコンと、ドアをノックする。
「……はい」
中から少女の声が聞こえたため、俺はドアを開けた。
「!?」
そして一瞬固まる。
応接室の中には、お姫様のような白いドレスを着た少女と、メイド服を着た少女がソファに座っていた。
(なんだこいつら……?)
俺は二人の少女の姿に、ある種の警戒感を抱くとともに、思わず目を見張る。
まず、白いドレスを着たお姫様風の少女。
腰まで届く長い金髪に、海を思わせるような美しい碧眼。どこかおっとりした顔立ちをしており、やせ形の体型で、胸はあまり大きくなく、身長170cmの俺よりは背が低い。
一方、濃灰色のエプロンドレス&白のメイドキャップを身につけたメイド風の少女。
こちらは赤い髪を縦ロールにした、まるでどこかの貴族のお嬢様のよう。
森の緑を思わせるような綺麗な翠眼のつり目をしており、目の印象からか、どことなくキツい印象を受ける顔立をしている。
こちらもやせ形の体型で、胸はあまり大きくないが、お姫様風の少女よりは大きそう。
背も俺より低いが、お姫様風少女よりは背が高そうだ。
一見すると、雰囲気と印象から同僚の白巫女を彷彿とさせる。まぁ、白巫女の方が胸は大きいが。あいつと比べるのはいささか酷という物であろう。
どちらの少女も、その手のコンテストに参加すれば優勝を狙えるのではないかと思えるくらい、かわいらしい容姿をしている。
俺は内心そんなことを思いながらも笑顔を浮かべ、部屋の中に入ってドアを閉める。
「お待たせして申し訳ございませんでした」
「あ、はい。こちらこそ」
「あ、そのままで結構です」
俺は立ち上がろうとする二人に声をかけて、テーブルを挟んで対面のソファーに腰掛け、二人を見た。
「失礼します」
タイミングを見計らうようにドアが開かれ、取っ手のついたティーカップをお盆に乗せた爺が入ってきた。
爺は俺達の前にソーサーとティーカップをそれぞれの前に置く。
ティーカップに入っているのは薄黄緑色のお茶。これは……ジャスミン茶か?
「失礼しました」
爺は優雅な動作で一礼すると、ドアを開けて部屋を出て行き、ドアを閉める。
「お待たせしました。私が、神僕検察官のラムダ=コーミランです」
俺はズボンのポケットから名刺入れを取り出し、名刺入れの蓋を開けて名刺を二枚取り出す。
そして二人に一枚ずつ手渡した。
「こ、これは……!」
「…………!」
しかし名刺を渡された二人は、驚愕の表情浮かべたまま、見事にフリーズしてしまった。
「…………?」
俺はそんな二人を見ながら、笑顔を絶やさず、内心首を傾げる。
俺の名前を見て驚いている様子はない。
むしろ、渡された名刺自体が珍しいような、そんな感じが見受けられる。
「どうかされましたか?」
俺が尋ねると、お姫様風少女が目を見開いて、身を乗り出してきた。
「こここ、これは紙ですよね!?」
「え、ええ。紙ですね」
「あ、あの。失礼ですが、このような紙を、この国では一般的に使われているのでしょうか?」
「え、ええ。使っていますね」
「…………」
俺の答えに、お姫様風少女は呆気にとられた様子で、倒れ込むようにソファの背もたれに寄りかかる。
「私からも、よろしいでしょうか?」
今度はメイド風少女がおずおずと尋ねてくる。
「あなたのその容姿、黒髪黒眼はこの国では一般的なのですか?」
「ええ。そうですけど?」
「…………」
俺の答えに、メイド風少女は黙りこくったまま、俺の顔をマジマジと見つめる。
随分とおかしな質問をする二人だ。
俺はますます首を傾げざるをえない。
二人は何故、こんな事を尋ねてくるのか。
二人の反応から、質問したことは、少女達にとってまったく馴染みのないことらしい。
黒髪黒眼が珍しい地域。そして紙が珍しい地域。
……この少女達は一体、どこから来たのか?
俺の脳裏に、疑問が生じる。
俺が住んでいるこの地域は、特殊な事情から、立ち入ることが出来る人間が限られている。
そんな特殊性を考えれば、それなりに身元が保証された人間であるはずなのだが……
少女達がどこから来たのか、さっぱり見当がつかない。
……ひょっとして、とてつもない厄介事じゃないだろうな……
俺は、不意に一人の男を思い浮かべる。
ボサボサ髪で年中白衣を着ている、眼鏡をかけて高笑いをしている一人の中年男を。
(まさか……あのおっさんの差し金じゃないだろうな? 怪しげな実験の失敗でやらかしたとか……)
心の中に一筋の汗が流れる。
また、面倒な仕事が増えることにならなければいいのだが……
そう考えながら、俺が口を開くよりも先に、お姫様風少女が先に口を開いてきた。
「あ、あの! もう一つ質問、宜しいでしょうか?」
「ええ。どうぞ」
お姫様風少女の真剣な表情に、俺は先を促す。
すると少女は、信じがたい言葉を口にした。
「あの……ここはどこでしょうか?」