0話 任命式
新連載です。
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俺は今、人生の岐路に立っている。
そもそも人生にはいくつかの分岐点があり、重大な決断を迫られる事がある。
それは受験であったり、就職であったり、結婚であったり――
その分岐点は、人それぞれに存在すると言えるだろう。
そして何故、俺がこんな話をしているかというと。
その人生における重大な決断をせざるを得ない岐路に、現在立たされているからだ。
(嗚呼、何故こんな事になってしまったんだろう……)
俺は心の中でぼやく。
俺の目の前には、柔和な微笑みを浮かべた女性が立っている。
膝下まである、長く美しい漆黒の髪。
吸い込まれそうな黒眼。
見る人を全て魅了するような、優しい感じの顔立ち。
幸せを包み込むような、包容力溢れた容姿。
俺と同じくらいの背の高さで、赤と白を基調とした衣を纏ったこの女性は、驚く事なかれ。
なんとこの国、いやこの星の神なのだ。
まぁ、この国も神が創った国なんだけども。
何故その女神が、少し前までごく普通の高校生活を送っていた齢16の俺と向かい合っているのか。
これはとある事がきっかけで、神の住まう「コウコ神宮」の「任命の間」に呼び出しを受けてしまった事に起因している訳だが。
「任命の間」は神秘的な空間と評されるほど有名な厳かな雰囲気に包まれた場所で、四方を白い漆喰の壁に囲まれ、木の床材が貼らており、窓がない。
部屋の入口の格子戸から差し込んだ陽の光と、部屋の壁側に何本も立てられた蝋燭の灯火が、部屋の中をうっすら明るく照らす、儀式を行うための部屋だ。
雰囲気のせいか、季節は夏だというのに、床からひんやりした空気が伝わってきて、寒気を感じたりする。
ただでさえ神が目の前にいるのに、こんな神秘的な空間の中で平常でいられるほど俺の神経は図太くない。
(落ち着け、落ち着け俺……)
静寂が支配する中、激しく高鳴る鼓動を、心の中で深呼吸をしながら落ち着ける。
ある種の恐怖。
そう言い換えてもいいかもしれない。
足が震え、汗が噴き出て、鼓動が早まる。
落ち着けば落ち着こうとするほど、むしろ逆効果が現れる始末だ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
不意に女神から言葉が発せられると、光が視界を覆う。
柔らかく、眩いばかりの光が。
……この感覚は一体いつ以来だろう……
目を瞑り、柔らかい気持ちになりながら、昔のことを思い出す。
……そうだよな。
もうやるって決めたんだよな。
今更後悔してどうする。
迷いは敵だ。
俺は心の中で、決意を新たにする。
大きく深呼吸をし、目を開ける。
「……その様子では、覚悟を決めたようですね」
「はい」
女神の問いかけに、俺は力強く頷く。
「いいでしょう」
女神は微笑む。
「ラムダ=コーミラン。貴方を新たな神僕検察官として任命します」
「はっ。謹んで拝命致します。私、ラムダ=コーミランは女神カヤナルミ様の神僕検察官として、この命を賭して誠心誠意職務に邁進することをここに誓約します」
女神の言葉に、俺は恭しく頭を下げる。
その俺を包み込む、眩い光。
やがて光が俺の右手薬指に収束していき、光が消えると、この国の神鳥である八咫烏が彫像された指輪がはまっていた。
そして――
俺は神僕検察官となった。