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四譚 リョータ

「まさかライライがこの有村ってやつと知り合いだったとはねえ」


「同じ図書委員だからね、よく話すよ」


「お前図書委員だったの?」


「知らなかったの? 俺と有村さんは去年からずっと図書委員だよ?」


「え、もしかして去年も同じクラスだった?」


「そもそも、一年と二年じゃクラス替えさえないようちの学校……田舎で生徒の数も少ないからね……三年目の春が唯一のクラス替えだよ。変わってるとは思うけどね?」


「まじか……どうりで知ってるやつばっかりだと思った」


「本気で言ってるのカズ? はぁ……何とか言ってやってよ小夜」


「……え? ライライそれ嘘じゃなくて本当の話なの?」


「水無瀬小夜……お前もか」


 夕焼け空のオレンジ色の光が差し込む廊下を、私達はそんな他愛のない会話をしながら歩いていく。


 クラス替えが無いという事実には正直驚かされたが、後々気になって調べてみたところ、田舎ではそこまで珍しくもないことらしい。


 のどかでおっとりとした時間がこの学校では過ぎていく。


 その時間の流れも、誰もいない校舎も、苦手ではあるが躍動的で退屈しない授業も私にはとても幸せな時間だ。


 私はこの桜花高等学校が好きだった。


 大人になった今でも、私は迷うことなく言える。


 だが……もちろん楽しいだけが学校ではない。


 人生と同じ、どんな順風満帆な人生だとしても、いやなものというのは少ないとしてもあるものだ。


「なんだ? デブに詐欺師じゃねーかよ」


 私たちにとってこのリョータという男はまさにその嫌なものであった。


「げっ」


 図書館に向かう途中の廊下を曲がったところで鉢合わせになった、小柄な慎重に浅黒い肌の少年……。


 耳につけたピアスに、でろんとだらしなくズボンから飛び出たワイシャツ。

 小夜とは対照的に、生徒指導の教師が胃薬を手放せない原因になっている生徒の代表格だ。


「どうしよぅ……」


 ライライが小さく声を漏らす。

 私も心の中で「ついてない」とため息を漏らした。

小夜を見ると、面倒くさげに表情を歪ましている。

 

 その反応に、リョータは嬉しそうに口元を吊り上げた。


「なにがどうしようなんだよデブ、何か企んでんのか? あ?」


「い、痛いよリョータ君」


 身構えるライライに、リョータはすかさず飛び掛かり、首をヘッドロックすると指につけられたどくろの指輪を額に押し付ける。


「企んでなんかねえよリョータ……ライライを放せよ」


「あぁ、カズ……お前が言うとどうにもうさん臭いんだよなぁ。オカルト研究会に入ってから、そのうさん臭さがさらに増したぜ?」


「悪かったわねうさん臭くて、ちなみにオカルトクラブじゃなくて奇譚研究会よ」


「それで? こんな時間に、オカルトクラブがなんでほっつき歩いてるんだよ?」


「奇譚研究会だっつってんでしょうが」


「落ち着け小夜……活動で図書館に行くだけさ」


「図書館ねえ、あそこには幽霊が出るって話だぜ?」


「そりゃ、奇譚研究会にとっては願ってもない話だな。たまにはお前も本ぐらい読んだらどうだ?」


「けっ、小学校の国語の先生かっつーの。本を読んでどうするんだ? 読書感想文でも書くのか?」


「少なくとも教養は磨けるかもしれないぞ?」


「冗談……読書ってのは現実世界になじめないやつが、逃げるためにあるもんだろ? 俺はそんな負け犬じゃない。だから本は読まない……オーケー?」


 自称文学少女が、拳を握りしめた音が聞こえたので私はここで話を切ることにした。


「そうかい……で? 逆に聞くけど帰宅部がどうしてこんなところほっつき歩いてんだ?」


「俺はちょっと用事があってな……その打ち合わせでさっきまで金井と柳澤たちと話してたんだよ」


「どうせろくなことじゃないんでしょうね?」


 ぼそりと呟く小夜。

 その言葉にライライは大げさに目を丸くし、リョータは小夜へと視線を写した。


「おいおい水無瀬ぇ……つれないじゃねえかよ、やっぱ大学生の恋人がいると住む世界が違うのか?」


「なによそれ?」


「噂になってるぜ? お前が俺たちのこといつも見下してるのは、大学生の恋人といつもよろしくやってるからなんだろ? そりゃ大人だもんなぁ、俺たち程度じゃ満足できないのも納得だよ……いっつもぴっちり第一ボタンまで留めてるのも、首筋に入れ墨彫ってあるからなんだって?」


 くだらない噂話、少し考えれば嘘だとわかるというのに……そんな下卑たうわさ話を広めて喜ぶ輩は少なからず学校には存在する。


 特にクラスで浮いている人間、嫉妬されやすい立ち位置にいる人間のうわさ話は、いかにくだらなくとも人々の間で伝染をする。

 

 このリョータという人間は、それを流布する典型であり、病原菌ともいえるだろう。

 そしてその噂話というものは、くだらないものであればあるほど、人の神経を逆なでするのに効果的なのである。


「内申点上げるために決まってるじゃない、服装程度で評価が上がるのよ? 逆に変な恰好で評価を下げてるあんたたちのほうが私には理解ができないわね」


小夜はいたって冷静に答えるが。


「そうなのか? じゃあ今から外して見せてくれよ? 胸元にもあるって噂だからそれもついでに確認させてくれ」


「くたばれエロガキ」


「おぉ、怖い怖い……」


 いやらしく笑うリョータに、小夜は不機嫌さを隠さずに鼻を鳴らした。


「もういいか? お前に構ってる時間はあんまりないんだよ」


 そういうと、リョータはライライの頭から手を放してにへらと笑う。


「あぁ、俺もお前たち負け組と一緒にいても何もいいことはないからな……知ってるか? 今噂になってるハルカミサマは、小狡くて、臆病で、ふしだらな奴を襲うらしいぜ? せいぜい帰り道には気を付けることだな、けけけけっ」


「なんだその噂……もしかして、ハルカミサマの噂広めてんのってお前か?」


「さぁどうだろうな? でもいいじゃねえかよ? みんなだって楽しんでるだろ?」


 すたすたと、上履きのかかとを踏んで去っていくリョータは、そのまま階段を下りて行ってしまった。


「本当、相変わらずむかつく奴ね……ライライ大丈夫?」


 そんなリョータに小夜は怒りをあらわにしながらも、ライライの額を心配するようにのぞき込む。


「いたた……ねえカズ、おでこのところ跡になってないよね?」


 心配げに私たちに問いかけるライライであったが。


 その額にはくっきりと、髑髏のマークができていた。


                    ■



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