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三譚 七不思議と図書カード

「まぁまぁ大丈夫よ、時間はまだあるし。そのために民俗学研究になりそうな七不思議の情報を調べてきたんでしょう? この後みんなで適当に文章でっち上げて、明日の放課後に現地調査でもすれば完璧よ……生徒会の奴らも黙って予算を渡すしかなくなるわ」


 悪だくみをするとき、彼女の微笑は悪辣なそれによく変わる。


 恐らくほかの男子生徒たちがその姿を見れば卒倒をしたかもしれないが、私は当時ひねくれものであったので、その人を引き付ける笑顔のほうが好きであり、この顔をするときは決まってろくでもないことを計画しているときなのだが……どうしても率先して協力をしてしまう自分がいた。


 何故なら、その方が絶対に楽しくなることを分かっていたから。

 結局私も彼女と同じ種類の人間だったのだ。


「明日って……また随分と急な話だな……ライライはどうすんだよ。土日はバイトだろ?」


「大丈夫よ、ライライは今度の土曜日はバイトはお休みだって聞いてあるから」


「俺の予定は聞かれた覚えはないが」


「あんたどうせ暇でしょ?」


「……ぐっ、否定をできねえ自分が恨めしい」


「というわけで明日は季節外れの合宿よ。学校に泊まるから、準備しておいてね」


「合宿って……学校に泊まるのか?」


「ここらにホテルがあるとでも思ってるの?」


「いや、そうじゃなくて……いいのかよ、そんな勝手に」


「ちゃんと顧問の郷ヶ先に許可は取ったわよ。その日は宿直の日だから問題ないってさ」


「この研究会作ったときも思ったけど用意がいいな……お前」


「決まってるでしょ? 私の大切な居場所だもの」


 彼女の優等生としての顔も、破天荒さもこういう時は頼もしかった。

 

「それなら、そんなに怯える必要もないってことだろ? その本があれば民俗学研究も楽々進むんだし……新聞って形で校内に掲載すればそこそこ反響もあるし、継続的な活動実績にでもなるんじゃないか?」


「そうね……だけど、一つだけ問題があってね?」


「問題?」


 そうここまでは、なんの問題もなく話は進んでいた。

 しかしその時、小夜は申し訳なさそうな表情をして、そっと本を開いた。


 それは表紙をめくった一ページ目であり、そこには間違いなく。


「……一巻?」


 七不思議のうち一つをまとめた本である旨が書かれていた。


「これ、全七巻で、ほかの七不思議については何も書かれてないのよね……ほかに六つ不思議があるってことは書いてあるんだけど」


「なんだそりゃ? ほかの巻は?」


「全部貸し出し中……」


「タイミング悪いな」


「そうなの……ハルカミサマの噂のせいで、きっと興味を持った生徒が借りちゃったのね」


 その当時全校生徒にハルカミサマの噂は広がっていたため、小夜と同じように興味を持つ人間がいても不思議ではなかった。

 問題なのは、図書館の本の貸出期限が2週間であり、私たちの研究会が廃部されるまでに間に合わない可能性が高いという点だ。

 

 小夜は確かに優等生で用意がいい秀才であったが……肝心なところで詰めが甘いという欠点があり、その欠点がこの日ほど彼女を苦しめたことはおそらく二度となかったであろう。


「……ほかに、七不思議について書かれた本は?」


「こんな片田舎の七不思議をまとめた本がいくつもあるとは思えないよ……」


「確かになぁ」


「何か妙案はない? カズ」


「こういう時だけ頼りやがって……」


「詐欺師なんだから何とかしてでっち上げられない?」


「無茶いうな……本当の七不思議について書かれた本があるんだから、嘘書いたら一発でばれるに決まってんだろ……報告書っていうぐらいだから教師だって裏取りぐらいするっての」


「そうだよね……あぁーどうしよう……この地域の民俗学なんて、もうこれぐらいしかないのよ」


「となると……今現在借りてるやつに事情を説明して、譲ってもらうしかないだろうな」


「……全校生徒に聞いて回るっていうの? それこそ時間が過ぎちゃうよ」


「背表紙の裏に、貸出記録が付いてるだろ?」


 現在の図書館のほとんどはバーコードを導入しており、図書カードとバーコートを使用して誰がこの本を借りたのかが分からない様になっている。

図書館側がパソコンのデータで貸出記録を管理するのは、事務の効率化もそうだが、個人情報の流出を防ぐ狙いもあるのだ。


しかし、昔の図書館……特に個人情報保護というものがまだ現代のように騒がれていなかった時代は、本の見出し部分に小さな袋があり、その中にある貸出カードに名前を書いて貸し出しを行っていた。


 私が高校生だった時代はすでにほとんどの図書館が機械化されてはいたものの、田舎で古い学校だったこともあってか、図書室ではまだ貸出カードを使用していた。


「貸出記録……あっそっか!」


「2巻や7巻から先に読む奴は早々いないだろう? だったらこの本の貸出カードの最後に名前が載っているやつが、この続きを借りてる可能性は高い」


「すごいわカズ! 口先と妄言しか取り柄がないと思ってたけど意外とやるじゃん」


 もはや罵倒でしかない誉め言葉を小夜はいつも私に投げかける。

 素直に褒められない照れ隠しなのだが……正直私は苦笑を浮かべながらも傷ついていたのは内緒の話だ。


「これだ! 意外と借りられてるのね」


 取り出した貸出カードは、意外にも名前がびっしりと書かれており、鉛筆で書かれているためか黒ずんでいた。


「まぁ、取り換えない限りは何年も同じカードを使うからな……」


 ひょっこりと二人して貸出カードをのぞき込み、不可解な点に気が付く。


「何これ……全部同じ名前じゃない」


 声に出したのは小夜であり、私はその時言葉を失っていた。


 貸出カードの大きさはおよそはがきの半分ほどで、名前は表裏10人ずつ合計20人分の名前が書けるようになっていたのだが。


 その図書カードにはびっしり【有村アリムラ 志穂シホ】と同じ人間の名前が記されていたのだ。


「すごいな……こりゃほかの六冊もこのアリムラってやつが借りてるんで間違いはないな……けど、こんな何度も借りる必要あるのか?」


 少なくとも十回以上はこの本を借りているという計算になるが……やはり個人情報の保護は必要なのだと私はこの時再認識させられた。


 なぜならこれだけで、アリムラという少女が普通ではないと高校生である私でさえも分かってしまったのだから……。


「とりあえず、このアリムラってやつを探す必要が出てくるわけだけど」


「困ったわね、これ普通クラスも書かなきゃいけないのに……アリムラって人クラスも学年も書いてない」


「意外と仕事が適当だな……うちの図書室」


「司書の先生なら知ってるかもだけど……理由を聞かれたらお終いよ」


「人が借りてる本を奪いに行くようなもんだからな……帰ってくるまで待てって説教食らうに決まってる」


 決して褒められる行為ではないことも分かっていた。私も小夜も迷いはあったが、それでも背に腹は代えられない。


 ほかのどこかではなく私たちにとってはここにしか居場所がなかったからだ。


 そのため、悩ましく頭を抱えていると。


「ただいまー」


 扉が開き、のんきな声と同時にライライが帰ってくる。

 その手にはジュースが握られていて、私は首を傾げた。


「あれ? お前お金どうしたんだよ。 財布忘れてっただろ?」


「あーそれなんだけど、引き返そうとしたら郷ヶ先先生にあってさ。ジュースみんなの分も買ってもらったんだよねー」


「そう、それはラッキーだったね……」


「そうだろ! だからいて座は今日ラッキーなんだって言ったろ? 今更逃げるなんて言っても駄目だぜ、今度は帰りにコンビニのフライドチキンをかけて勝負だ!」


 意気揚々と手に持った青汁を振るい、いつもの私であれば同じように拳を振り上げて勝負に熱を上げていたことだろうが……この時ばかりはそうもいかずに代わりに漏れたのはため息だった。


「あー悪いなライライ、実は今それどころじゃなくてだな」


「なんだよのりが悪いなー。ってか何? その不気味な本」


 不思議がるライライに対し、小夜は一から説明をするのは時間がかかると踏んだのか。


「せんげんだいの七不思議について書かれた本なんだけど……残りの六冊を探してるのよ」


 そうかいつまんでライライに説明をした。

 


「へー、せんげんだいの七不思議かー。興味深いよね、本当にあの裏山の奥に線路なんてあるのかなあ?」


「そう、裏山に……今なんて?」


「せんげんだい七不思議でしょ? ハルカミサマのいる世界に続く線路とか、死者と話ができる電話ボックスとかでしょ?」


 ぺらぺらと得意げに話すライライ。それは間違いなく七不思議の内容であり、私と小夜は目を丸くして顔を見合わせた。

 

「お前、それどこで?」


「有村さんに教えてもらったんだよ……彼女歴史が趣味なんだって。用事があるなら、たぶんまだ学校に残ってると思うけど?」


「え?ライライ、こいつのこと知ってるの?」


 小夜の言葉に、ライライは呆れたような表情をした。

 じゃれあいながら見せる小ばかにするようなそれではなく、心の底から私たちを憐れむようなそんな表情であり。


「……何言ってんのさ二人共……同じクラスじゃないか、薄情だなぁ」


 そうため息混じりに我々がいかにクラスで孤立していたのかを知らしめた。


 この時に私が学んだことは二つある。


 一つは、人の名前と顔はきちんと覚えるようにしようということと。

もう一つは、テレビの占いは信じるようにする……ということだ。


                       ■

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