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二十譚 赤イ電話(2)


「……もしもし」


 もはや止めることは出来ず。私たちはその様子を黙って見守る。


【小夜ちゃん? ちょっといい?】


 通話の音は大きく、周りにいた私達にも会話が聞こえるほどであり、携帯電話からしゃがれたおばあさんのような声が響き渡る。


 とてもじゃないが殺された女の子の声には聞こえなかったが。


「え? その声、真知子おばあちゃん?」


 小夜は目を丸くしてその電話の主の名前を呼ぶ。


「知り合い?」


 こっそり耳打ちで小夜にライライは問いかけると。


「え、ええ。 真知子おばあちゃん……」


 小夜は驚いたようにそう答える。


「な、亡くなってるんですか?」


「失礼ね、まだまだ元気よ。年に二回は軽井沢に旅行に行ってるわ」


「どういうことだ?」

 

小夜の言葉に、私達は全員首を傾げると、小夜は会話の続きを噛み始める。


「え、えと。真知子おばあちゃんどうしたの?」


【……小夜ちゃん、小夜ちゃん分かる?】


「え、うん、聞こえてるよ。 それで一体何の……」


【小夜ちゃん、落ち着いて、落ち着いて聞いてね……あのね】


「え? どうしたの? 何かあったの?」


 物憂げなトーンで話す、祖母に、小夜は不安の色を浮かべながら電話に問いかける。

 

 そんな中。



 ふと、電話機の向こう側から聞いたことがある曲が流れ始める。



 穏やかであるが、どこか不安を感じさせるその曲調は紛れもなく、17時に町に響き渡る曲【想い出】であった。


 ……そんな時間はとっくに過ぎているというのにだ。


「!!? これちがう……おばあちゃんじゃない……これ……あの時の……」


 小夜の顔が青ざめる。


 闇の中、響き渡るメロディに紛れて、小夜の祖母の言葉は続いていく。


【あのね……今、お父さんとお母さんがね】


「いや……」


 小夜は携帯を取り落とす。


 アスファルトに叩かれた携帯電話は、無残にも液晶画面にヒビが入るが。


 それでも音は止まることなく……小夜へと襲い掛かる。


【車で事故にあって……】


「聞きたくない!!」


 それは現実ではない……過去にあった会話だった。


【死んじゃったの……死んじゃったっていうのはね、お空の上に行っちゃったってことでね……寂しいけれど】


「やめて……やめてやめてやめてやめて!!」


小夜は取り乱すように耳を抑えて叫ぶ。

 

 それは、誰一人として知ることのなかった小夜の表情。


 そこには恐怖でも、絶望でもない……後悔の色が浮かんでいた。

 泣き崩れるように小夜はその場にうずくまる……。


 そんな小夜の姿に、私達は一歩も動くことができないでいた。


【もう、お話しすることもできないの……これからは、おじさんとおばさんが小夜ちゃんのお父さんとお母さんになるのよ? わかる?】


「分からないよ……そんなのわかるわけないじゃない……」


【お父さんとお母さんはもういなくなっちゃうけどね……小夜ちゃんは、お父さんとお母さんのことを、ずっと覚えていてあげてね】


「そんな言い方じゃわかんないよおばあちゃん……もっとしっかりちゃんと言い聞かせててよ……そんなんじゃ、分かんなかったよ。ちゃんと覚えなきゃって、忘れちゃダメなんだって……その時はまだわかんなかったよ」


【そうすれば……きっとお空にいっちゃったお父さんとお母さんも喜んでくれるはずだから】


「忘れちゃったよ……お父さんの声も……お母さんがどんな人だったのかも……もう全然思い出せないよ……」


【うん……そう、平気なの……そうよね……】


「いや……平気なんかじゃない……違う……そんなつもりなかったの」


 小夜は懇願するように、落ちた携帯電話に叫ぶ。


 その次の言葉を聞きたくないというように……何かに怯えるように懺悔をするように。


 だが、そんな小夜の話を聞くことはなく、電話の中の記憶は【想い出】の曲と共に再生される。


【お父さんとお母さんが死んじゃったのは、小夜ちゃんのせいだものね】


 その声は冷たい声だった。

 心も……何もかもが凍り付いて、割れてしまいそうなほど冷たくて、悲しい言葉。


 その声に、小夜は無言で携帯電話を拾い上げると。


「っっっっっ!!」


 無言でアスファルトの上に叩きつける。


 音を立てて携帯電話の液晶画面は砕け散り、基盤や部品が割れた隙間から散らばった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 肩で息をしながら、小夜はそのまま力なく膝を抱えて座り込み、嗚咽を漏らす。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


「小夜……」

 

 謝罪を繰り返す小夜に、声をかけてみるが反応はない……。


 何が起こったのか、今の会話がなんだったのかは分からなかったが……ただこのままにしてはいけないということだけは分かった。


「小夜さん……」


 膝を抱えて座り込む小夜の左隣に志穂が座った。

 

 恐る恐る……そっと背中をさすると、小夜の体が小さく震えた。

 

 その後、ライライは志穂の隣……私は小夜の右隣に座った。


 何ができるわけでもない……だが、そばに居よう……そう思った。


 夜の道端に座り込む高校生というのはいささか行儀の悪い光景ではあったが。

 玄関のない家々はそれを見逃してくれているように沈黙を守る。

 空は暗くなり、逢魔ヶ時は終わりを告げた。


 空にあった赤色紫色は全て消え、空は黒色と白色のまだら模様に覆いつくされる。


 ただただ時間だけが過ぎていっていた。

 

 この時の苦しさを味わうのは二度とごめんだ。


 何もできない歯がゆさが胸を締め付け、私は空を見ることしかできずにいる。


 志穂も、ライライも……苦しそうな表情のまま小夜を見つめていた。


 唯一の救いは……少しずつ、彼女の呼吸が落ち着いていっていること。


 永遠に続くかと思われた、親友のすすり泣く声。


 だがこの世に永遠というものは存在しない……やがて、彼女のすすり泣く声は収まり。


「私ね……お父さんとお母さんを殺したの」


 そんな言葉が、小夜から洩れた。


「……」


 どういう意味かは分からなかったが、私はただ黙って呟かれる独り言に耳を傾ける。


 きっと小夜も、反応を求めているわけではなかった。


 それが分かったから……私たちは小夜の言葉をただ聞くだけにした。


「幼稚園に入る前よ……あの日は、お父さんとお母さんの結婚記念日で……本当だったら次の日の朝に帰ってくるはずだった……だけど出かける前に私は駄々をこねたわ。明日まで待てないって」


 その時の状況が、頭の中に思い起こされる。


 小さな子供……それも幼稚園に入る前ならば当然の反応だろう。


 それをとがめることなどできない……親と離れたくないと泣く子供を、誰がしかりつけることができようか……。


「わたしはすごい駄々をこねたらしくて、お父さんとお母さんはしょうがないからって、予定を変更してその日の夕方に帰ってくることになったの……そして帰り道に事故にあった」


 小夜は悪くない……そう伝えたいが言葉が出ない。


「私が殺したの……あの時わがままなんて言わなければ。お父さんとお母さんは死ぬことはなかったのに……二度と会えなくなることなんて……なかったのに」


 小夜は大粒の涙を流しながら、自分の肩を抱く。


「小夜ちゃん……」


 志穂が声をかけるが、その声は届いてはいないだろう。


「酷い女よね……私のせいでお父さんとお母さんは死んだのに……私、もうほとんどお父さんとお母さんのことを思い出せないの。おばあちゃんに覚えてなさいって言われたのに、声も……どんな人だったかも、もうほとんど思い出せないの……だから、思い出さなきゃってお話しなきゃって……ここに来たのよ」


「まさかお前……ハルカミサマの噂を知ってたのか?」


 小さく小夜は頷いた。


「風の噂で、死者と話ができる公衆電話の話を聞いたわ。それがあれば、お父さんとお母さんの声をまた聴けると思った。ごめんなさいって……謝れると思ったの。連れ去られた子を助けるだなんてただの口実。ハルカミサマの七不思議探索も、ハルカミサマを追ったのも全部全部自分のため……私の罪滅ぼしに、貴方たちを巻き込んだのよ」


 それは違う……という声が出ない。

 

 少なくとも小夜は戸惑っていた……自分勝手でみんなを巻き込んだのは私のほうだ。


 背中を押したのは私だというのに……小夜はこうやって、何でもかんでも自分一人で抱え込もうとしてしまう。


「バカみたいよね、いい年してこんなうわさ話を信じて必死になって……結局、私のわがままでみんなを巻き込んだ。私、あの時から何も変わってない……きっと、この電話もお母さんたちからのメッセージなのよ、殺したことを忘れるなって」


 頭を抱える小夜。


 今にも消えてしまいそうな彼女に、私は何も声をかけることができない。


 だが。


「それは……それは違いますよ小夜ちゃん」


 その言葉を、志穂は否定した。


「小夜?」


「忘れてなんてないじゃないですか……ずっと、ずっと小夜ちゃんは後悔して、お父さんとお母さんのことを覚えていたじゃないですか」


「……でも、思い出がいろいろと消えているのよ? 大切にしてもらったのに、愛してもらったのに……」


「忘れないことと、立ち止まることは違います……確かに、お父さんとお母さんの全てを一かけらも忘れないようにすることは出来ません。でもそれは、小夜ちゃんがちゃんと前に進んでいるからなんですよ……私のお父さんのように、忘れることから逃げ出して、止まってしまっているのとは大違いなんです」


 その言葉は、立ち止まってしまった人間を知っているからこその発言だった。


「何も変わらないわよ……」


「全然違います。小夜ちゃんは私を友達だって言ってくれました。桜花奇譚研究会に誘ってくれました……私を、有村志穂としてちゃんと見てくれました。小夜ちゃんは誰かを幸せにできるんです……私のお父さんとは違う、違うんです」


 失う痛みを知ったとき……その時間に人はとどまりたいと願う。

 ライライも、私も……そして志穂の父親も同じように……楽しかった時間に縋りつこうとする。


 もう戻らない過去であると分かっていながら。


 忘れないようにと言い訳をして立ち止まろうとしてしまう。


 だが、人は前にしか進めない生き物だ。


 忘れないこと……それが失ったものに対する最後の礼儀であろう。


 だがそれでも前には進まなければならない。


 立ち止まることは出来ないのだ。


誰かを犠牲にして何かを犠牲にして立ち止まったような気にはなれるが……時間を止めたような気にはなれるかもしれないが。


 だれも、過去には戻れないし……歩みを止めることなどできない。


 小夜はそれを分かっていた。


 だからお別れのために赤イ電話を探したのだった。


「小夜ちゃん言いましたよね? 謝りたかったって……ちゃんとお別れをしたかったんじゃないんですか?」


「違うわよ……謝ったって許してくれるわけない。でも謝らないといけないの。だって、私が壊したんだもの、私が二人を殺したの……お父さんとお母さんの幸せを私が奪ったんだから……私は、ずっとずっと謝らなきゃいけないの!!」


「だれも、怒ってなんていませんよ! 誰も、小夜ちゃんを責めてなんていませんよ! 仕方なかったんですよ小夜ちゃん……お父さんとお母さんが亡くなったのは、不運な事故だったんです」


 懇願するような志穂に、小夜は嗚咽を漏らすように声を荒げる。


「そんなわけない! 私が、私が死なせたの……」


「そう思わないと、忘れちゃいそうで怖いんですよね? 自分を責めることで、必死になって思い出をつなぎとめてるんですよね……必死になって思い出そうとしてるんですよね? でもそれは、苦しいだけです……そんなの誰も望んでいません」


「そんなわけない! だって、だっておばあちゃんは言ったもの、覚えていてあげてねって……私が忘れちゃったら、お父さんもお母さんも浮かばれないじゃない」


「そんなわけありません……だって、小夜さんがお父さんとお母さんを忘れるわけない。こんなにも大好きで、大切にしているんですから。自分を責めてまで、お父さんもお母さんも思い出してほしくはないはずです」


「そんなことない……きっと、きっとお父さんもお母さんも忘れられて悲しんでる。私が、私が全部奪ったのに……忘れられてきっと苦しんでる。私のせい、全部私の……」


 響き渡る嗚咽に近い叫び。

 後悔に憤り、悲しさとその中に少し混ざる寂しさ。


 だけどどの言葉も、どんな感情を混ぜようとも。


 小夜の願いは変わらない。


 【もう一度会いたい】


 謝りたいわけでも……罪滅ぼしをするためでもない。


 ただ声だけでいい、もう一度小夜は、家族に会いたいとずっとずっと叫び続けていた。


 もう会うことは出来ないと分かっていたから、自分を代わりに責めていたのだ。

 

 悲しくて……とても寂しいから。


 だからこそ……。


「小夜ちゃんの……馬鹿あぁ!!」


 乾いた音が夜空に響く。


志穂が小夜の頬を叩いた音だった。


「え?」


 茫然とする小夜……突然の出来事に、目を丸くして志穂を見る小夜は、狐につままれたような顔をしていた。


 叩かれたことにではない……慰めていたはずの志穂が泣きじゃくっていたからだ。


 ボロボロと、小夜よりも顔をぐしゃぐしゃにしながら、志穂はただただ泣いていた。


「小夜ちゃん……お願いです……もういい加減、自分を許してあげてください……」


 これ以上自分を傷つけないでと……大好きな友達のために泣いていた。


 苦しまなければいけない……両親を死なせてしまった自分は、もっともっと贖罪をしなければいけない。


 小夜はずっと、そんな思いを背中に負っていた。

 

 でもそれは誰かから与えられたわけではない。


 ましてや、彼女の父親と母親が望んだことでもない。


 大好きな父と母を奪ったことを誰よりも小夜自身が許せなかったのだ。


 だから自分を責めて、忘れてはいけないと戒めた。


 「なんで……なんで志穂が泣いてるのよ」


 小夜は、どこかあきれたような声を漏らす。


「だって……だって……」


 泣きじゃくる志穂をあやすように、小夜はそっと志穂の涙をハンカチで拭く。


 ほろり、ほろりと小夜の目からも、さっきまでとは違う透き通った涙が零れ落ちたが。

 

 小夜はその涙をぬぐうことはしなかった。


 【―――♪】


 壊れたはずの携帯電話から、不意に【思い出】が流れ……やがて途中でプツリと消える。


「小夜……あれ」 


 それと同時に、私は顔を上げると、道の先に赤色の公衆電話が現れる。


 赤イ電話だと思った。


「……」


 なぜ、ここに現れたのかは分からない。


 小夜が自分の気持ちと向き合えたからなのか……それとも気づかなかっただけで、はじめからここにあったのか。


 いろいろな思案が巡る。


 だが小夜は迷わずに立ちあがる。


 無言のまま、ずっと願っていたことを叶えるように……小夜は立ち上がって公衆電話の中に入る。


 誰もそれを止めることは出来ない。

 

 小夜は小銭を取り出すと……そっと受話器の中に入れ……番号を押す。


 電話ボックスの中からは何を話しているかは分からないが……小夜が緊張した面持ちでピクリと体を震わせたことから……電話がつながったことが分かった。


 うっすらと、外に小夜の声が漏れだす。


「もしもしお母さん? あれ? あ、うん……私」


 驚いたような表情に、どこか優し気な表情をする小夜。


 無事につながったことを確認した私たちは……そのまま少しだけ距離を置いた。


 誰が言い出したわけではないが……思い出の中に、私達は必要ない。


 小夜にそんなことを言えば、余計なお世話だと怒られるかもしれないが。


 それでも、小夜の会話の妨げになる可能性のあることは……私たちは避けたかった。


 遠目で小夜を見守る。


 その表情はとても穏やかで、幸せそうで……。


 くすくすと笑うその姿を、私達はそっと遠くから眺めていた。


 会話の内容など推量することは出来ない。


 きっと、時間が許される限り、小夜は両親との会話を懐かしみながら楽しむのだろう。


 そう……誰もが思っていたのだが。


「……あれ? もう出てくるぞ?」


 ライライの意外そうな声に、私はそんな馬鹿なと目を凝らす。


 しかしそこには確かに……受話器を置く小夜の姿があった


「どうしたんでしょう……」


 あれだけの想いを抱えながら……やっと念願がかなったというのに、あまりにもその会話の時間は短すぎる。


 不安を覚えた。


 何か間違いがあったのかもしれない。


 また何か、彼女を不幸にさせる出来事が起きたのかもしれない。


 志穂もライライも、そんな不安を隠すことは出来ず。


 電話ボックスから出てきた小夜のもとに駆け寄る。


「大丈夫か、何かあったのか?」


「え、ああうん大丈夫」


 しかし小夜は、そんな私たちの不安を消し飛ばすようにそんなどこか間の抜けた返事を返した。

 彼女にしては珍しい、どこか緊張が解けたようなそんな声だ。


「そうですか。それで、お父さんとお母さんとお話は出来たんですか?」


 ひとまずは安心……と胸をなでおろす私とライライをよそに、志穂は小夜にさらに質問を投げかけるが。


「あぁー……それがね」


 小夜はばつが悪そうに視線を泳がせてポリポリとほほをかく。


「? どうしたのさ小夜……」

「いやーそれが……私もバカよね、間違って自宅に電話しちゃって」


「え? 自宅って、昔住んでた?」


「ううん、今住んでるおじさんとおばさんの家……それで、おば……お母さんに、せっかくだから明日の夕飯はカレーにしてってわがまま言ってきた。それだけよ」


「え、本当?」


 ライライは驚くような表情をした。


「あはは……」


「あはは……じゃないですよ!? せっかくお父さんとお母さんとお話しする機会なんですよ!?」


 屈託なく、自分にあきれたと言った様子で笑う小夜。


 それに対して志穂は慌てたように小夜に問い詰める。


 だが……その表情は語っていた。


「もういいのか、小夜」


 慌てたり呆然とする二人をよそに、私はそう問いかける。


「うん……もういいの、行きましょ?」


 それは心からの言葉。


 それ以上は何も言うことなく、小夜は一本道を歩いていく。


「え? ちょっ小夜!?」


「小夜ちゃん! 本当にいいんですかー!」


 それを追いかける二人であったが、小夜は振り返ることはしなかった。


 小夜の代わりに公衆電話に向かって振り返る。


 ボロボロになり、電話などつながるはずのない公衆電話。


 小夜が自分の家の電話番号を間違えるはない。


 これだけ焦がれ、これだけ望んだものだから。


 だからこそ、自宅につながったこと自体が……なくなった両親からのメッセージだった。

 

 聡明な彼女にはそんな些細なメッセージで十分だったのだろう。


 今までおじさん、おばさんと呼んでいた育ての親のことを彼女は初めてお母さんと呼び、些細なわがままを願ったと言った。


 それは間違いなく小夜がメッセージを受け取ったということだ。


【振り返らず、前を向いて】


 そんなメッセージに従うように、小夜は一度も振り返ることなく赤イ電話の怪異を後にした。



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