十二譚 意味無イ庵(1)
「ほらほら! 行きますよ皆さん! ハルカミサマは待ってはくれませんよ!」
「元気だなぁ有村さんは……怖くないの?」
「超絶怖いですよ! ですが、女子トイレ内で毎日のように語られる女子たちのうわさ話をうっかり聞いてしまうことよりかは怖くないですよ……トイレに入ってたら話したこともない女子まで自分の悪口や噂を広めている光景、想像してみてください」
「うわっ……めっちゃこわ!? って、恐怖の方向性がまったく違うと思うんだけど!?」
「同じです……いいえ、私にとってはそっちのほうが怖いし嫌いです」
「志穂も苦労してるのね」
「ご理解いただき恐悦至極!!」
楽し気に語る志穂の話を聞きながら、私達の奇譚研究は続く。
踏切を超えた先の道は、しっかりとコンクリートで舗装してあり、石畳も竹で作られた柵もガードレールへと姿を変え、街灯がちらほらと道を照らしている。
「案外、脇道にそれちゃっただけなのかな?」
先ほどまで怖がっていたライライも、その光景には恐怖も薄れてきたらしく、そんなことを言いながら談笑を挟みつつ、私達は一本道を歩いていく。
ライライの言う通り車の一つでも通りそうな……そんな一本道だった。
「ここまで、ハルカミサマに異界の線路……七不思議にまつわるものに立て続けに遭遇したわけだが、このままいくとほかの七不思議もここで遭遇することになるのかな?」
「やめてくれよカズ……まだあの電車は怖くなかったけど、呪いの人形になんて出会ったら、俺失神する自信あるよ」
「だけどよ、異界の線路もハルカミサマの伝承が派生したものなんだろ? ほかの七不思議もそうなんじゃないかなって思っただけだ」
「どうなの志穂?」
志穂に問いかける小夜であったが、志穂はその言葉ににんまりと笑う。
とてもうれしそうだった。
「そうですね、カズさんの言うことは半分正解で半分が外れです。確かに異界の線路はハルカミサマにまつわる伝承の一つが七不思議に組み込まれたものですが、そのすべてが七不思議に関連するものでは無いんですよ」
「どういうことだ?」
「例えば6番目の不思議の赤い電話ですが、これはハルカミサマはまったく関係のないお話です。死人と会話のできる電話がある……そんな都市伝説が七不思議として組み込まれたんですね」
「なるほど、確かにこんな場所にクマが出るくらいの時代に、公衆電話なんてあるわけないものね」
「そういうことです、ほかにも灰色な鏡も、千早振る人形もハルカミサマの伝承は関係がありません。七不思議というものを作るうえで、数合わせのためにその当時にはやっていた都市伝説を詰め込んだというのが私の考察ですね……はい」
「ふむ……となるともしかして、ハルカミサマが人型になったり、異界への道が線路に姿を変えたっていうのは」
「都市伝説の方に引っ張られた、というのが無難な考えでしょう。七不思議というものが流行ったのは昭和の終わり付近。口裂け女やトイレの花子さんの噂のように……森や山が少なくなり、妖怪や怪異も現代風に姿を変えた時代があったように。ハルカミサマという存在も、現代風に姿を変えたのでしょう」
「ベースはハルカミサマの伝承だけど……形を変えたのもハルカミサマの方ってわけか」
「そうですね。この桜花千間台七不思議帖が作られたのもちょうどその時代ですからね」
「そこまで分かってるなら、なおさらハルカミサマが形を変えられた方の姿で出てくるのが謎なんだが?」
「そこまでは分かりませんよ。もしかしたら妖怪や幽霊もイメージチェンジをするのかもしれないですし、この七不思議帖はあくまでせんげん台の七不思議を民俗学の観点で分析をしているだけにすぎません」
「なるほどね、考えようによってはあの白いものがかつてこの辺りで信奉されていたハルカミサマではなくて、まったく別の怪異である可能性もあるってことね」
「そういうことです。あくまで七不思議の内容を、過去のハルカミサマ伝承に重ね合わせて考えると得心が行くというだけですので。あの白いものがハルカミサマとは限りません。もしかしたら七不思議も、私達のように実体験をした人間が伝えたのかもしれないですし」
なんとなくその可能性を考えなかったわけではないが、改めてその可能性を知らされると背筋がヒヤリとする。
「まぁそれでも、小夜の持つ情報だけが七不思議の手掛かりだってことには変わりはないわ」
「そうみたいだね。ちなみに、三番目の不思議に当たる、意味無イ庵ってのはどんな怪異なの? なんとなくほかに比べて何が不思議なのか想像がしにくいんだけど」
「あぁそうですね。この物語の出典はとても分かりやすいです。怪異の中では古くてメジャーな物語ですから。皆さんマヨヒガって知ってます?」
「マヨヒガって、遠野物語に出てくる?」
「よくご存じですね。森の中で迷子になった先に行きつく無人の屋敷、それがマヨヒガで三番目の不思議である意味無イ庵というのはその物語をもとにして作られています」
「でもおかしいわよ? マヨヒガって入った人間に幸運を与えるって怪異じゃなかったかしら?」
「幸運になったら、怖がらせることが目的の七不思議の趣旨に反するので、不幸になるという伝承にしたんでしょうね……幸運になる怪異を、まったく真逆の不幸になる怪異へと形を変えてしまった。だからこそこの不思議を作った人間は、意味無し……なんて名前の怪異にしたんでしょうね。人を不幸にするマヨヒガなんてあったら、それこそ意味がないですから」
「家っていう物はそれだけで人を幸福にするもの。不幸にする家なんてあったら、それこそ意味がないわよね」
小夜はそう呟く。
だが、その言葉に誰も頷くことはなかった。
その言葉が本当ならば。
私もライライも、そして志穂でさえもその怪異に取り込まれているということになったからだ。
「少し、暗くなってきた?」
「夕闇から真っ暗になるのは早いからね」
ゆっくりと色を奪われていく世界。
それが何かの時間制限のように私はように感じた。
まるで何かとの別れを惜しむように……空にはわずかな茜色が空にしがみついている。
「……なんか、明かりが見えない?」
道なりに進んでいると、道をそれたところに明かりが見える。
街灯の白い明りではない……オレンジ色の薄暗い明り。
「なんだろう」
異様に浮かぶその色に私達は光に集まる蛾のように吸い寄せられる。
「ハルカミサマの痕跡かもしれません」
ライトをつけて道の先を照らしても、ただまっすぐと道がどこまでも続いている。
「……行ってみようか」
「そうね」
「……ぅん?」
志穂の勘はよく当たる。
それを理解したのはこの冒険が終わった後だ。
学校の帰り道、田園風景の途中にぽつりと立つ駄菓子屋でお菓子を買うと決まったときは必ず彼女に商品を選ばせた。
成功率は3回に一度。
賭けるには十分な幸運だ。
横道は舗装されておらず、竹林の途中から不自然に砂利道が伸びている。
ごつごつとした感触を足の裏で感じながら、私達はおっかなびっくりその橙色のライトを頼りに歩いていく。
たどり着いたのは、何の変哲もない民家であった。
どこにでもあるような二階建ての家。塀も何もない……ただどこかの世界から家だけを切り取って持ってきたかのような不自然な場所にある家。
赤い色の郵便受けが薄暗闇にぼんやりと浮かび上がり不気味であり。
意味無イ庵だと思った。




