とあるメイドロボットのお勉強
石山はまだ20代の若い科学者だが優れたロボット技術を持っていた。彼は自らの技術力を駆使し、一体のロボットを作り上げた。
石山博士は目の前に座っている少女をじっくりと眺めていた。
彼女の名前はリカ。正確には少女ではなく、美少女メイド型ロボットである。
エプロンドレスと、黒いミニスカートのワンピースを組み合わせたメイド風の出で立ち、そして黒髪ショートのお姫様カットに端正な彼女の顔立ちは100%石山博士の好みの女性を再現したものであり、一見本物の人間と見まごうほど繊細に作られていた。
それはもうリカの外見と声にこだわり過ぎたがために、言語機能に充てる予定だった開発資金(血税)が枯渇せざるを得ないほどであった。
しかし今回石山博士の研究が認められて追加の開発資金が下りたため、やっとまともな学習型AIを搭載することになったのである。
「リカ、立ってごらん」
博士の言葉を受けてリカはゆっくり立ち上がる。
「博士、お呼びでしょうか?」
リカはフンワリした笑顔を自分に向けてくる。恐妻家であった石山博士にとって、リカ以外に微笑んでくれる異性など居なかった。そしてその事が更に石山をリカに夢中にさせた。
「んふっ、お前にも学習機能を付けたから、今日は一緒にお勉強しようか」
リカとは対照的にニチャっとした汚い笑顔で呼びかける石山博士。
「かしこまりました。いっぱい教えてください」
「うーん、もっと甘える感じの動作が欲しいな」
「と、申しますと?」
リカは一切表情を崩さないまま首をかしげる。
「そうだな、もっと物欲しそうな声を出すんだ」
「かしこまりました。……、博士、今日もいっぱいリカに教えて欲しぃな」
さっきとは打って変わってネットリ湿った声を出すリカ。
ちなみにリカの音声はプロのアイドル声優が担当している(血税で)。これも石山博士の趣味であった。
「んふふっ、良いね! さすが俺のリカだ。さあ、先ずはコーヒーの淹れ方について教えてあげよう」
そう言って石山博士は手挽きのコーヒーメーカーとコーヒー豆を持って来た。
「博士、これは何ですか?」
「これはコーヒーメーカーと言ってコーヒーを作る機械だ」
何気なく説明した博士だったが、明らかにリカの表情が曇ったことに気づく。
「機械……、博士はそのコーヒーメーカーと私とどちらが大切なんですか?」
そう。リカには学習機能と共に「嫉妬」を感じるプログラムが組み込まれていて、博士がリカ以外の人物と仲良くしたりすると「何よもう!」とヤキモチを焼くように出来ているのだ。
しかし機械にも嫉妬するとは想定外だった。
「いやいや、これはコーヒーを作る機械だからさ、断然リカの方が大切だよ」
「そうですか!」
博士の言葉に明るい表情を取り戻すリカ。
「失礼しました、博士。それでは続きを教えてください」
「ここにコーヒー豆を入れて、この取手を回して豆を粉砕していくのさ」
「かしこまりました。粉砕するんですね!」
と、ここで石山博士のスマートフォンが音を立てる。電話の主は石山博士の奥さんであった。「3コール以内に取らないと死刑」という夫婦間ルールがあるため博士は慌ててスマホを掴む。
ところが博士が電話に応じるよりも前に、横から伸びて来た手によってスマホを奪い取られてしまった。
「あっ、コラ返しなさい!」
「博士は、この機械と私とどっちが大事なんですか?」
リカは再び真顔で博士を凝視する。電話相手ではなくスマホ自体に嫉妬するなんてヤンデレもいい所だ。
しかし博士が「もちろんリカだよ」と言うよりも前にリカの手はスマホを握りつぶした。
「ああああ! 何するんだリカ! っていうか握力すごっ!」
「言いつけ通り砕いておきました」
「そっちじゃな! 砕くのは『コーヒー豆』であって『スマホ』じゃないの! ヤバイヤバイヤバイ、カミさんに殺される……」
石山博士は頭を抱えた。
「カミさんとは何ですか?」
何事もなかったかのように平然と聞いて来るリカ。
「妖怪若作りおばさんだよ!」
気の動転していた博士はついつい奥さんの蔑称を口走ってしまう。
「かしこまりました。ねぇ博士、もっといっぱい教えてください」
スマホを壊されて絶望していた石山博士だったが、リカの包み込むような笑顔を見て再び現実逃避を始める。
「よし、次はお前を充電するための電源について教えてあげよう」
「電源とは何ですか?」
「リカ、お前は電気エネルギーで動いているんだ。そのエネルギーが無くなると動けなくなる。そこでエネルギーを補給するために、この電気コードを繋ぐわけだ」
石山博士は取り出して来た黒い電気コードをリカに見せながら言った。
「どこに繋ぐんですか?」
「ぐへへ、お尻だよ」
エロ同人に出て来るモンスターよりも下卑た表情を浮かべる博士。
「やん、博士のエッチ!」
困ったような顔で笑うリカ。これもプログラム通りである。
「そうだ、充電して欲しい時はこう言いなさい。『博士のぶっといアレをリカに入れてください』と!」
さらに調子にのる石山。
「かしこまりました、石山博士」
夕方になり、石山博士は研究所を出る事にした。
「さて、そろそろ私は帰るよ。リカ、明日まで良い子にしてるんだよ」
石山博士がリカの頭を撫でてやると、まるで犬のように、気持ち良さげに目を閉じる。
「その行為は何と言うのですか?」
目を閉じたまま聞いて来るリカ。頭を撫でる行為のことを言っているのだろうが、普通に教えたら面白くない。
「『愛撫』と言うんだよ、またやって欲しかったら『愛撫して』と言いなさい」
「かしこまりました、博士」
満面の笑みのリカに後ろ髪を引かれながら博士は研究所を後にした。
そしてその夜、電話に出ないどころかスマホをぶっ壊してしまった博士は奥さんにこっぴどく叱られるのであった。
***
翌朝、リカのことで頭が一杯だった博士は急いで研究所に向かっていた。その顔は緩みに緩んでいる。
ところが研究所にたどり着いた博士の顔は凍りついた。
玄関で妻の藍子が待ち構えていたからだ。
「あ、藍子、どうしてここに……」
彼女の顔はすでに般若のようにこわばっている。
「昨日、あんなに怒ったのにずっとニヤニヤして心あらずだったからおかしいと思ったの。アナタ、私に何か隠してるんじゃない?」
「いやいや、俺は何も隠してないよ!」
「ふーん、そう。まぁいいわ。何も隠していないって言うんなら、あなたの仕事っぷりを見せてもらおうかしら」
……これはマズイ事になった、と石山博士は思った。
藍子はリカの存在を知っているし一度対面したこともあるのだが、その時からずっと博士が不倫用に作ったロボットではないのかと勘ぐっていたのだ。
研究所に入るとリカが走って石山博士を出迎えに来た。
「博士! おはようございま……、その人は誰ですか?」
藍子を見た瞬間、リカの顔から笑顔が一気に流れ落ちた。こんな時に渾身の嫉妬プログラムを爆発させたようだ。
「じ、実はお前が学習プログラムを積む前に一回会った事があるんだけど……、まぁいいや。彼女は藍子だよ。俺のカミさんだ」
何とか取り繕おうとする博士の心を読んだのか、意外にもリカは笑顔を取り戻した。
「ああ! 妖怪若作りおばさんですね!」
心臓が2秒くらい止まったのかと石山博士は感じた。
「違う違う違う! 妖怪じゃない!」
「でも昨日博士が教えてくれたじゃないですか」
「……あなた」
背後から殺し屋の声が聞こえた。これは説教3時間コース確定である。
「違うんだ! 誤解なんだ!」
博士は必死に手を振って否定する。しかしリカは留まるところを知らない。
「博士、今日もリカに一杯いろんな事を教えて欲しいなぁ」
流石は学習機能を備えたロボットである。昨日教えた通り、ネットリと甘ったるい声で博士に呼びかけてくるだけでなく、小指を口に当てて物欲しそうな表情まで付けてきた。
「ねぇあなた、いつも研究所で何をしてるの!? この小娘に何を教えているのかしら!」
「ち、違うんだ藍子、聞いてくれ。実はリカのAI開発はアウトソーシングしていて、外部の人間が勝手に……!」
もちろんアウトソーシングというのは嘘である。
「アウトソーシングだか何だか知らないけどアナタがその小娘とイカガワシイ事をしながら一日過ごしてるのは事実でしょ!」
「妖怪若作りおばさん、落ち着いてください!」
もう頂点までヒートアップしている藍子をさらに煽るリカ。
「誰が妖怪よ! 私は藍子よ! ア・イ・コ」
「申し訳ありませんアイコ・ソーシングさん」
「なにソーシングしてくれてんのよ!!」
「落ち着いてください、これからコーヒーを淹れますかかかららららら」
急にリカの声が電子音っぽくなる。これはエネルギーが切れかけている合図だ。
「そうだ、リカ! 充電! 充電しよう!」
一度奥さんから離れたかった石山博士はここぞとばかりにリカに呼びかける。
するとぎこちない動きで石山博士の前まで来たリカは急に背を向け、スカートをたくし上げ、お尻を突き出して、言った。
「博士のぶっといの……、愛撫しながら、博士のぶっといのをリカに入れてくださいぃ……」
うん、よく出来ました!
博士はヤケクソで親指を立てた。
こうして博士はスーパーサイヤ人と化した奥さんにこっ酷く絞られ、1週間口を聞いてもらえない日々を過ごすのだった。
おわり
お読みいただきありがとうございました!