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第2章 まさか……な

「あ、先輩。そのセリフ今月13回目ですね。今日は7月26日なので、平均して二日に一回は言ってることになりますね」

いつの間にか背後にいた涼太の声に心臓が止まりかけた。

「おぅわっ!?ひっ、人の独り言勝手に聞いてんじゃねえよ!ってか数えてたのかよ…」

「数えてましたよ~?それに独り言なんて人に聞こえるように言うほうに問題があると思うんですがねぇ」

むぅ。確かにその通りだ。反論できん。

「大体先輩も純情っすよねぇ……彼女できないのが悩みってだからって、楽器に愛情を求めるなんて」

こ、こいつ……痛いところを突いてきやがる……!

「ほ……ほら、お前はないのかよ!?楽器に対する愛情とかさぁ!」

あからさまに動揺した口調で俺は切り返した。

「そりゃぁ楽器は大事っすけど。でも先輩ほど妄想はしてないなぁ」

「ぐ……お前さっきから言わせておけば……!」

「それとも寂しいなら、楽器なんかじゃなくて、僕がお話聞いてさしあげてもいいんですよ?」

「あ~っ!うっせぇな!余計なお世話だ!俺は帰るぜ!まったく!」

涼太はニヤニヤしながらこちらにお辞儀をした。

「今日もお疲れ様でした。先輩。」

まったく……。涼太は部活に対する態度もよければ練習にも熱心、根は真面目な良い奴でそれなりに信頼もしているが、俺に対してのなんか癪に障るような喋り方はなんとかならないものか。同じ木管低音として、もっと厳しく指導しとくべきだったぜ。そんなことを考え腹を立てながら、楽器庫へ向かい、楽器を片付ける。マウスピースとネックにスワブを通し、ケースに楽器の本体を横たえる。こうしてみると……やはり良い楽器だ。息を呑むほど美しい金色の輝きを放つその管体。幾重にも重なった部品がその構造の奥深さを示している。更にベルには花の彫刻が施され、凛々しくも上品で淑やかな印象を与えられる。そしてその体から出る音は、他に俺が聞いたどの楽器の音よりも力強く、そして甘く艶やかな音。ああ、やはりこの楽器は素晴らしい。

そうして楽器に魅入っていたが、一つ小さな異変を見つけた。ベルに小さな凹みがあったのだ。こんな凹み、いつ作ったっけか。まあ、恐らくはどこかにぶつけでもしたのだろうな。俺は心の中で少し懺悔した。そういえば、この楽器はしばらく調整に出していない。バリトンサックスに限った話ではないが、この手の木管楽器は、毎日吹いているとすぐに調整のバランスが乱れて、音程が合わなくなったり音が出づらくなったりするものだ。丁度良い。調整に出すついでに、あの凹みも直してもらおう。

そうして、俺は楽器を一度家に持ち帰ることにした。棺桶のようなケースを背負い、俺は学校を後にしようとした。だが、部室を出るときに、一人の男に声をかけられた。

「よう月野!今日は楽器お持ち帰りか?」

彼は佐々(ささき) 義一(よしかず)だ。花形楽器のトランペットを担当している。明るくて軽い性格で、運動もよくでき、そしてイケメンだ。楽器の腕もよくトランペットでもソロ吹きまくり。賑やかなやつで、まあ一言でまとめると……ザ・リア充って感じだ。

「そうだよ。少し凹みがあるから直さねぇとなんだ」

「なるほどなぁ。しっかし大変だねえ、そんなバカでかい楽器」

「ああ……トランペットのように軽々とはいけないさ」

「間違いネェな。お疲れさんだな」

本当なら、お前のように楽器もノリも軽い男に俺を労えるか!とでも言ってやりたいがな。

「おっと、じゃあ俺はカノジョとの約束があるから行かなきゃぁ…それじゃあな!」

「……ああ、また明日な」

最後の一言は余計だっつーの……。まったく、悪いやつではないんだが話してると少し気を遣うぜ。走り去る義一を横目に見て、俺は帰路についた。

重たい楽器を背負い帰宅ラッシュの混雑をくぐりぬけ、俺は家に帰った。

「ただいま」

玄関に入った俺を母親が出迎える。

「おかえり。あれ、今日は楽器持って帰ったの?」

「ああ。ちょっと調整に出そうと思ってさ」

「ふぅん。あっ、ご飯できてるよ」

母との会話を終え、2階の自分の部屋に荷物と楽器を置いた。その後、一回に降りて夕食の席についた。夕食の間になされる会話と言えば……

「おい悠人、いい加減大学は決めたのか?」

「……まだ決めてない」

「ねぇ悠人、楽器もいいけどそろそろ将来を考えなきゃ。母さん達心配よ?」

夕食の席にいたのは俺と親父と母さんの三人だ。高校二年生の一人っ子を持つ親らしく、進路の話ばかりだ。進路のことを考えなきゃいけないのはわかってる。が、正直今は楽器に集中したくて……まあつまり、俺だって自分に在り方に悩んでいる思春期の男子なのだ。そして、そんな俺の心に更に追い討ちをかける言葉を親父が発した。

「そうだぞ。たたでさえお前にはいい嫁さんが出来そうにないんだから。自分で生きる道を見つけないとな。」

グサっときた。クソ親父め、俺が気にしていることを……

「う、うるせぇな。嫁さんくらい見つけてやるよ」

「見つかるならな。」

お前にできるはずがないとでも言わんばかりの父の物言いに軽くイラっとしながら食事を口に運ぶ。

「ごちそうさま」

俺は食い終わると、さっさと自分の部屋に移動した。そして部屋の明かりをつけた。すると……

「あれ……今なんか人が見えた気が……」

まさか泥棒だろうか。しかし改めて部屋を見回しても、人がいる様子も誰かが入ってきたような痕跡も無い。

「おっかしいなぁ」

不思議に思いながら部屋に入った。そこで初めて、異変に気づいた。それは……

「あれ、開けっ放しにしてたっけか?今日持って帰ってきてそのままにしてたよな?」

そう、さっき持って帰ってきてそのままのはずの楽器ケースが空いているのである。俺が部屋を出てからは誰も二階に行っていないずだ。それなら何故。俺は霊的なものとかを想像して不安に思った。しかし、ここで俺がいつもぼやいていた、あの言葉を思い出す。

「まさか……な」

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