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「綺麗だね」


 その子と交わした言葉はそれだけ。会話ともいえないものだけだった。

 あの子は何も返してくれず、去っていってしまった。悲しかったけど、仕方ない。だけどやっと話しかけられたんだ、また明日話しかけに行こう。



 そう思っていたのに、これがあの子との最後だった。






 沙織が目を開けると、目の前は全てが白だった。起き上がって辺りを見回しても白、何処までも同じで何も無い。


「ここ、どこ?」


 呟いた言葉に返答はない。取り敢えず立ち上がり、自分の姿を確認する。服は制服、ひと通り体を触れてみるが特に違和感はない。だが、試しに頬をつねった頬に痛みはなかった。


「夢…… なのか……?」


 一般的に夢の条件といわれる痛覚の無さにそう考えが及ぶが、それ以外がまるで現実かのようで沙織はまだ信じきれていない。


「目が覚めた?」


 声が聞こえ、沙織はビクリと肩を揺らす。辺りを見回すと、目の前にしゃがんで上目遣いで沙織を見る少女がいた。先程までいなかったはずの少女の存在に、沙織は驚愕した表情で口を開けたまま固まった。


「あれ? 聞こえてる?」

「あ……う……」

「あぁビックリして言葉が出ないってやつか。可哀想に」


 少女はクスクスと無邪気に笑う。少女の反応に沙織は無性に腹が立った。


「何笑ってんのよ!」


 声を荒らげると、少女は少し眉を動かしたがまた笑いながら立ち上がった。


「落ち着いて落ち着いて。ほら深呼吸して、ね?」

「はぁ? 私は落ち着いてるわよ。バカにしてるの?!」

「もぉ。そんな興奮しないでよぉ」

「お前が原因だろバカ」


 わざとらしく悲しい表情を浮かべた少女の頭にゲンコツが落ちる。痛みに頭を抱えた少女は、振り返っていつの間にか現れた黒ずくめの男を見上げて涙目で睨みをきかせた。


「痛いじゃないのっ。何すんのよ」

「うるせぇよ。人で遊ぶなっていつも言ってるだろ」

「遊んでないわよ。親しみやすいよーにしてるんじゃない」

「お前のそれは人を馬鹿にしてるようにしか思えないんだよ」


 ぷくっと頬を膨らませた少女に、男ははぁとため息をつく。呑気な二人のやり取りに、沙織は毒気を抜かれて体から力が抜けた。男はポンポンと少女の頭を軽く叩いた後、沙織へ目を向けた。


「佐藤沙織、だな」

「え」


 いきなり自分の名前を呼ばれ、沙織は困惑で言葉を詰まらせる。


「な、んで私の名前を」

「自分の状況を何処まで理解している?」

「状況? それより質問に答えなさいよ。なんで私の名前知ってるの? それにそもそもあなな達誰なのよ」

「あぁ自己紹介がまだだったわね。私はキャトル、男の方はサイよ。貴方の名前を知ってるのは、貴方が私たちの仕事相手だから」


 ニコッと微笑んだキャトルが手を差し伸べてきた。沙織は彼らの言葉に理解が追いつかず困惑したまま取り敢えず手を取った。


「仕事?」

「そ。私たちはランプライター。人が死に際に見る夢、死夢に訪れて魂の炎を回収するのが仕事なの」

「死夢? 死に際に見る?」


 立ち上がった沙織は発された言葉に思考が追いつかなかった。


「ねぇ、死に際ってことはつまり私は」

「死んでいる」


 冷たくサイが言い放つ。その言葉はスっと沙織の脳に染み込んだ。

 そっか、私……


「やっと死ねたんだ……」


 ふっと安心したように笑った沙織に、キャトルは怪訝な表情で彼女を見る。


「驚かないのね」

「そうね。死にたかったから。やっと開放されたんだって思ってる」

「なにから開放されたの?」


 沙織の言葉にキャトルは目をじっと見つめて問うた。真っ直ぐな瞳に沙織はぐっと喉を詰まらせ、目を背ける。


「そんなのどうだっていいでしょ。魂の炎を回収するだっけ。ちゃっちゃとやっちゃってよ」


 投げやりな沙織に、キャトルは困ったように眉を下げてサイの方を見た。


「おい。お前の最後の願いは何だ?」

「え?」

「人生の最後にお前の望むことは何だ?」


 サイの言葉に沙織の脳裏に過去の記憶がよぎる。


 押さえつけられた床。見下ろしまるで玩具で遊ぶように笑う顔。その時に感じた屈辱と怒り……


「わた、しは……」

「あら。なんでお前らここに居るんだ?」


 沙織が言葉を発そうとした時、三人とは別の声が聞こえた。沙織が声の方を見ると、サイと同じように黒いマントに身を包んだ男が頭を掻きながら近づいてきていた。


「ジーン」


 サイは眉を顰めて男の名を呼んだ。ジーンは三人それぞれを見た後、ニヤリと口角を歪ませる。


「サイじゃねぇか。お仕事中か。無能なお前には荷が重いだろ。手伝ってやってもいいんだぜ」

「うるさいわねジーン。あんたの助けなんて必要ないわ。さっさと帰りなさい」


 キャトルが二人の間に入って睨みをきかせる。そんな彼女の反応にジーンは可笑しそうにますます口角を上げる。


「未だにお守り付きって所が無能な証なんじゃねぇか。まぁ今回はお前らの相手をしにここに来たんじゃねぇからんだ。俺の目的はあっち」


 ジーンが指さした方を見ると、いつの間にか少女が佇んでいた。少女はこちらに気づき、困惑したように肩を震わせる。


「あ、あの。ここは一体。あなた達は誰ですか?」


 そばかす顔の少女は目に涙を溜めて震える声で質問をする。制服に身を包んでいる様子から、歳は沙織とそう変わらないと思われる。


「やぁやぁ、君加藤香苗さんだよね?」

「え、あ、はい」

「どうも俺はジーン。君の魂を回収しに来た死神だよ〜」

「魂? し、死神?!」


 ジーンのいきなりの発言に、香苗は真っ青な顔で周りに助けを求めるように目を泳がせる。


「おい。いきなりそんなこと言って動揺させるなよ」


 サイは怒りを含んだ声でジーンを睨みつけた。しかしジーンは聞き流すように手を仰いだ。


「うるせぇよ。俺のやり方にケチつけんな。こんなもん時間かける必要なんかねぇっての」


 言いながら指を鳴らす、すると空間が歪み始めた。沙織は反射的に目を閉じた。少しして恐る恐る開けると、真っ白だった空間が学校の教室に変わっていた。正面には黒板、部屋を埋め尽くす机と椅子、その中央のひと席に沙織は座っていた。

 辺りを見回すが先程までいた四人はいない。


「どう、なってるの……」


 訳が分からず取り敢えず席を立とうとした時、頭を掴まれ机に押し付けられる。衝撃で視界に光が飛ぶ。


「よぉグズ〜」


 嘲笑うような女の声。沙織はビクリと体を固くし顔を青ざめた。


「あ、うっ」

「なぁに。挨拶も出来ないっての?」

「やだぁ。グズだから言葉も話せないだけでしょぉ」

「あ、そっか。グズで馬鹿だもんね」


 別の笑い声も追加される。沙織が目だけ動かして上を見ると、口角を歪ませ笑う顔が自分を見下ろしていた。沙織を見る目は人に向けられたものではなく、まるでゴミでも見るような視線だ。


「ねぇ。昨日言った金、ちゃんと持ってきたんでしょうね」

「あ、だから、もうこれ以上お金は……」

「はぁ? 昨日絶対に持ってこいって言ったね? 忘れたっての?」

「たった1万円でしょ? 体売るなりなりなんなりしろよ」

「そ、そんな」

「うっせぇな。言い訳してんじゃねぇよ!」


 ガンっと椅子が蹴られて床に投げ出される。そして倒れた沙織に女達は囲んで足蹴にし始めた。頭を守ろうと身を縮める沙織を、女達は笑いながら蹴り続ける。


「や、やめて、やめて」


 誰か助けて、と周りに助けの視線を送るが、他の人は皆まるで今起こっていることが見えていないかのように無視し、視線を合わせないようにしていた。


 誰も助けてくれない。誰も……


「なるほどね」


 高めの声がしてふっと痛みから解放される。


「大丈夫?」


 キャトルがしゃがんで沙織に首を傾げて尋ねる。沙織は体を縮めたまま、体をひくつかせて泣き始めた。


「だいじょうぶ、に見えるの?」

「ううん。見えないわ」

「じゃあ聞かないでよ」


 キッと睨みつけると、キャトルは困ったように少し微笑み、立ち上がった。


「そうね。だけどこれも貴方にとって必要な事なのよ」

「は? 嫌な事を思い出すことが?」


 魂の炎を回収する、それが仕事だと言ったのに、生前の嫌な記憶を思い出すことになんの意味があるのか、沙織には理解出来ず不快感が込み上げた。

 そんな沙織を、黙ったまま見下ろしてサイがゆっりと口を開く。


「お前、イジメられてたのか」

「っっ!!」


 気遣いのない鋭い言葉に沙織の涙が止まった。起き上がってサイを見上げる。


「な、なによその言い方。だからなんだってのよ。まさか私が悪いって言いたいわけ?」

「いや。イジメの原因が何にしろ、イジメる奴が悪いだろうな」

「だったらもう少し言い方ってもんがあるでしょ?」


 イラつくまま言葉を吐き出す。そんな沙織にサイは探るような瞳を向けてくる。その瞳に、まるで心の奥まで探られるような気がして、沙織は少し後ろに逃げた。

 これ以上この話題で話をしたくない、と思い沙織は強引に話の流れをかけえようと、ふとサイの言葉を思い出した。


「ねぇ。あんたさっき望みはなんだって聞いてきたよね」

「あぁ」

「じゃあアイツらに復讐したいって言ったら叶えてくれるの?」


 睨みつけながら言う。心からの言葉だった。自分を虐げ、貶し、嘲笑った奴らを許せない。私が死んで、なんでアイツら何かがのうのうと生きているのかと考えだすと、怒りが際限なく湧き起こってくる。

 サイは沙織を黙ったまま見つめる。表情は変わらないが、瞳には悲しみの色を滲ませる。


「それは本当にお前の願いなのか?」

「そうよ。私は私をイジメた奴らが憎くて憎くて堪らない」

「ここで叶えられるのは、お前の生での最後の願いなんだぞ。それでも復讐を願うのか?」

「うるさいなぁ。私の願いなんでしょ? なんであんたにとやかく言われなきゃいけないのよ」


 言い返してくるサイに、沙織のイライラは増していき我慢の限界が訪れた。


「あぁもういいわよ! あんたが叶えてくれないってんならジーンだっけ? そっちに頼むから!」

「あ、ちょっと待って!」


 キャトルが慌てた声を上げたが、沙織は無視して教室を飛び出し廊下を駆けて逃げた。



 




 



 

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