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 呆然と座り込む美玲。そんな彼女に少女は目を向ける。


「まぁ絶望するわよね。だって自分が死んでる姿を見てるんだもの」


 少女はコテンと首を傾げながら口角を上げる。


「じゃあ私はもう死んで魂になったってこと?」

「うーん厳密に言うと、貴方はまだ死んでない。死と生の狭間の中で夢を見ている状態なの」

「ゆ、め」


 そうここは夢。少女と男と共にいる美玲は幻で、血の海で倒れている彼女が現実なのだ。それが逆であってほしい、と美玲は心から願った。


「じゃあ貴方達は私の魂を狩りにきた死神?」

「いや」


 男がパチリと指を鳴らす。すると景色が全て真っ白に染まった。


「俺たちはランプライター。死に際の夢、死夢で魂の炎をランプに灯し回収する者だ」


 そう言ってマントを広げ見えた彼の腰にはランプがぶら下がっていた。


 美玲はゆっくりと立ち上がり、生気のない目を男に向ける。


「じゃあさっさと私の魂を回収すれば?」

「あら、急にどうしたのよ」

「どうせ足掻いたって何も変わらないんでしょう?」

「まぁね。今のところは貴方はまだ死んでいないけど、あと数分もすれば死ぬから治療は間に合わないわ」


 万が一にも希望はなのだ。美玲はフッと苦笑を零す。


「さぁその腰のランプを使うんでしょう? さっさとして」

「だそうよ。どうするの?」


 少女は男を見上げる。

 男は無表情のまま美玲見つめ、そして左右に首を振った。


「いや、まだ魂は回収しない」

「は? 私は自分が死んだんだって思い出して、死を受け入れたじゃない。それが目的だったんじゃないの?」


 わざわざ回りくどいまねをして恋人の死を思い出させ、自身が死んだ事実も突きつけた。もうこれ以上何を望むというのか。


「まだ望みを叶えていないからだ」


 そう言いながらも表情を変えない男に、美玲はカッと頭に血が上った。彼の胸ぐらを掴み、睨みあげる。


「そうじゃあ私を生き返らしてよ。私の望みを叶えてくれるんでしょう? じゃあ死の運命から救ってよ!!」


 美玲はボロボロと涙を流しながら叫んだ。

 吐き出す言葉は無理だと分かっていた。ただの皮肉だ。


「なんで何も分からないまま殺してくれなかったの。自分が死んでるって自覚がないまま魂を持っていってくれれば良かったのに」


 手から力が抜け、その場に泣き崩れる。

 知りたくなかった。恋人の死も、もう自分は死ぬ運命なのだということも。


 泣きじゃくる美玲に、少女が優しく肩を撫でた。


「ごめんなさいね。別に私達は貴方に嫌がらせをしているわけじゃないの。魂をランプに灯すには、当事者が自身が死んでいる事を自覚する必要があるのよ」

「……惨いわね」

「そうね。だけどそうしないと魂は炎に変わらないの」


 優しく言い聞かせるように話す少女に、美玲は涙を拭って目を向けた。

 今まで美玲の記憶を巡ってきたのは、彼女の記憶を繋ぎ合わせていくためだったのだ。


「じゃあ私は条件を満たしたんじゃないの?」

「確かにそうね。けどまだ終わりじゃないの」


 少女が美玲の手を取り立ち上がった。つられて立ち上がって目を上げると、美玲を真っ直ぐ見つめる男と目が合う。


「新田美玲。お前の最後の望みはなんだ?」

「最後の、望み……?」

「人生の灯火が消える間際のこの時、お前は何を心から望んでいる?」


 男の言葉に美玲は目を見開く。


 美玲は今まで生きた人生を走馬灯のように思い出した。

 父と母に愛され、友人達と青春を過ごし、そして最愛の人と巡り会え、引き裂かれた。




「……み……、……い」




 生きてきて、その最後に心から願うこと、それは。



「拓海と、もう一度逢いたい!!」


 最愛の人。好きで好きで堪らない人。

 もう一度あの照れた笑顔を見たい。優しく包み込んでくれる手に触れたい。


「私、拓海に会いたいよぉ」


 ポロポロと涙を流す美玲。そんな彼女の手を少女が握った。

 そして男はコクリと頷く。


「お前の望み、聞き届けた」


 男はそう言うと、ぶら下げたランプのひとつを取り出した。ランプは淡いオレンジの炎が灯っている。


「これは?」

「これが魂の炎よ。基本的にはこれみたいにオレンジ色なんだけど、未練のない綺麗な魂はその人によって違う色の炎を灯すの」

「じゃあこの魂は未練が残ってるってこと?」

「そうだ。そしてこいつの未練は今から晴れる」

「え?」


 男はランプの蓋を外した。

 露わになった炎はボッと燃え盛り、ランプから外へと飛び出した。そして炎は燃えながら人の形に変わっていく。


「あ……」


 完全に炎が男の形に変わり、彼はゆっくりと目を開く。そしてその瞳が美玲を捉えた。


「み、れい?」


 美玲は目を丸くし自身の目を疑った。何故なら、現れた男は……。








「たく、み……?」


 美玲が掠れた声で名を呼ぶと、拓海はふわりと微笑みを浮かべる。美玲の記憶にあったままの優しげな笑みで。


「美玲」


 ハッキリと美玲を呼んだ拓海に、彼女は地面を蹴って彼に抱き着いた。


「拓海っ!」


 拓海は美玲を受け止め、強く抱きしめる。


 "あぁ、拓海だ。拓海だ!! 間違いない。彼は本物の拓海だ"


 全身で感じる拓海の存在感に、美玲の瞳から涙が溢れ出た。


「う、うぅぅ」


 泣いてすがりつく彼女に、拓海は優しく背を撫でた。


「美玲ごめんよ。君を一人にしてしまって。ほんとごめん」

「いい、もういいの。また拓海に会えたんだもの!!」


 しばし美玲は拓海の温もりに浸り、ふと彼を見上げた。


「でもどうして拓海が? だって貴方は二年前に……」

「それは彼のおかげだよ」


 拓海が男を見る。


「俺が死んで死夢を見た時、彼に願ったんだ。俺は美玲と一緒に死にたいって」

「え?」

「俺は美玲と一緒の未来を生きることは出来なかった。だからせめて死ぬ時は君を一人にはしたくなかったんだ。君は強く見えて人一倍寂しがり屋だからね」


 照れくさく笑う拓海。そんな彼を見て、美玲は涙を拭う。


「馬鹿ね」


 拓海を見上げた美玲は、幸せそうに微笑んだ。


「けど、ありがとう」


 そう言った瞬間、二人の体が淡い光に包まれた。光は二人を溶かしていく。


「美玲」

「うん。分かってる」


 愛しげに頬を撫でた拓海に、美玲はコクリと頷いて男と少女の方を見る。


「ありがとう。私達の願いを叶えてくれて」

「これで俺らは未練なくいけるよ」


 微笑む二人。


「それが俺達の仕事だ。何も特別なことをしたわけじゃない」

「最後まで無愛想な人ね!」


 表情を変えずに言った男に、美玲は呆れたように溜息を着いた。そんな二人のやり取りに少女はクスクスと笑い声を上げる。


「まぁこれがこいつの個性ってやつだから。さぁ未練が無くなったことだし、ちゃんと仕事をしましょうか」

「あぁ」


 男はランプを二つ取り出し、蓋を開けて二人へ向けた。すると、二人の光がそれぞれランプの中へと吸い込まれていく。


 消える最中、美玲はまた拓海と離れ離れになるのかと怖くなった。


「大丈夫。二人の炎は一緒にあの世に流すわ。生まれ変わる時は同じ位のタイミングになるはずだから、想い続けていればまた巡り会えるかもしれないから」


 ニコッと笑った少女に、美玲は微笑んだ。


「ありがとう」


 言葉と共に、最後に零した美玲の涙がキラリと光ながら空に消えた。





「さて、これで仕事完了ね」

「あぁ」


 肩を叩いた少女に、男は返事をしながら両手のランプを眺めた。

 炎は優しい赤で、まるで二人が会話をしているかのようにユラユラと揺れている。


「赤か。二人の愛の色ってことかしら」


 少女はランプを覗き込みながらニヤニヤする。


「さぁな」


 ランプを腰に仕舞った男に、少女は「あぁあ」と残念そうに肩をすぼめた。


「さっさと帰るぞ。長居してると出れなくなる」

「そうね。だけど私はあなたと夢に閉じ込められても構わないわよ?」


 上目遣いでコテンと首を傾げた少女。そんな彼女を見下げ、男はフッと鼻で笑った。


「冗談言ってんじゃねぇよ。さっさと行くぞ、キャトル」


 キャトルの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、男は歩き出した。


「ちょっ! 何するのよ、髪がグシャグシャじゃないのっ。ねぇ、聞いてるのサイ!!」


 叫びながらキャトルはサイを追って走った。





 そして二人は白い景色に溶けて消えた。




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