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 目覚ましの音が聞こえ、美玲は目をしました。

 ぼんやりとした視界のまま顔を横に向けると、少し散らかった自分の部屋がだんだんと鮮明に見え始める。


「朝、か」


 呟きを合図に一気に布団を蹴りあげ起き上がる。いつもしている彼女なりの気合いの入れ方だ。

 勢いのままベットからおり、洗面所へ行き身支度を整える。

 顔を洗ってスッカリ目が覚めた美玲は、台所へ向かいパンをトースター、ポットの電源を入れ冷蔵庫を開けてお弁当の準備を始めた。

 昨日の残りを詰め、余ったところには冷凍食品を入れる。時前に炊いておいたご飯も入れて完成だ。と同時に、パンとお湯が出来上がる。毎日繰り返してきたので時間配分は完璧だ。


 朝食を食べ、コーヒーを飲み干し、美玲は人前に出ても恥ずかしくない程度のメイクを施し、スーツに袖を通そうとした。



 ピンポーン



 インターホンの音が鳴る。

 美玲は首を傾げた。早朝に人が訪ねてくる予定はないし、宅配便にしては早すぎる。

 眉を顰めていると、インターホンが立て続けになり始めた。


「え、なによ」


 朝の静けさが掻き消える音に美玲はイラッとしつつ、仕方がないので玄関へ向かった。

 覗き穴のないドアなので、少し開けて様子を伺おうと鍵を開ける。すると、ガチャリとドアノブが回され外からドアが開けられた。


「なんだいるんじゃない。さっさと出なさいよね」

「いや、お前が短気なだけだろう」


 悪態をつく少女に男が溜息をつく。


 美玲は呆然とした。

 いきなりドアを開けられ、見知らぬ人が目の前にいるのだから、彼女の反応は当たり前だ。しかし、それ以外にも目を疑うものがあった。

 少女は薄ピンク色の髪をツインテールにし、ロリータファッション。男は黒髪に足がほとんど隠れるほどの真っ黒マントを着ている。

 爽やかな朝の光景では、彼らはかなり浮いている。


「あれ固まっちゃってる?」


 固まる美玲を少女は下から覗き込むように見る。その顔は不敵な笑みを浮かべていた。


「お前は一旦退いてろ」


 溜息をついた男。少女は不満そうに唇をたててながら後退した。

 男は少女から美玲に目を移す。表情は無く、澄んだ黒い瞳がまるで何もかもを見透かしているのではないかと感じ、美玲は少し身震いする。


「新田美玲だな」

「え、えぇそうですけど」

「驚かずに聞け。ここはお前の夢の中だ」

「は?」


 美玲は眉を顰める。

 朝起きてから普段通り生活した中で、夢である要素は全くなかったのだ。


「からかってるの? それとも新手の宗教勧誘? それなら全く興味無いから他をあたって」


 馬鹿馬鹿しくなりドアを閉めようと手を伸ばす。すると小さな手がその手を掴んだ。


「信じられないなら信じさせてあげるわ」


 ニヤリと口角を上げた少女に、美玲はぞわりと背筋が冷えた。


「い、いい! そんなこと必要ないから!!」

「まぁまぁ遠慮せず。すぐに終わるから」


 必死に抵抗するが、少女はお構い無しに美玲の頬に触れる。

 美玲はギュッと目を瞑った。


 そしてしばらく。一向に何かされた様子がなく、美玲は恐る恐る目を開けた。


「ね、夢でしょう?」


 少女は笑みを浮かべてコテンと首を横に傾ける。

 少女は美玲の頬を引っ張っていた。それも痛みを必ず感じるあろうほど。

 しかし、美玲は全く痛みを感じない。ただ触れられている感覚だけしか頬にはないのだ。


「え……?」


 状況に頭が追いつかない。

 現実であると疑わなかった世界が、実は自分の夢の中の出来事であったなど、すぐには飲み込めなくて当然だ。

 戸惑う美玲は助けを求めるように男の方を見た。男は表情を変えぬまま、美玲を見つめ返す。


「連れていくところがある。着いてこい」


 放たれた言葉に、呆然と頷いた。

 今の美玲にはそれ以外の選択肢が無かった。



 美玲はスーツを脱いで私服に着替える。

 会社へ行くわけでもないのにスーツのままは嫌だったので、着替える時間をもらったのだ。

 夢の中ならば想像すれば服が勝手に変わるのでは、と試してみたがそれは出来ないらしかった。


「お待たせ」


 部屋の鍵を閉めてポケットに鍵をしまう。

 振り返った美玲を男は一瞥し、何も言わずに歩き出した。

 男の態度にムッといた美玲に、少女が苦笑を浮かべつつ背を叩く。


「ごめんなさいね。アイツってああいう奴なのよ。生意気な態度にいちいち反応してたらキリがないわよ」


 そう言いながら男のあとを追いかけて言った少女に、あの子が言えたことじゃないだろう、と美玲は思いつつ二人の後を追った。


 三人が乗り込んだエレベーターは、1階まで下る。そして扉が開いた瞬間、美玲は目を見開いて唖然とした。


「え、なんで」


 見えた景色はマンションのエントランスではなく、美玲が普段使っているバス停だった。


「何驚いてるの? 夢なんだから何が起きたっておかしくないでしょ?」

「え、あ」

「おい早くしろ」


 いつの間にかバス待ちの列に並んでいた男が不満そうな声を上げる。

 美玲は少女と共にエレベーターを降り、男の後ろに並んだ。


 しばらくするとバスが来て並んでいた人々がバスへと乗り込む。

 順番がきて美玲も乗ったが、直ぐに足を止めた。


「え……」


 バスの中は人っ子一人居らず閑散としている。美玲の前に何人もの人が乗ったはずなのに。


「何してるの。早く座らないと発車しないわよ」


 最後尾の席に座る少女の言葉に、美玲は慌てて彼女の隣へ行き座った。すると扉が閉まりバスが発車する。後ろを振り返り見ると、バス停には先程のようにまた人が並んでいた。

 美玲は混乱して頭を抱える。


「ねぇ一体どうなってるの? 訳が分からないことばかり起きて着いていけないんだけど」


 戸惑いながら問うと、男が眉を顰めた。


「夢だと言っただろう」

「だけどリアル過ぎない?」

「だが現実じゃ有り得ないことばかりだろう?」


 美玲は言葉を詰まらせた。

 確かにそうで、景色はリアルそのものだが、起こることは現実とはかけ離れている。


「この夢は普通の夢とは少し違う。夢でもあり、現実でもある」

「どういう意味?」

「いずれ分かる」


 それっきり男は黙った。

 彼の言葉にまたしても疑問が増えたが、もう答えてはくれないと察した美玲は、溜息をつきながら窓へと目をやる。

 流れる景色は毎朝通勤の時に見ていた景色だった。


「ねぇもし願いが一つだけ叶うとしたら貴方は何を望む?」


 ふいに少女が美玲に問いかけた。

 窓から少女の方へ視線を移すと、彼女は微笑みながら美玲を見つめていた。


「望み?」

「そう。貴方が一番望むこと」


 美玲は考えててみる。

 もっと裕福な暮らしがしたい、綺麗になりたい。

 そんな普通な考えが浮かんだが、何故かしっくりこなかった。


"もっともっと私には叶えたいと願う望みがあったような……"



「何だろう」


 結構答えは出ずそう答えた。

 少女は美玲の言葉に「ふぅん」と意味深な笑みを浮かべた。




『次はランコントルです』



 男がボタンを押す。

 バスは停留所を止まり、美玲達はバスを降りた。

 降りた目の前には小さな雑貨屋があり、看板には『ランコントル』と書いてある。



「らんこんとる?何語なのよ」

「フランス語よ。意味は出会い、だったかな」


 首を傾げた少女に対し無意識に言葉が出た。

 美玲はパッと口元に手を当てる。


「ふぅん。詳しいのねフランス語」


 ニヤリと微笑む少女に美玲は何も答えられなかった。

 美玲はフランス語など今まで学んだことなどなかった。店のことを知っていたのなら分かってもおかしくないかもしれないが、美玲が覚えている限り店に来たことはないはずで、知っているはずがないのだ。なのに何故当然かのように意味を言えたのだろうか。


『ねぇこれってなんて意味なんですか?』


 途方にくれていた美玲の耳に自分の声が響いた。

 パッとその方を見ると、店の前に看板を見上げる男女が立っている。女の方は美玲自身で、髪の長さからみて四年前ほどの彼女だった。


『出会いって意味です。フランス語なんですよ』


 男が答える。

 上に向けた顔を横の美玲に向け横顔が見えた。しかし彼の顔は影が落ちたように暗く、誰なのか分からない。

 エプロンをしているので店の店員なのだろうか。

 昔の美玲は男を見て微笑んでいた。


 美玲は頭を抱える。



 "これは何?もしかして過去の出来事なのだろうか。でも覚えていない。いやでも、こんなことがあったような……"



 頭が混乱した。覚えのないようなそうでない様な光景。しかし懐かしいような感情が込み上げてくる。


「私は何か大切なことを忘れてるような……」


 答えを求めて顔を上げ店を見たが、もう二人の姿はなかった。


「次へ行くか」


 混乱する美玲に男はそう淡々と言い放った。






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