表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十章 ほんとうのやさしさ編
997/1091

第九百九十七話 休息

「……万事、計画通りです」


兵士の一人がケンシン――リノス――に向かって恭しく一礼する。その彼に向かってリノスは無理はしないようにと言って下がらせた。


彼の傍にはマトカルとシディーが控えていた。ここはルレイクの王都にある宮殿の一室だった。ベッドやソファーといった調度品が置かれ、かなりの広さのある部屋だ。元々ここは、国王ゲヌツの弟が使っていた部屋であった。元の主はこの国がアガルタの保護下に置かれるのを受け入れられず、兄の説得も虚しく、国外に去っていた。その空き部屋を、リノスらが使っていたのだ。


国王ゲヌツは今のところ後宮において軟禁状態に置かれていた。軟禁と言っても、特に見張りも置いていないので、その拘束力はかなり緩いものであった。ゲヌツは望めば後宮から出て宮殿内を自由に歩き回ることもできたし、王都の中であれば、自由な行動も許されていた。ただ、いわゆる政策を決定する会議や、軍議など、国の運営に関することには参加することはできなかった。言わば彼は、行動の自由と引き換えに、為政者としての権力を失ったのである。


だが、今のゲヌツはそうした自由を満喫している様子だった。仕事と言えば、式典に駆り出されるくらいで、その他の時間は何をしてもよかった。彼はその有り余る時間を愛妾と過ごしたり、本を読んで過ごしたりしていた。彼は彼で、訪れた平穏な時間を有意義に過ごしていたのである。


「さて、私は兵の訓練に行ってくる」


そう言ってマトカルは立ち上がった。彼女はルレイク王国軍の再編成とその訓練に携わっていた。もともと精強な兵士たちであったが、マトカルはその兵士たちをさらに強くするべく骨を折っていた。幸いにしてこの地域は良馬の産地であり、その馬とこの兵士たちを使って新しい戦いが見いだせないかを彼女は探っていたのであった。


マトカルが部屋を出ると、部屋にはリノスとシディーの二人だけになった。と、シディーが突然、隣のリノスの体の上に跨るようにして座り、その顔を彼の胸にうずめた。このルレイク王国にやって来てからというもの、シディーは二人っきりになると、こうして彼に抱き着いてくるようになった。


リノスはその理由がよくわかっていた。帝都の屋敷にいれば母親としての役割があり、一歩外に出れば、アガルタのドワーフたちの取りまとめとしての責任を負っている。彼女の運営する工房では日々、新しい技術を追求していて、その責任も負わねばならない。そんな彼女がそうした重責を逃れて安らげるのは、このルレイクのこの部屋を置いて他にはなかった。


「……シディーは甘えん坊だなぁ」


リノスはそんなこと言いながら彼女をやさしく抱きしめる。


「誰かが入ってきたら、どうしよう」


「大丈夫。しばらくは誰も入って来ません」


彼女の直感にかかれば、人が来る気配を感じることなど造作もないことはリノスにもわかっていた。ちょっと意地悪な質問だったなと思いながら、彼はシディーを抱きしめる手に少し力を込めた。


シディーはリノスのシャツを両手で掴んでいる。胸のあたりを掴むのは、娘のピアと同じだった。やはり母娘なのだなと思いつつ、彼は彼女の頭をやさしく撫でる。ちなみに、彼への抱きつき方は妻によって千差万別だ。例えばリコなどは、彼の背中に手を廻して抱きついてくるし、メイは両脇の下を掴んでくる。ソレイユはどこも掴まず、体全体を彼に預けてくるスタイルだ。マトカルはソレイユと同じだが、いわゆる棒立ちの状態となる。


相変わらずシディーはリノスの胸に顔をうずめたままだ。彼女もまた、つかの間の休息を取っていたのである。


◆ ◆ ◆


アガルタがルレイク王国を保護下に置いておよそ二か月が経った。王国はリノスらが予想していたよりも早く復興の兆しを見せていた。その理由としては、アルガワら周辺の国々よりも火山灰の被害が少なかったのと、難民となって国を離れた者たちの大半が家に帰り、そこで普段の生活を再開したからであった。


リノスが民衆たちに向けて税を軽くしたのも、この国が驚くほどの勢いで復旧した原因の一つであった。人々は喜び、さらに、その噂を聞き付けた周辺国の民も、このルレイク王国に移り住むようになっていたのだった。


その、民の流出が最も顕著であったのがアルガワ王国だ。この国もアガルタの支援を受けて復旧を果たそうとしていたのだが、隣国アルガワに半アガルタ王国ができたとわかると、民衆がこぞってこの国に押し寄せるようになったのだ。それは、火山灰で被害にあった者たちで、とりわけ結界村やメイたちアガルタ大学の者たちが支援した人々であった。アルガワは流入した難民問題が解決したと思った矢先に、逆に民衆の流出という問題を抱えることになり、火山灰の被害と合わせてまさに泣きっ面に蜂の状態となっていた。


むろん、アルガワとしても手をこまねいていたわけではない。使者をルレイクに派遣して民衆の流出を止めて欲しいと要請したのだが、宰相ノブザは国の復興に力を入れているので、そうしたことに力を割く余裕はないと言って、その要請を退けた。


「民衆の流出を止めねば、このルレイク王国には家なき者たちがあちこちに住まうようになる。そうなれば治安も悪化するし、下手をすると疫病が発生する原因にもなりかねません。そうなる前に、民衆を故国に帰るよう説得いただきたいのです」


アルガワの使者、サヒナルという男が青い顔をしながらノブザに言った。


「ご懸念には及びません。我が国には家を捨てて行方知れずになった者が多くおります。流入してきた者たちは、そうした空き家に入ってもらうこととしております。それに、アガルタには、貴国を支援した際に活用した結界村もありますので、流入した者たちが雨露凌ぐ場所がなく路頭に迷うということはありません。加えて、アガルタ大学から医師が派遣されておりますので、疫病が流行るということも、現在は可能性が低いと見ています」


そう言って笑顔を見せるノブザに、サヒナルは黙って引き下がる他はなかった。


アルガワには、ルレイク王国王太子ロウというカードがまだあったが、ロウはすでにアルガワに骨を埋めると宣言していた。なにより、愛する妻であるオネが実家での暮らしを主張して、ルレイクに戻ることを頑として受け入れなかったのである。ロウ自身も、アルガワでの華美な生活が気に入っており、帰国という選択肢は微塵もないと言ってよかった。


ルレイクがアガルタの保護下に置かれたことで、周辺国はにわかに緊張感が漂っていた。むろんそれは、ルレイクに手を出せばアガルタが黙っていない、世界最強を謳われるアガルタ軍の兵士に蹂躙されるという恐怖感もあったが、その一方で、ルレイクがこれまで同盟を結んでいた国々との関係継続やその修復に関して一切動きを見せないことも、周辺国を緊張させる一因となっていた。とりわけ、ルレイクが侵攻を予定していたルシルナノ地域の領主たちは混乱した。アガルタもこの地域に侵攻を企てるのではないかという懸念が払しょくできなかったからである。


領主たちはこぞってルレイクの宰相ノブザに使者を送り、関係改善を求めつつもその腹の内を探ろうとしたが、ノブザは決まってルシルナノ地域に兵を向けることはないと断言した。しかし、領主たちはいくらアガルタが支援しているからと言って、山に囲まれた痩せた土地しか持たないルレイクがこのまま大人しく引き下がるとは思えなかった。彼らは互いに牽制し合いながら、最悪の状況に向けての対策を練り始めた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ