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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十章 ほんとうのやさしさ編
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第九百八十九話 穏便にコトを収める

「無駄だケンシン。この俺からは逃げられぬ」


まるで悪魔のような声が背後から迫ってくる。おかしい。転移結界を発動したのに景色が変わっていない。魔法が封じられているのだろうか。だとしても、イリモの脚に追いつける馬はそうはいない。このまま逃げ切って……。


「うわぁ!」


思わず声が出た。気がつけばガノブが真横にいた。勝ち誇った表情を浮かべている。イヤだ。こんな男などに仕えたくはない。全力で逃げ切らねば。俺の心の内はイリモもよくわかっているはずだ。このままスピードを上げて振り切るのだ。


だが、彼女は苦しい息遣いをしている。これが限界なのだろうか。ああ、限界なのだな。とんでもない速度で走っている。これほどの速度でも……うわっ! ガノブは付いて来ている。ずっと俺の横にぴったりと付いて来ている。


ふと前を見る。すぐ前にはマトカルが愛馬の背に跨りながら走っていた。おお、イリモの全速力よりも早く走ることができるのか。何ちゅう馬だ、などとのんきなことを考える。彼女はずっと前を向いたまま振り返らない。それどころか、どんどんその距離は開いていく。ちょっと待ってくれマト、助けてくれ。このガノブを何とかしてくれ……。


突然体が重たくなった。ガノブが俺の肩を掴んでいた。何をするんだ、俺はアガルタに帰るのだ。リコやメイ、シディーやソレイユたちの許に帰るのだ。だが、ガノブはとんでもない力で俺を引っ張った。


体が宙を浮いていた。と同時に、イリモが速度を上げてマトカルの愛馬を追いかけていく。どんどん俺との距離が離れていく。待ってくれ、待ってくれ、待ってくれ……。


「ハアッハッハッハ! ケンシン、お前は俺の許で一生を送るのだ!」


いやだ、やめろ、俺は、俺は、俺はお前なんかの許で働きたくはない……。


「かあっ!」


まるで長い間息を止めていたかのような声を出しながら目を覚ます。……夢か。よかった、とホッと胸をなでおろす。ハアハアと呼吸が荒い。ゆっくりと息を整えながら体を起こす。少し、うっすらと汗をかいているようだった。


「……まったく、夢の中まで追いかけてきやがるのか。ハテ、恐ろしき、執念じゃなぁ」


大きく深呼吸をして窓の外を見る。まだ暗い。夜明けまで時間がありそうだ。もうひと眠りするかと思ったそのとき、隣にマトカルが寝ていることに気がついた。そうだ。遅くに帰って来たので、家族は寝ていたのだ。それで二人で風呂に入って、そのまま寝たのだ。ということは、まだ二時間程度しか寝ていないことになる。


これはいけない。睡眠不足で思考が鈍ってしまう。これは一刻も早く寝なければと思っていると、マトカルが下着も着けずに寝ていることに気がついた。しかも身に着けているシャツは俺のもので、小柄な彼女には大きすぎる。ダブダブのシャツを着て、下腹部を露わにしながら寝ている様子は、何とも言えぬエロさがあった。


彼女はぐっすりと眠っている。普段の颯爽とした姿からは想像もつかない程のおだやかな寝顔だ。少し、少女の趣すらある。こうして改めて見ると、やはり皇帝の娘だ。気品と言うものが備わっている。そんな美しい顔に似合わず、腹や足にはいくつもの刀傷が付いていて、それが何とも言えぬギャップを生み出している。ちなみに腹には見事なシックスパックが刻まれていて、まるでアスリートのような体つきだ。


それにしても、この格好はどうしたことだ。彼女が寝るときはいつも、パジャマのような格好をしているのだが、昨日は、寝る時からこんな格好をしていただろうか。思い出そうとするが、思い出せない。風呂でこれから先の軍事作戦のことを話したのは覚えている。こんなところでも仕事の話をするとは、本当に軍人という職業が合っているのだなと思ったことは覚えている。それから……あれで……これをして……寝たんだ。きっと、ベッドに入ってすぐに寝入ってしまったのだ。それで、彼女が寝る時の格好を覚えていないのだ。


それにしても……とは思うが、彼女も彼女で、たまには解放されたい欲求もあるのかもしれないと思いながらベッドに体を横たえる。露わになった太ももに手を触れる。思った以上にきれいな肌だ。そのとき、マトカルの両目がゆっくりと開かれた。


あ、起こしてしまったかと思ったそのとき、彼女の両腕が俺に伸びてきて、俺は少し強めに彼女に抱きしめられた。


「うう~ん。んんん……」


可愛らしい声を上げながら彼女は深呼吸をして再び目を閉じた。きっと、彼女は彼女で色々な思いを胸に潜ませながら日々を送っているに違いない。俺は彼女をやさしく抱きしめながら、再び目を閉じた。


◆ ◆ ◆


それから一週間後、ホルムが突然アルガワから帰って来た。それは、リコやフェリス、ルアラなどが参加しての重要会議の最中だったが、俺は会議室への入室を認めた。


「お忙しい中、お時間をいただきまして申し訳ございませんでした」


彼は居並ぶ面々を見て、そう言って深々と頭を下げた。俺がここに来るように命じたので、そこまで謝る必要はないと言って、報告を求める。


「ハッ。ルレイク王国の王太子であるロウ殿が、その妻のオネ殿と共に、アルガワ王国に脱出しました」


「何だ、それ?」


「ハッ。アルガワ王様にあらせられては、ルレイクからの再度の攻撃があるかもしれぬので、注意をするようにとのお達しがありました。実際、アルガワ軍がルレイクとの国境に向けて進発しております」


つまりホルムは、アルガワに展開しているアガルタ軍を撤退させるかどうかの相談に来たのだ。


「ホルムはどう思う。ルレイクはアルガワに再侵攻するだろうか」


「私は、その可能性は低いと見ています。理由としましては、未だアルガワにはアガルタ軍が展開しており、隣国のラウラジ王国も控えております。アルガワ王は、無傷のままでルレイク軍は撤退していると言っておいでのようですが、そうした中で再侵攻する程、敵もバカではないと考えます」


「俺も同感だな」


「ハッ」


「アガルタの兵士たちを撤退するには及ばないだろう。ご苦労なことだが、もうしばらく、アルガワで頑張って欲しい……が」


「……」


ホルムが怪訝な表情を浮かべている。そんな彼に笑みを返しながら、俺はさらに言葉を続けた。


「いや……。ルレイクが侵攻してくるよりも、アルガワがルレイクに侵攻するつもりじゃないかと思ってね」


「……恐れ入ります。お言葉の意味が、わかりかねます」


「さっき、ルレイクの王太子とその妻がアルガワに脱出したと言っただろう? ということは、アルガワはルレイクからさらに人質を手に入れたということだ。俺が考えていたのは、ルレイクは今の王が引退して息子が跡を継げば、穏便にコトが済むんじゃないかと思っていたんだ。王太子はアルガワ王の娘婿だ。アルガワとしては、そうすることで間接的にルレイクを支配できる体制が整う。ただ、王太子がアルガワにとられてしまったということは、それもできなくなったということだ。これが王太子たちが画策して脱出したのであれば話は別だが、アルガワが手引きしたとなると、アルガワ王は穏便にことを済ませるつもりはないと言うことだ。おそらく、アルガワはルレイクに侵攻して併呑してしまおうとしているんじゃないかな。まあ、自業自得と言えば自業自得だろうけれど、かわいそうなのはルレイクに住む人々だ。侵攻となれば、田畑も荒らされるし家も焼かれる。あまり、いい気分ではないな」


「リノス、何とかことを穏便に運ぶ手立てを考えた方がよろしくなくって?」


リコが心配そうな表情を浮かべながら口を開く。俺は思わず腕を組んだ。


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他国にちょっかいかけすぎ、嫌になる。
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