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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十章 ほんとうのやさしさ編
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第九百八十三話 天を仰ぐ

ルレイク王国軍、一万五千がアルガワ王国に侵攻を開始したのは、王太子ロウ夫婦が幽閉されてから五日後のことだった。


まさに、電光石火の行動だった。それが功を奏したのか、ルレイク軍は易々と国境線を突破し、一気にアルガワ王国の王都を目指して進軍した。


通常であればあり得ないことと言えた。アルガワ王国軍、総勢三万の軍勢をもってすれば、そんなことは絶対にないと言ってよかったが、噴火の被害からの復興に全力を注いでいたために、王国軍は各地に散り散りになっていた。


勢いを駆ってルレイク軍は、侵攻から二日後には王都に迫った。すでにアルガワ王国の北半分を制圧した状態であり、王都の陥落は目前の状態であると言えた。


アルガワの同盟国であるラウラジ王国も、この侵攻は予想もしておらず、救援が遅れていた。ラウラジはアルガワから嫁いできた娘を返すと通告するのが精いっぱいの状態だった。つまりこれは、ルレイク王・ゲヌツにとっても、予想はしていたとは言いながら、厳しい局面に立たされることになった。これから先は、背後のアルガワとラウラジからの攻撃に備えねばならない。彼にとっても、ここでアルガワを併呑しなければ国の未来はなく、絶対に失敗できない戦いとなっていた。奇しくも現在の状況は、ゲヌツの息子・ロウが指摘した通りの状況となっていた。


ゲヌツはアルガワの王都まで約十㎞の地点で行軍を止め、休息を命じた。草原の彼方に王都の城壁が見える。夜が明ければ、総攻撃を開始する。それまで十分に兵たちを休息させろと家来たちに命じると同時に、夜襲に十分注意するようにと促して、彼は陣所に戻った。


この侵攻が始まってからゲヌツは一睡もしていなかった。家来や兵士たちも、ほぼ、休息することなく行軍しているために、誰の目から見てもルレイク軍の体力は限界を迎えていた。ゲヌツ本人も、敵に準備をする時間を与えず、このまま攻め切った方がよいことは百も承知だったが、己自身も体力の限界を迎えていて、どうしても、これから先に進むことができなかった。


疲労困憊した彼は、鎧を脱ぐと、近習たちが用意した粗末な褥に体を横たえた。まだ、戦闘中である。そんな中で鎧を脱ぐと言う行為はあり得ないことと言えた。近習たちも、鎧を脱がせろと命じられて、一瞬、動揺を見せた。


体を横たえても、ゲヌツは眠ることができなかった。目を閉じてはいたが、頭の中は冴えていた。彼の頭の中はこれからのことでいっぱいだった。王都を抜き、その足でアルベラ金山を押さえねばならない。そうしておいて再び王都に戻って守りを固める。恐らくその頃には、各地で散っていたアルガワ軍が王都奪還に向けて殺到してくるはずだ。それらを退けながら、ルレイクへの撤退も考えねばならない。下手をすると、ラウラジ軍が動く可能性すらある。そうなった場合ゲヌツは左右から挟撃される形となる。そうなれば戦いは一気に不利になる。金山は後回しにして、各地のアルガワ軍を各個撃破するべきか……。そんなことを考えている彼の許に、誰かが足早に向かってくる音が聞こえた。


「申し上げます!」


はあはあと荒い息をしながら男はゲヌツの前で畏まった。彼は足音を耳にしてすぐに褥の上に起き上がり、男を迎える準備を整えていた。


「どうした」


「ハッ。ただ今、本国からの知らせによりますと、皇后さま、お隠れ遊ばしたとのことでございます」


「なっ、妃が?」


「ハハッ」


男はそう言って、頭を地面にすりつけるようにして平伏した。


ゲヌツは男に下がって休息するように命じると、ゆっくりと天を仰いだ。妃の死は、容易に想像することができた。きっと、自ら命を断ったのだろう。彼の脳裏には、出陣の直前に交わした妻との会話が思い出されていた。


「一体、国王様はロウをどうなさるおつもりですか! あのような砦にオネ殿と共に幽閉されて……何とかわいそうな。ロウを……ロウを、どうなさいますおつもりですか! 毒でも盛って亡き者にでもするおつもりですか!」


黙れバカ者とゲヌツは妻を一喝した。どの世界に我が子が憎くて毒を盛る親がいるかと怒鳴りつけた。その妻は、引き立てられていく息子に取り縋って連行されるのを阻止しようとした。まさに、あり得ない行動と言えた。一国の皇后が、恥も外聞もなく慟哭しながら息子に取り縋ったのである。このことはゲヌツの命令により秘匿されたが、そうしたスキャンダルが表沙汰になるのは、時間の問題と言えた。


なおもゲヌツを詰る妻に彼は、これ以上の話をすることはないと言ってその場を後にしようとした。その夫の背中に向かって妻は、ロウを赦免せねば、この命をもって抗議すると言って脅した。妻の性格を知っていた彼は、それが単なる脅しでないことは知っていた。だが、ここで息子を許せば、アルガワ侵攻の勢いを削がれることになる。ゲヌツは、これからのルレイク王国の未来のために、無言のままその場を後にしたのだった。


色々あったものの、長年連れ添った妻である。その死の報は、予想以上の衝撃だった。涙は出なかった。出なかったが、彼の心の中には、これから先、さらによくないことが起こりそうな予感がしていた。


イヤイヤ、そんなことではいけない。しっかりせねばならぬ。自分がしっかりせねば、国が亡びるのだと言い聞かせていると、今度は小さな足音が聞こえてきた。あたりを憚るような歩き方だ。しかもそれは一人のものではなく、複数人の足音だった。一体何事かと訝るゲヌツの前に、一人の男が現れた。


「国王様、面倒なことになりました」


「面倒なこと?」


やって来たのは、ルレイク王国の斥候隊長だった。彼は後ろを振り返ると、オイ、と小さく声をかける。陣幕がスッと開くと、戸板に乗せられた男の遺体が三体、運び込まれてきた。


異形な男たちだった。真っ黒い鎧を装備していた。この辺りでは見ない装備だった。


「この者たちは」


「おそらく、アガルタ軍の兵士であろうと推察します」


「アガルタ!?」


思わず大きな声が出てしまった。彼は周囲を見廻すと再び声を落として斥候隊長に口を開いた。


「なぜ、アガルタの兵士がアルガワにいるのだ」


「調べましたところ、アガルタはアルガワの復旧に助力するべく、およそ五千の兵士を差し向けているようです。この三名はその先遣隊とのことです。彼らは王都の外に陣所を築いていました。それをアルガワ軍と勘違いした我が軍の兵士たちが襲ったのです」


「何と……」


「アガルタの兵士は他にも数名いたそうですが、それらはどこへともなく姿を消したとのことです。この三名は殿を勤めて、我が軍と戦ったようでございます。この戦闘で、我が軍の兵士四十名が命を落とし、二十名が傷を負いました」


「よ……四十?」


一万五千の軍勢の中で、四十名の死亡は大したことではなく、一見するとルレイク側の被害は軽微であるかのように見える。しかし、ゲヌツが驚愕したのは、死亡した四十名はいずれも騎士であり、フルアーマーを装備していたのである。通常ならば、そうした兵士たちを斬ろうとするとまず、剣が先に折れるものだが、アガルタの兵士たちは、どこをどうしたものか、一人で十人以上の敵を倒し、さらに数名に傷を負わせていた。これは、ゲヌツの常識から言って、驚愕することであった。アガルタ軍が世界最強であるというのは情報としては知っていたが、いざ、こうした戦いの結果を聞くと、その話は予想をはるかに超えるものであった。ゲヌツの背中に冷たい汗が流れた。


「おそらく、逃げた兵士たちからアガルタに我らの襲撃が知らされるのも、時間の問題でございましょう。我らは下手をすると、アガルタ軍と事を構えねばならないことになるかもしれません。国王様、この先のことは、熟慮の上でお進みくださいますよう」


ゲヌツは再び天を仰いだ。

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