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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十章 ほんとうのやさしさ編
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第九百八十二話 狂気の沙汰

ロウの顔は血の気が引いていた。父ゲヌツから告げられたこの話は、彼にとっても予想もしていない、驚天動地のものであった。未だあどけなさが残るその顔立ちを見ながら、父ゲヌツは、何とも言えぬ無念さを感じていた。


ゲヌツはルレイク王国の未来を見ていた。百年先のことを考えていた。つまりは、この国の大局を見ていた。一方のロウは、妻であるオネの実家を攻めるなど、人の道に反すると言って反対した。つまり彼は小局を見ていたのである。


ロウは、周囲の予想を裏切って九つも上の妻を愛していた。オネが嫁入りしてきたその日から毎夜、彼女と褥を共にしていた。王太子として日々の勤めがあるために、さすがに褥から出ないと言うことはなかったが、それでも彼は部屋から出るときは後ろ髪を引かれるような素振りを見せていたし、夜になるとソワソワして、早く妻の許に行きたいような素振りを見せていた。


最初こそ、父ゲヌツも鷹揚に受け止めていたが、結婚して半年近くたっても、ロウの様子は変わらなかった。それどころか、その熱はますます上がっているようにも見受けられた。


オネはアルガワ王のところで贅沢三昧に育っていたから、山深いルレイクに来ても、何かと不平を漏らしていた。そして、遠慮というものを知らなかった。彼女は思ったことをあけすけに口にした。まるで、自分が要求すれば何でも叶えられるのが当然であると思っているようであった。あるときなどは、与えられた館が気に入らないと、ロウに言って新館を増築させたときは、さすがのゲヌツも苦言を呈したほどだ。しかし、彼女はどこ吹く風で、その様子は一向に改まる様子はなかった。


彼女はルレイクのモノを気に入らず、調度品なども、いちいちアルガワから取り寄せて使った。なにしろ、顔立ちもよかったし、今をときめくアルガワ王の娘だと言うので、はたも、ちやほやしていたので、その発言は影響力を強めていた。


このように、生家を嵩に着たがるオネのことだから、義父であるゲヌツとは全く話も考え方も合わなかったし、ゲヌツもこの奔放な息子の嫁を気に入る筈はなかった。


だが、ロウは違った。オネの纏う極彩色の衣装と、そこから醸し出される彼女の色香に惑わされていた。元々山深い土地で育ったうえ、父ゲヌツの方針で、質実剛健に生きてきた彼にとってこの年上の女房は、天女のように見えていたのである。加えて、彼の生母でもある、ゲヌツの妻も、オネが持ってくる豪華な調度品に心を奪われていた。ある意味でアルガワは、このルレイク王国の次代の王とその生母の心を取り込んでいたのである。


そうしてロウは、父ゲヌツの今回の決定に堂々と反対の意見を述べた。それだけでなく、これまでの父の治世の批判までも行った。やれ、数年前の戦いでは家来を見捨てて逃げたでしょうだの、病に倒れた側室を王城から追い出して殺したのは、人の心を持った者のやることではない、などと言ったりした。


ロウは未だ、感情をコントロールすることができなかった。それは若者特有のものであった。彼は一旦頭に血が上ると、口が止まらなくなる。彼は眉間のあたりをピクピクさせながらさらに言葉をつづけた。


「聖王と称されしエリルギ王様でさえ諸々のご失政がございます。況や我ら凡人をおいてをや。父上がそのような間違いをなさるのは、父上ご自身が悪いわけではございません」


生意気な態度だった。父を非難するどころか下に見て、軽蔑しているかのようであった。家来たちはハラハラしながらその様子を見守っていた。斬られても文句の言えない態度だった。


ゲヌツは息子の性格を知っていたために、その熱が収まるまで放っておこうと考えていた。だが、息子の言葉は留まるところを知らなかった。このままでは王としての沽券にもかかわることだった。ゲヌツはロウの目をじっと見ながら、まるで噛んで含めるような口ぶりで彼に話しかけた。


「ロウよ」


「……」


「そなた、いつからこの国の王となったのだ」


「……」


「この国の王は、余である。この国の未来は、余が決めることだ。余の決定は、絶対である。そなたは、余の命令に、従わねばならぬ」


周囲は水を打ったかのように静まり返っている。ロウは顔を真っ赤にしながら体を震わせている。その様子は、父に対して言葉が過ぎたと後悔しているようでもあり、父の言葉に納得いかないという感情が現れているようにも見えた。


「……私は」


「……」


「それでも、父上のご命令に従うことはできません。我がルレイク王国とアルガワ王国とは親戚の間柄です。しかも、昨日今日の縁ではございません。アルガワの王太子ジザン殿には我が姉が嫁ぎ、そして、私の許にはアルガワ王の息女たるオネが嫁しております。言わば、我が国とアルガワは深い縁で結ばれているのです。その縁を切ってアルガワに侵攻したらどうなりましょうか。隣国のラウラジが黙っておりません。ラウラジだけではありません。周辺諸国が黙っておりません。我らは四方を敵に囲まれることになるのです」


「そのようなことは承知の上だ。ロウ、小さな信義に囚われてはならぬ。お前は我がルレイク王国の王太子である。お前は百年先の我が国のことを考えるのだ。今、ここでアルガワを併呑しておかねば、百年先のルレイクは、ない。今は国家存亡の時ぞ」


「アルガワを併呑せずとも、両国手を携えて行けば、我が国は百年先まで永らえると思います。私は、オネの手前、断じてアルガワを裏切ることはできません。せっかく築いた縁を切り、火山の噴火で苦しんでいるアルガワに兵を向けるという父上の仰せは、狂気の沙汰としか思えません」


「何っ! 狂気の沙汰と言うたか!」


「……も、申しました」


「う、うぬはっ! 余はうぬにしっ、しを……」


「国王様、しばらく! しばらく!」


ゲヌツの顔が真っ赤に上気していた。その前に、まるで転がるようにして進み出て膝をついた者がいた。家来の一人であるサマラトだ。年は取っているが、若い頃は猛将として名を馳せた武人だ。その勇猛さと剛健さを買われて王太子・ロウの傅役を務めていた。言わば、ロウにとっては父親も同然の男であった。


「この度は、この度だけは、この私の白髪首に免じて、何卒……何卒……」


若い頃は槍を振り回し、雄々しき武人だった男が、大きな体を折り曲げるようにして頭を下げているのが哀れだった。サマラトとしても、そうせざるを得ない状況だった。これ以上、国王を喋らせてはいけない。このまま国王を喋らせればそれこそ、王太子殿下の命にかかわることになる。それだけは絶対に避けねばならない。その一念だった。まるで捨て身ともいえるこの行動に、他の家来たちも静視に堪えないと見えて、みな、俯いたり顔を背けたりしている。


サマラトの必死の説得に毒気を抜かれたのか、国王ゲヌツは、ヨロヨロと力なく椅子に座った。彼の体が一回り小さくなったような気がした。まるで頭痛に耐えているかのように額に手を当てて俯いている国王は、一気に年を重ねたかのようにも見えた。


「……もうよい。下がれ」


ゲヌツは力なく口を開いた。まるで時が止まったかのように誰も動こうとはしなかった。彼はゆっくりと顔を上げると、目の前に控えている息子のロウに、真っすぐな視線を向けた。


「ロウとオネには蟄居を命じる。ひとまず、館を出てサンロートルの砦に幽閉せよ」


「こっ、国王さま!」


「サマラト、そなたも大儀であった。下がってよいぞ」


「……」


サマラトの目には涙が滲んでいた。ゲヌツは思わず目をそらした。


ロウが兵士たちに引き立てられ、サマラトもその後を追うようにして退室すると、ゲヌツはまるで、自分に言い聞かせるように大きな声で宣言した。


「これより我らはアルガワ王国を攻める。我が国の荒廃、この一戦にあり!」


その言葉に、家来たちは無言で頭を下げた。

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