第九十八話 ウサギさんこちら、手の鳴る方へ
「あのポーセハイたちを譲れ・・・というのはどういう意味であろうか?」
ドワーフ王の声が震えている。それはそうだ。自分の妻を殺し、娘を殺そうとし、さらには国を滅ぼそうとしていた奴らなのだ。王として、許せるわけはない。
「いえ、奴らを活用する術が見つかったのです。うまくいくかどうかはわかりませんが」
「まずは、話を聞かせてもらおうか」
「ポーセハイたちは、このままいくと間違いなく全員が死罪でしょう」
「いや、そうは考えていない。首謀者は厳罰に処すが、計画に加担しなかった者については、罪は軽くするつもりだ」
「それはおやめになった方がよろしいかと思います。ヤツらの家族意識は鉄壁です。あれ以上、奴らの誰かの命を奪うと、間違いなく奴らはニザ公国を、ドワーフ王を敵として認識するでしょう。そうなれば王は、常に命を狙われることになります」
「むむむ・・・」
「私の要求をポーセハイたちが呑めばそれでよし。呑まねば、その時はドワーフ王様にすべてをお任せしたく思います。一度、私に彼らと話をすることをお許しいただけませんか?」
「・・・まあ、バーサーム侯爵に限って、我が国の不利益になることはするまい。よかろう。ポーセハイたちと存分に語られるがよい」
「ありがとうございます。ところで、王様からのお願いとは何でしょうか?」
「いやなに、バーサーム殿の妻である、そのメイリアス殿のことだ」
俺とメイは顔を見合わせる。
「妻が何か?」
「メイリアス殿をしばらく、公国で預からせてはもらえないだろうか?」
「どういうことです?」
メイの身柄を拘束すると言っているのだ。普通に考えれば答えはノーだ。メイがいなくなるのだ。あのエロい、いやもとい、濃厚な夜を過ごさせてくれるメイがいなくなるのだ。あのやわらかい、マシュマロみたいなおっぱいがなくなるのだ。許せるわけはない。
「メイリアス殿の薬師としての腕は素晴らしいものがある。我々ドワーフは長命であるのをいいことに、自身の体を気遣うということがあまりなかった。今回のように疫病などが流行るとも限らん。そのために、我らドワーフは新たな防衛策を身につけねばならん。それにメイリアス殿の腕を借りたいのだ」
確かに、公国内において薬屋はほぼ皆無だ。何か体の具合が悪ければ回復魔法で治癒するか、さもなくば、気合と根性で治してきたのだろう。しかし、今回のように魔法では治癒できない病が流行るかもしれない。そうなった時の対策として、メイの知識を活用しようというのだ。これは、言下に断れない。
「メイ、どうする?」
「私は別に構いませんが、ご主人様は・・・」
「う~ん、そうだな・・・」
結局交渉の末、メイは毎日転移術(実は俺の転移結界)を使って公国に赴き、ドワーフたちに薬の知識を教える。そして、夕方は必ず帝国に帰り、家族とともに夕食を食べること、週休二日制でかつ、お盆、年末年始休暇を取得させること、有給休暇を付与すること等、もろもろの条件を付けることで、ドワーフ王の願いを聞き入れることにした。
「ニザ公国にはずっと来たかったので、それが毎日通えると思うとうれしいです」
「ほう?我が国にそこまで興味を持つとは、何か武器や防具が好きなのか?」
「いえ、亡くなった父がドワーフだったのです。子供のころから父の鍛冶をよく手伝っていました。公国に来ることができれば、ドワーフの方々から色々な技術が得られるかと思ったのです。王様、空いている時間に、ドワーフの皆さんの鍛冶工房を覗いてもよろしいでしょうか?」
「むろんそれは構わんが・・・。そなたの父の名は何という?」
「はい、シマヤ、と申します」
「シマヤ・・・もしかして、左腕に大きな傷の跡がなかったか?」
「どうしてそれを!」
「・・・そうか、シマヤは死んだのか。いい鍛冶師だった。そうか死におったか・・・」
「ドワーフ王と妻の父とどのような関係だったのでしょう?」
「儂の弟子だ」
「弟子??」
ドワーフ王はすなわち、世界一の鍛冶職人であるドワーフ族の頂点に君臨する鍛冶師である。当然その腕はドワーフ族の中でも群を抜いている。王は弟子を周囲に置き、自分の警護や雑務を担当させる代わりに、自身の持つ技術を伝え、弟子を育成してきた。メイの父親はその弟子の中でもトップクラスの腕だったそうだ。
「自分の弟弟子たちをかわいがる男でな。儂の仕事を弟子のひとりに任せようとしたら、シマヤめ、自分がかわいがっている弟弟子を推挙しよった。それを退けたところ、ちょっとした言い合いから刃傷沙汰になってな。シマヤの傷は、儂がヤツを斬った時にできたものだ」
・・・完全な子供のケンカですやん。いい大人が何をやってるんだ?
「そうか、メイリアス殿はあのシマヤの娘か。それならばきっと相当の鍛冶スキルを身に付けておろう。機会があれば是非とも色々な工房を覗いてやってくれ。そして、多くの技術を習得するがよい。そなたなら、できようぞ」
王は知らない。メイがすでに神級の鍛冶スキルを持っていることを。後に、ドワーフの持つ技術はたちまちメイに習得されてしまい、それどころか、彼らが考えもつかない方法で次々と新しい技術を生み出していくメイにドワーフ全員が屈服してしまうことを。それは、遠くない未来まで迫っているのだが、それはまた、別のお話。
数日後、俺は王宮の地下にある大広間に来ていた。収監されているポーセハイたちに会うためだ。
「よー。しばらく見ねぇ間に、ずいぶんとヤツれたな?バカウサギども」
王宮に捕らえられてからのこいつ等の生活は、かなり厳しいものだったようだ。皆、一様にやつれていて、元気がない。
「・・・我らに、何の用だ?殺すのであれば、早く殺せ!」
若いポーセハイが俺に、殺意を込めた目で睨みつけてくる。
「お前、名前は?」
「・・・チワン」
「チワン、見たところ骨のありそうな若者だが、バカであることは間違いなさそうだ。自分の置かれている立場を理解しろ。次に俺に殺気を放ったら、ポーセハイ全員を皆殺しにするからそう思え」
「・・・」
俺から目をそらし、地面を向いて震えている。
「さて、黒ウサギたち。お前たちは遠からず処分される。死ぬのか死なないのかは俺にはわからん。今日ここにお前らに会いに来た理由は一つ。俺にとっても、お前らにとってもいい話を思いついたのでここに来た。俺の提案を受け入れれば全員命は助かる。呑まなければドワーフ王がお前らを裁く。お前ら一族の命運は、お前らに決めさせてやる。そういうことだ」
ポーセハイ全員が俺を見つめている。俺はその視線を無視して話し始める。
「俺からの提案は、お前らを世界一にしてやれる提案だ。世界一はお前ら一族の悲願じゃなかったのか?それを、叶えてやろうというわけだ。ただし、俺は環境を作るだけでやるかやらないかはお前ら次第だがな」
「我々を世界一になど・・・」
チワンが呟く。
「努力次第でできるぞ?お前ら全員、どうやら回復魔法と薬師のスキルを持っているな?あとは、鍛冶師か。幻影術を持っているのもいるのか?まあ、それはいい。そのスキルを活かせるということだ」
「我々はドワーフに負けたのだ。今一度、ドワーフに勝負を挑めというのか?」
「アホかお前。ドワーフの土俵で勝負して勝てるわけないだろう。別の土俵で勝負するんだよ」
「どういうことでしょう?」
「お前ら全員、医者になれ」
「医者・・・?」
「お前らのスキルで、病に苦しんでいる人たちを一人でも多く救うのだ」
「そんなことで、世界一に・・・」
「なれるんだよ、それが。お前ら今の自分たちは幸せか?」
「・・・」
「即答できねぇんじゃ幸せじゃないってことだよな?当然か、牢獄につながれてヒドイ生活してるもんな?」
「それはすべてお前たちに原因がある。知ってるか?幸せってのは、努力×運なんだよ。お前たちには恐ろしく運がない。ゼロだ。ゼロに何をかけても、ゼロだ。わかる?」
全員が眉間にしわを寄せて、若干引いている。いいですよ?それも覚悟できてますので。スベるの、大歓迎です。
「お前らは相当の努力をした。しかし、運がない。運っていうのはどうやったら上がるか知ってるか?知らねぇよな。運ってのはな。人のために何かを助けてやることで上がるんだ。人から感謝されることで上がるんだよ。お前らは自分たちのために何かをやってきた。人のことは全く眼中になかった。だから不幸せなんだよ。運さえ上げれば、お前らの評価はすぐに上がる。だからお前ら医者になれ。人間も、獣人も、ポーセハイも、皆の命を救って感謝されろ。そうすりゃ俺たちは寿命が延びるし、お前たちも世界一になる。どうだ?悪い話じゃないだろう?」
全員が絶句している。物音ひとつしない。
「まあ、いきなり決めろと言われても決められないだろう。一日やる。お前らで考えろ。そしてそうだな・・・。チワン、お前明日の同じ時間に、俺の所に報告に来い。看守にはその旨、伝えといてやる」
そう言い捨てて俺は部屋を後にした。
「あ、アイツら、別々の牢に収監されてんのか?そうなりゃ話し合いできねぇかもしれないな。まあいいか。どうにかするだろう」
一抹の不安が頭をよぎったが、大丈夫と勝手に思い込むことにする。
次の日、俺の前に現れたチワンは悔しそうな表情を隠そうともせず、俺の提案を受け入れると伝えに来た。どうやってポーセハイたちが話し合ったのかは、敢えて聞かなかった。
ドワーフ王にポーセハイの決断を伝える。王は露骨に嫌そうな顔をしたが、ヤツら全員を犯罪奴隷とし、その主人を俺とすることを伝えると、何とか了承してくれた。
その後、ニザ公国の奴隷商が呼び出され、ポーセハイ全員に奴隷魔法を付与していった。何せ40人近くもいるためにかなりの時間がかかり、終わったのは深夜だった。
フラフラになりながら王宮の俺の部屋に戻ると、メイがいた。
「帝都のお屋敷には、ご主人様が遅くなると伝えてきました」
「ああ、そうか。ありがとう。みんなはもう、寝たのかな?」
「はい、リコ様が先に休むと仰っていました。そして、ご主人様にお夜食を持たせてくれました」
見ると、バスケットの中に夜食が入っている。
「これ、一人分にしては多いな。もしかして、メイもまだか?」
「いえ、私は・・・」
「まだなんだったら、手伝ってくれ。俺一人じゃ食べられないぞこれ。残したらもったいないだろ?」
「・・・そうですね。では」
遠慮していた割には、結構ガッツリとメイは食べた。かなりお腹がすいていたらしい。
「メイ、風呂入るか?」
「・・・ハイ」
顔を真っ赤にして答えるメイは、とてもかわいらしかった。
体を洗い、二人で湯船につかる。王宮だけあって、浴槽も広い。王族は風呂でも侍女や家来が介添えするために、浴槽も広めに作っているのだそうだ。
「それにしても、不思議です」
「うん?どうした?」
「まさかポーセハイたちまでも、配下に加えてしまわれるなんて・・・思いもよりませんでした」
「メイは嫌かい?」
「いいえ。確かに両親の敵ではありますけれど、今ではむしろ彼らに感謝しています」
「感謝?」
「はい。両親が殺され、私も奴隷に落とされました。けれど、そのおかげで私はご主人様との縁ができました。こんなに幸せな日々を送らせてもらっているのも、ポーセハイたちがいたからこそです。もちろん、両親の死は悲しいですが・・・。ですが、今は、私は彼らに感謝しています」
「メイ、お前は偉いな」
思わず隣にいるメイを抱きしめる。
「ご主人様こそ、素晴らしいです。ニザ公国の危機をあっという間に解決してしまわれました。私も頑張らないといけません」
「そっか。あまり無理しないようにな?」
「私は全然大丈夫です。まだまだ頑張れますから安心してください」
「・・・じゃあ、お言葉に甘えて、風呂から上がったら、頑張ってもらっちゃおうかな?」
「えっ?・・・ああ、フフっ。ご主人様・・・畏まりました。お任せください」
きれいな満月が、王宮を美しく照らしていた。




