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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十章 ほんとうのやさしさ編
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第九百七十九話 明暗

リショーは呻きながら目を覚ました。最悪と言っていい目覚めだった。


頭が痛い。加えて、喉もひどく乾いている。彼はゆっくりと起き上がると、枕元に用意されていたポットを手に取り、傍にあったグラスに水を注ぐ。そしてグラスを掴むと一気にそれを喉に流し込んだ。


「ふぅぅぅ」


相変わらず頭痛は続いている。それはそうだろうな、と心の中で呟く。昨夜もあれほど酒を飲んだのだ。こうなることは目に見えていた。


痛みを取ろうと親指をこめかみにあててグリグリと押す。痛みは取れはしないが、いくらか軽減することはできる。これは、彼がここアガルタにやってきて発見したことだった。


その態勢のままベッドから降りて窓の外に視線を向ける。日は高く昇っている。そこからは多くの人々が慌ただしく往来を行き交う様子が見えた。


「ああ~」


ため息とも嗚咽ともつかない声が漏れる。もうこれで三日目だ。これから先はどうすればいいのだ。そんなことを考えながら彼は再びベッドにゴロリと横になった。


こんなはずではなかった。本来なら今頃はとっくに自分の磨き上げた技術で、周囲の者たちを黙らせているはずだった。


その脳裏には、出身であるルレイク王国での輝かしい日々が映し出されていた。彼はワカロ金山において最も優れた技術者の一人だった。同じ工房の中で彼ほど純度の高い金を取り出すことのできる者はおらず、その腕は誰もが認めるところだった。


そんな彼が、国王の勅命を受けてアガルタに訪れたのは、およそ二週間前のことだった。アガルタのドワーフ工房に金の精錬と精製技術を学ぶためであった。そこでの技術力は世界一と言われており、現在の自分たちよりもはるかに効率的で大量の金が採れるのだと聞かされていた。その技術を習得すれば、金を取り出して石ころ同然となった鉱石から、さらに金を取り出すことも可能かもしれない――親方は目を輝かせながら彼に語っていた。


若くして高い技術力を習得したリショーは、己の腕に絶対の自信を持っていた。なぁに、自分の知らない部分を学んでしまえば、あとは用済みだ。半年の期間を与えられているが、アガルタの技術など三ヶ月で習得して、あとの三ヶ月はゆっくりとして国に帰ろうと考えていた。


だが、実際に赴いたドワーフ工房は、彼の想像をはるかに超えるレベルだった。今まで見たこともない製法で金を精製していたのだ。そして何より、ドワーフたちをはじめとする、工房の連中の言っている言葉が皆目わからなかった。


リショーが所属するルレイク王国での金の精製方法はいわゆる灰吹法だった。まず磨り臼や回転臼で鉱石を細かく粉砕する。その状態では不純物も含まれるために、金の純度を高める必要がある。そのために、鉛と一緒に炭火で溶かしていき、金銀と鉛の合金を作る。この合金を灰で敷かれた鍋の中で熱することで、鉛が溶けて金だけが残るというものだ。だが、アガルタのやり方はそれとはまったく異なる方法で、彼らは大きくて固い装置の中に鉱石を入れる。それは想像を絶する高温が保たれていて、程なくして鉱石はドロドロに溶けた状態になる。それをまた別の施設に移して、金を取り出すという手法だった。


彼は最初、この様子を見たときに、驚きのあまり開いた口がふさがらなかった。そうしておいて、その後、この施設のことを説明されたが、それは彼の理解を大きく超えるものだった。ただ一つわかったことは、アガルタの工房と同じものを作るとなれば、想像を絶する資金が必要になることだった。それに、それを作るのにも、維持していくにも高い技術力も求められる。単に製法の手順を学ぼうと考えていた彼は、出だしから大きくその予想を裏切られる形となった。


とはいえ、リショーもルレイク王国では神童と呼ばれ、天才と呼ばれた技術者だった。彼の才覚をもってすれば、それらを理解し、技術を習得することは、容易ではないにしても、できないことではなかった。しかし、彼の人一倍高いプライドは、頭を垂れ、膝を屈して教えを乞うことをためらわせた。そのため工房に赴いてから一週間後には、彼はそこの職人たちとほとんど交わることはなくなっていた。そして、決定的だったのは、工房の責任者であるコンシディーとの面談だった。彼女は何の気遣いもなく、ただ、正直な思いを彼にぶつけた。


「一体アナタは何をしに来たの? ただボーっと突っ立っているだけでは、何も身に付かないわ。作業に従事しないのなら、来ないでくれる? 邪魔だから」


リショーの狷介な性格も相まって、彼はそれ以降工房に顔を出すことはなくなった。何より、あんな年端も行かない娘に生意気な口をきかれたことが、彼にとっては許せないことだった。後に彼女はリショーよりも遥かに年上であり、さらには、アガルタ王の妃であることがわかって驚愕するのだが、それでも、彼にとっては耐えられない屈辱であった。


ただ、コンシディーの言葉はずっと彼の心の中に引っかかっていた。とりわけ、邪魔だと言われたのは、彼が生きてきた中で初めて浴びせられた言葉であり、存在そのものを否定されたような気持がしていた。そんなことはない、と心の中で叫んでみるものの、実際にその言葉に間違いがないのが現状だった。


……そんなことはない。断じてそんなことはない。この俺が本気を出せば、ヤツらを追い抜くことなど造作もないことだ。


そう心の中で呟いて己を鼓舞しようとするが、その足はどうしても工房には向かなかった。仕方なく彼は宿の近くにある安酒を提供する店で酒を煽り、酩酊して部屋に帰るという日々を過ごしていた。


これではいけない、とは思いつつ、まだまだ帰国するまでには時間がある。それまでゆっくりと今後の対策を考えよう。そんなことを思いながら彼は再びベッドの上で目を閉じた。


◆ ◆ ◆


同じ頃、アガルタ大学の学長室では、奇妙な面接が行われていた。部屋にいたのは、学長であるメイとその秘書であるセルロイト、そして、フラディメ王国のリボーン大上王だった。三人はいつものように昼食を摂っていた。そのとき、突然扉がノックされ、一人の青年が入室してきた。


大上王は眉間に皺を寄せて、えも言われぬ恐ろしい表情を浮かべたが、メイはニコリと優しい笑みを青年に返した。彼女はいつ、いかなるときでも学生がこの部屋に訪れることを許可していたし、そうした若者たちとの対話を厭わなかった。だが、メイの多忙を知る学生たちは、滅多に部屋を訪れようとはしなかったために、学生が単独で部屋を訪れるのは、珍しいことと言えた。


「どうされました?」


メイがやさしく問いかけると、若者は同じように優しげな笑みを浮かべた。


「このたびー、アガルタ大学に留学をすることになりましたー、ジザンと申しますー。アルガワ王国より参りましたー。どうぞよろしく、お願い申し上げますー」


「そうですか。それはそれはご丁寧に、ありがとうございます。アガルタ大学の学長を勤めますメイリアスです。何かわからないことや、困ったことがあれば、いつでも言って下さいね」


「ありがとうございますー」


リボーン大上王が貧乏ゆすりを始めている。彼がイライラしている証拠だ。ジザンと名乗る若者のこの喋り方は、大上王の一番嫌いな喋り方だった。アリスン城内でこのような喋り方をすれば、すぐに大上王から雷が落ちる。だが、ここはアガルタで、しかもメイの部屋であるために、彼は爆発しそうな怒りを必死で抑えていたのだった。


早く出ていけ、と心の中で呟いていたそのとき、この若者はさらに言葉をつづけた。


「学長先生に、ひとつ、お願いがありますー」


……大上王の額に、さらに深い皺が刻まれた。

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