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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十九章 領地替えはツライよ編
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第九百六十八話 左の頬に一つのホクロ

結界石が大量に手に入らないと聞いた二人は、別に落胆の表情を浮かべることなく、淡々としていた。それは想定の範囲内であると言っているように見えた。


「左様でございましたか……。承知しました。まずは、皇帝陛下、アガルタ王様におかせられましては、こちらのレハト様をどうぞご贔屓いただきますよう、お願い申し上げます」


デフルクはそう言って再び深々とお辞儀をすると、隣に控えているレハトに目配せをすると、今回はこちらで失礼しますと言って踵を返した。


これは、一体何をしに来たんだと言って叱られても仕方がない行為だ。わざわざ皇帝に時間を取ってもらいながら、何の成果もなく、ただ人を紹介して終わりというのは、気の短い皇帝だったら二度と来るなと言われてしまうだろう。


だが陛下は、先ほどから一切、姿勢も表情も崩さずに、淡々と二人の様子を眺めている。その二人が扉の前に立ったそのとき、俺は口を開いた。


「待て」


俺の声が意外だったのだろう。二人は驚いた表情でこちらを振り返り、陛下も何だと言わんばかりの表情を浮かべながら俺を見た。その俺は無言のままじっと二人の姿を眺め続けている。


俺が黙ったままなので、二人は戸惑いの表情を浮かべながら顔を見合わせている。ややあって陛下がゆっくりと頷く。行っていいという合図だ。再び踵を返した二人に俺は言葉を続ける。


「イヤさ待て。カイク帝国、ウラワ殿下」


デフルクが驚いた表情を浮かべながらこちらを振り返った。一方のウラワ殿下は俺たちに背を向けたままだ。


「ご、ご冗談を……」


デフルクが狼狽えながら言葉を絞り出す。俺はさらに言葉を続ける。


「ああいや、ただ今お顔を見知るに及ばぬ。いつお手前には王族を脱し、商人の道に参られしぞ」


「恐れ入ります。たっ、他人の空似と申すものでございます。世の中には、よく似た者もままございます。お人違いでございます」


「いかほどシラを切らるるとも、逃れぬ証拠は覚えある。左の頬に一つのホクロ! 何と相違はござるまい」


俺の言葉に、背を向けていた男はこちらを振り返った。


「何だ、知っていたのか。アガルタ王も人が悪いな」


そう言ってウラワはスタスタと俺たちの許に戻ってきた。


「改めて名のろう。我は、カイク帝国皇帝、ガノブである。即位する前はウラワと名乗っておったが、我が国では皇帝に即位するとガノブを名乗ることになる。以後、見知り置かれたい」


彼はそう言うと、デフルクに向き直って、椅子を持って来いと命じた。可哀そうなのはデフルクで、彼は重そうな椅子をえっちらおっちらとガノブの前まで運んできた。その椅子にガノブはどかりと腰を下ろした。


「カイク帝国の皇帝が自らお見えになるとは奇怪だな。一体、我々に何の用がおありかな」


陛下が落ち着いた口調で話しかける。ゆったりと構えていて、いかにも大国の皇帝らしい振る舞いだ。俺もそれに倣って少し胸を張って構える。尊大な態度だと思われないだろうか。一方のガノブも怯まない。ニヤリと怜悧な笑みを浮かべると、一気に口を開いた。


「ヒーデータの皇帝と、アガルタ王を見てみたかった。それだけだ。それに、俺のホクロは左ではない。右だ」


そう言って彼は俺を睨んだ。怖ぇぇ。


「このデフルクから、ヒーデータの帝都でフィレット王女とホルムの結婚式があると聞いた。あの二人には因縁浅からぬ間柄ではあるが、憎しみあっている関係ではない。俺にも二人を祝福する資格はある。そこで、このデフルクに俺も式に参加させろと言ったのだ。さすがはデフルクだな。あれだけ警備が厳しい中ではあったが、うまくこの城の中に入ることができた。お陰で、ホルムの間抜けな面が見られた。何も泣くことはあるまいに。面白い場面が見られたし、あのフィレット王女が美々しく着飾るとあれほど美しい女性になるのも驚かされた。やはり、俺の目に狂いはなかった。あれだけの美貌を持っていたのであれば、もっと早くに手籠めにしておくべきであったわ。ハッハッハッハ!」


……えらく下世話な話をブッ込んでくるなと思いつつ、俺は黙って彼の話に耳を傾ける。


「まあ、こうして、ヒーデータの皇帝とアガルタの王に会えたのだから、デフルクには礼を言わねばならぬな。大儀であった」


デフルクは顔に汗をびっしょりかきながら頭を下げる。この大商人がこれだけ狼狽えた姿を見せるのは珍しい。それだけ、このガノブという男を恐れているということか。


「それにしても義弟殿は、よくこのお方がカイク帝国のガノブ皇帝であるとわかったな。どこかでお会いしたことがあるのかな?」


「ああ……ええ……」


「アガルタ王には先ほどのパーティのときに、我から挨拶をさせてもらった。マツシレイの件では非常に世話になったのでな」


「ほう……。あれだけの人々の中で、会った方の顔を覚えているとはさすがは義弟殿だ。余は馴染みのない者たちの顔はすぐに忘れてしまう。気を付けねばな」


「まあ、ホルムやケンシンらから我のことは報告を受けていたのだろう。それにしても、ホクロの位置を間違えるとは……。指揮官としてはあまり褒められたことではないな。それにしても、アガルタ王は変わっているな。どうしてあのような喋り方をする? あれでは相手に聞き取りにくいし、何より、アガルタ王自身に気味の悪い印象を与えるが、あんな喋り方をした理由を聞きたい。あれは、なんのためだ?」


……そこを突っ込むか? バカ野郎。名優のセリフ廻しを真似ているんだ。しかも、デフルクとのやり取りが実に上手くいった。俺も大満足だったし、これでデフルクの評価が大いに上がったのだ。気味が悪いって、それはオマエのセンスが悪いんだ。俺は心の中でそう呟く。


「まあ、このセリフ廻しがよいという方も、多いですから」


……何だよ。なんでみんなそんな顔をする。おいお前、今心の中で、コイツ大丈夫かって思っただろう。わかってんだからな。


「ところで、今日のパーティではケンシンの姿を見なかった。ヤツはどこにいる」


「ケンシンが、何か?」


「いや、ただ、会いたかっただけだ。軍務中か?」


「まあ、そんなところです」


「……」


ガノブの目が怖い。俺をケンシンと疑っているのだろうか。いや、ソレイユの魔法で気配も変えているはずなので、俺だとバレる可能性は低いと思うのだが、この殿下のことだ。動物的な直感で、俺をケンシンと見抜いたのかもしれない。


「一つ聞いてよろしいか」


「何なりと」


何だか嫌な流れになりそうだったので、何とかして話題を変えようとする。俺はオホンと咳払いをすると、さらに言葉を続けた。


「確か、デフルクさんの話では、カイク帝国皇帝と言われていましたが、報告では皇帝は御父上のはずでは?」


「父は身罷った」


「左様、ですか」


「我が国では、帝位を一日たりとも空白にすることは許されておらぬ。父が旅立ったその日に、私が即位したのだ。急なことで、各国への通知が遅れているが、追っ付けお手元に届くことだろう。生前、父に賜ったご厚恩、心から感謝する」


「先帝陛下と我が国の先帝陛下とは若い頃に手紙のやり取りがあったと聞いている。先帝陛下の崩御に接し、心から哀悼の意を表する」


陛下はそう言って握りこぶしを旨の前で当てて、スッと目を伏せる。俺もそれに倣って目を伏せた。


「余も父が身罷った折には、色々と大変であった。カイク帝のお気持ちはよくわかる。お疲れが出ぬように、祈っている」


「その心配には及ばぬことだ。まあ、今は喪に臥している時期であるから、大きなことはできぬが、それも年が明けるまで。来年には大々的に戴冠式を行う予定であるので、お二人を是非、ご招待申し上げたい」


「うむ。楽しみにしている」


……マジですか? カイク帝国は遠いですよ。そんな安請け合いをしちゃって、大丈夫ですか??

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