第九百六十六話 お披露目
結局俺は、陛下の提案を受け入れざるを得なかった。だが、俺の心は晴れなかった。もちろん、そんな俺の心境を察してか、陛下はそれなりのフォローと入れてくれたのだが。
陛下はたまたまリコからホルムがフィレット王女と結婚することを聞いたらしい。そのとき彼女は、俺に語ったのと同じように、二人の身分の差を相談したのだという。ホルムを自分の養子に迎えることを、陛下は瞬間的に思いついたのだそうだ。
彼は、これでホルムら夫婦も安心、生まれてくる子供も安心、ネルフフ王国も安心だと言って笑った。いわゆる三方よし、といったところなのだろうが、それでも俺の心は晴れなかった。
その夜は、マトカルが寝室にいた。俺は彼女に釈然としない気持ちを語った。
「正直に言うと、私もリノス様と同じ気持ちだ」
一切表情を崩さずに彼女は口を開く。俺は我が意を得たり、と大きく頷く。
「見方によっては、ヒーデータが自国の利益のためにホルムを利用し、帝国とネルフフとの関係強化に動いたように見える。だが一方で、それはそれでよいのではないかという見方もあると思うのだ」
「というと?」
「ホルムに同情が集まらないだろうか」
「同情……」
「ああ。大国の政治戦略に利用された、かわいそうな男という同情だ。このままでは、王女を篭絡して王族の身分を手に入れた佞臣という見方もできるからな」
「佞臣、か。ヒドイな」
「我々はホルムの人となりを知っているから、そんなことは微塵も思わないが、事情を知らぬ者たちは、そんなことを考える者も多いだろう。とりわけ、ネルフフ王国内では、王女と結婚して王位を狙おうとする者もゼロではないだろう。そうした者たちは、ホルムのあることないことを吹聴してその評判を落とそうとする者もいるだろう」
「……」
「しかし、ヒーデータが動いたということになれば、そうした者たちの意識は帝国に向く。ホルムにとってはむしろ、良い方向に話が進むだろう」
「はぁぁ……リコや陛下はそこまで考えていたのか?」
「まあ、お二人は幼い頃から貴族たちの汚い部分を見て育ってきた。そうした動きには敏感になるのかもしれない。まあ、リコ様と陛下に任せておけばいい。お二人のすることに、間違いはないはずだ」
「……そうかな。ただ、そう考えると、ファルコの将来も考えなきゃならないか?」
マトカルとの間に生まれたファルコは、今のところスクスクと育っている。今が一番かわいい盛りだが、彼は彼で、ラマロン皇国の次期皇帝として内定してしまっている。
「いや、ラマロンに関しては宰相たちが上手くやっている。その心配はない」
マトカルはそう言って頷いた。何がどう、心配ないのかはわからないが、俺はそれ以上話を続けるのを止めた。
「ところでマト、少し痩せたか?」
俺の言葉が意外だったのか、彼女はキョトンとした表情で自分の体を見ている。
「そんなことはないと思うが……?」
「何か、腰のあたりが細くなっている気がするけれど? 腕は……少し太くなった……って、相変わらず筋肉質だな」
そう言って俺は彼女の腰に手を伸ばし、そこから腕に触れる。
「ああ。このところ厳しめの訓練を行っているからな。そのせい……ツ」
俺の手は腕から彼女の尻に触れている。
「お尻も小さくなっているな。あまり痩せすぎるのもよくないと思うぞ」
「……」
マトカルの顔に赤みが差している。彼女は恥ずかしそうな表情を浮かべながら、ゆっくりと俺から視線を逸らせた……。
◆ ◆ ◆
それからふた月後、ホルムとフィレット王女との結婚式が帝都で大々的に行われた。式自体は、帝都の教会で行われ、陛下夫婦や俺たち夫婦や子供たちなど、身内が揃って参加した。ここは俺とリコ、そしてメイと結婚式を挙げた会場で、俺としても懐かしかった。
純白のウエディングドレスに身を包んだフィレット王女は、実に美しかった。やはりさすがに王女というのは伊達ではなく、化粧をし、それなりのものを身に付けると、辺りを払う気品を持った女性となり、俺は大いに驚いたのだった。それよりも、二人の幸せそうな表情が、周囲の人たちにも幸せを与えているようで、俺は胸に込み上げるものを感じながら式を見守った。
子供たちも大人しくしてくれていた。アリリアがゴソゴソとしていたが、リコが視線を向けると、ピタリと大人しくなった。えらい。
そして夜は、宮城内で盛大な披露宴が行われた。招待された客は千人近くに及び、中には知った顔がチラホラと見えて、それはそれで楽しかった。
相変わらずメインティア王は、来賓客などに興味は示さず、もっぱら出された料理に舌鼓を打ち続けていたし、一方でリボーン大上王は、メイの傍から離れず、まるでボディーガードのように振舞っていた。その効果もあって彼女は本当に心許せる人たちに囲まれながら時間を過ごすことができたようだった。
このパーティーの中で最も人々の視線を集めていたのは、ソレイユだった。それはそうだろう。ドレスを纏っているが、全身から発せられる色気が半端でない。危うく主役であるフィレット王女を食ってしまうのではないかと思われる程の出来栄えだった。
招待された客の中にはヴィエイユの姿も見えた。そして、サンダンジのニケ王の姿もあった。そして、なぜか、カイク帝国のウラワ殿下の姿もその場にあった。
その姿を見て俺は、声をあげそうになるくらいに驚いた。一体誰がこの男を呼んだのだ。そんなことを思っていると彼は、ズカズカと俺たちの許にやって来て、先日のご支援を感謝すると言って俺の手を握った。これから色々と絡まれるかと覚悟していたが、彼はそれだけ言うと、さっさとその場を去って行った。
一方で、ホルムの出身であるセーファンド帝国からは誰一人参加する者はなかった。少し寂しい気もしたが、まあこれはこれでよしとする。
宴たけなわになった頃、お召し替えをしたホルムとフィレット王女が現れた。その姿を見て俺は思わずあっ、と声を上げた。彼女が着用していた衣装が、あのライク爺さんが選んだ真っ赤なドレスだったからだ。
ものすごい存在感だった。元々美しさを秘めていた彼女のそれが、完全に開放されたような気がした。衣装のせいもあるだろうが、彼女の元々持つ華やかさが周囲を照らしているかのような錯覚を覚えた。
ああ、あのライク爺さんは、王女のことをここまでわかった上であの衣装を選んだのだな。一目見て、これはないわと断じた俺のセンスのなさを恥じる。自分の選んだ衣装を着た王女の姿を一目、あの爺さんにも見せてやりたかった。きっとライク爺さんは草葉の陰で喜んでいることだろう……って、目の前にいるわ。さぞ、嬉し涙に暮れているかと思いきや、爺さんは胸を張って周囲の人たちに、あのドレスは私が選びましたのです、などと自慢している。やめなさいよ。そんなことをするから、王女に煙たがられるのだ。
不意に帝国の者がやって来て、俺とリコに壇上に上がるように促される。俺は遠慮したかったが、リコに腕を組まれてそのまま連れていかれてしまった。そこにはタイミングを計ったかのように、陛下とタウンゼット王妃が現れた。その後ろにはヴァイラス公爵の姿も見えた。
陛下はそこで集まった人々に、ホルムを養子としたこと、ネルフフ王国の王女と結婚したことを堂々と宣言した。彼はこれから先の二人をよろしく頼みたいと言い、心温まる演説を行った。
万雷の拍手で二人は送られ、俺たちは別の出口からその場を後にした。そのまま元居た場所に帰るのかと思いきや、陛下は俺たちを別室に連れて行った。
「もうすぐここに、帝国御用商人のデフルクがやって来る。我々に、内々の話があるというのだ」
陛下はそう言ってソファーにどかりと腰を下ろした。商人? 一体、何の用だ?。
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