第九百六十五話 それは、大切なこと?
男の子を二人産むって……。つまりは、あのカイク帝国のウラワ殿下のセリフをそのまま丸パクリしたということだ。あの殿下の言葉をパクる方もパクる方だが、それで説得される方も説得される方だ。
「で、どうするの、です?」
目を丸くしながら口を開く俺に対して、フィレット王女も目を丸くしている。
「どう、とは?」
「いえ……。ホルム、は?」
「もちろん同意しています」
「同意したぁ!?」
思わず大きな声が出てしまった。その声に王女も驚いている。
「あの……差し支えなければ、どういう流れでそういうことに?」
「それは……私とホルムが結婚に至った流れを説明せよと言われているのか?」
「はい。あ、馴れ初めはある程度は存じていますので、その……何と言いますか、プロポーズの場面あたりからお話しいただければ助かります」
……自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。だが、王女は頷くと落ち着いた口調で話し始めた。
「つい、二日前のことです。この都に到着したその足で、私はホルムの許に向かった。そして、彼を見つけた私は、こう言ったのです。父からの許しを得ました。私と結婚するのです、と」
……それって命令じゃん、という言葉を飲み込む。王女は話を続ける。
「彼はしばらくの間私を見つめていましたが、ゆっくりと頷いたのです」
「ははあ……」
それは、同意したと言えるのだろうか。こう言っては失礼だが、王女がいいように解釈しているのではないか。そんな感情が胸の中に湧き上がる。
「ま、まあ、私はまだ、ホルムからはなにも報告を受けていません。一度彼に話を聞きますので、しばらくの間、お待ちを」
そう言って彼女には一旦退室を願ったのだった。
俺は謁見の間を出たその足で執務室に向かう。傍にいた兵士には、ホルムに執務室に来るようにと伝えておいた。俺が部屋に到着するとすぐに扉がノックされ、ホルムが入室してきた。
「フィレット王女が目通りを求めてきた」
「……」
「ホルムと結婚すると言っていた。ホルムも同意したと言っていたが、間違いないのかな?」
「……間違い、ございません」
「……そうか」
「クノゲン殿やリノス様の話を聞いて、嫁を持ってみようと思いました。それに、リコレット様のお言葉もありまして……」
「リコ? リコが何て?」
「選んでくれた人と結ばれる方が、幸せになれる、と」
「……」
リコらしいと思った。まあ、性悪の女性ならば、リコも背中を押すことはない。彼女がよいと思ったのだ。その眼には狂いはないはずだ。
「……申し訳、ございません」
「別に謝ることはない。めでたいことだ。わかった。あとのことは、任せてくれ」
俺の言葉を聞いた彼は、スッと一礼して退室していった。
その夜、俺はホルムと王女を呼んで、ささやかなお祝いパーティーを行った。パーティーと言っても焼肉だ。さすがに三人だけでは色々と気を使うだろうと考えて、その場にはリコも同席してもらった。四人で食事会……と思ったのだが、何とそこには、あのライク爺さんも乱入してきた。イヤな予感がしたが、リコがいるので安心だと考えて、そのままパーティーは始まった。
最初はよかった。いや、本当に最初はよかったんだ。二人の馴れ初め、というより、どこに惚れたのかを聞いて、王女が顔を赤らめながら、ホルムのいいところを言っている場面など、とてもかわいらしかったのだ。普段、男性と見紛うばかりの格好と振る舞いをしている人が、女性になっているのは実に心温まるものだった。リコも心から喜んでいたのだ。
問題は、その後だ。大体想像がつくと思うが、その通りだ。酒を飲んだライク爺さんのおしゃべりが止まらなくなった。ただ、ひたすらに王女のかわいらしさを喋っていた。しかも、一切の言い淀みがない。もしかすると、相当稽古したんじゃないか、と思わせるほどの出来栄えで、逆に俺などは感心してしまった程だ。
さすがに王女に窘められていたが、それでも爺さんのおしゃべりは留まるところを知らなかった。挙句の果てにはリコに対して、自分があと、十年若かったら放っておかない、などと言ってのけた。十年若くても、リコは俺のものだと、このときばかりは俺も少し不機嫌になってしまった。
で、結局、へべれけになった爺さんを王女が介抱しながら部屋に連れて行くというところで、会はお開きになった。まあ、腹は膨れたのでよかったものの、何とも言えぬ感情だけが俺には残った。
ホルムを部屋に帰し、俺たちは迎賓館の部屋から帝都の屋敷に帰ろうと転移結界を張ろうしようとしたそのとき、リコが不意に口を開いた。
「先ほどのライク様のお話し、どう思いまして?」
「どうもこうもないだろう。あれだけ喋り倒せば本人は気分がいいだろうが、こちらとしては、いい迷惑だ」
「そうではありませんわ。身分の話ですわ」
「身分?」
「ライクさんが言っておいででしたわ。お二人の身分の差が心配だと」
「ああ~」
確かに、そんなこと言っていた気がする。俺は特に気にも留めなかった。ネルフフ王も認めているし、二人が決めた結婚だ。別に身分がどうのというのは関係ないだろうと思ったのは覚えている。
だが、リコの見解は違った。もし、フィレット王女に男の子が生まれたのであれば、その子はネルフフ王国の王位継承者となる。そのときに問題となるのが、その子供の両親の出自だ。母親の身分はいいとしても、父親の身分が平民では、将来その子供が王位を継ぐ際に色々と横やりが入るというのだ。
正直、下らない話だと思った。だが、リコ曰く、王位の継承は問題が起こりやすく、細心の注意を払わねばならないと言う。しかもそれは、コトが起こってから準備をするのではなく、コトが起こないように準備していくことが大切なのだという。わかるような、わからないような、何とも釈然としないアドバイスだ。
今からそんなことを考えても、というのが正直な感想だ。それは、子供が生まれてから考えればいいんじゃないか。それよりも、二人が幸せに暮らせるように力を貸してやることが大切なんじゃないかと思う。幸い、王女はアガルタに住まいを構えるというし、ホルムは特に異動などなく、今のままアガルタ軍で勤務を続ける。俺は二人の結婚を聞いたとき、ホルムがアガルタに去ることを覚悟していた。正直言って痛い。彼はクノゲンの下でもはや、なくてはならない存在になっている。彼がいなくなればそれこそ、アガルタ軍の管理体制に大きな支障をきたすことになる。二人でアガルタに住むと聞いて俺は、ホッと胸を撫で下ろしていたのだ。
夜も遅くなっているので、早く帝都の屋敷に帰りましょうというリコの言葉に従い、俺は彼女の腰に手を廻して、転移結界を発動させた。彼女の目は、いつも以上にきれいに見えた。
その数日後、俺はヒーデータの陛下に呼び出された。いつもの彼の私室に転移すると、そこには陛下一人が椅子に掛けて寛いでいた。大抵は宰相閣下か王太子のアローズ殿下が側にいるので、陛下一人というのは少し、新鮮ではあった。
陛下は俺に椅子に座るように促し、出し抜けに口を開いた。
「ホルムのことだが、余の養子にしようと思うのだが、どうであろうか」
全く予想外の話に頭が付いて行かずに、キョトンしたまま陛下を眺める。彼はニコリと笑うと、さらに言葉を続けた。
「余の養子……弟となれば、ネルフフ国王もその家来たちも文句はあるまい。言うまでもなく、我が国とアガルタ、そしてネルフフとは同盟関係にある。ネルフフとヒーデータの結びつきが強まるのだ。両国にとっていいことではないか。リノス殿はこの結婚の保証人となればよい。ホルム殿はアガルタとヒーデータの後ろ盾を得ることになる。良い案だと思うが、どうだろうか」
俺は思わず天を仰いだ。