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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二十九章 領地替えはツライよ編
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第九百五十五話 何とかなった!

屋敷の外では、殿下の大声が響き渡ったかと思うと、騎馬隊の蹄の音が聞こえてきた。どうやら軍勢は引き上げたようだ。ヤレヤレと言った雰囲気がその場に訪れた。


「いや……しかし、強烈な男だったな」


誰に言うともなく俺が呟くと、ホルムが何とも言えぬ表情で頷く。だが、フィレット王女は怒りを露わにしている。


「失礼な男だ。あれが皇帝の息子とは……先祖の名を辱める」


……なかなか強烈な言葉だなと腹の中で呟く。やはり、この女性は貴族なのだなと妙に感心してしまう。俺などは出自が一般家庭なので、先祖が云々などということはあまり考えたこともなかったが、彼女のような王族になると、先祖の威光なども考えながら人生を送っているのだろう。そう考えると、あの殿下のセリフではないが、窮屈な暮らしをしているなと同情してしまう。まあ、慣れてしまえばいいのだと言われてしまうと、それまでなのだが。


「ただ、あのお方は、確実に私たちのことを怪しんでいます」


ホルムが口を開く。どういうことだと彼に視線を向ける。


「フィレット王女様のネルフフ王国とアガルタ王国が同盟関係にあるとはいえ、アガルタがこのカイク帝国に食糧支援を行うというのは、やはり不自然です。それに、当初は我々を王女様の家来であると認識しておいでのようでしたが、その点に関しても、あのお方は不信感を持っておいでです。いやむしろ、我々がアガルタの人間であることを察している可能性が高いです」


「……なるほど。こうなったらいっそのこと、俺たちがアガルタの人間であることを明かしてしまうか? ただなぁ。そうなったらそうなったで、あの殿下のことだ。質問攻めにあう可能性が高いし、色々とややこしいことに巻き込まれそうな気がするんだよな」


「……まあ、その可能性は高いですね」


「とりあえず、今のところは、あの殿下にはできるだけ関わらないでおくということで」


俺の言葉に、ホルムは苦笑いを浮かべながら頷いた。


とりあえず俺たちもここを出ようかと促して部屋の扉を開けると、ノズミの家来と思われる男たちが一カ所に集まって、じっと俺たちのことを見ていた。少し驚いたが、彼らからは恨みや憎しみと言った感情は読み取れない。むしろ、主人が連れていかれて、これからどうしようかと困惑している様子だった。まあ、主人はいない、その上に、全然知らない男女が部屋に居座られたとあっては、不安を覚えない方がおかしいというものだ。ただ、こう言っては何だが、彼らに何か情をかける気にはなれなかった。このマツシレイの惨状は、ノズミの家来である彼らにもその責任の一端はあるのだ。


とはいえ、その彼らに対して怒鳴ったり批判したりする気持ちにはならなかった。俺は彼らを一瞥すると、そのまま屋敷の外に出た。


先ほどまで周囲を埋め尽くしていた民衆は大半がその場を去っていた。皆、殿下の言葉に納得をしたのだろう。ただし、俺たちについてきたジジイたちはその場に残っていた。


「おお、お前さんたち、生きておったか!」


ジジイらからは、俺たちが屋敷に連れ込まれたように見えたらしい。まあ、連れ込まれたというのは事実だが、彼らからしてみると、殿下に色々と話をした挙句、王女に至っては殿下を張り倒してさえいる。どうみても、よくて打ち首、悪くて八つ裂きという、確実に殺される結末しか描くことができなかったようだ。


ジジイたちは、よくやったよくやったと言って喜んでいる。そして、一緒に村に帰ろうと言って俺たちの手を取った。


ワイワイと皆で喋りながら来た道を引き返す。最初は俺とホルムに話しかけていたジジイたちは、いつしかフィレット王女の傍に集まり、彼女に話しかけていた。アンタが殿下の頬を打ったときには、胸がすく思いがした、などと言って盛り上がっていた。中には、儂の息子の嫁に欲しいくらいだとか、儂があと十年若かったら放っておかないとか、彼女に聞こえない場所で好き勝手なことを言っている者もいた。つまりは、その場にはスケベなジジイたちしかいなかったということだ。


皆が王女に集中してくれていたおかげで、俺は歩きながらこれから先のことをゆっくり考えることができた。それは、ホルムも同じであったらしい。二人で相談しながら村に向けて進む。


心配なのは、ナノルらのことだが、それに関しては、もともとサクから移動する気がないために、動き自体も遅いものだろうし、あの殿下の使者がすでに国替えは中止だと伝えているはずなので、特に大きな問題はないだろうというのが俺たちの共通した見解だった。むしろ、彼らに取っては願ったり叶ったりの展開だっただろう。


マツシレイに関しては、当初の話通り、取り敢えずアガルタからある程度の食料を運び込むこととした。あの殿下のことを信用しないわけではないが、今日明日に食料を届けてくれるとは考えにくい。取り急ぎ、ひと月は食いつなげるだけのものを持ってこようと言う話になった。その上で、メイに早い段階で来てもらうことにした。


まあ、行きがかり上のことであるとはいえ、できるだけアガルタの名前を出さずに支援するのと同時に、マツシレイの人々が自立できる方向性を、陰ながら応援するという形を取ろうと言うことになった。


村に着くと、村人たちが総出で出迎えてくれた。皆、すでに殿下の決定を知っていて、俺たちは英雄扱いされた。とりわけ、フィレット王女が喝さいを浴びていたが、その方が俺たちにとっては都合がいいので、村人たちには適当に話を合わせながら、王女のお蔭でこうなったのだと言うことを吹聴しておいた。


村の女性たちは、心づくしの料理を用意して俺たちを迎えてくれた。酒も結構な量があった。ジジイたちはどうしてこんなに酒があるのかと訝っていたが、女性たちは食糧不足の中、上手にやりくりしていたのだろう。とは言っても、食料のない中で酒があっても仕方がなかったと言うべきなのだろうが。


これから宴を催すと言っていたが、俺は少し休ませてくれと言って、その場を辞そうとした。だが、村人たちは部屋を用意すると言って、俺とホルムを案内した。


「……廃屋、だよな。ここ?」


どうぞごゆっくりと言って、村人たちがその場を去った後、思わずそんな言葉が口をついて出た。それほど、そこはボロボロだった。ベッドも何もない。床も汚れている。こんなところで雑魚寝しろと言うのか。さすがのホルムも苦笑いを浮かべている。ついさっきまで英雄だ何だと言ってくれていたよね? そんな人に、こんな場所をあてがうのは、ちょっと酷くないか?


「とりあえず、帰ろうか」


俺の言葉にホルムはゆっくりと頷いた。


一旦アガルタに転移してホルムを送った後、俺は帝都の屋敷に帰ってきた。勝手口から入ろうとしたそのとき、扉が開いてリコが出てきた。


「あら、お帰りなさい」


「ただいま」


そう言って思わず彼女を抱きしめる。ああ……いつもながら、いい香りだ。精神的な疲れが癒されていく。


「……どうかなさいまして?」


「いや、大丈夫だ。カイク帝国の話は、何とかなりそうだ」


「それはよかったですわ」


彼女から体を話すと、リコはニコリと微笑んだ。


「夕食は?」


「まだなんだ」


「ちょうど今、皆で夕食を食べているところですわ」


「そうか」


そう言って屋敷に中に入ると、子供たちが口々にお帰りを言ってくれる。テーブルに所狭しと並べられた色々な料理を皆、モリモリと食べている。その光景を見て俺は、何とも言えぬ幸福感を覚えた……。


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