第九百四十九話 正論
「フッ、なるほどな。確かに、そなたの申すことも道理だ。俺はウラワ。皇帝の息子だ」
「ウラワぁ?」
「何だ貴様。何かあるのか」
この男の名前がウラワと聞いて思わず声がでた。いちいち驚かせてくれる男だ、この殿下は。
「いっ、いや……ウラワという名前は、聞いたことがありましたので……」
「フハハハハハ! さもありなん。俺は暴れ者で通っているからな。それが国外に広まっていても不思議ではない。で、ウラワというのはどのような男だと聞いているのだ?」
「いや、まあ、その……」
「よい。遠慮せずに言うがよい」
「いや、きっと、あなた様ではないと思うのですよ」
「うん? 変な遠慮をする男だな。よい、話してみよ」
「ああ、いや……」
「話さぬかぁ!」
凄まじい大音声で、体がビクッと震える。フィレット王女も平静を装っているが、一瞬だけ肩が震えたのを俺は見逃さなかった。ただ、目の前の殿下から殺気が流れている。しゃべらないと、マジで俺を斬る気だ、この人……。
「ま、まあ、俺が知っているウラワは、ものすごい一体感があって、勢いがあるというところです」
「一体感? ……まあ、いい。で?」
「あとは……ウラワと言えば赤。赤ですね。真っ赤。大音声で鼓舞するのが素晴らしいと……」
「オウメだ! ツネ、オウメの件が国を超えて伝わっているようだぞ!」
殿下が突然後ろを振り返って、兵士たちに話しかけた。一体何のことやら俺にはさっぱりわからない。一人の騎士が殿下の傍に寄って行き、何やら話し込んでいる。どうやらコイツがツネと呼ばれた男のようだ。
ややあって二人は仰け反るようにして爆笑した。その光景を見た周囲の兵士たちは、苦笑いを浮かべている。
「ハッハッハ。そうか、オウメの乱を鎮圧したときの様子が諸国に伝わっていたか。確かにあのときは、夥しい血が流れた。川が真っ赤に染まっておったな」
そんな物騒なことを言いながら、殿下は俺たちに向き直る。川が真っ赤に染まった? メチャメチャ戦闘狂ってことか?
「うむ。そうか。大儀であった。では、今度はそなたらだ。まずは、王女の御尊名を承ろう」
先ほどまで傍若無人だった殿下が、畏まった表情を浮かべている。真面目な顔をすれば、そこそこ男前じゃないか。
「私はネルフフ王国のフィレットという者だ」
「ネルフフ王国? フィレット……」
どうやら殿下の中では国の名前も、王女の名前も知らないようだ。だが、後ろに控えていた兵士の一人が近づき、殿下に何やら耳打ちをした。いらんことを言わんでくれよ……。
「ほう。アガルタとの繋がりがあるのか。そしてそなたは、アガルタと共闘した、というのは誠か」
「ああ。その通りだ」
「アガルタ軍とは、どのような軍隊か」
「強い。ただ、強い。それだけだ」
「それではわからん! どう強いのだ!」
「兵士の質がまず違う。指揮官の能力も桁違いに高い」
「ほう、桁違いに高いとは、どう高いのだ?」
「アガルタ軍は指揮官それぞれに独断で軍勢を動かす権限を与えられている。その指揮官たちが独自に下す判断が、アガルタ王の考えと完全に一致している。これは、世界中、どの軍でも見られぬことだ」
「ほう……」
「ウソだとお思いならば、一度、アガルタと戦ってみられるがいい。確実に言えることは、貴殿の器では、百回戦おうと千回戦おうと、決してアガルタ軍には勝てないということだ」
……思わず天を仰ぐ。いらんことを言わないでくれ、と腹の中で呟く。
「ずいぶんアガルタを贔屓にするのだな」
殿下はそう言って笑ったが、目は全然笑っていない。
「そうか。そなたのことはよくわかった。で、お前たちは一体、何者だ」
殿下の視線が俺に向いた。このままはぐらかして、進退窮まったときには、精神魔法を発動させてヤツの記憶を操作してしまおう。そんなことを考えながら俺は口を開く。
「我々はただの旅人です。たまたまこちらにおいでのフィレット王女と出会った次第です。この村の惨状を見て、何とかしなければと思っていたところ、王女が献身的に村人を救う姿を見て、我々も何とかしたいと思い、協力していた次第です」
「そうだ。このケンシン殿たちも、非常に献身的に村人に尽くしてくれた。村人たちも深く彼らに感謝している」
「……」
殿下は右手で顎を撫でながら何かを考えている。いったい彼の口からどんな言葉が飛び出すのか。事と次第によっては、戦いになる可能性すらある。俺は固唾を飲んで殿下の動向を観察する。と、そのとき、彼がゆっくりと口を開いた。
「そなたはケンシンという名であったな……。ケンシンだけに、献身的に尽くした、か。これは面白い。実に面白い。ウワッハッハッハッハ!」
は? ……何がそんなにオモロイねん。ちょっと予想外の反応が返ってきたので、俺は思いっきり戸惑う。
「笑っている場合ではないと思うが?」
フィレット王女が、少し怒気を込めた声で殿下に話しかける。彼の表情が先ほどとは打って変わって真剣なものに変わっている。
「貴殿は皇帝の息子と言ったな? 皇帝の息子ならば、この国を支えている民がこれほど苦しんでいる光景を見て、何も思わんのか。このマツシレイの惨状はあまりにも酷い。彼らは食べるものもなく日々を暮さねばならん。せっかく実った畑の作物も、ノズミが根こそぎ持っていったと聞く。このままでは彼らはこのまま餓死するほかはない。その窮状を見て、何とも思わないのか」
「ほう……王女はずいぶんと慈悲深いお方のようだ。他国の民を心配するなど、実に慈悲深いお方だ」
「私が慈悲深いのではない。貴殿らが狂っているのだ。まともな教育を受けた者であれば、この惨状を見れば、誰とて救いの手を差し伸べたいと思うはずだ。それを証拠に、ここに居る旅人たちも、進んでマツシレイの村人たちに施しを与えてくれている」
王女の言葉に、殿下はフンと鼻で笑った。
「さらにノズミは村人たちから必要以上の徴収を行っている。それには対価を払うと約束しているにもかかわらず、彼はそれを踏み倒そうとしている。これはつまり、盗人と同じ振る舞いである。こんなことは許されるものではない。私は、貴国がどのような法を制定しているのかは知らないが、まさか、盗人が評価されるような法があるわけではあるまい。本来は貴国が取り締まるべき事柄であるが、どうやらこの国の人々はそれをする気がないらしい。よって、私が取り締まろうというのだ」
王女の言葉に、殿下やその後ろに控えている兵士たちは、顔が強張っているように見える。確かに彼女の話は正論だが、殿下らに取っては耳の痛い話になる。皆がこうした表情になるのも道理だし、腹の中では怒りの炎が沸々と滾っているだろうことは、想像に難くない。そんな彼らに王女は、とどめの一言を放つ。
「したがって私はこれからノズミの屋敷に向かう。勘違いしないでもらいたいのは、後ろに控えている民衆は、決してノズミを襲うために付いて来ているのではないということだ。私とノズミとの話を聞いてもらうため、証人として来てもらっているだけだ。どうしても我々を止めるというのであれば、腕ずくでもここを通る!」
そう言って彼女は腰に差している剣を抜いた。この姿を見て、俺は腹を決めた。もし、この王女が襲われたら、加勢しよう。見たところ、兵士たちは騎兵ばかりで、魔法使いの類はいないようだ。この程度ならば、エアバズーカ一発で駆逐できる。隣のホルムも同じ考えのようで、彼もまた、剣の柄に手がかかっている。
「話はわかった。言っていることはもっともだが、それを認めるわけにはいかんな」
殿下が感情のない声で呟く。俺は静かに右手に魔力を込め始めた……。
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